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 ヴァイオレット奇譚「Chapter36・"真夜中の侵略者[2]"」



 新校舎へ近づくにつれ、万莉亜は不安を覚え始めていた。
 僅か先にある校舎の窓ガラスにはどういったわけか点々と血が飛び散っている。中には割れているものもある。 ひびが入っているものはもっと多い。中で何が起こっているのか、想像するのはそれほど難しくなかった。
 そんな彼女の不安をよそに、クレアは黙ったまま新校舎へ急ぎ足で向かい、かと思えばその玄関を無視して 校舎の裏手に回る。やがて走り続けた二人の前に現れた黒い螺旋階段。茂みの中にぼんやりと浮かぶそれは いくらか幻想的で、そして頼りない。
 けれど万莉亜は、それがしっかりと機能していることを知っていた。以前梨佳と鉢合わせる事を恐れ自分が利用した 理事長室へ直通の螺旋階段。ステンレスの手すりは冷たくて、そして硬質だった。
「これを……」
 のぼるんですか? そう訊ねようと僅か前方にいるクレアの頭を見上げようとした時、ふいに振り返った彼が 小さく舌打ちをして万莉亜の頭をぐいっと下へ押し付けた。その力にされるがままに、万莉亜は体を折り、地面へと伏せる。それを さらに覆い隠すようにしてクレアの体が重なった。
 何がなんだか分からずに僅かな隙間から前方を覗き見る。
 若い男。まだ十代後半だろうか。肩まで伸ばした髪を丁寧にセットした、お洒落な青年だ。 そのあまりの人間らしさに、一瞬迷い込んだ一般市民かと錯覚してしまうが、彼の持っている拳銃が その錯覚を見事に打ち砕いてくれる。それから、派手な色のシャツにこびりついた赤い血も。
――……第四世代……?
 あれが、自分たちを旧校舎で追い掛け回していた犯人? わけの分からない黒い糸状の化け物を 操っていた……
「ク、クレアさん」
 そう考えると恐怖で居た堪れなくなり、思わず覆いかぶさっている青年の名を呼ぶ。 クレアは自分の下でうずくまっている万莉亜の頭を軽く撫でてから、人差し指を唇に当てた。 首をひねってその動作を見た万莉亜が、コクコクと頷く。どうするつもりなのかはさっぱり分からないが、 自分には何も出来ない。今は大人しく彼に従うほかないのだ。
「静かに、何があっても、叫んだりしないで」
 ほとんど息だけの声で彼がそうささやく。一言一言を区切って、小さな子に言い聞かせるような口調だった。
「音を立てないように、あの木の影に」
 短く指示を出され万莉亜が視線を左に移す。新校舎の裏手に植えられた桜の木。 春になるとこれが満開に咲いて、歩道を通る通行人がよく立ち止まる。季節はずれの今多少貧相に見えても、 女の子一人隠すには十分な存在感。
「私だけ……?」
 不安そうに問われた言葉にクレアが頷く。
 桜の木までの距離はおよそ1メートル。ほんの数歩の距離ではあったが、 前方で瞳をぎらつかせた若者が辺りを警戒しながら歩き回っていることを考えると、絶望したくなるような距離だ。
 しかし選択の余地は無い。
 万莉亜はおもむろに履いていた黒い革のローファーを静かに脱ぎ、それを胸に抱えながらそろりそろりと 爪先立ちで移動を始める。小さな砂利を踏みつけるたびにぐにゃりとした感覚と僅かな痛みを感じたが、 硬い靴底でざりざりと音を立てるよりはましだ。
 若い男がキョロキョロと辺りを探索している中、万莉亜は彼の様子を一瞥もせずにまっすぐに 桜の木の影へとたどり着く。
 てっきり相手の様子を伺いながら少しずつ移動をするものかと思っていたクレアは、その大胆な手口と据わりきった度胸に驚き、 なぜか込み上げてきた笑いを噛み殺した。
 相手は未だ螺旋階段の辺りを右往左往している。目には映らなくとも、何か感じるものがあるのかもしれない。
――鋭いね
 心の中でそっと称えた。
 第三世代の惑わしに疑いを持つだなんて、並みの第四世代に出来ることではない。 アンジェリアに歯が立たない自分とは違い、彼は上の世代に僅かではあるが惑わされない鋭さがある。 万莉亜に導かれてもなおあの階段を認めることの出来ない瑛士とは同じ世代と言えども天と地の違いがあるのだろう。いわゆるエースだ。 しかし不可解な化け物の中で多少優れていたとして、それが何の価値を持つのかは知らないが。

――上手く、いくかな
 空を見上げた。風の無い夜。雲は月にかかったまま中々動こうとはしない。そんな中で、 強くイメージしてみる。突然の突風。頬にかかる髪。舞い散って目の中に飛び込んでくる塵。唸る音。
「うわっ……!」
 螺旋階段の近くでウロウロと警戒していた男が突然右手を上げて顔を覆う。 ありもしない風から身を守るようにして、彼が構えた瞬間、その場からクレアが飛び出した。

