Open life
弐(後)・予選終了
スタンプシートに新たなスタンプが押された。
「はい、どうぞ。次は格技場になります」
「・・・ありがとうございます、綾瀬さん」
第4ラウンドの課題提出者である会計担当の綾瀬一樹の言葉に、レギュラー陣は心の中で嬉し涙を流した。
前回の課題提出者の依鈴のせいで、次はどんな人物だろうと気構えしていたのだが、ごくごく普通の良い人そうで安心した。
課題も時間内に決まった文字数をパソコンに打ち込むという、単純で解りやすいものであったし。
「えっと・・・それで、あの桃城のこと・・・・・・」
「・・・休んでいたほうがいいでしょうね。・・・依鈴が本当にご迷惑をおかけしたようで・・・」
「いえ、綾瀬さんが気になさることではありませんから。それじゃ、俺たち・・・」
「はい。次も頑張ってクリアしてくださいね」
ひらひらと手を振って優しげに微笑んで(しかも不二や翔のように黒くない)見送ってくれる綾瀬に、「高等部の生徒会にもこんな人がちゃんといるんだな・・・」と心の底から安堵していた。
来年高等部に上がる予定の3年生は特に・・・・・
こうして、一同は未だ意識不明でうなされている桃城をコンピュータ室に残して、次の課題の持つ格技場へと向かったのだった。
課題提出場所になる格技場の最上階を目指して一同が歩いている中、格技場に入ってから等間隔で溜息が聞こえている。
「タカさん、さっきからどうしたんだ?」
「いや・・・・・格技場って聞いて少し嫌な予感が・・・・・・・」
そんな会話をしながら歩く河村の顔色は多少青く、最上階に到着した瞬間それはピークに達することとなった。
「待て、タカ」
最上階、柔道のための畳部屋に到着した瞬間一目散に撤退しようとした河村に、一瞬のうちに飛び蹴りをくらわせた人物は、以前にもあったことのある紅河優陽その人であった。
「紅河さんが、第5ラウンドの課題提出者ですか?」
「おお、そうだ!」
「・・・・・どうりで、タカさんの顔色が悪くなってたはずだよ」
おそらく、格技場ということから、次の課題提出者は格闘技に精通している紅河だと、河村は予想していたのだろう。
「ん?なんか言ったか?」
「い、いいえ〜〜〜」
慌てて首を横に振ると、どうやらまともに納得してくれたようだ。
「で、とりあえず俺からの課題だが・・・・・」
紅河はそういうと、なぜか一同をじろじろと眺め回し、そしてなぜか1度首を縦に振った。
「よしっ!お前に決めた!!」
何を決めたのかは知らないが、リョーマの方を指差して宣言する。
一同が目を何度も瞬かせて不思議そうにしている中、紅河はリョーマを手招きした。
「ちょっと、こっち来い」
「?・・・いいっスけど」
「って!越前、迂闊に近づく」
「よっと!」
静止の言葉も空しく、その時すでに紅河の近くにきていたリョーマは、紅河に壁のほうに体を押され、次の瞬間にはこの場から姿がなかった。
よく見てみると、そこには火事の時など、災害の時に使われる脱出口のようなものがぽっかりと開いていた。
「紅河さん!越前をどうし・・」
「それじゃあ、課題を出すぞ」
こちらの話などまるで聞く耳も持たず、楽しそうに紅河は言葉を上げた。
「俺の後ろの階段から1階まで降りて、あいつを見つけてもう1度ここに帰ってくること!以上!!」
こうして、何を言ってもまるで聞かず、有無も言わせない紅河の指令により、レギュラー陣はリョーマ救出へと向うのであった。
一同の姿が室内から消えた時、紅河はあることを思い出した。
「そういえば、行き着くまでに罠仕掛けてるって・・・言ってなかったな」
あたりが完全にし〜〜んと静まり返り、閑古鳥の鳴き声がまるで聞こえてくるようだった。
「・・・まっ!いいか」
ぐっと親指をたてて舌を出し片目をとじて、ぺ○ちゃんの真似をする紅河の頭を常識人であるならば誰でも殴ってやりたい衝動にかられたであろう。
リョーマ救出のために1階へと向かっていた一同は各階の部屋を通って下に下りていた。
どうやら、始めに使った階段と違い、こちら側は各階の部屋を迂回しなければ下に降りられない仕組みになっているようだった。
しかし、その各階の部屋には紅河の仕掛けた罠がこれでもかというくらい存在していた。
