Position inversion
−3:Future obstacle-
実質的に国政を取り仕切っているロイ=マスタング元帥の執務室。
本来なら膨大な書類に追われ、忙しい光景が見れるはずのこの執務室は、現在その忙しさとは到底かけ離れた茶会の場になっていた。
その原因はエドと帰ってきたばかりのアルがここで再会したことにある。
そのまま兄弟の談笑を続けていたが、暫くしてその場にいる全員でアルの旅先での話を聞こうということになり、現在ホークアイが気を利かせて切れてくれたお茶を飲みながら話を聞いている最中なのだった。
「パミスは区画整理がされてる途中で、公園の周り一体に花を植える計画の最中だったね。そこからさらに北にいったジャスパーっていう町は、ちょうどお祭りの最中で観光客とかもきて賑やかだったよ」
「祭りか〜〜。俺も行って見たかったな」
「そう言うと思って、せめてお土産だけでも買ってきたよ」
そう言ってアルは精巧に作られた綺麗なガラス細工をエドに手渡す。
「ありがと、アル」
「どういたしまして」
にっこりと笑い合う2人の姉弟仲の良い姿は傍から見ていても微笑ましいものだった。
アルが普段旅に出ていてなかなか一緒にいる機会が少ないから余計にそう感じもする。
しかしこの光景を半分微笑ましいと思いつつも、半分不機嫌になっている人物がこの場に1名いた。
「・・・元帥」
「・・・・・・・・」
「そんな微妙な雰囲気を出すくらいなら仕事してください」
「・・・断る」
ロイの変わらない、変える気もないようなその様子にホークアイは溜息をつく。
そして彼女はちらりと部屋に飾られているアンティーク時計に目をやる。
「もう3時ですし・・・そろそろ再開しないと・・・・・」
「っ!3時!!?」
ホークアイのその言葉を口にした瞬間、今までアルと楽しそうに話していたエドが突然声をあげて立ち上がり、自分の目で時計の針がさせている時刻を確認すると大きく目を見開いていった。
「ね、姉さん?」
「姫?」
エドのいきなり落ち着きのなくなったその様子に、一同は目を丸くしてエドを見つめる。
その一同の視線を感じたエドはなるべく平常を装うとしたが、多少の冷汗と手の震えが動揺していることを明らかにしていた。
「え、え〜っと・・・俺ちょっと部屋ですることあるから。悪いけどアル、また後で話聞かせてくれ」
「えっ・・・それは別にいいけど」
「待ってください、姫!」
「そ、それじゃあ!」
慌てて引き止めるロイの声を無視し、エドは素早く扉をあけると脱兎の如く部屋をあとにした。
追いかけようと部屋を出たロイだったが、すでにエドの姿はなかった。
「あ〜・・・逃げられたな」
「・・・嫌な言い方するな」
「でも事実です」
「あ、あははは・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
多少哀れむようなヒューズ、さらりと冷静なホークアイ、冷汗をながし乾いた笑いのアル、そして3人の一連の言動に煽られ、ロイが明らかな怒りの空気を身に纏った。
「どうせ外に行くつもりに決まっている!すぐに連れ戻してくる!!」
「待ってください。ここの書類をこのままでいかれるおつもりですか?」
そう言いながら引き止めるホークアイが指す指の先には、未だ未処理の書類の山があった。
「・・・・・あとでやる」
「駄目です」
ここで問答無用で行けば後が怖いことを以前の経験で解っているロイは、すぐにでも行きたい気持ちをかなり押さえ込んでそう答えたが、ホークアイの返した言葉は無情なものだった。
そしてそのホークアイの「書類」という言葉も、半分は本音であるが、本音はただの建前で、妹のように思っているエドを自由に外に行かせてやりたいと思っていた。
ただロイがなぜここまでエドが外に行くことを良しとしないのか解っているため、多少の譲歩は普段からしてはいるが、その譲歩もかなり些細なものだった。
「連れ戻しにいくのなら書類を片付けてからどうぞ」
「・・・・・・・・・」
ちらりと書類を盗み見て、どうして自分はきちんと片付けておかなかったのかと、ロイは頭を抱え込んだ。
そして暫くの間その場で考え込み、ロイの中ででた決断は、後が怖いがエドの事には帰られないと、そのままその場から逃げてエドを追いかけようとした。
