Un baiser,mais a tout prendre,qu'est-ce? 髭は嫌いだ。特に無精ひげなんてもってのほかだ。だらしない人間には苛々する。そもそも俺は男を恋愛の対象として見る趣味などなく、胸毛まで立派に生やすこの男は、あらゆる点から見ても、俺のタイプとは言いがたい。 「睨むのはよせよ」 「うるせぇ、髭が痛ぇんだよ」 おもむろにキッチンから戻った男は、俺から本を取り上げ、頬にキスをした。ついでのように頬をすり合わされ、こいつのトレードマークにすらなりつつある顎の無精ひげがざりざりと居心地の悪い感触を残す。 「ああ、悪い悪い。坊ちゃんはお髭がまだ薄いもんな」 余裕たっぷりの笑みを浮かべる男は、それこそ腐ったものも分解されつくすくらい昔からの腐れ縁で繋がっている、隣国の主だ。 料理の邪魔になるからと、後ろで一まとめに束ねた髪は、肩につくくらいの金髪で、ゆるくウェーブがかかっている。 本当に、何もかも気に喰わない。俺をいつまでもガキ扱いする癖も、無駄に整った顔も、その低い声も、何もかもだ。 「・・いいかげん離れろよ」 「ほら、その前に、」 薄い唇を指して、フランスはさらに顔を近づけてくる。 「汚ねぇ顔を近づけんな」 「人に何かしてもらうには、それ相応の報酬ってもんが必要だろう。まあ、お前なんかのキスで勘弁してやろうっていうお兄さんの心の広さに感謝しろよ」 そう言って至近距離で見つめてくるフランスの胸板を力任せに押しのけてやった。何でもお見通しだと言いたげなその青い目も不愉快だ。 「死ね、髭野朗」 「口が悪いね。お前がこれ以上味覚破壊起こさねぇように、わざわざランチを作りに海を越えてきてやったんだぜ」 「頼んでねぇ」 「はいはい」 俺の憎まれ口なんてこいつには何一つ届かない。昔からそうだった。ぶつくさと俺が文句を言ったところでこいつはさらりと流してしまうのだ。 「もうちょっとでできるからいい子で待ってなさい」 一瞬で離れるだけのキスをして、フランスはすっと俺から離れる。まるで、何事もなかったかのように。いや、それでいいのだ。意味を持たせるにはあまりにも軽い。ましてや俺とヤツはただの腐れ縁。それならば、放っておけばいいものを、こうして気紛れというにはまめな頻度で俺をかまう。 それがまた気に喰わない。こいつはある意味、俺を苛々させる点に関しては天才なのではないかとも思う。 「・・・フランス」 「ん、なんだ?」 頼んでもいないのに飯を作りに来ては、報酬だと称してキスをねだる酔狂な野郎の真意は、俺には一生理解できないだろう。しかし、愛の国だと自称する男は、軽薄そうに見えて案外世話焼きなので、俺をただ哀れんでいるだけなのかもしれない。それを誤魔化すためにこうやって適当な言葉やスキンシップなんかで煙に巻いているのではないか。 証拠に、こいつが求めるのは、ただの挨拶程度、もしくはそれの延長線上にある程度のものだ。 「哀れみはいらない」 だから、気に喰わないというのだ。 太陽のような金色の髪も、深海のように透き通った青い瞳も、耳をくすぐる低い声も、俺を甘やかす態度も、何も、かも。 俺に背を向けたまま髪をまとめなおすフランスの背中は広い。とっくに背の高さはおいついた。喧嘩なら負けない。口で負けるつもりもない。でも、こいつはいつだって寛容に笑ってみせるのだ。 「あ、なんか言ったか」 ただ、この男を構成するものの中で唯一役に立つものがあるとすれば、この男のちゃらついた長髪だろうか。役に立つといっても、ひっぱるのに便利なだけだが。 「フランス」 髪を引っ張って振り向かせたフランスは、俺が力任せに放った拳を危機一髪で受け止めたが、反動でよろめく。 「うわ、お前何して、」 「ご褒美だ」 そのままキスをしてやった。こいつが俺にする、子供だましのような唇をすり合わせるだけのキスではない。 そう、こいつに相応しい、フレンチキスだ。 |