消え失せた存在:第二章


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 そろそろ太陽も昇りだした冬場の午前7時前。
シェリー確保の連絡を受け、福岡から東京方面へ走らせていた車は、
間もなく兵庫へ差し掛かろうとしていた。

「それにしてもアニキ」

「何だ?」

「何でまたスイッセスの奴、東京なんかにいたんでしょう?
 確か、命令で東北の方に行ったはずでしたよね?」

「逃亡を試みたか、もしくは地位を上げるためその辺を引きずりまわって
 シェリーを俺たちの前に拝ませようとしたか、それのどっちかだろうよ」

 ウォッカの言葉に、鼻で笑いながらそう返すと、新たなタバコに火をつける。

「今のアイツの立場はかなり悪いからな。
 どうにかして元のポストに戻りたかったんだろう。
 まあ、偶然シェリーを見つけて思い立っただけかもしれねーがな」

「……それにしても、今までシェリーの奴は何処に隠れていたんですかね?」

「どうせピスコの時に助けに来た男がかくまってんだろうよ」

 そう言ってから、思いついたようにほくそ笑む。

「もしかすると、その男が近くにいるかもしれねえな」

「……その男がもしその場にいたらどうするんですかい?」

 その言葉に、ウォッカを一瞥すると企むような笑みを浮かべた。

「シェリー共々殺してやるさ。匿っているということは事情は知っているはずだ。
 知っている事情の程度がどうであれ、そんな人間を殺さない理由はないからな」

「スイッセスの方は、どうするつもりで?」

「一度、組織を裏切ろうとした奴だ。
 奴はもう、シェリーの居場所さえ分かれば必要ない。
 現場に着いたらシェリーよりも先に殺してやるさ」

 そう言うと、冷徹な視線を前方へ戻す。
それ以上は何も発さずに、東京へ向けてアクセルを踏み込んだ。



 室内に響き渡る乾いた銃声。
コナンたちを狙った銃弾は、真っ直ぐに背後の壁へと撃ち込まれる。
ギリギリのところでそれを避けた二人に、素早く銃口を合わせては引き金を引く。
その度に、スンでのところでそれをかわすコナンだったが、それにも限界はある。
女に背中を見せる形で、哀をかばって逃げていれば尚のことだ。

「――っ!」

 突如脇腹を痛みが襲う。
コナンは顔をゆがめると同時に、撃たれた反動で床へ倒れ込んだ。
だが痛がってもいられない。態勢を立て直そうと立ち上がりかけるが、その途端に聞こえ出す発砲音。
続けざまに放たれた銃弾は、コナンの肩を撃ちぬいた。

「くど……っ!」

 思わず膝をついたコナンに、哀は新一の名を呼びかけて言いよどんだ。
コナンは哀の言葉に無言で首を左右に振ると小声で話す。

「心配すんな、大丈夫だ」

「何が大丈夫……!」

「これくらいの怪我なら慣れて――」

「理由にならないわよ!」

 コナンの言葉を遮るように、哀は小さく怒鳴る。
その反応にコナンは苦笑いすると、ゆっくりと女の方を振り返った。
女は拳銃を構えたまま無言で歩み寄ってくる。
それに応戦しようと、コナンが女の方に体ごと向き直ろうとした時だ。
不意に哀がコナンの前へと身を乗り出した。

「――おい!!」

 慌てて哀を止めようと立ち上がるが、襲う痛みにしゃがみ込む。
何とか哀の腕を掴むと、後ろに強く引っ張った。

「やめろ!下がってろ!」

「あなたには……関係ないわ!」

 そう言うと、哀は自分の腕を掴んでいるコナンの手を力強く振りほどく。
その直後、女に向き直ると真っ直ぐに女を睨み返した。

「彼は誘拐されたと思った私を助けに来ただけ。無関係よ。
 被害を受けるのは私だけで充分でしょ?」

「ああ、充分だとも。お前が抵抗なく殺されるんであればね」

「……好きにしなさいよ」

 脅迫にも似た言い方に、哀は眉ひとつ動かさずに言い放つ。
それを合図とするように女は哀に向けて銃口を合わせると、窺うようにコナンを見た。

「ボウヤ、最後のチャンスだよ。逃げるのなら逃げると良い。
 彼女に免じて、今回限りは見逃してやろうじゃないか」

「……俺がいつ逃げたいなんて言った?」

「良いのかい?その状態で流れ弾にでも当たろうものなら、命の保証はしないよ」

 頑ななまでのコナンの態度に、女は面白そうに笑う。
先程から何度か立ち上がろうとするのだが、予想以上に傷口が深いようで、
動く度に顔をしかめては膝をついていた。当然、傷口をいくら押さえても出血は続いている。
哀が自分から銃口の前に飛び出したのも、それを予測してのことだった。

「だからどうした?」

 押し殺した声でそう言うと、コナンは疎ましそうに女を睨む。

「何が最後のチャンスだ。俺がここに来たのは逃げるためじゃない、こいつを助けるためだ。
 今、俺一人で逃げたところで何にもならねえだろうが」

 変わらないコナンの主張に、ついには哀が声を上げた。

「少しはこっちの言うことも聞きなさいよ!元々あなたは無関係なんだから早く――」

「悪りィな。結構、頑固者なんだよ」

「だから……!」

 笑って言うコナンに、哀は一瞬言葉を飲み込む。
何かを悩むように目をつぶりながら逡巡すると、片手でこぶしを作った。
その直後、睨みつけるような目線をコナンに向ける。

