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「――え?茂森様ですか?」
あれからすぐリビングへと戻り、まだ中にいた真樹に簡単に事情を話し、
使用人の中で勤務歴が一番長い――もしくは先代の頃からいた使用人について話を聞いた。
意外にも当時から働いていた使用人は多いらしく、
中でも内情に最も詳しいというメイドの名前を教えてもらい、彼女の元へと向かった。
茂森氏について訊くついでに、コナンの見つけた写真の確認もしてもらったところ、
先代の家主である茂森氏に間違いはないらしい。
どうやらこの写真自体は、この屋敷が建ってまもなく経ってから撮られたという。
「先代の旦那様は、ご家族からも使用人からも非常に評判の良い方でしたよ」
「ホンなら何でこの屋敷から去りはったんや?亡くなったんか?」
「とんでもない!」
メイドは平次の言葉に驚いた様子で、激しく首を左右に振った。
「……まあ、今でも存命なのかは分かりませんが。
先代の旦那様がこの屋敷を去られたのは……その……追い出されたんです」
「追い出された?」
その言葉にメイドは無言で頷くと、もの悲しそうに目を伏せる。
「ご家族はやむを得ないと覚悟をお決めになったようでしたが、
使用人は皆声を揃えて反対致しました」
「どういう事情だったんですか?」
問いかけにメイドは複雑そうに眉を寄せる。
逡巡するようにしばらく無言で考え込んでから、意を決したように顔を上げて小声で言った。
「……今の旦那様が……追い出されたんです」
「え?」
「……元々お知り合いではあったんです。
ただ、先代――茂森様の会社の事業が上手く行っていない時期がありまして、
それを立て直すために、今の旦那様――新川様が多額の資金援助をしたとお聞きしました」
「ということは、その見返りとしてこの屋敷を?」
小五郎の言葉に、メイドは首をゆっくりと横に振る。
「新川様の資金援助で一度は経営を立て直されたんです。ただ、それも長く続かず再び経営不振に。
援助資金を返す当てが無くなった茂森様に、新川様が『代わりにこの屋敷を貰いたい』と。
茂森様も大分悩まれたようだったんですが、最終的には要求を呑まれて、
この屋敷の所有権が茂森様から新川様へ移されたそうです」
「せやったら、その先代の所有者含めて、茂森さんの家族は、
新川さんを恨んどったっちゅう可能性はあるってことか?」
「……どうでしょうか」
メイドは困ったように顔をしかめると頬に片手を当てた。
「一応理由としては正当なものですし、
最終的には、ご家族含め茂森様は納得の上で退去されてますから、
仮に多少恨んでいたとしても、皆様の人柄を考えると殺される可能性はないと思います。
……ただ、少し気になる話を聞いたことはありますね」
「気になる話?」
「ええ。あくまでも噂話なので、本当かどうかは分かりませんが」
そう前置きをして、メイドは小声で話を続けた。
「最初からこの屋敷に住むために、資金援助を申し出たのではないか、と」
「……と言いますと?」
「この屋敷が建った頃から、新川様は屋敷を絶賛してらっしゃったそうなんです。
『こんな屋敷に生涯住めるなんて実に羨ましい。私が貰いたい位だ』と。
そんなこともあって、所有者が変わるという話が出てきてからというもの、
使用人の間では、もっぱらそのような噂話が持ち上がってきたことがありました」
「せやけど、そんな噂が持ち上がるっちゅうことは、
茂森さんの会社の経営が上手く行かんくなったんに、新川さんが絡んどるちゅうことか?」
平次の言葉にメイドは驚いた様子で目を見開いた。
その後で何か考えるように目を伏せるが、すぐに首を傾げた。
「それはさすがにないと思いますよ?
