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事件の真相について簡単にお互いの意見を確認し合った後、三人はリビングへと向かった。
幸いにも、先程事情聴取をして以降、誰もリビングから出ておらず、
その場にいた全員に、事件の全容が判明したことを小五郎が伝えると、
一瞬だけざわつきこそしたものの、すぐにそれも静まった。
小五郎がリビングに戻って来た時点で、大体の想像はしていたのだろう。
最初に動機を話した時点で、家族内の誰かが殺したであろうことは予想していたらしい。
ここにいる人間の誰かが犯人だということを告げても、大きな動揺はなかった。
ただ、誰もがお互いに目を合わせてから、無言で目線を逸らせるだけだ。
「――それで、皆さんにまず書いていただきたいものがあります」
その場に漂う空気へ割り込むように小五郎は話を切り出すと、
五人にそれぞれ小さな用紙一枚とペンを一本渡していく。
「名前を書いていただきたいんです」
「名前を?」
「ええ。――ただしアルファベットで」
小五郎の言葉に四人は不思議そうに首を傾げるが、
言われた通り、メモ用紙に自分の名前を記入するとそれを小五郎へと渡した。
名字の新川は全員が揃って『Arakawa』と記入。
名前はそれぞれ『Yuri(由里)』、『Takashi(隆)』、『Syunya(俊哉)』、『Shiori(詩織)』と続く。
「ありがとうございました」
書かれた内容に小五郎は一人無言で頷くと、四人へ軽く頭を下げた。
「ところで、この中に茂森竜樹さんという方をご存じの方はいらっしゃいますか?」
「茂森さんのことでしたら名前だけなら全員が。
ある程度詳しくとなると、主人以外なら私だけになるかと思います」
「なるほど。そうすると、由里さん以外は名前程度しかご存じないということですかな?」
そう言いながら、他三人へ目配せするが、黙って頷くのみだ。
それを確かめると小五郎は再び由里へと視線を戻す。
「ちなみに由里さん。ある程度詳しく、とはどの程度?」
「あ、はい……。元々この屋敷の所有者の方で、
以前から親交のあった主人に屋敷を譲った方だとお聞きしています。
その件で一度直接お会いしましたが、非常に丁寧で温厚な方でしたね」
「屋敷を譲られた経緯などはご存知でしたか?」
「ええ。会社の経営が上手く行かなくなり、
事業を立て直すために主人が出した援助資金を返せる当てが無くなったからと。
何も屋敷の所有権を頂かなくてもとは言ったんですが、金銭で返せない以上はそれしかないと強情で……。
ですが、その茂森さんと今回の件は何か関係が……?」
不思議そうに訊ねる由里に小五郎は、今朝届いたという脅迫状を四人へ見せた。
脅迫状自体は二週間ほど前から届いてはいたが、このことは全員が初耳だったようだ。
その存在についてはどうやら、誰にも話していなかったらしい。
脅迫状の内容が殺害予告で、屋敷の所有権の譲渡が動機と見られることを告げると、
四人は驚いた様子で顔を見合わせた後、全員の意見を代弁するかのように隆が口を開く。
「でも毛利さん。
仮に父を殺した動機が屋敷の所有権を巡るものなのであれば、
少なくともここにいる人間は、それに対して父に恨みはないはずですよ?」
屋敷の所有権が敏夫に移ったことで、新川家の人間としては得でしかない。
敏夫本人に対しては、個人的な恨みはあったとしても、
大きな屋敷に元手も何もなく住めるのであれば、それに関しては感謝されても良いくらいだ。
「……それでは、どなたか小坂さんという方をご存知の方は?」
「小坂……」
小五郎の言葉に由里が思わずそう呟くと、ためらいがちに詩織を見る。
それに気付いた詩織は、一度由里を見てから小五郎へ視線を向けた。
「……私のことですか」
「ええ。――ご存知ですね?」
「……はい」
詩織は絞り出すような声で答えると、膝の上で両手を握りしめる。
「少し話を聞かせていただいても宜しいですか」
「……はい」
ゆっくりと答えると、詩織は大きく息をつく。
「……当時付き合っていた彼の名字です」
「家に連れてきた際に、激昂した新川さんに追い出されたという彼ですね」
「そうです。あの時、どうして父の態度が豹変したのか分からなくて……。
父に訊いても教えてくれるわけもなく、個人的に調べたんです。
そこで、以前彼の父親と私の父がもめたことがあると知りました」
「その原因についてまでは調べられましたか?」
小五郎の問いに、詩織は虚を衝かれたように目を見開いた。
「それは……」
詩織は言いづらそうに口ごもると、小五郎から目を逸らす。
「…………屋敷の……相続権を巡ってのことだと」
詩織の言葉に由里たち三人は驚いた様子で、一斉に詩織へ視線を投げるが、
小五郎はその言葉に納得したように無言で頷いた。
「あなたの彼氏を含めた小坂家が、一家心中を決めるきっかけとなった事件。
それがこの屋敷の所有権を巡って、新川さんと小坂さんが対立したことであると知り、
脅迫状の文面に、それをにおわせるようなことを書いた上で、新川さんへの殺害を実行した。
――合ってますかね、詩織さん」
「……はい」
小五郎の言葉に詩織はしっかりそう答えると、ゆっくりと頷いた。
「とすれば、小坂さんとの関係も含め、茂森さんのこともご存知でしたね?