 ゴ、と鈍い音がして万莉亜が隠れていた木の陰から顔を半分だけ覗かせる。
 まるで短距離走者のクラウチングスタートのようにすばやく、跳ねるようにして視界から消えたクレアを追って キョロキョロしている間に、いつのまにか彼は相手に飛び掛り、その背後から敵の首を締め上げていた。
 さほど体格に差の無さそうな青年二人ではあったが、油断が決め手となって今はもう覆せないほどの アドバンテージがクレアにある。ぎっちりと隙間無くまわされた相手の腕によって呼吸困難に陥った男は、 目を剥きながら泡を吹き、やがてがっくりと落ちていった。それを怯えながら見ていた万莉亜が一歩踏み出そうとしたところで 足を止める。力なく崩れていく相手の頭部をがっちと掴んだクレアが、今度はそれを容赦なくあらぬ方向へと力任せに 捻り、骨の折れる不快な音が辺りに響いた。
――そ、そんな……
 そこまでしなくても……。そう思って震える両手を握り締める。
 いや、そこまでする必要があったとしても、彼の行いにためらいが無いのが嫌だった。

 小さく息を吐いた後、彼は万莉亜を呼び寄せて額の汗を拭う。
 自分と同等の体格の男を締め上げるのはやはり至難の業らしく、彼にしてはめずらしく息の上がったその様子を しげしげと見上げながら、どうせなら、と心の中で呟いた。
 どうせ人間ではないのなら、魔法でも何でも不思議な力を使って戦ってくれたらいいのに。
 まったく手前勝手な話ではあったが、生々しい方法で相手を痛めつけるクレアを見ていると心が痛む。
「どうしたの?」
 複雑そうな表情を浮かべる万莉亜をクレアが覗き込む。
 言えるわけも無い。彼らには彼らの目的があって、彼らには彼らの敵がいる。 そんな中で最善を尽くそうとしている相手のやり方に、口を挟めるわけが無い。 だから今までは目をつぶってきた。見えないふりをしてきた。それなのに今に限って、今日に限ってこんなに不快感を感じるのだろう。
 これ以上、自分の知らないクレアを知りたくない。
「万莉亜?」
「いえ、大丈夫です」
 万莉亜は慌てて首を振り、手を引かれるがままに螺旋階段を駆け上った。
 自分勝手な思いが止められない。これが恋なら、なんて身勝手な感情だろう。



 理事長室は、奇妙な静寂に包まれていた。
 クレアは理事長室へたどり着くなりベッドに腰掛けて、随分と長いため息をつきながら天井を見上げた。 一方の万莉亜は、所在なさげにキョロキョロとせわしなく視線を彷徨わせている。
 そんな中、突然静寂を切り裂くような銃声が階下より響き渡る。
 驚いて肩を震わせた万莉亜をよそにクレアは音の方向を一瞥だけすると、疲れきった顔を両手で覆った。
――もう少し……
 ここからが正念場だ。気を抜くわけにはいかない。それなのに、とても疲れている。
 思えば、長すぎた人生の中で、これほど奮闘したことがかつてあっただろうか。
 同胞を食い散らかしていたときだって、けして正義感から立ち上がったわけじゃない。 何となく行動に移して、なんとなく生き延びてきた。運が良かったのかもしれない。
 志半ばで誰かに食われたとしても、それならそれで、運命なんだと納得することが出来た。 わずらわしいものから開放されて良いじゃないかと思える日もあった。
 自分のくだらない固執も、怒りも、迷いも、全てを圧倒的な力でもって ぶち壊してくれるのなら、それも致し方ないと、むしろそうされる事でしか救われる日なんて 来ないんじゃないかと悲観していた。それくらい、欲しいものはいつも遥か彼方だった。

「クレアさん……」

 不安げな万莉亜の声が部屋に響く。
 先ほどの銃声に、何の反応も見せないクレア。それに混乱して、どうしたらいいものかと オロオロとしている少女。可哀想に。何の説明も受けずにただ巻き込まれ、最早クレアが死のうが生きようが 彼女は命を狙われる立場にある。それほど深く、足を突っ込ませてしまった。全てはあの嵐の夜、自分が取った 救いがたいリアクションのせいだ。
――そうだ……
 投げやりにはなれない。自分の生死とは関係なく、万莉亜はアンジェリアの怒りを買った時点で、もう 逃れようの無いターゲットだ。そう腹を括ったアンジェリアは、たとえ万莉亜が人間であろうとも恐れたりはしない。