しかしそれは予想もいなかった声に止められることになった。
「待ってください!実は姉さんのことについて大事な話があるんです!!」
慌てたアルのその言葉に、エドの名前がなければ、確実にロイは踏みとどまらなかったことだろう。
「・・・大事な話?」
「はい・・・それも、姉さん抜きで、です」
アルのその神妙な表情表情に3人は思わず息を飲んだ。
「実は・・・北のホーンブレンド国との国境にあるチュルコの町に行った際に、ある噂を耳にしたんですよ」
「噂って、どんな?」
そう聞かれたアルはどこか言い辛そうにロイの顔色を覗う。
しかしここで言っておかなければ後々事態は厄介な方向に向くと考え、重たい口をなんとか開いた。
「それがその・・・姉さんと、ホーンブレンドの第一王子が、婚約してるとか・・・どうとか・・・」
アルから発せられた思いもしないことばにホークアイとヒューズは目を見開き、ロイはがたんっと椅子を倒すほどの勢いで立ち上がった。
その表情はもちろん雰囲気にいたるまで、明らかに怒気が含まれており、アルはその予め予想はしていたが、それでもやはりそのロイの様子に半ば恐怖を感じてしまう。
「・・・殿下」
「は、はい!」
ロイの冷静のようで明らかに怒気の含まれているその声に、アルはびくっと肩と声を震わせる。
「その噂の根源は解りますか?」
おそらく直ぐにでもその噂の根源を知れば、そこに報復に行く気満々のロイに射竦められ、アルは逃げ出したくなってしまう。
「さ、さあ・・・・・・なにしろ町中噂してましたから」
「と、なると・・・ホーンブレンド事態がそういうことを言っている可能性が高いな」
「でも変ですね。あそこの王家は割と誠実で、そんな政略紛いの偽噂は流さないと思うんですけど・・・」
「僕もそう思います」
昔ホーンブレンドの王子兄弟がこの城に滞在していたため、エドもアルもあちらの王子兄弟とは顔見知りというよりも、幼馴染に近い感覚の友人なのだ。
そして昔一緒に過ごした経験上から、アルにはこんな偽噂を流すようなことはないと思っていた。
「それで、もう少し調べようと、その噂にもっと詳しい人を探し出したんですけど。その人の話では、古参の誰かが仲を取り持った、という話みたいなんですよね・・・」
そこまで聞いて3人はその噂について合点がいった。
アル自身もそのことを聞きつけた時、すでにこの偽噂のカラクリが解けていたのだっ
た。
古くからこの城に仕えてきている者の中でも地位の高いの者の多くは、なんとかして自分の権力を強めようとするものが多い。
その中で現在の事実上の国家元首にあたるエドの結婚相手に自分の息子を、というものはほぼすべてと言って良い。
この国は伴侶を得ていなければ王位に即位できないと言う掟がある。
そして現在のこの国の状態ならば、エドと婚姻を結んだ瞬間にその相手が王位に就くことになる。
つまりエドの結婚相手を自分の息子にしてしまえば、自動的にこの国で最高の権力が転がり込んでくるというわけである。
それゆえ古参の者の多くは自分の息子を結婚相手にどうかと、ほとんどの者が話をエドに持ちかけ続けている。
だがエドはその全てをことごとく鬱陶しそうに断り続けてきた。
エドにはロイがいるから当然のことだった。
しかし2人はお互い恋人同士であるということを特に親しい者以外に明かしてはいない。
その理由としてエドの方は、ロイが自分と恋人なのは権力が目当てだと思われ、周りにロイが侮辱されるのが嫌なため。
方やロイの方は、あの性格の悪い古参たちがエドに対してくだらない言い掛かりをつける恐れがあるため。
お互いにお互いを思いエドとロイは恋人同士であることを隠してきたのだが、今回はそれが裏目に出ようとしていた。
「内で駄目なら外から、ってことか」
「首謀者は王家同士の仲を取り持つことで両王家に対して強い影響力を持てることになりますからね」
「ある意味、自分の息子を国王にするよりもよっぽど得だな」
自国での自分の権力の拡大のみならず、ホーンブレンドの方にまでその権力を持ち込める。
まさに一石二鳥の策というわけだ。
しかも噂通り婚約を承諾するという話にまで発展してしまっていると仮定すると、ホーンブレンド側との友好的な関係を崩さないためにも、現状で下手に断りを入れることも、真実を明かすこともできるはずがない。