「うわ〜〜〜〜!なんだこれ?!べとべとする!!」
「くっ・・・こんなところに落とし穴とは・・・データ不足だった」
「フシュ〜〜・・・動けねぇ」
こんな感じで、発動していった罠のうち3つに大石、乾、海堂の3人が見事に引っかかって脱落してしまった。
「はぁ〜〜、はぁ〜〜・・・なんだよ、この罠の数は?!」
「菊丸・・・・・俺に聞くな・・・」
「紅河さんの趣味だよ・・・あの罠全部」
菊丸と手塚の2人は「そんなものを趣味にするなよ!!」と、突っ込んでやりたかったが、別に河村の責任ではないので言うのもどうかとぐっとこらえた。
現在残っているのは・・・
さすがはテニス部の部長であるがゆえか手塚と
動体視力のよさで罠をなんとか罠をかわしてきた菊丸と
紅河とは皮肉にも昔からの付き合いでパターンを知っている河村
そして・・・・・・・・・
「ふふっ・・・皆だらしないよね〜〜〜。あれだけの罠でもうリタイアだなんて♪」
やはり当然のように生き残っていたテニス部最恐の人不二だった。
ちなみに、他の生き残った3人はある程度疲弊しているが、不二には恐ろしいことにまったくそれが見られない。
「さてと・・・待っててね、リョーマくんvすぐに助けに行くから待っててねvv」
楽しげにまるで罠など気にもせず歩いていく不二の後ろ姿に、「どうしてお前はそんなに楽しそうなんだ?」と、疑問の言葉を3人は送った。
そして、その後すぐさま「不二1人にだけ良いところを取られてたまるか!」と意気込んで不二のあとを追った。
「って!英二危ない!!」
「へっ?」
不二の後を追おうと急いで歩きだした菊丸が発動させた罠に、庇った河村が無残にも掛かってしまった。
「タカさん!!」
「英二・・・手塚・・・後は頼むよ・・・」
「ああっ・・・」
なんだか三流ドラマのようなベタな展開になってしまったが、とにかくこれで河村も脱落である・・・・・
必死になって(1人例外がいるが)ようやく3人はリョーマのもとに辿り着いたのだが・・・・・
「あっ!やっときたんスね」
不二はともかく手塚と菊丸は眩暈を起こしそうになった。
なぜなら、あれほど自分たちが必死になり、犠牲まで出して助けに来たというのに、その助ける対象の人物は・・・・・・
のんびりとジュースを飲み、お菓子を食べてくつろいでいた。
「お、おチビ・・・これは・・・・・」
「あっ、事情ならそこに書いてあったんで」
リョーマの指差した方向をものすごい勢いで首を回してみるとそこには1枚の張り紙があった。
『部の人間が助けに来るはずだから、そのまま待つように!その間、そこに置いてあるジュースと菓子は好きなように、好きなだけ飲んで食って良し!!適当に寛いでおけ!By.紅河』
見てみると、ジュースやお菓子だけでなく、漫画や携帯テレビなんかも置かれている。
罠を潜り抜け、苦労してきた自分たちとは雲泥の差だと手塚と菊丸は言葉もなかった。
「でも、それならそれで・・・リョーマくんが無事で良かったv」
「はぁ・・・どうも・・・・・・って!」
「どうしたの?」
「名前!!2人の時しか、呼んじゃ駄目って言ったじゃないっスか!?」
「いいじゃない、この際・・・ね?」
「・・・・・もう勝手にして下さい!!」
ぷいっと顔をそむけるリョーマの頬がほんのり赤に染まっているのを見て不二は満面の笑みを浮かべた。
一方、手塚と菊丸は、2人の遣り取りに「まさか、付き合っているのでは?」という考えがよぎってしまい、あわや風化してしまいそうになったという。
とりあえず、課題をクリアした一同は最上階まで戻って紅河にスタンプをもらい、次の出題場所である美術室に向かっている。
罠にかかった他の面々は後で責任を持って助けてくれようだ。
ちなみに、女子だけの部はああいった内容は無理だということで、簡単なクイズなのだという。
「それなら、俺たちもそうしてくれれば良いのににゃ〜〜」
「ああ・・・しかし、出題する問題が・・・・・・」
「・・・なんで、紅河さんの『好きな寿司ネタ』なんでしょうね?」
ちなみに正解は、海老らしい・・・・・
第6ラウンドの課題提示場所である美術室にやってきた一同は、次はどんな人物なのだろうと身構えていた。
