残された数字の謎:第一章


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 まだ陽も昇り切らない真冬の朝六時過ぎ。
風が窓を叩く音でコナンは目を開けた。
横で大いびきをかいて眠る小五郎に肩をすくめると、ベッドから降りる。

 カーテンをめくると、そこには一面の銀世界。
部屋から見下ろせる庭には大きな雪だるまが見える。
今でも雪は降っているが、風の強さの割には、外はまだそこまで吹雪いてはいない。

(……場所は離れてるとは言え、蘭と園子の奴、スキーなんて滑れる状況なのか?)

 笑顔で出かけた二人を思い出して苦笑いしながら、コナンは室内を見渡した。
だだっ広いこの部屋は、もちろん毛利家の自宅ではない。
昨日、探偵事務所を訪ねて来た依頼人から「宜しければ今からお越し下さい」との申し出で、
小五郎と共に出向いた依頼人の屋敷の一室である。

(おっちゃんはしばらく起きそうにねーし、ちょっと散策でもするか)

 そうと決めると、服を着替えた後コートを羽織ってコナンは部屋を後にした。



「あら、コナン君。早起きさんね」

 玄関の扉を開け、しばらく歩いたところで声をかけられる。
振り向いた先にいたのは、昨日屋敷に来た際に屋敷内を案内してくれたメイドだ。

「あ、真樹さん。おはようございます」

「おはよう。でもどうしたの?こんな朝早くから」

「うん。何か目が覚めちゃったから、せっかくだし散策でもと思って」

 子供らしく無邪気に笑ってそう言うと、コナンは真樹の手元に目を落とした。

「真樹さんは……庭の雪かきしてたの?」

「そうよ!」

 胸を張って答えると、真樹は庭へと視線を投げる。

「外、こんな雪だからね。せめて通り道位作っとかないと危ないでしょ?」

「でもシャベルで雪かきなんて、女の人には大変なんじゃないの?」

「そうなのよねえ……」

 コナンの言葉に、真樹は大きく息を吐き出すと、複雑そうな顔をコナンに向けた。

「でもこれが私の仕事だから仕方ないわね。ただ……」

「ただ?」

 途中で言葉を切った真樹を、コナンは不思議そうに首を傾げる。
真樹はその場で、屋敷を見上げるように上を向くと、不満そうに屋敷を睨んだ。

「この屋敷、敷地面積広すぎるのよ。
 掃除する身にもなって造りなさいっての!」

 そう言って真樹は少し口を膨らませると、目線だけコナンの方へと動かした。

「なんてね」

 真樹は楽しげに笑って言う。
それにつられるように、コナンも思わず吹き出した。

「まあメイドは他にもいるから、実際は無理なく分担出来てるんだけど」

「でも、確かにこの屋敷おっきいよね」

「でしょう?聞いた話だと、この屋敷に一番最初に住んでた人が建てたらしいわよ。
 ……確か名前は、茂森竜樹さんだったかな。設計から何から全部自分で指揮してたんだって!」

「そうなんだ。凄いんだねその人!」

 真樹の言葉を噛み締めるように、二人は改めて屋敷を見上げた。



 真樹との会話を終えると、コナンは屋敷の庭を一周してから屋敷内へと戻った。
その後、部屋に戻り小五郎と合流した後、朝食を食べに食堂へ向かう。
まもなく食事も食べ終わろうかという頃に、一人の男性が食堂に姿を現した。
彼の名は新川敏夫。この家の主人で今回の依頼人だ。