それをすれば確実に相手側と確執が生まれてしまう。
「こちら側の国だけのことなら、多少無理をしてでも元帥が確実にどうにかするでしょうが」
「他国まで関わってちゃーな。ま、仕掛けた奴はそこも計算にいれてるんだけど」
「・・・いくら隠しているとはいえ、普段からのお2人の態度なら、気づく者はきづくでしょうし」
そういってロイの方を見るホークアイとヒューズの目は、「いい加減隠すのをやめろ」という意思が込められていることが嫌でも解った。
もっとも、現在の状況ではばらしたくてもばらせなくなってしまっているのだが。
その2人の視線と、こういう状況を半ば作ってしまった自分の失策に、ロイは眉間に皺を寄せる。
そしてその光景を見つめながら、アルがロイを厳しい目で見つめながら口を開いた。
「ホーンブレンドの第一王子はとても優秀な人物で良い人だし、きっと姉さんを幸せにしてくれると思います・・・」
「王子・・・」
「でも姉さんが好きなのは元帥です。だから姉さんが本当に1番幸せになれる相手は元帥です。だから・・・僕は姉さんの幸せのためにも、元帥以外の人が姉さんと結婚するのは認めません」
きっぱりと言い切ったアルのその言葉は、まるでロイの背中を後押しするかのようなものだった。
そしてアルのその言葉を聞いて暫くの間黙り込んでいたロイだったが、やがて椅子から立ち上りすっと真剣で研ぎ澄まされた刃物のように鋭利な目を見せた。
「ヒューズ、ホークアイ隊長・・・すぐに怪しいと思われる者をしらみつぶしに調べてくれ。それと他の者達にも協力を」
「了解」
「はっ」
「元帥・・・・・」
ロイのその言葉に待ってましたという表情のヒューズとホークアイ、そしてアルは殊のほか嬉しそうに瞳を輝かせた。
そして先程の表情とは一変して優しげな表情で嬉しそうにしているアルをロイの方を見る。
「大丈夫ですよ、王子。姫は私が必ず幸せにしますから。他の誰かに譲る気はない」
そしてそこまで告げるとロイはまたも一変して酷薄な表情で窓の外に視線をやる。
その先はこのオスト王国から北に位置するホーンブレンド国。
「エディは誰にも渡さない」
城で自分に関わる重大なことが話し合われているとも知らないエドは、追っ手がこないかと何度も辺りを見渡しながらやっと目的地に到着した。
そこは城下町の少しはずれにある1件の大きな屋敷だった。
こんこんっとノックをするとパタパタ世話しない足音が聞こえてきた。
「はい、は〜い。ちょっと待ってくださいね」
「ん?この声って・・・」
この屋敷の住人ではない、けれども聞きなれたその声に、まさかとエドは眉を寄せた。
そして扉を開けた人物は、エドが予想していた通りだった。
「ウィンリィ!」
「あら、エドじゃない」
「『エドじゃない』じゃないだろう!?なんで、お前がここにいるんだよ?!」
「遊びにきたからに決まってるでしょう。あんたこそ、また城を抜け出してきたのね」
「・・・・・微妙にお互い様だろう」
ウィンリィは王族の主治医の孫娘で、両親も城勤める優秀な医者のため、ずっと城で暮らしているエドとアルの幼馴染である。
そしてウィンリィ自身も将来は城仕えの医者にと嘱望されている。
ただ彼女は医学にも興味がある反面、機械にも絶大な興味を持っている。
彼女の祖母は両立できているのだから好きにさせれば良いと言っているのだが、両親にいたってはもっぱら医学の方に専念するように言い聞かせている。
そのため城で機械についてのことをやっていると両親が煩いため、こうして城を抜け出して外で機械についての知識や技術を学んでいる。
もっとも王女のエドとは違いかなりすんなりと外に出れるという違いがあるが。
「まあ、まあ。とにかく中に入って」
「お前の家じゃないだろう!」
下手に誤魔化そうとした上、まるで自分の方がこことの付き合いが浅いように思えるウィンリィのその一言にエドは声をあげる。
もともとここをウィンリィに紹介したのはエドで、エドはウィンリィに紹介する前から何度もここを訪れていた。
「勝って知ったる他人の家、ってね」
「・・・親しき仲にも礼儀あり、って言葉知ってるか?」
「その言葉あんたに似合わないわよ」
「・・・・・・・・・」
普段から自分をどういう風に見ているんだと、エドはウィンリィを睨み付けた。