屋敷の所有権を巡り、小坂さんと新川さんが衝突し、
それに怒った新川さんが、小坂さんの会社を倒産へ追いやった、ということも」
「はい。……すみません、先程は黙ったりして」
「でも屋敷の所有権を巡って、誰かと揉めたなんて話、あの人は一言も――」
「あの父さんだもの。あっても言うはずないわよ。自分に非がある場合なんて特にね」
悲しそうに笑みを浮かべて言うと、詩織は肩をすくめる。
「……小坂さん、父に会社を潰されてから何とか頑張って、
また小さな会社を始めて、ようやくまともな生活が出来るって喜んでいたそうなんです。
そんな時に、私が彼と出会って付き合い始めた。……奇妙な縁ですよね」
「だが、あなたが偶然、彼を家に連れてきたことでまた事態が変わったと」
「そうです。父は、小坂さんが息子を使って自分に復讐しようとしている、
そのために娘である私にすり寄ったんだと思い込んだようで、
彼を屋敷から追い出し、また以前のように小坂さんの会社を潰そうと目論んだ。
でも、それだけで済ませず、執拗に小坂さんを追い続けた……」
「ですが、そこまで分かっていたのなら警察に相談も出来たでしょう」
小五郎の言葉に、詩織は力なく首を横に振った。
「そこは、父はしっかりしていました。明確な証拠はなかったんです。
しらを切りとおされれば、それで終わってしまう程度でした。
それに詳細を調べ始めたのも、彼とその家族が亡くなってからだったので
警察に相談しても、事態が変わることはなかったですから」
「だから殺そうと?」
「ええ。……それが何の解決にもならないことは分かってましたけどね」
苦笑いして言うと、詩織は小五郎に向かって首を傾げた。
「でも、よく分かりましたね。
あの脅迫状の文面から、茂森さん一家へ疑いの目が向けられてもおかしくなかったでしょう?」
「それももちろん考えました。ですが、吹雪で車が出せない今の状況や、
昔から茂森さん一家を知る方たちからの証言で、可能性は低いと判断しました。
……ですが、一番は新川さんが残していたダイイング・メッセージのお陰ですね」
「ダイイング・メッセージ? ……そんなもの残していたんですか?」
その言葉に驚いたように、詩織は小五郎を見返した。
「ええ。『5・1・0・レ・1』と、一見すると数字と見間違うダイイング・メッセージをね。
――ご存知でしたか?新川さんが自分の名前をローマ字表記する時の独特の癖を」
「癖ですか?」
不思議そうに言う詩織に、小五郎は先程全員に書いてもらったメモ用紙を掲げた。
「一般的には、名前の『ら行』は『R』で表記しますよね。皆さんの書いた『Arakawa』のように。
『し』に関しても、詩織さんや隆さんのように『Shi』と表記する方が多いでしょう。
ただ、新川さんの部屋にあった日記帳の名前は『Alakawa Tosio』と書かれていました。
どうやら新川さんは『ら行』は『L』で、『し』は『Si』と書く癖があったようなんです」
「……それが何か?」
「このことを踏まえた上で、新川さんの残した文字が全てアルファベットに置き換えると、
『5をS』『1をI』『0をO』『レをL』となり、文字を順番に読むと『SIOLI』になるというわけです」
「……なるほど。そういうことでしたか」
小五郎の説明に納得したように小さく頷くと、詩織は天井を仰いだ。
「姉の時にも思いましたけど、父は一貫して、自分に対して異を唱える者は許さなかったです。
たとえそれにより自分が殺されようとも、変える気はなかったんでしょうかね……。
自分を殺そうとした私の名前を残した執念深さ……最期くらいは人間味を見たかったかもしれません」
その翌日、吹雪も多少マシになり、ようやく到着した刑事に連れられ、詩織は警察へと連行された。
コナン達や新川家の人間も事情聴取のために、後程警察へ向かうことになっている。
荷物をまとめに部屋に向かう途中の廊下で、コナン達は真樹とすれ違った。
「真樹さん、大丈夫?」
いつもの陽気さが抜け、沈んだ様子の真樹にコナンは声をかけるが、
真樹は苦笑いしながら首を横に振った。
「ここまで家族でいがみ合ってさ、これからどうなっちゃうんだろうって思ってね」
「……そうだね」
「まあ、元々仲が悪かったのは敏夫さんだけだったって話だ。
しばらくは多少の確執があったとしても、きっと時間が解決してくれるだろ」
小五郎は励ますようにそう付け加える。
「血縁やからこそ許せること、血縁やからこそ許せんこと。
……ホンマに。他人以上に難しいもんやな、家族っちゅうんは」
「旦那様も使用人には結構優しかったんですよ?
