Position inversion2
-2:Letter problem-
オスト王国政務官マース=ヒューズ。
代々政務官を勤める家柄の出身であり、彼に関しては幼い王子の教育係も任されていたくらいであるから、彼の家系の中でもっとも優秀な人材と言われている。
現在は日頃人が嫌と思うほど執拗に自慢する妻と娘1人との3人暮らし。
実質的この国の最高責任者にあたる元帥ロイ=マスタングの親友。
そんな彼が今、その親友の執務室の扉の近くで、運んできた書類を落としそうになるほど呆然としている。
原因は彼の視線のさきにいる、彼の親友であるロイの現状の姿、というよりも体制。
執務机を前に椅子に腰掛けているのは当然良い。
山済みにされた書類はいつものこと。
いつもと違うのは、ロイの膝の上に座り、腕の中で穏やかな表情で眠る金色の姫君だった。
その彼女の金糸の髪をさらさらと指の間に流すように撫でながら、ロイは至極ご満悦という表情を浮かべ優しく微笑んでいた。
「おいっ、ロイ・・・・・」
ヒューズが少々遠慮がちに呼びかけるがそれをロイは綺麗に無視する。
あらかじめ予想できた展開だが、こうも本当に綺麗に無視されると腹が立ってくる。
自分は愛しい妻と娘と今日も泣く泣く離れて仕事をまじめにこなしているというのに、片や自分の親友は膝の上に愛しい恋人を乗せて1人戯れているのだ。
そして当然のごとく、本来ロイの右手に握られているはずのペンは、無造作に机の上に放り投げらていた。
「ローーイ、マスタングさーーん、マスタング元帥〜〜〜」
段々と呼び方が他人行儀で、しかしそれに反してボリュームは上がっていく。
あまりのしつこさに、ロイは不本意ながらも髪を撫でる手を止め、恨めしそうな目でヒューズの方を睨んだ。
「・・・・・なんだ、ヒューズ。私は今忙しいのだが」
「とてもそうは見えなかったけどな・・・綺麗に無視しやがって」
「私にとって1番重要なのは、姫と姫との時間だ」
「あ〜〜、そうですか。相変わらずおあついことで」
ヒューズのその言葉に、まるで「当然」とでもいうようにロイは笑って見せた。
「で、なんでどうしてこういう状況になってるんだ?」
「ああ、昨日事情があって無理をさせすぎたからな。そのせいでまだ寝不足なんだ」
昨日何があったかはあえて聞く必要もない。
先程のロイの言葉で十分予想ができるし、それにその言葉がなくても、ロイの不敵で黒い笑みが全てを物語っていた。
「・・・じゃあ部屋で寝かせてれば良いことだろうが」
「実は昨日また抜け出してな。それで今日はずっと私といるように言ってあるんだ」
しかしその言葉にヒューズは、「単に自分が一緒にいたいだけだろう」と、心の中で思っていた。
「ま、別に良いけどな。手間もはぶけたし・・・」
「手間?」
「ああ・・・とりあえず、これはお前にだ」
そう言ってヒューズは持っていた書類の束をどんっとロイの執務机の上に無造作に置いた。
その増えた書類にロイの表情が一瞬引きつったのは言うまでもない。
「それから、お前のところに書類を届けた後に、お姫様にこれを渡しに行こうと思ってたんだ」
ようするにその手紙を渡しにいくことが「手間」だったらしい。
「・・・何の手紙だ?」
仮にも国家元首であるエドのところまで回ってくる手紙などそうそうない。
それがエドのところまで回って来たとなると、明らかに上級貴族や他国の王族からのものだ。
一部例外もあることはあるのだが。
そしてその手紙の大半はここ最近ほぼ内容が決まっている。
「ラブレター」
「・・・・・・今すぐ消し炭にして捨てろ」
ロイの周りの空気が明らかに凶悪なものに一瞬で変わっていた。
そして予想通りの反応にヒューズは腹を抱えて思いっきり笑いそうになった。
エドはもうすぐ16歳の誕生日を迎える。
この国では16歳になれば誰もが結婚する権利をえるが、逆に言ってしまえば16歳にならなければ結婚することは不可能である。
例えそれが王族であろうともだ。
さらにこの国では王位を継ぐためには伴侶を得ていなければならない。
そしてエドのように王女が王位継承者ならば、王位継承者である王女が伴侶を得た時点で、その伴侶に継承権が移行することになっている。
つまりエドが16歳になる前にエドと婚約を取り決めておけば、エドが16歳になった時点でその相手に王位が与えられるのである。
そしてこの国の王位を欲しがっている上級貴族や他国の王族が、エドとの婚約を狙って求婚の手紙を最近頻繁に送ってきているのだ。
しかしこの手紙の大半はエドに行き着く前にロイに知られ、エドの目に触れる前に消し炭にされ、届いていなかったと偽称される。