やがてしばらくそんな話題を繰り返しながら少し長い廊下を抜け、1枚の扉を開けてくぐり部屋に入ると、そこには1人の赤髪の少女がいた。
水晶球にまるで眼をつけているような少女の表情に、相変わらずだなとエドが苦笑した時、2人に気がついた少女が満面の笑みを浮かべてその場から立ち上がった。
「あれ〜?エド、いつきたの?」
「ついさっきだよ。にしても、相変わらずだな。アルモニ」
「・・・どういう意味よ」
「当たりもしない占いご苦労様って、こと」
からかうような口調で合掌して見せたエドに、アルモニはぷくっと頬を膨らませる。
「なによ〜!その内ちゃんと当たるようになるわよ!」
「どうだか・・・天気予報ですら10回やって1・2回じゃな」
「うっ・・・それは・・・・・・」
痛いところをついてきたエドの言葉にアルモニはエドを睨みけたまま言葉につまった。
アルモニが苦し紛れエドに言い返そうとしたとき、奥の部屋に続く扉が開き1人の男性が現れた。
「パパ!」
「ヴィルヘルム教授」
現れたのはアルモニの父で、エドの錬金術の師と友人である優秀な錬金術師のヴィルヘルムだった。
ヴィルヘルムはエドの姿を確認すると、少し驚いたような表情をしたが、すぐさまにっこりと微笑んで会釈した。
「いらっしゃいませ、姫様」
「お邪魔してるよ、教授・・・」
「いえ、いえ。姫様に来て頂けるなど光栄なことです。アルモニ、すぐにお茶をお出しして」
「は〜〜い」
「いや、今日は長居するつもりはないから」
父親に促されてお茶の準備に向かおうとするアルモニは慌てた様子のエドの言葉に足を止め、不思議そうな表情を向けた。
「なに?今日何かあるの?」
「いや・・・その・・・・・」
少し顔を赤らめながらエドはロイとした約束を思い出していた。
昨日外に行ったことがハボックが口を滑らしたことで、ロイに外に出掛けたという証拠を握られてしまった。
そのため今日は外出禁止と堂々とロイに言われ、それに対して承諾するしかなかった。
しかしその約束を現在破ってここにきている。
おそらくロイにはばればれのだが、せめて早く帰ればなんとかなるかもしれないというのがエドの考えなのである。
それは約束を破り、後でどんなに怒られようと、ここにくる必要がどうしてもエドにはあったため、そう考えて気を楽にするしか他になかったためである。
そして他の3人はそんなエドの様子から大体の理由を察していた。
「そうですか。ならこちらも早々に申し上げましょう。大体は進みましたが、やはりまだ難航しています」
「そっか・・・・・」
「すいません・・・」
「いや、教授が誤ることなんてないよ。俺が教授に勝手に頼み込んだんだしさ」
しかしそうは言ったものの、エドの表情はどこか暗かった。
その表情にいつもの明るいエドとのギャップで、3人は余計に心配になってしまう。
「・・・ったく。あいつが余計なもの残すから、ややこしいことになるんだ」
「姫様・・・・・父王様をそんなに悪く言うものではありませんよ」
「あんな奴しらないよ・・・・・」
エドは突如蒸発し、王の責務を投げ出した父親をあまり心よく思っていない。
そのうえ最近になって発見してた彼の残した「厄介なもの」のせいでますます嫌悪感が増しているのである。
「・・・とにかく、あれには俺の将来がかかっているんだから」
「解っています。必ずお役に立って見せますよ」
「・・・・・頼む」
この時お互いの未来にとってそれぞれもう1つの障害があることを、エドもロイも各々知るよしもなかった。
だがエドがもう片方のことを知るまではそう長くはない。
あとがき
思ったよりも長くなりました。
今回ウィンリィと、ゲームの方からアルモニとヴィルヘルム教授も引っ張ってきました。
結構気に入ってるんですよね、この親子(特に娘)
そして当然エドの師匠で教授の友人となれば、あのお方です(^^)
隣国の王子兄弟もハガレンファンならきっとピンっときたはずです。
ええ、ハガレンでエルリック兄弟以外の兄弟といえばあの2人でしょう。(注:殺人鬼兄弟と間違われる方はまったくいないと思いますが)
その今回名前・・・というか、存在だけが出てきた3人は次に出します。
それでは他にも説明しなければならないことがあるかもしれませんが、とりあえず逃げます!;