Seven flames
3:Captivity
それは、アッシュにとって初めての経験だった。
否、普通の人間が普通に暮らしている上で、今の現状はどう考えても一生ありえないようなことだった。
魔物に攫われて空中散歩など、当然彼にとっては前代未聞だ。
「おいっ・・どこに連れて行くつもりだ?」
カイツルールの軍港に到着した瞬間、いきなり自分を捕まえた魔物を操っている張本人に向かって、アッシュは不機嫌さを隠すこともなくそう尋ねた。
するとアッシュを捕まえている魔物と同じ鳥型の魔物に運ばれている張本人、アリエッタは少し怯みながらも素直に答えた。
「コーラル城、です」
「・・コーラル城?父上の別荘だったあの・・・?」
「そう、です」
「・・なぜあんな所に・・いや、それ以前に何故俺を捕まえた。お前達はイオンを捕まえたいのではなかったのか?」
アッシュのその問いかけに、しかしアリエッタはふるふると首を横に振った。
「・・・今回は任務じゃないの・・・・・ルークに頼まれたから・・・」
「ルーク・・『七焔』のルークか?!」
その名前を聞いた瞬間フーブラス川でみた自分と瓜二つ少女の顔が頭に浮かんだ。
あれ以来何故同じ顔をしているのか、一体何者なのかと密かに気にはなっていた。
しかしどう考えてもアッシュ自身には思い当たる節など一切ない。
7年前の誘拐騒動の一連の記憶はないとはいえ、それ以外の記憶はしっかりとある自分に、兄弟などいないことは明白だった。
そうして必死にルークの正体を考える思考の海にアッシュが沈む中、彼等はコーラル城に到着したのだった。
気がつくとそのこは何かの機械の上だった。
コーラル城に到着して何時の間にか気絶させられたアッシュは、気がついてみれば見覚えのない大きな機械の中央に仰向けに寝かせられていた。
身体を動かそうと必死にもがくが、何かに固定されているのか動かすことは出来ない。
それ以前に、ここは本当にコーラル城なのかと思わず眉を寄せた。
少なくともアッシュ自身が知る限り、こんな巨大な音機関がここにあるということは知らない。
まして父がこんなものをこんな場所に抱えているとはとても思えない。
ならこれは誰がなんの目的でこんな場所に作ったのだろうと考えていると、近くで聞いたことのない人の話し声が聞こえてきた。
「・・・な〜るほど。音素振動数まで同じとはねえ」
「そんなことはどうでもいいよ。奴等がここにくる前に早くすませてよね・・・」
「まあ・・ルークの方は先にすませましたから、さして問題はないと思いますが」
「・・ルークは両方って言ってたろ。良いから早くしなよ」
「・・・まったく、貴方は本当にルークに甘いですよね。どうせ叶わないのに・・・健気というか・・なんというか・・・」
「・・ディスト・・余計な事言うと・・・その口強制的に塞ぐよ・・・」
「あれ?2人とも・・・ひょっとしてけんかでもしてんのか?」
何やら妙な言い合いを始めた2人の元に、アッシュにとっては1度聞いたことのある声が足音と共に近づいてきた。
「・・ルーク・・・今のどこから聞いて・・・」
「ん?シンクが『その口強制的に塞ぐ』とかいった辺りだから、最後の方?・・・まあ、どうせディストがなんか変なこと言ってシンク怒らせたんだろうとは思ったけど・・・」
ルークのその言葉にシンクは密かにほっと胸を撫で下ろし、ディストの方は少し不服そうに抗議の声を上げていた。
「・・ちょっと待ってください、ルーク。今のさも何時も私が悪いような言い分はなんですか?」
「えっ?だって大抵そうじゃない?」
「そうだね。その通りだね」
「・・きーーっ!なんですか2人して!この似非姉弟!!」
「あっ!そういう言い方ないと思う!」
「とーにかーく!私はやることはやりました。同調フォンスロットは双方共開きましたから、後は好きにしてください!」
そう言って半ばやけくそのようにそのまま去ろうとしたディストだが、ふと1度振り返って律儀にも言葉をかける。
「ああ、そうそう。この情報は私の方で預かって解析させてもらいますよ。元々そういう条件でしたしね」