「大丈夫だよ。今下でルイスたちが残りを片付けてる。じき全部終わる」
「……で、でも」
「落ち着かないのなら、お茶でも飲もうか」
「えぇっ!?」
 突然ベッドから立ち上がり棚からティーセットを取り出すクレアの後姿を信じられない思いで見つめながら 万莉亜が口をパクパクさせる。下から途切れ途切れに聞こえてくる銃声をBGMにお茶を楽しめとでもいうのだろうか。
 驚いて固まっている万莉亜の腕を引いて強引に彼女を着席させると、彼は丁寧に注いだ紅茶を二つ並べて向かいの 席に腰を下ろした。
「……あの」
「何?」
「いいんですか? あの、こんなことしてる場合じゃ……」
 至極最もな意見を万莉亜が口にすると、クレアは頬杖をついて窓の外に視線を投げる。
 初めて出会ったときも、こうだった。
 向かい合ってお茶をしていても、彼は万莉亜など意識の外に放り出して、物思いにふけっていた。 それが寂しくて、だけどその内その沈黙にも慣れて、彼の綺麗な横顔に見とれ始めた。
 あの頃はそれで良かった。「綺麗な人とお茶できてラッキー」と、実に楽観的にその場を楽しんでいた。
 それなのに今はどうだろう。
 彼の横顔を見ているだけで、泣きたくなってしまう。胸が苦しくて、「こっちを向いて」と 叫びだしたい衝動に駆られる。何を考えているのか根掘り葉掘り聞き出して、安心したい。 だけどやっぱりそうすることは出来なくて、万莉亜はうつむいたままカップの中の液体を見つめた。

「万莉亜は、今何歳?」
「……は」
 突然の質問に、間抜けな声とともに顔を上げれば、相手はいつの間にかまっすぐに こちらを見据えていて息をのんだ。
「わ、私、16歳です……誕生日遅くて……」
「そう。生まれたてだね」
「…………」
 なんと答えていいものか、もごもごと口ごもる。
「兄弟はいるの?」
「……? 一人っ子ですけど……」
「趣味は?」
「…………ネ、ネットオークションです」
「ああ、そういえば」

 また沈黙。
 一体何だって言うのだ。
「あの……」
「何?」
「それが……何か?」
 思い切って訊ねてみれば、クレアはやっとのことで視線を万莉亜からはずし、カップを持ち上げて 一口だけ口に含む。それから静かにカップを戻すと、手元を見下ろしながら囁くような声でポツリと漏らした。
「そういえば、君の事全然知らないなと思って」
「……」
「興味が無かったわけじゃないよ」
 さらりとフォローを入れられたはものの、万莉亜が内心がっかりしていた。
 もちろん自分だってクレアのことなど全く知らないわけだが、こちらは聞きたくても聞けなかっただけだ。 興味の無いだけの彼とは全く事情が違う。
「そんなこと知って……どうするんですか」
 どうだっていいじゃないか。という言葉は飲み込む。
 するとクレアは困ったように微笑んで、それから顔をしかめている万莉亜に向き合った。
「梨佳のこと、謝るよ」
「……べ、別に私は……」
「いいんだ。君にとってはどうでもいい事だろうけど、僕にとってはそうじゃない」
「…………」
「さっきも言ったけど、多分僕はすごく無神経なんだと思う」
「……そんな」
 開き直られても。
 呆気に取られて脱力していると、そんな彼女を労わることもなく相手が続ける。
「誠意が足りないんだ。誰かを傷つけても、バレなければ良いと思ってる」
「……」
「だから君のような人にいつも憧れてる。君を見てると、自分がいかに捻くれているのかを思い知らされるんだ」
 あらゆる可能性を先読みしようとする賢さと狡さがそれを許さない場合も、 断固として信念を貫く。それをはたから馬鹿だと罵ることはすごく簡単だけれど、たまにそんな生き様が、 とても胸を打つ。