「おはようございます。昨晩はよく眠れましたか?」

「ええ、お陰様で。
 いやぁ、自宅の布団とは比べ物にならないほど寝心地が良くてねぇ」

 小五郎は立ち上がって会釈をすると、笑いながらそう言う。

「それは良かった。
 ところで毛利さん。昨日依頼した件で、今から少し宜しいでしょうか?」

「ええ、もちろんです」

「では応接間の方で」

 敏夫に促されて、食堂の出口へ歩き出す小五郎の後を、コナンはさり気なく追いかけた。
だが、それもすぐに気付かれて、背後を振り向いた小五郎に睨まれる。

「おい。お前、何平然とついて来てんだ」

「え……?」

「『え?』じゃねえ。ガキはガキらしく、外の雪ででも遊んでろ!」

「えー!?」

 不服そうに声を上げるが、小五郎は面倒くさそうにコナンを手で追い払う。
その対応の仕方に小五郎を睨み返すコナンを、敏夫は面白そうに笑った。

「まあ良いじゃないですか、毛利さん」

 そう言うと、敏夫はコナンの方に体を向けてニッコリと笑いかけた。

「良かったらコナン君も来ると良い」

「いや、しかし――!」

 慌てて否定しかける小五郎を、敏夫は手で制す。

「昨日探偵事務所の方へお邪魔した際も、特に迷惑ではなかったですから」

「は、はぁ……」

 悪気なく言われた依頼人の言葉に、さすがの小五郎もそれ以上は止められない。
釈然としない表情を浮かべる小五郎とは裏腹に、コナンは満足げに応接間までついて行った。



「新しい脅迫状が届いた?」

「ええ。今朝、メイドが届けに来た封書の中に一通だけ」

 そう言って敏夫は小五郎へ封書を渡す。
元々、彼の依頼内容は『殺害をほのめかす脅迫状の差出人を見つけてほしい』というものだ。
大体二週間ほど前から定期的に届くというその脅迫状。
新聞の切り抜きを使ったものや、定規を使ったいびつなものなど、デザインは様々だが、
内容に関しては「殺害」や「死」などと言った文言が共通して含まれていた。

「因みに今回の脅迫状はどのような」

「それが……今までとは少し違った感じで……」

 言葉を濁す敏夫に首を傾げながら、小五郎は封書の中身を取り出した。
開かれたそれを、コナンは小五郎の横から首を伸ばすようにして覗き込む。

 【 全ての木々が生い茂り
   風に乗ったその種が新たにその地に根付く時
   茎に絡め取られしその根抜けねば還るのみ  】

「……暗号ですか?」

「ええ、恐らく。……どういう意味か分かりますか、毛利さん?」

「そうですなぁ……」

 小五郎は言葉を濁すと小さく唸りながら頭をかいた。
コナンはそんな小五郎に一瞬目を向けてから、姿勢を元に戻す。

「でも、どうして暗号なんだろうね」

「え?」

 呟きにも似たコナンの発言に、二人は不思議そうにコナンを見る。

「だって、今までは普通に意味が分かる内容だったんでしょ?
 それを何でわざわざ暗号にする必要があったんだろうって」

「言われりゃー確かに……」

 妙に納得した様子で小五郎は脅迫状を見返した。
コナンも同じくして、それの意図するものは何かと考え込む。
様式が変わったということは、犯人の方で何らかの変化があったということだ。
ある種の警告なのか、もしくは何らかのカモフラージュなのか――。

(……厄介なのは、それ以上の場合だな)

 コナンは難しそうにため息をつくと、ソファに深くもたれかかる。
丁度その時、応接間のドアがノックされ、真樹が姿を現した。

「お話し中、申し訳ありません。旦那様、今表に少年が訪ねてきまして」

「少年?……今日は来客の予定はないはずだが」

「はい、そうなんですが……。
 知人の家に向かう途中で、どうもこの雪で立ち往生してしまったそうで。
 吹雪が止むまでで構わないから、少しの間中へ入れてもらえないか、と」

 その言葉に三人は窓の外へと目を向けた。
早朝はちらつく程度だった雪も、いつの間にか少し先すら見えない程の猛吹雪になっている。
こうなれば下手に動く方が危険だろう。

「特に予報じゃ後数日は寒波の影響で、猛吹雪は続くらしいからな。
 部屋は余っているし、その少年が急いでいないのなら、泊まって行ってもらったら良い」

「それではその旨――」

「ああ、構わんよ。私が案内しよう」

 真樹の言葉を遮るようにそう言うと、敏夫は立ち上がってから小五郎へ軽く礼をした。

「すみません、毛利さん。十分もすれば戻ってきますので」

 そう言い残すと、敏夫は足早に応接間を後にする。
応接間のドアを閉まったのを確認してから、小五郎は息をつくと窓の外へ目線を動かした。

「しかしまあ、この吹雪の中出かけるなんて、面倒なことする奴もいたもんだな」

「その人が家を出た時はそんなに降ってなかったんじゃない?
 僕も朝起きた時、そこまで吹雪いてなかったから、庭を散歩しに行ったくらいだし」

 コナンの言葉に、小五郎は呆れたようにコナンを見る。

「そりゃお前、年がら年中バカみたいに元気なガキとは別問題に決まってんだろ」

 悪気が感じられないその物言いに、コナンは不機嫌そうに無言で小五郎を睨み上げた。



 その後、戻って来た敏夫から、急な来客の予定が入ったと告げられ、
夕飯前後に話の続きをすることとなり、二人は一旦客室へと戻る。
部屋に入るや否や、小五郎は仰向けでベッドに倒れ込むと、
受け取った脅迫状を一瞥してその場に放り投げた。

