消え失せた存在:第三章


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 コナンの言葉に半信半疑ながらも、
言われた通り、女の発言直後に哀はコナンの後ろへと身を潜めた。
発砲音が聞こえたのはその直後だ。
銃弾がコナンの腕をかすめるのとほぼ同時に、コナンが後ろへと倒れて来た。

「江戸――」

「……悪い。力抜けただけだ」

「は?」

 慌てて受け止めた哀だったが、予想外の言葉に眉を寄せた。
コナンは片手を挙げて大丈夫だと付け加えると、そのままゆっくりと背中から床へと倒れ込む。

「ちょっと!ホントに大丈夫なの?」

「少し大人しくしてりゃ、何とかなるだろ……」

「大人しくって言ったって……」

 驚いた様子で言う哀へ、コナンはため息交じりに横の方へ顎をしゃくった。
それにつられるように哀が横へ目を向けると、いつの間にか女がうつ伏せになって倒れている。

「え?」

「……麻酔銃撃ち込んだから、しばらくは問題ねーよ」

 コナンは先程撃たれた腹部を手で押さえながら哀へと視線を戻す。

「それで?お前は何ともなかったか?」

「……何とも?」

 コナンの言葉に哀は不思議そうに首を傾げた。

「何もないけどそれがどうしたのよ?」

「あの女の場合、わざと挑発的に物言ったら、感情のままに撃ってくると思ってな。
 隙は出来やすくなるから、麻酔銃撃つには絶好のタイミングだったんだが、
 タイミングずれると銃弾の軌道も逸れかねねえだろ?」

「まさか逸れた銃弾が当たらないように、後ろに隠れろって言ったわけ?」

 呆れと不満が混じった目でコナンを睨む。

「それだけの大怪我しておいて、よく他人のことかばおうとか考えられるわね」

「……奴らが絡むとオメー毎回無茶するからな」

「そのセリフ、そっくりそのまま返すわよ」

 苦笑いして言ったコナンに、哀は呆れた様子でため息をついた。



「――さてと。そろそろ動くか」

 それから30分程過ぎた頃、呟くようにそう言うと、コナンはゆっくりと体を起こす。

「もう少し休んでなさいよ。時間的にはまだ大丈夫なんでしょ?」

 今も尚、動く度にコナンは痛みに顔をしかめる。
それを見て、現時点で動くのはまだ無理だと哀は言うが、疲れた様子でコナンは首を横に振る。

「麻酔銃の効果の方は問題ねえけど、
 後々の可能性を考えると長居するのは、あんまり勧められねーよ」

「どうして?」

「お前は組織から追われてんだろ?
 そんな奴を捕まえたとなれば、当然上層部へ連絡が行くと思っていい。
 となると、遅かれ早かれジンたちが来ないとも限らねえってわけだ。
 麻酔銃を使っちまった今の状況じゃ、来るのを待ってるのはさすがに無謀すぎる」

「でもこの女はどうする気よ?」

「そこはもう警察に任せるさ」

 諦めたようにため息をつくと、コナンは壁伝いに何とか立ち上がる。

「出来れば奴らが来る前に警察が到着すれば良いんだけどな」



 まもなく午後二時になろうかという昼下がり。
女はようやく目を覚まして、辺りを見渡した。しかし当然ながら二人の姿は見えない。
だが、それでも居場所に関しての大体の目星はついている。
後を追いかけようと部屋のドアを出た瞬間、女の額に銃口が突き付けられた。

「グズが。やっと目が覚めやがったな」

 目の前に現れた人物に女は思わず目を見張った。
女は何かを言いかけたが、それよりも先にジンが口を開く。

「シェリーの姿が見えないが、何処へやった?」

「そ、それは……」

「まさか逃がしたわけではないだろうな?」

 その言葉に女はジンから目を逸らす。
その目が泳いでいるのを見れば、答えは明白だ。
黙り込み何も話そうとしない女を、ジンは冷たく一瞥すると、室内の血だまりへと目をやった。

「それともう一つ。あの血だまりは何だ」

「あれは――」

「俺がここに着くまで、シェリーは生かしておけと伝えたはずだ。
 見たところ、お前は特に怪我はしていない。
 とすればなんだ。俺の命令に背いてシェリーを殺そうとしたんだろう」

 血だまり自体はコナンのものだが、哀を殺そうとしたのは事実だ。
しかし、下手に違うと言ったところで、問い詰められれば明らかにボロが出る。
答え方を考えあぐねている内に、ジンは一笑すると女から銃口を逸らした。
その行動に女が思わず顔を上げると、ジンが興味深げに口角を上げる。

「まあ良い。――今回、お前に下った命がある」

「……命?」

 不思議そうに眉を寄せる女に、ジンは再度銃口を向けた。

「今更恐れをなして組織を抜けようとした報いだ。
 ましてや、みすみすシェリーを逃がすような能無しには用はない」

「待っ――!」

 反論を言うよりも早く、容赦ない発砲音が女を襲った――。



 その日の夜。
監禁場所から逃げた二人は、建物からある程度離れたところで博士に連絡し、
迎えに来てもらったその足で、コナンを病院へと連れて行った。
拳銃で撃たれた場所の手術を終え意識を戻したコナンの元へ、高木が訪れた。