「クレアさんは……どうしたいんですか」
「え……」
「どうしたいのか、教えてください」
 黙りこくっていた万莉亜が、決意を秘めた声色で呟く。
 はぐらかされてたまるものかという強い意志を持ってかけられたその言葉に、一瞬 戸惑い、それから彼は多分初めて、心からの素直な言葉でもって答えた。
「やりなおしたい」
「…………」
「全部無しにして、一から始めたいんだ」
 随分と低い声で、眉根に皺を寄せながら自身の手のひらに視線を落とす。 そんな彼の一挙手一投足を見逃すまいと、万莉亜は瞬きも忘れて彼の視線を追った。
 やがて静かな部屋で、クレアが息を吸い込む音がした。
「人間に戻りたい」
 ああ、やっぱり。
 その言葉を聴いた瞬間、万莉亜の胸がズキンと痛む。
――「何の罪も無い人間を同類にしてしまう」
 旧校舎でクレアがそう口にしたとき、何となく分かってしまった。 あれは、他の誰でもない、彼自身のことだ。
「そのために、私が必要なんですか……?」
「うん」
「私がクレアさんの子供を産めば、人間に戻れるんですか?」
「……」
 真剣な万莉亜の口調は、彼女らしからぬ迫力を含んでおり、 ともすれば今ここで制服を脱ぎだしそうな勢いの相手にクレアが小さく笑う。
「いやまぁ、どうなんだろうね」
「……は」
「正直なところ、そこが曖昧でさ」
「…………」
 なんだかすっきりしない彼の口調にじれったさがつのる。
「確かにそう聞いてきたんだ。でも成功した前例は聞いた事が無い」
「……そんな」
「そもそもマグナを見つけるのって大変なんだよ。その中でさらに子供も宿せる 女性となると、それこそ大海の一針てやつで……」
「……」
「さらに言えば、子供を宿せても、産めるかどうかは分からない。妊娠まで辿り着いた話なら聞いたことあるけど、 そのどれもが、出産とともに母も子も絶命してる」
「……え……」
「母子ともに無事なんて、有り得ないのかもね。違う生き物の、子供を産むわけだし」
「…………」
「つまり僕は、真偽の不確かな言い伝えを馬鹿みたいに信じて続けて今日までやってきたんだ。相手の女性の命も省みずに」
 言葉にならずに万莉亜はただ目の前の青年を見つめつづけた。
 可能性があるのなら、自分に出来ることがあるのなら、何だってしてあげたかった。 さっきまではそう思っていた。それなのに。
――……死ぬ?
 マグナは、いずれ死んでしまう。
 しかもそのことで、彼が望みを果たせるかといえば、決して約束されているわけじゃない。 命をチップにして、初めて賭けに出られる。それだけだ。
「そんな……」
――「マグナになる覚悟も無いのに、上に行くつもりなのね」
 かつての梨佳の言葉がよみがえる。
 覚悟とは、まさかこの事だったのか。梨佳は、命を投げ出してまで彼に尽くそうとしていた。 その代わりに愛して貰うことを条件に。
――私……私は……
 出来ない。無理だ。到底そんなことは出来ない。死ねない。 簡単に投げ出していい命ではない。友達がいる。祖母がいる。マスターがいる。きっと悲しむ。それに、 死ぬのは怖い。
――出来ないっ……
 この命は、かけがえの無い家族が、必死になって匿ってくれた命なのだ。
 恐怖に震えていたであろう母が、何よりもまず先に守ろうとしてくれた命なのだ。

「……ごめんなさいっ……」
 スカートの裾を握りながら、込み上げてくる涙をこらえてそう呟いた。
 どうして泣きたくなるのだろう。だけど、胸がどんどん熱くなるのを止められない。
「私、私クレアさんが好きです……でも、でも死ねないんです……ごめんなさ……」
 言葉の途中で、あふれていた涙がこぶしの上に零れ落ちる。
 この言葉を言えば、もう自分は彼のそばにいる資格を失うのだろう。言いたくないのに、言わなければならない。 それが、どうしようもなく辛かった。
 俯きながら顔を歪めていると、目の前で席を立つ音がしてはたと視線を上げる。
 クレアは黙ったまま立ち上がり、さらに座っている万莉亜に手を差し出す。 彼の真意が分からないままその手を取って立ち上がると、クレアは微笑んで彼女の手を引き、 そのまま部屋の隅にあるダークブラウンのチェストへといざなう。
「プレゼントがあるんだ」
「……え」
 言いながら彼がチェストの一番下の段から取り出したものを万莉亜に渡す。
 手のひらほどの小さな赤い紙袋。受け取った万莉亜が首をかしげる。 中身は、さっぱり想像もつかない。
「後で開けて」
「え、あ、あの……」
「それと、さっきのことだけど」
「……?」
 どのことだろう。
「本当に興味が無かったわけじゃないんだよ。君ははなから信じてなかったけど」
「あ、ああ……そのこと……」
 肩透かしを食らったような気分で万莉亜が言えば、クレアはそっと手を伸ばし、 散々な逃走劇ですっかりあちこち乱れた彼女の髪を指先で整えた。 驚いた万莉亜はただされるがままに息を止める。
「あんまり深入りしてしまうと、きっとためらうと思って」
「……」
「だけど気にしてる時点で、もうダメだったんだ」
「……クレアさん?」
「つまり」
「…………」
 目の前にいる彼が、何か大切な言葉を紡ぎ出そうとしている。
 けれど表情は険しく、瞳は揺れていた。言いたくても言えない。そんな葛藤が、ありありと浮かんでいる。
「クレアさん……」
 彼が何を言おうとしているのかは、もうすでにその瞳が雄弁に語っていて、 万莉亜には伝わっている。それでも彼は言葉にしようと躍起になっていた。それがとても、痛々しい。
 そのうち彼は口を固く結んだまま、ゆっくりと両腕を万莉亜の背中に回し、その細い体を抱きしめた。それから 彼女の首元に顔をうずめて、やっとのことで息を吐き出す。その吐息があまりにも熱くて、それはそのまま万莉亜の体に 伝染した。
――そっか……
 思えば彼はずっと、こうやって声にならない声を伝えてきた。
 あの夜、万莉亜が想いを告げた夜から、周りが呆れるくらいに過剰にスキンシップを求めてきた彼の 真意が、今やっと分かった気がする。直球なのか遠まわしなのか、なんだかよく分からないやり方が今となっては おかしくて、万莉亜はクスクスと笑い出した。そんな二人にあきれ返っていた瑛士の顔を思い出してさらに笑いが込み上げる。
――そんなに難しい人じゃないのかもしれない
 ただ今はまだ、万莉亜の知らないことが多すぎるだけで。