万が一届いたものでも、エドはうんざりしたように眺めた後、ホークイアイに頼んでやんわりと断りを入れてもらっていた。
「お前って本当に解りやすいよな〜」
「煩い。さっさとそれを処分しにいかないと、即お前事燃やすぞ」
「っと、それは困るな。愛する妻と娘を残して俺は死ぬわけには・・・」
「お前の惚気話は聞き飽きた・・・」
ロイのその一言に、内心「人のこと言えないだろう」と突っ込みを入れつつも、本気で燃やしされそうな勢いなので、ヒューズは自分の安全のために本当のことを話す気になった。
「そう怒るなって。本当はラブレターなんかじゃないから」
「・・・じゃあ、なんだ?」
「アルフォンス王子からの手紙だ」
ヒューズのその言葉にロイは怒りを収め、疲れたように椅子に深く座り直した。
「それならそうと早く・・・」
「・・・アル〜〜?」
ロイの言葉の途中で自分の弟の名に律儀に反応したのか、今まで熟睡していたはずのエドが眠たげな声で薄っすらと目を空け、ロイの腕の中で軽く体を起こした。
「エ・・・姫、起こしてしまいましたか?」
「お姫様おはようございます。アル王子からの手紙ですよ」
エドを起こしてしまったと多少慌てるロイとは対照的に、まるで楽しそうに餌付けをするかのごとく手紙を見せるヒューズ。
ごしごしと眠そうに目を擦っていたエドは、ヒューズの口から出た弟の名と、その弟の手紙を差し出されて今度こそはっきりと目を覚ました。
「アルからの手紙!」
そう行って一目散にロイの腕から抜け出し、慌てて手紙に向かっていく。
そして手紙を受け取り嬉しそうに開封しているエドを見ながら、先程までエドを抱き込んでいた腕の状態を保ちながらロイはあることを思っていた。
「今日もお仕置き決定だ」と。
そんな事を知らないエドは、久しぶりに来た弟の手紙を嬉しそうに読んでいる。
そして暫く読んだところでよりいっそう嬉しそうに笑みを深めた。
「何か良いことでも?」
「うん!あいつ久しぶりに帰ってくるって」
そう言って満面の笑みを浮かべる姿は実に微笑ましい。
しかし次の瞬間エドの瞳は驚きで見開かれていた。
「・・・どうかしたのですか?」
「・・・・・今日帰ってくるって」
その言葉にロイもヒューズも一瞬時間が止まったような感覚になった。
「今日って・・・出迎えの準備とかまったくしてないのに?!」
「・・・というよりも、今日その手紙が届いたのなら、事実上出迎えの準備は不可能だろう」
慌てるヒューズと深い溜息をつくロイ。
王位継承権を放棄したとはいえ、王子であることには変わりはない。
その人物が帰ってくるのならば、それなりの出迎えの準備をしておく事が常識なのだ。
実際に今までも帰ってくる度、そうやってきちんと準備をしたうえで出迎えていた。
だが今回は手紙が到着した日と帰ってくると予告された日が一緒である。
どう考えても何時も通りの出迎えをすることは不可能である。
「仕方がない・・・急いでできる限りの用意を・・・・・」
「その必要はありません」
突然聞こえたホークアイの言葉に3人ともぴたりと止まると声のした方向、部屋の扉の方に目をやると、そこには開いた扉とホークアイの姿があった。
「ホークアイ隊長・・・」
「その必要はないって・・・」
「王子ならもうお戻りになっています」
ホークアイの突然の登場と言葉に、多少混乱する3人を気にもせず、ホークアイは少し体をずらすとそう言って自分の姿が死角になり、今まで3人には見えなかった後ろの人物を見えるようにした。
そこにいたのは、3人もよく見知ったエドより1歳下の金髪金目の少年だった。
「アル!」
「ただいま、姉さん」
嬉しそうに呼び合い、抱きついて互いに駆け寄って再会を喜び合う姉弟の姿は、なんとも微笑ましかった。
ただ1人その姉弟としての行為にさえ、激しい嫉妬を覚えている人物を除いては。
こうして久しぶりの姉弟の再会は(少しの問題を抱えながら)果たされた。
しかし、アルが今回帰ってきた理由が多大な問題を持っていることを、この後エド以外が頭を抱えながら知ることになるのである。
あとがき
アルとヒューズ中佐登場です。
アルは今回最後の方に少しだけでしたが・・・;
ヒューズ中佐は当初エドに敬語口調にしようかどうしようかと考えたのですが、結局敬語口調にしてしまいました。
多分時々敬語じゃなくなる時もあると思います。
大佐の嫉妬の激しさは個人的に結構楽しいです(^^)
次回はアルが帰ってきた理由と、あの娘達が登場いたします。
ちなみに、昨日エドに何があったのかは後日アップ予定の1.5話で;