確かにご家族の方とはたまに衝突してたみたいですけど。
変えたいと思うことはあるけど、今更無理だからっておっしゃってたこともあるって、
親しい執事には打ち明けてたらしいって聞いたことはありました」
「もしかしたら新川さん、家族だったからこそやりたい放題やってたのかもね。
……ただ、限度を読み違えて、ちょっと度を越しすぎてたんじゃないのかな」
「そうね。そうかもしれない」
コナンの言葉に真樹はどこか寂しげに笑うと、詩織が出て行った玄関の扉を見つめた。
「でも、この屋敷もどうするんだろう?」
「どうするって?」
「ホラ。この屋敷に固執してたのって旦那様だけだったんでしょ?
奥様は元々、所有権譲渡には反対してたみたいだし、
そうなったら、この屋敷の所有権を放棄して、茂森さんに戻したりしないのかなって」
「いやぁ、そいつはさすがにどうか分からんぞ」
真樹の疑問を小五郎はやんわり否定すると、考え込むように腕を組んだ。
「仮に由里さんが、屋敷の所有権を手放し、茂森さんに戻したとしても、
殺人のあったこの屋敷に、また戻ると言い出すかも分からんし、
納得した上で退去しているんであれば、今更構わないと言う可能性も高いだろうからな」
「……そんなものなんでしょうか?」
「下手に提案しても、情けをかけられたと捉えられれば意味がないでしょう?」
「それにや。その茂森さんがどこまで知ってはんのか分からへんけど、
一番の親友やった小坂さんを一家心中に追い込んだ張本人を、さすがに許せんやろ。
新川さんの家族がそれに関わっとらんかったとしても、あんまりエエ気はせんのとちゃうか?」
「そう……ですよね」
続けて言われた言葉に、真樹は残念そうに肩を落とす。
その反応をコナンは不思議そうに見ると、首を傾げた。
「……真樹さんは、茂森さんに戻ってきてほしいの?」
「そういうわけじゃないんだけど……。
ただ、ここまでのいざこざを見ちゃうと、せめて何らかの希望を持ちたくって。
屋敷の所有権を巡って、悲惨な結果になった小坂さんにとっても、
茂森さんがこの屋敷に戻って来られれば、少しは報われるんじゃないかなって思ってね」
苦笑いして言う真樹の言葉に、小五郎は肩をすくめた。
「それに関しては、本人達次第だな。
由里さん自身もどうするかはまだ決めてないだろうし、すぐに決められるもんでもない。
まあ、そこまで心配しなくても、なるようになる。幸せの形は人それぞれ。
全員苦労してきたんだ。最終的には、お互いにとって一番良い解決方法が見つかるだろ」
「……そうですね」
物悲しげにそう言うと、真樹は迷いを断ち切るように首を振った。
「じゃあ私、奥様達が一番良い解決策を見つけられるよう、頑張らないとダメですね。
こんな時こそ使用人達が一丸になって全力でサポートしないと!」
「うん、そうだね。
……でもさ、真樹さん。真樹さんきっと使用人の中で一番のムードメーカーなんだし、
一人で抱え込んで倒れるようなことはやめた方が良いと思うよ?」
「ありがとう、でも大丈夫よ。皆色々助けてくれるし、優しいもの。それに――」
心配そうに言うコナンに、真樹は優しく微笑みかけると周囲をゆっくり見渡した。
「私、このお屋敷大好きだから。
また前みたいに、笑顔であふれる屋敷に早く戻すためには頑張らなくちゃ!」
胸元でわざとらしくガッツポーズしてみせた真樹の行動に、コナン達は思わず吹き出した。
――人と人との争いを繰り返してきたこの屋敷。束の間の笑い声が、廊下へ響き渡った。
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原案あれば尚のこと、ネタばらし章なんて一番パターン決まっているはずなのに、何故か展開に悩むという。
ただ、展開に悩んだ分、原案最終章とは展開が変わってる部分が意外と結構ある。
ダイイング・メッセージの提示の仕方だったり、犯人指摘に至るまでの流れだったり、
コナンと平次メインで進めてた推理シーンを、小五郎一本化にしたりと色々。
決定的証拠としてダイイング・メッセージを使ってた原案の設定を、あえて外したのは
動機設定の時点で、『何故私が殺さなくてはならないの!』な発言は、さすがに違和感あるよなと。
後は、全体的に流れが急ぎ加減だったので、そこを解消するために原案よりは丁寧に書いたつもり。
因みに。最後のプチエピローグ。深く考えず加えたら、オチの付け方に悩みまくったというのはここだけの話。