「……万莉亜?」
 腕の中でケラケラと笑い始めた彼女をあやしんでクレアが埋めていた顔を上げる。
「あ、ごめんなさい、私、思い出し笑いしちゃって……」
「い、今?」
「はい」
 なおも笑っている彼女をポカンと見つめていると、やっとの事で呼吸を整えた万莉亜が腕の中からクレアを見上げる。
「勝手に好きでいようなんて……私甘かったです」
「……」
「こんな風に嫉妬したり、同じように思ってくれなきゃ嫌だなんて、そういう風に自分が思うときが来るなんて、 想像もしてなかったから、だから言わなきゃ良かったって、今は思います……本当に甘かったです」
「……後悔してる?」
「はい……後悔してます」
 後悔している。浅はかな、勢いだけの、その場だけの感情で口走ってしまった想いが、彼を苦しめると知っていたなら 絶対に伝えたりはしなかった。
「でも多分、あの夜に戻ったとしても、また言ってしまう気がします。後悔するって分かってても……クレアさんと 私の人生が、明日終わらないって保証は無いから」
「……」
「ごめんなさい……きっと……また言ってしまいます」
「……刹那的なんだね」
 聞き覚えのあるセリフを、彼が言う。
 それを言われたのはいつだったろう。
――ああ……そうだ……
 あの夜。
 来るなと言ったのに、なぜ来たんだ。そう言って彼は万莉亜を責めた。
 あの時は、なぜ責められているのかさっぱり理解できなかったけれど、あれは、彼の良心が言わせた言葉だったのだ。 それなのに、それを無視して単身乗り込んでいった自分。後悔したくないから、とわけの分からない持論を引っさげてきた 万莉亜に、彼は呆れながらそう言ったのだ。それから、前置きもなしに突然キスをされた。一緒に飲んでいた、コーヒーの味がしたことを 覚えている。でも、今日は紅茶の味がした。あの夜よりもずっと切ない。唇が焼けるほどに熱い。
 ちょうど息苦しさを思え始めた辺りでそっと唇が離されて、万莉亜はゆっくりとまぶたを持ち上げる。
 バイオレットの瞳と至近距離で視線が絡んでも、恥ずかしくは無かった。いつもなら彼の視線に耐え切れず さっと顔を背けてしまうが、今だけは見つめていたい。その瞳が、何かを吐き出そうとしているその瞬間を、 自分が見逃すわけにはいかない。
「……君が好きだ」
 泣きそうな顔でささやかれた声は、とても小さくて、そしてかすれていた。
 しかし実際に涙を流したのは万莉亜で、クレアは今しがた自分が言った言葉に顔をしかめながら、 それでも抱きしめている彼女を離そうとはしない。
「……後悔しました?」
 涙を流しながらこちらを見上げる少女に、観念したように微笑んで頷く。
「言いながら後悔したよ」
「…………」
「本当に……冗談じゃない。何のための三百年だったんだろう……」
「…………」
「しかも……」
 言いかけたところで見上げる不安げな瞳に気づく。
 旧校舎から泣きっぱなしの彼女の瞳は、赤く充血していた。 それを見たクレアは大きくため息を零しながら彼女の涙を拭う。
「……まぁいいや」
「クレアさん……?」
「どうも昔から君みたいなタイプに弱くて」
「…………?」
「嫌な予感はしてたんだ……」
 言いながら彼が再び顔を寄せてきたので、万莉亜も目をつぶる。
「……っ……!?」
 予想していたよりも情熱的なキスにすっかり油断しきっていた体が硬直をする。 本能で逃れようとじたばたする彼女などおかまいなしのクレアは、相手の体から力が抜けていくまで官能的なキスで 責め続け、その内万莉亜がへたり込むとやっとのことで唇を離し、そのまま彼女の体を抱き上げ、有無を言わさず 壁に設置されたクローゼットへ突っ込んだ。
「えっ!?」
 何がなんだか分からぬ万莉亜が抗議を始める前に彼は左右の扉へと手をかける。
「さよなら万莉亜。僕が言った言葉、忘れないで」
「えっ、クレアさ……、クレアさんッ!?」
「後で全部思い出してね。いい?」
「どういうことですかっ! あ、ちょっと……!!」
 そう言って腕を伸ばした瞬間、クローゼットの扉が閉められ、硬質な音と共に施錠される。 慌てて押し開こうとしても、中からは開錠できずに、万莉亜が両手で扉を叩こうと振りかぶった瞬間、 別の場所からドアが豪快に開かれる音がして思わず固まってしまう。
――な、なに……?

