公認夫婦 〜新蘭で20のお題より〜


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「――あれ?」

 俺は自宅の玄関の鍵がかかっていないことに首を傾げた。
家へいたり海外へ飛んだりしている、呆れるくらいの風来坊な両親は今は不在。
普通なら、玄関の鍵はかかっていて当たり前だ。
特に、昨日家を出る前にちゃんと鍵をかけたのを覚えている。

 鍵がかかっていない理由として考えられるのは、第三者が家へ入ったこと。
幸か不幸か、俺は昨日の晩――大体23時頃に警部から電話をもらって
少し厄介な殺人事件の捜査に加わることになった。
思いの外時間を食って、帰って来たのが今の時刻である午前7時前。

 ――ということは、空白は大体8時間弱。
それだけの時間があれば、この家へ入り、何かを盗って逃げるには充分すぎる時間だ。
まぁ鍵をかけないで逃げるってのは、ちょっと手落ちだな。

 俺は少し身を固くして、静かに玄関の扉を開けると中へ滑り込むようにして入った。
万が一、犯人がまだ中にいるとすれば、用心するに越したことはない。

(ったく、こっちは今から学校行かねーとダメだってのに……少しはのんびりさせろよな)

 いくら探偵と言っても、まだ高校生な身の上。
事件の捜査だけしていれば良いはずもなく、本業の学生生活との両立。
別に苦じゃねーけど、今日みたいに朝帰りとなると、多少なりとも体がキツイのも事実。
玄関先で靴を脱いでいると、目線の先に電話が入ってきた。

「……あ、そうか」

 呟きに近い声を出して、俺は数日前の出来事を思い出す。
確か、父さんが1ヶ月ほど休暇を取って近々帰ると連絡があったはずだ。
ということは、玄関の鍵がかかってないのはそういうことかもしれない。
心持、安堵感を憶えてから、そのままキッチンに向かう。

(登校時間まで、言うほど余裕もないからなぁ……
 朝食になる程度の、パンと卵位はあったよな)

 パンを焼いている間に、服でも着替えてくるかと思いながら
キッチンに入った俺は、目の前の光景を見て足を止めた。
適度な量で、朝食に似合ったメニューをテーブルに乗せている人物が、
俺を見つけると、屈託のない顔で笑いながらこう言った。

「あ、お帰り。新一」

「……え?あ、ああ。ただい……ま?」

 確かに、俺の思ったとおりこの家には、すでに先客があった。
もちろん空き巣犯でもなければ俺の両親でもない。昔から見知った幼馴染である。
予想外の出来事に唖然としている俺を見ると、思い立ったように言い出した。