 コナンの容体の確認を兼ねての見舞いだったが、
コナンの通報を受けて、監禁場所へ向かった高木の口から意外な言葉が告げられた。

「――燃えた?」

「そうなんだよ。コナン君から連絡を受けて急いで現場へ向かったんだけど、
 現場へ着いたのとほぼ同じタイミングで、いきなり建物が燃え始めてね。
 すぐに消防に連絡して消火してもらったんだけど、自然発火の可能性はないから、
 哀ちゃんを誘拐したっていう犯人が火を付けたんだろう、ってことで落ち着いたんだ」

「犯人は!?その犯人はどうなったの?」

「それなんだけどね……」

 焦った様子のコナンの質問に、高木は難しそうに頭をかいた。

「建物の中から焼死体で発見されたんだけど、ちょっと妙なんだよ」

「妙?」

 怪訝そうに顔をしかめるコナンに対し、高木は周囲を見渡してから、小声で話し出す。

「その焼死体、頭を銃で撃った形跡は確認出来たんだけど、
 炎症がかなり酷くて、それが誰なのか判別がつきそうにないんだ」

「え……?」

「仮に、犯人が逃げきれないと判断して、建物が燃えるように細工をしてから、
 自分に火をつけた上で拳銃自殺したと考えても、時間が合わないんだよ。
 警察が到着したタイミングで建物が燃え始めたのなら、そこまで炎症は進んでいないはずだし、
 炎症がかなり進んでいるのであれば、建物が燃え始めたのは大分前からになる。辻褄が合わないんだ」

 腕を組んで唸る高木の傍で、コナンは哀と視線を交わすと無言で頷いた。

「まあ、時限爆弾のようなものでも用意していれば別なんだろうけど、
 今のところそんなものも見つかっていないみたいだしね」

「そうなんだ……」

「うん。まあ、また何か進展があったら教えるよ」

「うん!ありがとう、高木刑事!」

 お大事にと付け加えると、高木は手を振って病室を後にした。

「……どう思う?」

 高木が出て行った直後、コナンは哀に目を向ける。

「普通に考えれば、後からやってきた彼らが証拠隠滅のために彼女を撃ち殺し、
 彼女に火をつけて燃やした上で、建物ごと放火もしくは爆破した、ってところでしょうね」

「だよな。……でも何で奴らはわざわざ殺す必要があったんだ?
 高木刑事の話から考えると、女を射殺してから警察が来るまで多少の時間はあったはずだ。
 仮に、俺たちに顔を知られてるとは言え、奴らはお前が小さくなっていることを知らない。
 となれば、下手に警察へ駈け込めば逆効果になるって考えそうなもんだけどな」

「そうね。本来なら、監禁された明白な理由は伝えられないし、
 事情聴取で足止めでも食らったら、彼らが私の居場所を捜しだすのに苦労はしない。
 だからこそ、あえて警察には通報しないって考えるのが妥当でしょうね」

「……だとしたら、考えられる理由は『お前を逃がしたから』か?」

 コナンの言葉に、哀は首を傾げると肩をすくめた。

「さあね。それだけで殺すとは考えづらいけど、
 あの女が組織内でどれ位の位置にいたのか、で変わってくるかもしれないわね。
 悪い立場にいたのなら、失敗ひとつで殺されてもおかしくないでしょうから」



 高木が病室から去ってしばらくした後、コナンは医師からの診察を受けた。
特に何事もなければ数日後には退院出来るだろうとの見通しで、
それまでは、しばらく大人しくしてるようにとのことだ。

「しかし、二人とも無事で何よりじゃ」

 医師が部屋から出て行くのを見届けてから、安堵したように博士はため息をつく。

「最初はどうなるかと心配したんじゃぞ」

「そうそう。こっちが何かあるのか訊いた時点で、相談してくりゃ良かったのによ」

「確証もないのに言えるわけないでしょ?余計な心配かけるだけじゃない」

 呆れたように言われて、哀は不満そうに言い返す。

「大体、言ったところで、今回みたいに無茶するに決まってるもの」

「バーロ。俺が無茶しなかったら、オメーが無茶するだけだろ?」

「自分のことなんだから、良いじゃない別に」

 睨む哀に、コナンは諦めた様子で息をついた。

「オメーなぁ……。何のために俺や博士がいると思ってんだよ?
 組織にいた頃はどうだか知らねーけど、少なくとも今のお前には味方がいる。
 歩美たちだってそうだろ。遠慮なんかしてないで、頼れる奴には頼ったら良いんだよ」

 カラッとした口調で話したコナンの言葉に、哀は無言でコナンを見返した。

「…………よくも平気で、そんな恥ずかしいこと言えるわね」

「――どういう意味だよ!?」



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