「やぁ、久しぶりだねアンジェリア」
 そう言うクレアの声が耳に届く。
 その瞬間、万莉亜は金縛りにでもあったようにして呼吸を忘れ、嫌でも耳に入ってくる やりとりに全神経を集中させた。
――アンジェリア……
 摩央が呟いていた通り、今回のことは彼女が一枚噛んでいたのだろうか。
 だとしたらクレアはどうするつもりなのだろう。あの嵐の夜、皆が無事帰還できたのは、 ほぼ偶然といってもいい。彼女の気分で、たまたま自分たちは命拾いしたはずだった。

「それと……そっちは何だっけ?」
 また届いてきたクレアの声。今度はすぐさま、それよりも低い男性の声が返ってくる。
「貴様っ……」
 ヒューゴだ。
 忘れるわけも無い。万莉亜を恐怖に陥れた連中のリーダー格の男。
――そんなっ……!!
 この二人を前にして、一人で立ち向かうつもりなのだろうか。

「ヒューゴをいじめないで」
 少女のような、それでいて妖艶な、つかみどころの無い女性の声があがる。
「クレアとヒューゴには仲良くして欲しいの。二人とも、私の大切な人だから」
「……努力はしてみるけど」
 クレアが答えると、部屋の入り口にいたアンジェリアは満足そうに微笑み、 それから無防備な足取りで歩を進め、クレアのベッドに「よいしょ」と呟き腰を下ろす。
 彼女がその一連の動作をしている間、ヒューゴはクレアに銃口を向けたまま 瞬きひとつせず、彼女が完全にリラックスし始めているのを確認すると、慎重な足取りでアンジェリアの 隣へと移動する。
「……ここは、人間がたくさんいて嫌ね……」
 ふいに長い黒髪の毛先を弄びながらアンジェリアが愚痴を零す。
「さっきすごく怖い人間に会ったわ。また殺されるかと思った……もうあんなの嫌……人間は怖い……」
「……なら、帰ったらどうかな」
 胸の前で腕組みをしながらこちらに冷たく言い放つクレアをじろっと睨んで彼女は立ち上がる。
「帰るなら、クレアも一緒。それと、クローゼットの中にいるあの子は殺していかなきゃ」
 のんびりとした口調でアンジェリアがそう呟いた瞬間、部屋の隅あるクローゼットがガタンと軋む。
 それを一瞥もせずに、「何のことかな」とクレアがしらばっくれれば、アンジェリアは可笑しそうに ケラケラと笑い始めた。
「そうそう。用事はもう一つ。ね、ヒューゴ」
 すると彼女の横にいた男が一歩踏み出し、今度は銃口をクローゼットに向けながら口を開く。
「アレを渡せ」
「好きなものどれでも、持っていけば」
 そう返した瞬間、耳をつんざくような銃声が室内に鳴り響く。
 万莉亜のいるクローゼットが衝撃に揺れた。
「……家具にまでわざわざ防弾加工とは、ご苦労なことだ」
 ほんの少し脅すつもりでクローゼットの端を狙った弾は、意外にも貫通することなく、 表面にわずかな傷をつけるだけにとどまった。クレアはやはりそれに目を向けることなく、舌先で 奥歯をなぞる。
「普段から君たちみたいな輩に命を狙われ続けているからね。悲しい習慣だよ」
「もう一度とぼけてみろ。あそこから女を引きずり出し穴だらけにしてやってもいいんだぞ」
「好きにしろ。どの道殺される娘だ」
 そう言ってクレアが顎でアンジェリアをさす。
「……」
 確かに。アンジェリアが万莉亜を殺すつもりでいる以上、脅しの材料としては弱い。 しかしどうだろう。全く使えないというわけでもないかも知れない。
「……綺麗に死なせてやりたいだろう?」
 口元を歪めてヒューゴが言った言葉に、クレアの表情が険しくなる。 それをすかさず感じ取ったヒューゴが勝ち誇った笑みで告げる。
「セロはどこだ」
「…………」
「言え。セロを引き渡せ」
「……何か、勘違いをしているけど」
「何?」
「別に僕はセロを隠し持っているわけじゃない。持って行きたいのなら、好きにすればいい」
「……どこにいる」
「あんたが望むのなら、あれはどこにでも現れる」
「言葉遊びのつもりか?」
「どうかな。足りない頭で考えてみれば」
 瞬間、再び銃声が響く。
 クレアの心臓めがけて放たれた弾丸は、彼が即座に身をよじったことで大きく外れ、左腕に穴を開けた。
「……っ……」
「言え。次は女を撃つ」
 そう告げてクローゼットへ歩き出したヒューゴが、だらんと力を失った左腕を押さえるクレアとすれ違った その瞬間、突然の息苦しさに歩を止める。
「……っ……ぐッ……!!」
 声にならない。
 喉を撃たれたのかと錯覚しそばにいた男に視線を向けるが、金髪の男は相変わらず片方の腕をもう片方の腕で支えている。 けれど、どういうわけか彼はこちらを向いて微笑んでいた。その薄ら寒くなるような笑みにどっと冷や汗が噴き出す。
「苦しい?」
「……ッ!!」
 撃たれたわけでもない。喉を締め上げられているわけでもない。
 酸素が足りない。自分の周りだけ、酸素が消えてしまった。
「がっ……は……」
 酸素を求め室内を右往左往するヒューゴを見てクレアがせせら笑う。
「ヒューゴ。それは気のせいよ」
 呆れたような口調でアンジェリアが指摘しても、最早彼の耳には届かない。
「驚いたな。同世代でも、案外通用するもんだね」
 見る見るうちに回復していく左腕を眺めながらそう呟くと、アンジェリアは 床でのた打ち回っているヒューゴになどすっかり興味を失くし、クレアと同じようにその左腕の 再生を視線で追った。
「クレアとヒューゴじゃ、食べた量が違うもの。こうなるって分かってたら、 あんなに分けたりしなかった」
「分けてくれなくても良かったんだよ」
「…………」
 その時、ちょうど再生しきった左腕が突然引きちぎられるようにして 床に落ちる。あまりの激痛に、クレアが声を漏らした。