「解ってる。お前こそ、師匠達にちくったりするなよ」
「勿論ですよ。では、これで」
そう言うと今度こそディストは本当にその場から颯爽と去っていた。
その去っていった場所を見ながら仮面ごしではあるが、少し呆れた表情をしながらシンクは溜息をついた。
「まったく・・あいつといると疲れるよ」
「そうか?俺は結構面白いと思うけど」
ルークのその発言に、シンクはまた溜息をついた。
「・・・それより、どうやらお目覚めみたいだよ」
「えっ・・・?」
シンクのその言葉にルークは一瞬きょとんとし、やがてはっと気がついて振り返ってみると、そこには無言のままこちらを睨んでいるアッシュの姿があった。
その起きているアッシュの姿を見たルークは、ぱああっとどこか表情を明るくさせた。
「わっ!ごめんなアッシュ気づかなくて。しかも無理やり連れてきてこんな状況で・・・でも、こうしてまた会えて嬉しいよ!」
そう言ってにっこりと微笑むルークの姿に、アッシュは自分と同じ顔であるはずなのに一瞬見とれてしまう。
しかしすぐにはっとして再び睨みながら口を開いた。
「・・・お前達一体・・俺に何を・・・」
「あっ・・それは・・・・・」
「答える義理はないね」
アッシュのその問いかけにルークが少し複雑そうな表情を浮かべ思わず口をすべらせそうになるよりも早く、何やら不機嫌さを含んだシンクのきっぱりとした言葉によって切って捨てられた。
そのシンクの返答にさすがのルークも慌てる。
「ちょっ・・シンク・・・そんな言い方・・・」
「事実だよ・・大体今こいつに話しても・・・」
続くはずだったシンクの言葉は、不意に2人が感じ取った気配によって止められた。
そしてはっきりと聞こえてきた足音にそちらに視線を動かせば、こちらに向かって斬りかかってくる人影を認めて2人はその場からとっさに距離をとった。
その時、避ける弾みでシンクが落とした円盤状の何かをその斬りかかってきた人物に拾われていた。
それを何だという表情で眺めているその人物に、シンクは瞬時に取り返そうと飛び掛ったが、相手もとっさに剣でシンクの蹴りを防いでいた。
そしてその後、一撃、二撃と続いた攻防の際、偶然シンクの仮面に剣の切っ先が当たり、そのままシンクの仮面が外れ飛んでしまった。
「・・っ、シンク!」
これには慌てたのはシンク本人だけではなくルークも同じだった。
「・・・あれ・・・・・?おまえ・・・・・?」
「ガイ!どうしたの?」
そのシンクの顔を正面から凝視しているガイを確認し、ルークは焦ってそのまま飛び出していた。
そして仲間の声に反応して隙の出来たガイに向かって、剣を抜き放ち、勿論殺すつもりはないので牽制程度のつもりで剣を振った。
案の定ルークへの対処で彼の意識から一時的にシンクが消え、その隙をついてシンクはすぐさま仮面を拾い上げに走り、そのまま身に着けた。
それを見てほっと胸を撫で下ろしたルークは、他の人間達が来る前にすぐさまガイから距離をとってシンクと並んだ。
そして続々と集まってくる人物達を見ながら、2人は先程よりは比較的呑気に会話をしていた。
「他の奴等も追いついてきたみたいだね・・・」
「そうみたいだな・・・じゃ、引き上げるか」
「ちょっ・・・待て・・・」
「ここでの僕達の用事は終わった。そっちに合わせる義理はないね」
慌てて引きとめようとする相手側に、挑発的ともとれるシンクのその言葉に苦笑を浮かべながら、ルークは目の前の面々に明るく声をかけた。
「本当・・迷惑かけて悪かった。じゃ、俺達はこれで・・・・・アッシュ、また会おうな!イオンのことよろしく!」
そう言ってとても敵に送るような言葉とは思えない、どちらかというと友好的とも取れるルークのその言葉に、一部の面々が呆然とする中、ルークとシンクは颯爽とその場から姿を消していった。
そして2人が姿を消したとほぼ同時に、ジェイドが音機関を操作し終え、ようやくアッシュは煩わしい拘束から抜け出すことができ、深く溜息をつきながら立ち上がって音機関の上から下りた。