何しろ今までの生徒会役員は、森根と綾瀬以外まともな人間がいなかったうえ、ここをクリアしたら次はあの双葉で、さらにそのあとはラスボスよろしく翔なのだ。
少し緊張してドアを開けると、そこには窓の外を眺めている女性徒がいた。
「あの〜〜、あなたが生徒会の人です・・・よね?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
聞こえていないのか、その人物は未だ窓の外を眺めたままこちらに反応していない。
「あの〜〜すいません」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
先ほどよりも大きい声で再度呼びかけてみるが、それでも反応はない。
「あのっ」
「・・・本当、綺麗な紫陽花です」
うっとりとでも言うようにその人物の言葉に一同が思わず小首をかしげてしまう。
唐突にいわれたからでもあるが、言っていることの真意が計り知れない。
「あの、すいません!!」
「えっ?・・・・・あら、あら?まぁ・・・お客様ですか?」
その口ぶりからして、どうやら今自分たちの存在に気が付いたのであろうその人物に、一気に力が抜けてしまう。
どうやら先ほどの言葉は独り言だったようだ。
「すいません、気が付かなくて。どうやらまた『トリップ』してたようですね」
「とりっぷ??」
「ええ。あたし自身には自覚がないのですが、生徒会の皆様は私がよく『トリップ』するとおっしゃいますので」
一同はなんとなく、その意味が解るような気がする。
「申し遅れました。あたしは高等部生徒会書記担当の氷檻亜純と申します」
丁寧のお辞儀までする氷檻にこちらまでつられてお辞儀をしそうになった。
「それでは、私からの問題はこれです」
そう言って氷檻が取り出したのは、1枚の絵だった。
「デッサンしかしてませんが、これはどこの絵かお判りになりますか?」
「たしか、高等部の向こうにある公園の・・・ですよね?その桜の木」
「まあ、正解です。よくお判りになりましたね」
あまりにあっさり答えたことにリョーマ達はと驚いているが、氷檻は驚きというよりも感嘆の声を上げた。
「僕も写真を撮るのに良い被写体になるので」
「まあ、写真を?私は桜が・・・特にこの公園のもの大好きですので、開花時に何枚も描いてるんです。これもそのうちの1枚です」
「ほえ〜〜〜、それにしても上手いにゃ〜〜」
菊丸の言うとおり、それは本当に生気をふきこまれたかのような見事な桜の絵だった。
とても高校生レベルで画けるような代物とは思えない。
「誉めていただいてありがとうございます。それでは・・・・・」
自分の絵を純粋に誉められたことの喜びを感じた氷檻は、上機嫌でスタンプを押した。
「よっ!」
ただ、一言そう言った彼の言葉に、なぜか無償に不安を覚えた。
第7ラウンド課題提示者にして、高等部生徒会副会長・・・
そして、自他ともに認めるあの翔の親友・双葉紫隠のご登場である。
「ど、どうも双葉さん〜〜〜」
「おっ?連絡受けてたが、本当に4人しかいないんだな!?まあ、今まで1人だけでここ来た奴らなんて結構いたからましなほうか」
おそらくそのほとんどは紅河さんのところで脱落したんだろうな・・・と一同は知らぬうちに心の声をはもらせていた。
「で・・・・・双葉さんは何をしろと?」
「そんなあからさまに嫌そうな顔しなくてもいいだろう?」
その言葉を聞いた瞬間またしても心の声がはもった。
「そうだな・・・とりあえず、俺と勝負して、勝ったら良いぜ」
にやりと笑ったその表情を見て、やはりあの翔の親友だなと再認識するのであった。
「つ、疲れた〜〜〜〜〜;」
「・・・足が、痛い」
あれから1時間後・・・・・
何度でも挑戦していいという双葉のその言葉どおり、4人は何度も挑戦した。
内容は体育館の端から端までのダッシュ競争だったのだが、4人がかりで何度やっても勝てない。
しかも双葉は自分にハンデまでかしているのだ。
いくら相手が高校生とはいえ、これは勝たなければ、運動系クラブ・・・しかも、中等部でも特に運動神経の良いテニス部の部員としては立つ瀬がない。
しかし、なかなか勝つことが、すでに何戦目か数えるのも忘れ、気力だけで走るようになった頃ようやく勝つことができたのだ。