「クレアさんっ!?」
 彼の声に驚いた万莉亜が、クローゼットから叫ぶ。
 思い出したようにそこへ顔を向け歩き出したアンジェリアに、クレアが腰から引き抜いた拳銃で 発砲した。
「……っ!」
 真っ黒なイブニングドレスを突き破り、その弾が彼女の腿に貫通する。 アンジェリアが、驚愕の瞳でクレアを見つめた。
「……いたい……」
 涙声でそう呟き、血の滲んだドレスを見下ろしながら彼女が床にへたり込む。
「痛い……どうして……どうして私を撃つの……」
「…………」
「私のこと……守るって言ったのにっ、どうして…………ひどい……痛いよぉ……」
 そう言って床に突っ伏す彼女の頭に、ためらうことなく再度彼は発砲した。それから、もう一発。 次の瞬間、銃を握っていた右腕までもが前触れもなくもげるようにして床に落ち、銃声が止む。
 両腕をもがれたクレアが、短く息を吐いてその場に膝をついた。
「……ク……レ、ア」
 頭蓋骨を破壊され上手く言葉を発せられないアンジェリアが、奇妙な響きで彼の名を呼ぶ。
 血を流しながら両手で這ってこちらへ向かうその姿は、化け物そのもので、思わず失笑してしまう。 これが、かつて愛し合った自分たちの末路かと思えば、えもいわれぬ物悲しさがあった。
「クレアさんっ! クレアさんっ! 大丈夫なの!? クレアさんッ!!」
 相変わらず、クローゼットからは万莉亜の悲痛な声が続いている。
「大丈夫だよ」
 そう言って彼女を安心させてやった瞬間、左足の骨が粉々に砕かれて彼は床に倒れこんだ。
「……だいっきらい……」
 彼のそばまで這ってきたアンジェリアが、倒れた相手の体に覆いかぶさって耳元でささやく。
 それから、横たわる彼の背中を片手で撫でた。
「……ッ!!」
 そこから、耐え難い痛みと、同時に腐敗していく細胞を感じる。
 あまりの痛みに彼が声を上げると、クローゼットの万莉亜も叫んだ。
「やめてぇ……っ! お願いやめてっ!! その人を殺さないでっ……!」
――……万莉亜……
 痛みのあまりに手放しそうになる意識の中で、痛々しい少女の声が響く。
「お願いやめてっ、お願い、殺さないでっ、殺さないでっ!!」
「……万莉亜」
 アンジェリアの触れた場所からじわじわと始まる腐敗は、声帯に到達し、 クレアがかすれた声で万莉亜の名を呼ぶ。
「クレアさん! 死なないでっ……お願い、やめてっ、そんなのやだ、やめてぇ……っ」
 涙声で半狂乱になりながら扉を叩き続ける少女を何の感慨もなく眺めていたアンジェリアが、 やがてそれにも飽きて視線をクレアに移す。
 床に倒れこんだ青年は、今にも命つきそうな虚ろな表情でクローゼットを見つめていた。
「あの子……殺しちゃおうかな」
 耳元で囁く。
 それでも彼は反応を見せない。
「聞いてるの?」
 反応なし。
 まだ意識はあるくせに、自分など見えてもいないように振舞う相手が憎らしくて、 アンジェリアは鋭い視線をクローゼットに投げた。
 その途端、クローゼットからどこからともなく火が上がる。
「……ッ! マリ、あ……!!」
 半分機能しなくなった声帯から痛々しい声でクレアが叫ぶ。
 やっと反応を見せた相手に満足したアンジェリアが口の端を持ち上げた。
「私のこと、まだ愛してる?」
「……ひ、を、」
「愛してるって言ったら、消してあげる」
 そう告げた瞬間、彼女の顔めがけてクレアが唾を吐きかける。
「……あっ、そ」
 それを拭うこともせず、アンジェリアが再びクローゼットに火を放ち、本格的に炎が燃え上がった。

