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――六月二十一日。
一週間程前に、青子から『その日は昼間から空けといて!』
と言われた快斗は、仕方なく午前中に用を済ませようと図書館へ赴いた。
学校の課題に関する資料集めであったり、キッド関連であったりと、
理由は色々あるが、一時間程書籍を物色した後、図書館を後にする。
その帰り道、目の前を不安定に歩く女が目に入った。
右へ行ったり左へ行ったり、前のめりになったと思えば、
体を反らして体勢を立て直そうとする。
――が。身体を反らしすぎて、今度は後方へ行き過ぎる。
(……酔ってんのか?)
奇妙な動きに快斗が首を傾げていると、前を行く女の状況が変化した。
体勢の立て直しが利かなくなったのか、女はそのまま背中から倒れにかかった。
(――っぶね!)
そう思うより早く体が動く。快斗は慌てて駆け寄ると、
ギリギリのところで、背後から女を受け止めた。
「あ、ありがとうございます……」
助けられた女の方は、呆然としながらそう言って、快斗の方を振り向いた。
その際、両手いっぱいの紙袋を抱えているのが見えて、
ふらついている理由は分かったが、それよりも相手の顔を凝視する。
「――青子!?」
「……お前なぁ。一人だっつーのに、そんなに買い込むなよ」
結局二人で帰ることになった途中で、
快斗は青子の抱えた荷物をしかめっ面で覗き込むと、呆れたようにため息をつく。
「仕方ないでしょー? 使うんだから!」
「使うって……普通、んなに一気に使うかよ?
大体、それだけ買い込むなら、警部のいる時に手伝ってもらうとか何とかすりゃいいだろ? それを何も――」
「え? 違うよ?」
話の途中で不思議そうに否定され、快斗も目を丸くする。
その様子に、青子は視線を抱えた紙袋の方へやった。
「これは今買ったんじゃなくて、持ってくの」
「持って行くって……そんな大量な荷物を何処に持って行くんだよ?」
怪訝そうに訊く快斗に対し、青子はキョトンとして首を傾げる。
「あれ? 快斗に言わなかったっけ? 『二十一日の午後は空けてて』って」
「いや、言ったけど。――え!? じゃあ、俺の家に持ってくる気かよ?」
「うん! あ、でも大丈夫。ちゃんと持って帰るから」
ニッコリ笑って答える青子の言葉に、快斗はますます顔をしかめた。
(……じゃあ、何のために持ってくるんだよ?)
二人が鉢合わせた場所からしばらく歩くと、目の前に高架橋が見えてくる。
それに気付くと快斗は、自分の横でよたよたと不安定に歩く青子へ向けて、片手を出した。
「――ホラ」
「何?」
突然差し出された手に、青子は不思議そうに快斗を見やる。
青子の反応に面倒くさそうにため息をつくと、紙袋の一つに手を伸ばした。
「その状態で階段なんて上ってみろ。落ちんだろーが。
貸せよ。どうせ行き場所同じなら、一つ持って――」
「あーっ! ダメーっ!!」
耳をつんざかんばかりの大声でそう怒鳴ると、慌てて快斗から紙袋を遠ざける。
「……人の好意は素直に受け取れよ」
「ダメなものはダメなの! それに、これ位の階段一人で上れるんだから!」
そう息巻いて階段を上りだすが、十段程度上ったところでバランスを崩す。
それを見て、快斗は慌てて階段を駆け上がると、最初と同様青子を支えに行った。
青子が何とか体勢を立て直したのを確認してから、快斗は呆れた様子で青子の顔を覗き込む。
「ほーれ。何が『一人で上れる』だよ? しっかりバランス崩してんじゃねーか。
諦めて貸せって。何も盗るわけじゃねーんだから。ホラ!」
先程と同じように片手を差し出すが、青子は頑固として紙袋を渡さない。
それどころか、取られまいとして、紙袋を持つ手を強める。
「――大丈夫!!」
すねるように言うと、また一人で階段を上っていく。しかし今度はゆっくりと。
その頑固さに負けて、快斗は一度息を吐き出してから青子の後を追って行く。
何とか上りの階段を上りきると、青子は誇らしげに胸を反った。
「見てみなさいよ! 一人でもちゃんと上れたじゃない!」
「そういうことは、高架橋を渡りきってから言うもんじゃねーの?」
「上りもちゃんと上れたんだから、大丈夫でしょー?」
フフンと自慢げに笑って見せると、上り同様下りも一人で下りて行く。
しかしながら今回は上りのように上手くは行かず、危なげにふらつく足元。
傾斜な上、下りのため勢いもつく。おまけに、紙袋のお陰で前方は見えづらい。
そのあまりに危なっかしい青子の様子に、快斗は再度同じ言葉を言う。
「――おい。そのままじゃ怪我すんだろ。半分貸せって」
「だ、大丈夫って言ってるでしょ!」
「それのどこが大丈夫なんだよ?」
「ともかく快斗はダメなの!」
限定的なその言い方に、疑問を返そうとして快斗は言葉を止めた。
勢いよく快斗の方を振り返った拍子でバランスを崩し、階段を下りかけていた青子の片足が、階段から滑り落ちたのだ。
「――わっ!?」
片足がバランスを崩せば、当然体ごと落ちていく。
思わず悲鳴を上げた青子に、快斗は反射的に青子の片腕を引っ掴むとそのまま自分の方へと引き寄せた。
「ったく危ねえなぁ……。だから持ってやるっつったのに」
ため息混じりに呆れて言うと、快斗は腕を掴んでいた手を離した。
一方、青子の方は口を尖らせて快斗から視線を外す。
「だって……」
「『だって』じゃねーよ。大怪我でもしたらどーすんだよ?