そんな中、ぼーっと何か考え込んでいる様子のガイに気づいたイオンが彼に声をかける。
「どうしました?ガイ」
そのイオンの声にはっとしたガイは、一瞬イオンの顔を見た後、すぐに視線を逸らして別の話題を持ち出す。
「・・いや、なんでもないよ。変な音譜盤を手に知れたから何かと思ってさ」
「後でジェイドに調べてもらいましょう」
ガイの言葉に素直に返答するイオンだったが、ガイは自分が口にした事よりも、先程のシンクの顔の事が気がかりになっていた。
一方、解放されたアッシュは疑問符を浮かべたティアと会話をしていた。
「・・・大丈夫?アッシュ。一体あなたを攫ってなんのつもりだったのかしら・・・」
「さあな・・こっちが聞きたい・・・だが・・・」
そう言ってアッシュがふと思い出したのは、敵意がないどころか、無邪気で嬉しそうなルークの微笑だった。
しかしそれは一瞬のことで、無理やり頭からかき消そうとするように彼は首を横に振った。
「もう!アリエッタのせいよ!あのコただじゃおかないからっ!」
「・・・アニス、そんな言い方はよくありませんよ」
アッシュがカイツールで攫われた現場を目撃したゆえに、アニスが事の原因はアリエッタにあると腹を立てていると、イオンがそれを嗜めるように言葉をかけていた。
「けど、イオン様・・・」
「今回の件は、ルークも関わっていたようですし、きっとルークに頼まれたのでしょう。それにルークにしても、アッシュに危害を加えるような事はしていないはずです」
イオンのその言葉が正しいことはこの場にいる人間の中ではアッシュが誰よりも解っていた。
ここに連れてこられる時、アッシュは今回の件はルークから頼まれたと聞いたし、確かに何かされたのはわかってはいるが、今のところ別段身体に何かの影響などはないからだ。
そんな中、ガイが少し不思議そうにイオンに声をかけた。
「・・・随分、イオンはルークって奴を買ってるんだな」
「そうですね・・・買っているというよりは、信頼ですね・・・僕にとって・・いえ、アリエッタやシンクにとっても、ルークは姉同然の存在ですから。・・・シンクはちょっと違うかもしれませんが」
最後の方は少し小声で苦笑しながらだったが、イオンのルークをそう語る表情と声は、とても嬉しそうなもので、本当にそう思っていることが良く解った。
「ルークはとても優しい人です。それほど警戒する必要はないと思いますよ」
「ですが・・彼女は六神将の・・・」
「六神将といっても、ルークはあまり自分が気に入らない任務は、適当にはぐらかして有耶無耶にしますから。シンクやアリエッタも、基本的にはルークの言うことが第一ですので・・・」
そこでイオンは思い出しながら苦笑していた。
そしてその場にいた殆どの人間がそのイオンの言葉に、本当にそれで良いのかと内心突っ込んでいたのだった。
コーラル城から少し離れたその場所に辿り着いたルークとシオンは、そこで落ち合うはずだった人物達を見つけて声をかけた。
「アリエッタ。ミュウ」
「あっ、ルーク」
「ご主人様ですの!」
ルークが声をかけると彼女の姿をすぐに確認した1人と1匹は、一目散にルークの元に走り寄って飛びついてくる。
どうやら本当に互いの間にあった蟠りはなくなったようで、先程までアリエッタとミュウが仲良く会話をしていた光景を思い出しながら、ルークは嬉しそうに2人の頭をそれぞれ撫でてやった。
「アリエッタありがとうな。お前が友達に頼んでアッシュを運んでくれたおかげで上手くいったよ」
「ルークの頼みだから、当然」
「ご主人様!ミュウは、ですの」
「・・・お前は何もしてないだろ」
「みゅううぅぅ・・・」
ルークに誉められているアリエッタが羨ましいのか、瞳をきらきらさせながら尋ねてきたミュウに、ルークがきっぱりと言葉をなげかけると、ミュウは小さく項垂れてしまう。
その様子にはあっと溜息をつきながらルークは仕方ないというように口を開いた。
「解った・・・良く大人しくアリエッタと待ってたよ」
「みゅう!はいですの!!ミュウ大人しくしてたですの!」