「いい加減に逃げなさいよ!!あなたがいて何になるって言うの!?
 万一助かってもどうせ同じことじゃない!それならもう……放っといて!!」

 肩を震わせながら声を荒げて哀は言う。
とても嘘を言っているようには見えないほど真面目に自分を見る哀を、
コナンはしばらく無言で真っ直ぐ見返した。

「――断る」

「ちょっと!?」

「悪いがそれだけは譲れねえな」

 真剣な口調でそう付け加えると、コナンは女へ目を向けた。

「ってわけだ。もうこれ以上の問答は無意味だろ?」

「まあ、私はそれでも構わないよ。ボウヤさえ問題ないのならね」

 コナンの言葉に女は肩をすくめると、哀に向かって顎をしゃくった。

「あんたは少しそのボウヤから離れてもらおうか。そのままだと邪魔が入りそうだからね」

「良いわ。ただし、彼に危害は加えないで」

「ああ。それは最低限約束してあげるさ」

 女の言葉に哀は無言で頷くと、コナンから距離を取る。

「灰――」

 追いかけようとコナンが動きかける。その瞬間、短い発砲音が響いた。
動かそうとした足を狙ったように、足元へ銃弾が着弾する。

「ボウヤ。それ以上動かない方が良いよ、彼女のことを考えるのならね」

 暗に邪魔をすれば容赦しないという忠告だ。
女は無感情にそう言うと、拳銃を構え直して哀へと向ける。
銃口を向けても尚、哀は微動だにしない。ただ一直線に女を見ているだけだ。
哀の態度に女はニヤリと笑う。女が引き金を引くのとほぼ同時に、哀は目を瞑った。

 ――室内に響く発砲音。
その直後に哀は背後から床に倒れ込む。
それでも尚動く体を起こしかけるが、思うようには動けない。

(え……?)

 撃たれて動けないのではない。
体を動かしても痛みは全く感じないのだ。
それでも自由に動けない理由はもはや一つしかない。

「どうして……」

 自分の上に覆いかぶさるようにして倒れ込んでいるコナンに、哀は戸惑いがちに問う。
それを聞いているのかいないのか、コナンは大きく息を吐き出した。

「放っとけるわけねえだろうが」

「でもあなたには――!」

「俺に関係あるかないかは俺が決める」

 哀の言葉を遮って言うと、コナンは呆れた様子で哀を見る。

「ともかくしばらく大人しくしてろ。
 それ以上下手に動かれると、さすがにこっちの身が持たねえ」

 そう言って、コナンは女の方へゆっくりと体を向ける。
その際に一瞬顔をしかめたコナンに、哀は慌ててコナンの腕を掴んだ。

「ちょっと待って!」

「……何だよ?」

「あなたまさかさっきの銃弾――」

 言葉を最後まで聞く前に、コナンは空いてる方の手を左右に振った。

「かすってもねーから心配すんな。
 射程範囲から逃がすために、オメー抱えて飛びのいた時にちょっと痛めただけだよ」

「……それで死んだら許さないわよ」

「誰が死ぬかよ」

 ため息交じりに答えると、再び女の方へと体を起こす。
その瞬間だ。鋭い発砲音が響くと同時に、小さな呻き声を上げてコナンがその場へ倒れ込んだ。

「――江戸川君!?」

 苦しさに顔を歪めながら腹部を抑えるコナンの手と腕が、みるみる赤く染まっていく。
その様子を楽しげに笑うと、女はそのままコナンの方へと歩き出した。

「ちょっと!話が違うわよ!」

 女の凶行に哀は女を睨み返すが、冷たく一笑される。

「このボウヤが割り込んで来なきゃねぇ。私も何もしなかったさ。
 でもね、あんたを殺すには、どうもこのボウヤを先に殺さないとダメみたいだよ」

 尚も止めない女の歩みに、哀はコナンの前に出かけるが、コナンの腕に制止される。

「……やめろ」

 その状態でどうやればそこまで力が入るのか。
頑なに女の前に出ることを拒むコナンを、哀は口惜しそうに睨む。

「どうだい、ボウヤ。少しは後悔してきただろう?」

「……後悔……か」

 呟くように言うと、コナンは目線を哀に向けて小声で続けた。

「灰原。ここでの無茶ぶりは多分これで最後だ……。
 ……30秒で良い。次にあの女が発言したら、俺の後ろに隠れてろ」

「え?」

 戸惑う哀をよそに、コナンは身体をゆっくりと女へ向き直らせた。
女との距離はおよそ3mというところまで迫っている。
コナンは女を見上げると、弱弱しいながらにも挑戦的な目で睨み返した。

「……お生憎。後になって後悔するようなことは、最初から言わねえようにしてるんだよ」

「そうかい」

 女は引きつった笑みを浮かべると、コナンへ向かって躊躇いなく引き金を引いた――。



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