――って、おい青子。お前、持ってた荷物は?」
快斗に指摘され、青子は慌てて自分の手元に目を落とした。
今まで抱えていた大量の荷物は何処へ行ったのか、手から消えて無くなっている。
驚いて周りを見渡すと、階段の至る所へ荷物が散在しているのが見えた。
「あーっ!!」
その状態に落胆したように嘆いてから、力なく散在した荷物をかき集める。
それを手伝おうと、紙袋を一つ持って、階段の下の方へ行った快斗を見て、青子がまた嘆くように叫んだ。
「ダメー! 快斗!」
「はぁっ?」
「全部拾うから! 大丈夫だから! 快斗はじっとしてて!」
半ば懇願するように言う青子に、快斗は深いため息をつく。
「……お前なぁ。この期に及んで、まだそういうこと言う?
つーか、コンタクトレンズを落としたわけじゃねーんだから、
落し物拾うのに『じっとしてて』はねーだろ。それに、一人で拾ってたら通行人に迷惑だっての」
渋い顔で言うと、青子の意見を無視して、落ちた荷物を拾い出す。
最初に手を伸ばした荷物を拾い上げて、快斗はそのままそこへ視線を落とした。
「……『Happy Birthday!! Kaito』?」
大きめの包みに、そんなタイトルで付けられていたメッセージカード。
快斗が読み上げたその言葉に、青子は慌てて快斗へ駆け寄ると、取り上げるかのようにカードを引っ手繰った。
「――ダメだってば!」
声を荒げてそう言うと、不満そうに快斗を睨む。
快斗はそれに唖然としつつも、思いついたことを訊ねる。
「もしかして、その荷物――」
「…………快斗のバカ!」
「ああ!? 何でだよ!」
不機嫌に呟かれて、快斗は目を丸くする。
だが青子の方は、怒り冷めやらずといった風で不満げに言った。
「何よ、何よ! 何よ!! せっかく青子が快斗を驚かせようと思って、
内緒でバースデーパーティしよう、って準備してきたのに、
やる前にバレちゃったら意味がないじゃない!」
口を膨らませて抗議する青子の言葉に、快斗は再度散乱した荷物に目をやる。
(ああ……要するに、この荷物はバースデーパーティー用の飾りってわけ)
そうだと分かれば、散在した荷物を拾うなと言った理由も、
怪我をする可能性があるというのに、荷物を持たせなかった理由も分かる。
ただ、その計画が本人に知られてしまったことで、不貞腐れた青子の気持ちも分かる分、
かけるべき言葉をどうしたものかと、快斗はしばらく考え込んだ。
「なあ青子」
「何よ?」
今までの不機嫌を引きずって、半ば睨むように快斗を見る。
「俺は別に祝ってくれるだけでありがたいけど――」
「それじゃあダメなの!」
「いや……だから。驚かせるってのは今の時点で無くなったろ?
なら、家まで荷物持ってってやるから、その後の準備は予定通りやったら良いんじゃねーの?
何なら終わるまで暇つぶすし。バースデーパーティー自体の意外性は、ねーのかもしれねーけど、
どんな内容なのかは知らないわけだから、新鮮味はあるだろ?」
「そうだけどー……」
まだどこか釈然としない青子を、快斗は手招きした。
不思議そうに首を傾げて青子が近寄ってくると、
快斗は何の予兆もなしに、青子の目の前へ小さな花束を出して見せる。
驚く青子を見ながら、快斗は満足げに笑った。
「こだわりがあって、それ潰ちまったのは謝るけど、祝う側が笑ってなきゃな。
じゃねーと、祝われる側は複雑な気持ちだぜ? だからホラ。これで機嫌直ったり……しねーか?」
最初は自信ありげに話していた快斗だったが、語尾が自信なさげに変わっていく口調に、最後には青子は小さく吹き出した。
「何で訊くのよ」
「……すっげー腹立ててたじゃねーか」
「仕方ないでしょ? こっちは色々準備してきたのに、無駄になるんだよ?
――でも良いや。すねてたら今日が終わっちゃう」
自分に納得させるようにも言って、勢いよく片手を挙げた。
「よーしっ! じゃあ、今から快斗の家行ってパーティ開始っ!」
景気のいい明るい声でそう言うと、落ちた荷物を拾い集めて、階段を下り始める。
――ただし、今度は半分だけ快斗に荷物持ちを頼んでから。
その後で二人が階段を下りきったところで、青子は快斗の方へニッコリ笑った。
「――誕生日おめでとう! 快斗!!」
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2007年にもなると、ある程度文章がまともになって来てるらしい。
描写部分を多少付け足したり、多少修正したりな編集度合。
付属小説としては、普通の短編小説レベルの文字数という少し長めの小説。
大体の付属小説はエピローグ程度の超短編くらいなことが多いからな。
カップリング系統としては、快青か平和が恐らく一番書きやすいと思われる。
その割に平和小説が何故か少ないですが。小説として多いカップリングに関しては多分快青。
新蘭は恋愛要素が高くないとダメな気がして、書き手が逃げたくなるが故に数としては多くない。
恋愛のようなそうでないような関係性な二人だからこそ、快青に落ち着くことが多いんだろうな。