そう言って一気に喜怒哀楽の哀から喜に感情を一変させたミュウは、心底誇らしそうにそう言い、ルークからまた溜息がこぼれた。
「・・・ルーク以上のぼけか」
そんなルーク達のやり取りと見ていたシンクがぼそりと呟くと、ルークはぎろりと軽くそちらを睨みながら口を開いた。
「・・シンク。今、なんて言った?」
「いや別に・・・それより、僕はそろそろ行くよ」
ルークの問いかけに目線を逸らしながら短く答えた後、シンクはすぐにでも出発するという意向を口にした。
「えっ?なんでだよ?」
「・・・一応、奴等が今持ってる音譜盤を回収いてこなきゃいけないからね」
「なんで?だってあれ、あいつらに今後のヴァン師匠の計画のヒントとして、わざと落として拾わせたんじゃないか」
ルークそのその言い分は確かなのだが、詰めが甘いなという意味でシンクは溜息をついた。
「あのね・・・あれは所謂計画書みたいなものでもあるんだよ。そんなもの・・なくしたなんて言って、ヴァンが納得すると思う?」
「あっ・・・・・」
「下手をすると、わざと奴等に渡したって考えるかもしれない・・まあ、それは正しいけど。とりあえず、取られて回収に出向いたって方が、怪しまれないですむ可能性が比較的ないだけましでしょ?」
「確かに・・・・・」
「まあ、当然奴等が内容知るまでは回収しないけど。確か・・カイツールからの航路だとケセドニアに立ち寄るはず・・・あそに住んでるアスターって奴が解析機を持ってるはずだから、解析が終わった辺りで回収の時間合わせるよ」
「解った・・よろしく頼む」
シンクの言葉に深々と頷いて納得したルークは、何時にない真剣な顔でシンクに向かってそう言った。
ルークのその言葉を聞いてシンクは少し口角を上げて返事をすると、ルーク達に背を向けて歩き出し、数歩いったところでぼそりと呟いた。
「・・・それと、ささやかな意地悪くらいしてこようかな」
その言葉は当然ルークには聞こえていなかった。
「さてと。じゃあ、俺達も行くか」
「はいですの!」
立ち去るシンクを見送った後、ルークがそう言って声をかけるとミュウの元気な返事が返ってきた。
しかしここでいつもなら大人しそうな声でアリエッタの返事も返ってきても良いはずなのに、それが今回何故かないことに気づいたルークはアリエッタを不思議そうに見た。
「どうかしたか?アリエッタ・・・」
「ルーク・・・」
自分に向かって尋ねてくるルークに、アリエッタは少し複雑そうな表情をしながら口を開いた。
「・・あんまり、シンクを信用しすぎないほうが良いかも・・・」
「ん?なんでだ?シンクは頼りになるし、絶対に俺達を裏切ったりしないよ」
「それはそうだけど・・・そういうことじゃなくて・・・」
そこまで言ってアリエッタは言葉を切り、はあっと溜息をついた。
そのアリエッタの意図がやはり解らず、小首を傾げるルークに対して、アリエッタはルークに聞こえないくらいの声でぼそりと呟いた。
「・・・シンクだって、嫉妬くらいするのに・・・ちょっとかわいそう、かも」
「・・なんか言ったか?」
「・・なんでもない」
あからさまな想いに未だ張本人であるルークに気づかれる気配すらないその事実に、アリエッタはシンクに少し同情をしながら再び溜息をついたのだった。
あとがき
これでアシュルクフラグは立ちましたか?
書いていて1番楽しかったのは、ルーク、シンク、ディストの漫才でした(笑)
ルークはシンクの気持ちにだけではなく自分の気持ちにさえ現段階では気づいていませんので・・・;
逆にシンクはルークの気持ちが解っているので、ルークの幸せを願いつつ、アッシュの嫉妬しつつ、でもルークの味方なので結局はルークがアッシュとくっつくのを黙認してしまう損な役回りだったり・・(おいっ)
でも時々、悔しくてささやかな意地悪(?)くらいはしますが・・・;(アッシュに対して)
そしてシンクの事にアリエッタとイオンからは同情されていたりします・・・
イオンに関してはシンクと違ってルークに対する感情は完全に姉に対する家族愛です。