「ちょっと、おじさん!」

 小五郎の行動をたしなめるように言うと、慌てて脅迫状を拾い上げる。
拾った脅迫状を小五郎に渡そうと近づくが、片手で軽くあしらわれた。

「おじさん……」

 ため息交じりに言われた言葉に、小五郎は面倒くさそうにコナンを見る。

「分かるかってんだ、そんな暗号」

「そんなこと言ったって、解かないことには犯人に繋がらないじゃない。
 ましてやおじさん、新川さんから依頼受けてるんでしょ?」

 この言葉に小五郎は眉を上げると、コナンから顔を背けた。

(……ガキかよ)

「…………春」

「え?」

 小五郎の態度に呆れた視線を投げた直後、ふてくされたように呟かれた言葉に、コナンは思わず訊き返す。
すると、小五郎は重たい体を起こすかのように、ゆっくりベッドへ座り直した。

「木が生い茂って種が育つんだろ?だったら大体春か夏ってことだろ」

 小五郎は不機嫌にそう言うが、コナンは困った様子で眉を寄せる。

「あのさぁ、おじさん……」

「なんだ」

「……こういうのって大体比喩で、ストレートに捉えちゃダメな気がするんだけど」

 言いづらそうに答えるコナンを、小五郎はしばらく無言で見つめた。

「――うるせえ!ガキは黙ってろ!」



 時計の針が午後七時を回った頃、客室がノックされた。
ドアの前にいたのは真樹で、どうやら夕飯の支度が出来たらしい。
三人で食堂まで行きかけた途中、小五郎が思い出したように真樹に訊ねた。

「そう言えば真樹さん。新川さんはどちらに?
 依頼の件で話す予定にしていたんですが、今まで特に呼び出しがなかったんですが?」

「ああ……」

 小五郎の言葉に真樹は困ったように片手を頬に当てて首を傾げた。

「実は、毛利さんたちと旦那様が別れて以来、お見かけしてないんです」

「え……?」

 この言葉に、コナンと小五郎は驚いたように顔を見合わせた。

「夕飯の用意が出来たと旦那様の部屋に行ってもいらっしゃらなくて」

「心当たりは捜したんですか?」

「いえ、それはまだ……」

「だったらまずは彼を捜した方が良い。
 ――すみません、真樹さん。少し手伝って下さい」

「は、はい……!」

 焦った様子で駆けて行く小五郎を、真樹は慌てて追いかける。
それに続くようにコナンも走り出すが、その直後いきなり真樹が振り返った。

「ああ!そうだ、コナン君!」

「え?」

「ゴメン!雪で立ち往生したお客さんに夕飯のこと伝えるの忘れてた!
 悪いんだけど声だけかけておいてもらえるかな?コナン君達の部屋の右隣だから!」

「え?……あ、ちょっと!」

 真樹を呼び止めかけるが、それより先に小五郎の声が遠くから真樹を呼んだ。
その声に慌てて走って行った真樹に、コナンは諦めたようにため息をつく。
それでも、頼まれた以上は仕方ないと、コナンは言われた部屋のドアをノックした。

(……あれ?)

 数回ノックしても返事がない。寝てるのかと強めにノックをするが無反応だ。
不思議に思って、鍵穴の隙間から中を覗こうと顔を近づけた。
丁度その瞬間、力強く開いたドアが顔面にぶち当たる。
コナンは思わず小さく悲鳴を上げて、その場にしゃがみ込んだ。

「……何や、お前。こんな所で何してんねん」

「は?」

 謝罪の言葉の一つもないことと、聞き慣れたような相手の声に、
コナンは鼻辺りを手で押さえながら、怪訝そうに声のした方を振り返った。

「…………何で?」

 目の前にいる相手を見て、コナンは眉を寄せる。

「丁度東京に用事があってなァ。ついでにお前んとこにも寄ったろ思て。
 その用事済ませてから探偵事務所向こたんやけど、この雪で動けんくなってしもてな?
 ホンなら丁度ええタイミングでこの屋敷見つけたんや」

「……何もこんな大雪の日にわざわざ寄らなくたって良いじゃねーか」

 呆れて言いながら、コナンはドア伝いに立ち上がる。

「仮に今事務所行ったって、誰もいねえってのに、どうするつもりだったんだよ」

「まあそん時はそん時や」

 笑って言う平次にコナンは疲れた様子で息をついた。

「ホンで?お前はこんな所で何してんねん」

「え?ああ……。おっちゃんの依頼で――ってそうだ!あの人捜さねえと!」

「あの人?」

 平次が詳細を訊くよりも早く、遠くの方で叫び声がこだました。



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