「いやあぁあああ……っ!!」
 クローゼットから、万莉亜の悲鳴が上がる。
 どうにかして体を起こそうともがくクレアをアンジェリアは両手で制し、豪快に燃え出した クローゼットを眺め愉快そうに笑い始めた。
 しばらくして崩壊を始めたクローゼットが傾き、その扉が自然と外れる。中から、 真っ黒に焦げ原型を留めていない人体が鈍い音を立てて崩れ落ちてきた。
「あーあ。燃えちゃった」
 そう呟いて立ち上がると、その死体から拾い上げた長い黒髪の残骸をつまんでクレアに見せる。
「綺麗な髪だったのにね」
「…………」
「死んじゃったね」
 一仕事終えたようにしてアンジェリアがその場に捨てた万莉亜の髪を踏みつけ大きく伸びをする。 それから床に膝をつき、横たわったままのクレアの上半身を抱き起こした。しかし晴れ晴れとした表情も、 彼の顔を覗き込んだ瞬間、凍りつく。
「……クレア……?」
 色をなくした彼の瞳から、次々と涙が零れ落ちる。
「クレア、……どうしたの……? どっか痛い?」
「…………」
「泣かないでクレア! 泣かないでっ!!」
 慌てて彼の体を抱きしめる。
「クレアには私がいるじゃない。ね? だから泣かないで……」
 唇にまで流れ落ちる涙を拭おうと指を伸ばした彼女のそれを、力任せに噛み切ろうとクレアが歯を立てる。
「痛い! いたいクレア!! 離してっ、痛い!」
 アンジェリアの懇願むなしく噛み切られた細い指を、クレアは床に吐き捨て、それから虚ろな瞳を彼女に向けた。
「……クレ」
「触るな」
「……クレア……」
 再生を始めていた彼の声帯に再び手を伸ばす。
「どうして……そんなことばかり言うの……もうやめて……」
「教えてやるよ」
「……え……」
「俺が誘いに乗ったのは家族のためだ。別に、あんたじゃなくたって良かった」
「…………」
「愛したことなんて、一度もない」
「嘘よ」
「夫婦ごっこに付き合ってやっただけだよ。気分が良かっただろ」
「……」
「俺は最悪だった」
「嘘よ。まだ怒ってるんでしょ? 私が、黙って食べさせたこと……」
「……分かってないね」
「もう十分すぎるくらい一人で過ごしたわ。もういいじゃない……っ」
「あの家を出たのは、別に怒ってたからじゃない。俺はもうずっと、きっかけが欲しかった。それだけだよ」
「嘘。クレアは、私を愛してた……知ってるもの……」
 アンジェリアの瞳から、大粒の涙がこぼれる。彼女がすがっていたのは、他でもない、 過去のクレアだったのに、それ以外には何も無かったのに、唯一の拠り所が今、根底から崩されようとしている。
「知ってるもの……クレアは……私を傷つけた人間をすごく恨んでた。私のために、 すごく怒ってくれたもの……」
「……愛してなんてなかった」
「嘘よっ!」
「俺が……僕が愛してるのは、たった今君がゴミのように葬り去った女性だよ」
「…………」
「あの子が好きだ。でももう死んだ」
「……クレア」
「もう、どうだっていい」
「クレア! ごめんなさいっ、許して! 許してクレア……ッ」
 泣きながらアンジェリアがクレアの上半身を抱きしめる。
 されるがままのクレアが、ふと視線を落とす。もがれた両腕は、いつの間に再生していた。 それを持ち上げて、そっとアンジェリアの背中に回す。
「……クレア……」
 彼女の腕にいっそう力が込められた。それに返事をするようにして、クレアも回した腕に力を入れる。
 それからゆっくりと舌先で歯列をなぞり位置を確認すると、彼は慎重に上下の奥歯を噛んだ。

 瞬間、七尾学園新校舎の5階を中心にして、鼓膜が破れるような轟音と共に爆発が起こり、校舎全体の 悲鳴が薄暗い夜の町に響き渡る。
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