「フィルター越しに恋をしている」


「......昼からボーっとしてるなんて珍しいな」

イギリスの声が聞こえる。二三度頭の中でソレを反復して、あぁ、今の自分の状態の理由を聞かれているんだ。と
意識した。
昼といっても夕方だ。でも、そんな事を訂正するのは面倒だ。

「んん〜?どうした。目線が色っぽくて惚れちゃった?」

にへ。と笑って、ソファの後ろに立っているイギリスを振り返ると、いや。と少し真剣そうな顔で、くん。と鼻をひくつかせる。

「酒でも......じゃないよな。......なんか、焦点あってねぇよお前」

そりゃ...またなんでだろうな?
そう答えたつもりだが、フランスの口は動かない。
あれ。喋ったつもりだったんだけど。
天井とソレを支える柱が装飾品とともに揺れるのを目の端で捕らえて、おいで。とイギリスを呼んだ。
どうもこの状態のフランスに、不安は抱いても危機感を抱くまではない、と判断したのか、
イギリスが珍しく自分からフランスの向かいのソファではなく、フランスの真横に座る。

「ん。どうしたよ。いつもは目の前に座るのに。...知ってるかぁ?座り方にも意図するところがあるっての。
向かい側なら敵対関係。斜め前は...なんだったかな。90度が友人の席。さて、真横は何だ?」

「しらねぇよ。テーブルマナーは知ってても、座席はいつも指定されてんだから。」
特に俺なんかは。とぶっきらぼうにイギリスは言って口を尖らせた。

「それで、真横は何なんだ?」

「さぁねぇ。俺も忘れちゃったぁ」

あは。ソファの背に腕をかけて、その広げた腕のうちに収まるようにイギリスが座っている。
随分いい光景だと思った。

テーブルに置かれたのはデカンタに入ったミネラルウォーター。
アンティークの机には薄い陶磁器の一輪挿し。
勿論この前購入したばかりのソファは深紅でベルベット。
肘掛やら背もたれの淵には金の装飾が付いていて、フランスの金髪とは同化してしまうが、イギリスの深みがかった金糸にはきっと巧く映えている。

実にいい光景だ。
実にいい光景に違いない。

静かに扉が開いて、給仕が紅茶のポットとティーカップを置いていく。
イギリスがソレを手にとり、すん。と香りを嗅いで、
「あぁ、流石は美食の国だ」
珍しくその紅茶を褒めた。
暗褐色のそれを転がすように口に含んで
ゴールドか?と驚いたように呟いた。

にやりと笑って、良い気分のままイギリスの背に、正確には背もたれに預けていた手を、イギリスの肩に回した。

「ご名答。俺が管理してる農園のだ、シルバー・ゴールド全てこっちに回させてる。勿論商品化はしてない。何でか解るかな?お前なんかにわかるかなぁ?」

「言わなくても解るっつの。どーせ自分のためだけに一個使ってんだろ。」

大した道楽だ。とイギリスが苦笑して、それでも、再びカップに口を寄せた。

「そうそう。俺のためだけ。ぜーんぶ、シルバー。ゴールドチップも、ファーストフラッシュも。セカンドフラッシュも。
オータムナルも、全て俺の目が届いた逸品。俺のためだけの俺のブランドだ。......どうだ、美味いだろう?」

「このクォリティなら、市場に出したらきっとえらいことになると思うんだがな。」

「やだよぅ。俺はこういったものを一人で大事にするのが好きなんだよ。世間に出しちまうとなぁ。
評論家気取った俗物のニンゲンサマにあれやこれやケチつけられる。俺が大事に守ってるんだ。誰にも見せないように。誰にも触らせないように。」

ふらふらとした頭が次から次にぽろぽろと喋りだす。
こくり、と最後の雫を飲み干したイギリスを、片腕で緩く抱き寄せて、ぐらつく頭をその金髪の上に乗せた。

「なんだよ、お前本当に酒でも飲んでるのか?」

迷惑といった風でもない、その声に、酒は飲んでないよう。と笑って返す。
ポットにてを伸ばして、もう一度紅茶を注ごうとする手をやわりと掴んで、それに驚いたイギリスがこちらを向く。
そのままイギリスの方に重心を倒すのと同時に、触れるだけのキスをして、それでも顔が引き攣っているだけで抵抗がないから。
あぁ今日は帰してあげない。と、言葉が意味もなく反響して空虚に騒々しい頭の中でひっそり思った。

押し倒して、何度も薄い唇を吸う。
団々甘い声が息継ぎと共に漏れて、口付けだけに快楽を探そうと、イギリスが、くんと僅かに口を開いた。

「なんだ。最近巧くなったなぁ。誘い方。」

軽く舌をちらつかせる様子に、はは。と差し出された唇へ噛み付こうとしたら、不快そうに眉を寄せられた。

「別に...ん......楽しいか...く」

「あ、そ。」

息苦しさに涙をこぼす瞳を人差し指でそっと撫でて、ぐらりと、視界がまたぶれた。
あぁ、まずいな。酷く効いている。
黙って頭を抑えると、イギリスが目を開いて、やはり。と言った顔をする。

肩を掴まれてイギリスに押されて体を起こす。
すぐに怒声が響く。

「てめぇ何飲んだ!!とっととはかねぇと口ン中に手ぇ突っ込んで園芸用のホースで胃洗浄するぞ!!!」

おおう。思わず笑った。
なんとも恐ろしい台詞である。
園芸用のホースの太さを少しばかり想像してほしい。

「なんだよぅ...折角いい気分だったのに。お前だってさ、......同じだろ?」

ふにゃ、とまどろむような顔に、一瞬だけ自分の中で一番怖い笑顔を乗せる。
イギリスは身構えたが、ソレは本当に一瞬で。

一瞬だから、本当の発露だった。


気持ちというのはいつも移ろいやすく、だから瞬間が全てで、全てを瞬間に篭めるのだ。
なんで、瞬間しか人は素直になれないのだろう。
大人になると、その瞬間さえ忘れがちで、まったく困ってしまう。フランスは笑った。


はい、続き続きー。
そう言って再びイギリスの肩を掴むと、それ以上の力でフランスは胸板を抑えられた。
引き攣った、それでも強かそうに笑ってみせるイギリスがいる。

「は。今のお前が使いモンになるかよ。勃つもんなら勃ててみろっての」

「なにそれ。俺に対する宣戦布告ですか?いーだろう。その代わりどんだけ泣く事になっても知んないからな?」

「...ッやめ!!」

どん、と力に任せてイギリスを突き飛ばしフランスがそれに覆いかぶさる。
急激な体勢の移動に耐え切れなかったのは

フランスの頭の方だった。

「あ...れ」

ぐるん、と目を「ぶっ飛ばすように」彷徨わせて、何もないはずの天井を振り返った。
何処を見ているか解らない。
視界が揺れるから、揺れる方向へと頭を向けただけで、別にフランスは天井に用事があったわけではない。

そういえば、床はどちらだ。

視界が膨張する。

首をぐきりと回したまま。
重力に引かれましたといわんばかりに突き飛ばされたイギリスの上に崩れ落ちた。

「あれ。お前の体暖かいね。いいなぁ。」

それだけ呟いて、フランスは漸く目を閉じた。

聞こえたため息はイギリスのものだった

Present from
*ぴえさま



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