「あ!ゴメン、新一」

「……え?」

「博士に合鍵借りて勝手に上がりこんじゃって……」

「いや、それは別に構わねーんだけど……」

 何でここにいるんだ?と訊こうとして、勢いよく音を立てたフライパンに遮られた。

「あーっ!!」

 その音に蘭は慌てて後ろを振り返ると、コンロの火を素早く消した。
そして、フライ返しで今まで焼いていたベーコンエッグの端を持ち上げる。

「やだもう。焦げちゃったじゃない……」

 呟くように言ってから、蘭は再び俺の方を振り返った。

「新一、着替えて来て良いよ?私その間にもう一回作り直すから」

「……ああ」

 言われるがままに、俺はキッチンを出て行こうとして、入り口で足を止めた。

「なぁ、蘭!」

「何?」

 冷蔵庫から卵を取り出しながら、頭をヒョイッと俺の方へ見せる。

「そのベーコンエッグ。焦げてるからって気にしないし、そのままで良いぜ?」



 着替えが終わりリビングに戻ると、すでに朝食の準備が出来ていた。
相変わらずの手際の良さに関心すらしつつ、テーブルに並べられたメニューに気付く。

「……ったく。そのままで良いっつったのに」

 自分の席に置かれたベーコンエッグには焦げ目が一切見られない。
申し訳なさに目の前の蘭を見ると、そこにあったのは焦げ目のついたベーコンエッグ。

「それじゃ私が嫌なの。どうせ私も朝まだだったから、こっちに回そうと思って」

「良いって。わざわざ作ってくれたんだから、そっちで。味は変わらねーだろうが」

 無理矢理、焦げたベーコンエッグと取り替えようと手を伸ばすと、皿ごと取り上げられる。
「味が変わらないなら、作り手がどっち選ぼうと勝手じゃない」

「いや、そりゃそうだろうけど……」

「それに、夜食も取らずに走り回ってたんなら、少しでもちゃんとしたもの食べなきゃ」

「え?」

 蘭の言葉に、食べ始めた手を止めて、思わず驚いて蘭を見る。
夜中、事件現場に出向いたことはまだ蘭には言っていないはずだ。

「なんでそれ……」

「新一、事件現場でお父さんと会ったでしょ?」

「ああ……確かに現場にいたな」

 昔よりは勘が働くようになったみたいだけど、なかなか解決しそうにないからって、
警部がこっそり俺に連絡してきたって、俺呼んだ理由を高木刑事から聞かされた。

「おじさんから、俺が現場にいたこと聞いたのか」

「うん。6時半少し前くらいに帰ってきて『遅かったね』って言ったら、
 『わざわざあの高校生探偵まで呼んだくせに、なかなか解けなかった位だからな』って言ってたから」

 蘭の言葉に、俺は思わず苦笑いする。

「お父さんが帰ってきたのが6時半頃ってことは、新一もそれくらいなわけでしょ?
 今日は平日だし、新一のことだから学校サボるなんてことすると思わなかったから、
 簡単にお父さんに朝食作ってから、ココに来たのよ。
 徹夜で捜査して休む時間もない上に、朝食まで抜いてたら倒れるだけだろうし」

「そういうことか。――まあ、サンキュ」

「どういたしまして」



 それからしばらく経って、朝食も食べ終わった頃に、
蘭は一度時計に目を向けてから、俺へと視線を戻した。

「ねぇ、新一。今7時半だけど、20分くらい寝る?
 最悪、8時に出たら間に合うし、少しでも休んだほうが疲れ取れるでしょ?
 何なら8時前になったら起こしてあげるから」

「そう……だな。んじゃ、ちょっと――」

「――あら。美味しそうな匂いがしてると思ったら、蘭ちゃん来てたんだ」

「え?」

 その声に嫌な予感がしつつも、反射的に後ろを振り返った。

「母さん!?」

「あら、新ちゃん。久し振り」

 優雅に笑いながら手を振る母さんの後ろから、ひょっこり父さんの顔が覗く。

「お、蘭くん。久し振りだね」

「お久し振りです。すみません、勝手に上がり込んじゃって……」

 会釈しながら、申し訳なさそうに言う蘭に対し、何故か母さんは俺の方へ意味ありげな視線を送る。

「心外ねぇ、新ちゃんったら!」

「何がだよ?」

 大概、俺の両親から出てくる言葉はまともなものじゃない。
次に何を言うのかはあらかた想像はつく。

「同棲してるなら、隠さずにしてるって言えばいいのに」

「はぁっ!?」

 驚いたように見返した俺だが、母さんは構わない。

「そりゃね、小五郎くんを説得するのは骨折るかもしれないけど、
 私と優作には問題ないじゃない?喜んで承諾してあげるわよ?――ねぇ、優作?」

「そうだな。蘭くんなら申し分ないし、逆にもったいないくらいだろう」

「――って!勝手に話進めるなよ!誰もそんなこと言ってねーだろ!?」

「世の中には物的証拠だけでなく、状況証拠というものも存在してね」

 得々と語り始めた父さんは、朝食が置かれていたテーブルへと視線を投げた。
「このテーブルに並べられてたと思われる朝食。
 まあ朝食程度の料理なら、新一にも作れないことはないだろうが、
 ここに来る前に挨拶に行った目暮警部によると、どうやら新一君は今帰ってきたばかりのようだ。
 その短時間で、着替えと料理を二つも済ますことはまず不可能。
 となれば状況的に、この朝食は蘭くんが作ったということに相違ない」

「しかも、こうも仲良さげに一緒に食べてるんであれば、
 同棲――いやいや、結婚を疑われても無理ないと思うわよ。――ねぇ、蘭ちゃん」

「え……いえ……あの……そんなんじゃ……」

 いきなり話を振られて、蘭はうつむいてゴニョゴニョと呟いている。

「ホラ、母さん!変なこと言い出すから、蘭の奴困ってんじゃねーか!」

「やーね!困ってるんじゃなくて、照れてるんじゃない。女心ってそんなもんよ?」

「――母さん!」

 にんまりと笑う自分の母親に抗議する俺に、父さんが追い討ちをかけた。

「真っ赤だぞ、新一」



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