「一体、何者なんだ・・・?あの人は」
「不二〜〜〜・・・例の手帳に何か書いてないのぉ〜〜?」
「ちょっと待って」
さすがに疲れきってしまっている手塚と菊丸を横に、なぜか平然とした様子で不二は例の手帳を開いた。
「あったよ・・・ふ〜〜ん、スポーツの関係の特待生で、短距離走は世界新並だって」
「「「げっ!!!」」」
それを聞いた瞬間、3人は信じられないというように声を出した。
「う、うそぉ〜〜〜〜〜?!」
「世界新・・・って、マジなんすか?!」
「本当みたいだよ。ちなみに、この校舎の4階から飛び降りて見事着地して無傷だったこともあるってさ」
「「「・・・・・・・・・・・・・」」」
そんなとんでもない事実を平然と口にする不二をよそに、「本当に一体何者だ?」と3人はまたも心の声をはもらせていた。
そしてそん中、いよいよラスボスこと、翔のいる生徒会室の前にやって来た。
「あっ、いらっしゃいませ」
緊張した面持ちで扉を開けると、翔が自分でいれたのか、お茶を飲んでくつろいでいた。
「それで翔さん。最後の課題は何ですか?」
さすがは幼馴染というべきか、他の3人が何がくるか解らず少し体を強張らせているにも関わらず、不二はいつものように話し掛けている。
「それじゃあ、最後の課題はこれです」
そう言って翔が取り出したのは、1枚の紙と1本のペンだった。
「さて問題です。多分簡単だと思いますけど・・・」
簡単だという言葉に普通ならほっとするところだが、この人物は何を持って普通というのか解らないので、未だリョーマ達は緊張を解けない。
「古事記において、宇宙誕生時、最初の神様の名前は何でしょう?この紙にその名前を書いてください。漢字も一字一句間違えずに」
古事記などというものに縁がないリョーマと菊丸は「どこが簡単なんだ?」と眩暈を起こしそうな勢いだし、手塚は必死になって考え込んでいる。
「えっと、確かこれで良かったですよね」
しかし、その3人を差し置いて、不二は翔の言った通り、いとも簡単そうにさらさらとペンを走らせ、名前を書き上げていき、翔に見せる。
「・・・・・はい、正解です♪それでは、これが最後のスタンプです」
ぺたんと最後のスタンプがスタンプシートの押された。
これで、中等部男子テニス部は本線出場決定だ。
しかし・・・・・・
「不二先輩・・・なんで知ってるんスか?」
「ん?ああ・・・昔、読んだことがあるんだよ。翔さんに薦められて」
「「「えっ?!」」」
「翔さん、昔から日本神話系の書物・・・特に古事記が好きだから」
にこにこと微笑んでいる翔の表情がしてやったりというふうに見えて、3人は泣きたい気持ちにかられる。
「簡単と言ったのは『周助くんには簡単』と言う意味だったんですが」
ならば最初からそう言って欲しいと、その場に力尽きてしまった3人は、人を食ったような笑顔を浮かべる2人を見て、本当に泣きそうになった。
その頃の西条宅では・・・・・・・・・
「ゆず、これで良いか?」
「えっ!?できたの?どれどれ」
昇から何かを受け取った譲はそれに一通り目を通し終え、ぱあぁっと瞳を輝かせ、満足そうな笑顔になる。
「さっすが、のぼ兄!すごく素敵よvありがとう」
「ゆずのためだから当然だ」
妹の感謝されたことで至極幸せそうなシスコン兄と、何かを企む腐女子系妹がいることを、すでに課題でいっぱいいっぱいのレギュラー陣が想像つくはずがなかった。
あとがき
はははっ・・・・もう本当にどうなってるんでしょうか?
とりあえず、予選は終わりましたが、まだ本選が残ってます!
本番はこれからですよ・・・そう、譲(腐女子)が本領発揮するのは。
実は今回本当は予定になかったのですが、不二先輩がちゃっかりリョーマさんを人前でも名前で呼ぶことを了承してもらいました。
はい、本当に今回私の予想を素晴らしく裏切ってくれて、課題のほうでも不二先輩大活躍ですv
次、いよいよ本選でリョーマさんをゲットです!!
ちなみに、翔の出した問題の答えは『天御中主神』です(奴の古事記好きは私が好きだからです;)
それにしても、レギュラー陣・・・・・一樹(綾瀬)に関して・・・見事、騙されてます!!(奴はまともじゃないです!)