経営不振に陥った直接的な原因は、業務提携を結んでいた会社の一つで不正が発覚し、
そのしわ寄せが茂森様の会社に来たことによるものだったそうですから。
その不正内容も、副社長による横領だったそうなので、新川様とは関係ないかと」
「でもそれならどうしてそんな噂が……?」
「……茂森様が最も信頼されていた小坂様という幼馴染の方がいらしたんですが、
屋敷の所有権を巡って、茂森様が小坂さんに相談したことで、新川様とトラブルが少し……。
そのやり口に、もしかしたらそうじゃないかと噂が立ったんです」
「そのトラブルというのは……?」
小五郎の問いかけに、メイドは平次の方に目を向けてから小五郎を見る。
「先程この方がおっしゃったのと似ていますね。
屋敷の所有権を渡すというのはいくらなんでも横暴だと、小坂様が新川様へ直訴したんです。
それに怒った新川様が裏から手を回して、小坂様の会社を倒産に追い込んだらしい、と。
もちろん新川様は否定されていましたが、言葉を濁した茂森様を見ると恐らく事実かと」
「……要は、この屋敷を手に入れるのに邪魔な人間を排除した上で、
所有権が自分に移るよう工作したんじゃないかと思われた、と?」
「ええ。それ以後、小坂様が仕事に恵まれなかったことや、
使用人が茂森様を悪く思っていなかったこともあって、
何処からともなくそのような噂が出るように……」
「それで、その小坂さんという方は今は何を?」
訊かれてメイドは静かに頭を横に振る。
「ご家族含めて消息が分かりません。
当然、新川様とは連絡を取っている方ではありませんから……。
茂森様と幼馴染とは言え、使用人は小坂様の連絡先までお伺いしてませんし、
仮に知っているものがいたとしても、今となっては連絡する必要がないですからね」
「しっかし、えらい傲慢な被害者やな」
「依頼人のことを悪くは言いたくないが、まさか調べれば調べるほど、陰湿な面が出てくるとはな」
「突然泊めてくれ言うて、嫌な顔一つせんと了承された時は、
話の分かるエエ金持ちやなぁ思てたけど、まさか真逆な過去があったとはなァ……」
廊下を歩きながら小五郎と平次は、ほぼ同時にため息をつく。
メイドから話を聞き終わり、来た道を戻るコナン達。
聞かされた話の内容に、愚痴に近い会話をする小五郎達とは対照的に、
その横をコナンはひたすら難しそうな顔をして無言で歩く。
ついにはそれすらも止めると、前を歩く二人を呼び止めた。
「――ねぇ。ちょっと良いかな?」
「何だぁ?意味深に言った割には部屋に戻ってきてんじゃねーか」
理由も話さずいちもくさんに客室に戻ったコナンに、小五郎はそう毒づくが、
コナンは気にせずにベッドまで歩いて行くと、その脇にあるテーブルの引き出しを開けた。
そこに入っていた紙切れ一枚を取り出すと、そのままベッドへと腰かける。
「この脅迫状、元々殺害予告だったんじゃないかなって」
そう言うと、小五郎達に向けて手に取った脅迫状を見せる。
その行動に首を傾げながら二人はコナンに近付くと、脅迫状を覗き込む。
「……この脅迫状、いつ届いとったんや?」
「新川さんが言うには今日らしい。
元々二週間前から殺害をほのめかす脅迫状が届いてたらしくてな。
ただ、こんな暗号文で来たのは今回が初めてで、どうしたもんかと思ってたんだ」
平次の質問に答えてから、小五郎は怪訝そうな表情でコナンを見る。
「で?これのどこが殺害予告だって?」
「……うん。さっきのメイドさんの話聞いてて思ったんだけど、
最初の一文の『全ての木々が生い茂り』って文章、茂森さんのことなんじゃないかな。
『全ての木々』ってことは、たくさんの木が集まってるってことでしょ?となると林か森になる。
後の『茂り』を考慮して森と考えた場合、『茂森』って言葉が出てくると思うんだ」
「それやったら、この二行目の『風に乗ったその種』が被害者の新川さんのことやな」
平次の言葉にコナンは小さく頷いた。
「それでその後の『その地に根付く時』が、屋敷の所有権が移ったことを差してるんだと思う」
「じゃあ、最後の三行目が具体的な殺人予告か?」
「多分ね。言い回し的には、一行目の『木々が生い茂り』にかけてるんだろうけど、
『還るのみ』は、根付いた種が土に還る――無に戻るってことで『死ぬのみ』
その前の文から考えると、『屋敷の所有権を手放さないのなら殺す』ってことじゃない?」
コナンの解説に小五郎は難しそうに唸りながら腕を組む。
「ってことは何か?犯人は茂森さん絡みで、新川さんに恨みを持ってる人間ってことか?」
「せやけど、あのメイドの話を信じるんやったら、
茂森さん本人含めて、家族は人殺しそうにないっちゅうてたやんけ。
仮に殺そう思てこの屋敷に潜んどったとしても、退路は雪で塞がれとる。
わざわざそないややこしい時に殺人犯す必要はないで」
しかめ面で言う平次を小五郎は不満そうに見返した。
「だから、あくまで『たとえば』の話だろ?
第一、この脅迫状がこいつの言う通りの内容なんであれば、
新川さんが殺された一番の動機は茂森さんって考える方が妥当だろうが」
「そらそうやけどやなァ……」
「でも――」
小五郎の反論に口ごもった平次に、コナンは考え込みながら口を挟んだ。
「可能性の話で言うなら、もう一つあるかもしれないよ」
「もう一つ?」
コナンの言葉に小五郎と平次は口を揃えて言う。
それを受けてコナンは肩肘を上げると、上げた肘を指差した。
「新川さんが腕で隠すようにして残してたダイイング・メッセージ。
あれが示す名前が犯人で間違いないのなら、この解釈でも間違ってないとは思うけど」
その言葉に小五郎達は驚いたように顔を見合わせた。
「あの意味分かったんか!?」
「なんとなくね」
「……でまかせ言ってんじゃねーだろうな」
心なしか不満げな表情を浮かべながら睨む小五郎に、コナンは苦笑いして肩をすくめる。
「でまかせじゃ言わないよ。……まあ多少の違和感はあるんだけど。
でも、新川さんの部屋に入った時に、おじさん言ってたでしょ?
写真の裏にその時のことを記録するのが新川さんの癖かもしれないって。
それで、もしかしたらって思ったんだよ」
「……それとあのダイイング・メッセージと何の関係がある?」
「名前の書き方だよ」
そう言うと、コナンは携帯のデータフォルダから、
現場で撮ったダイイング・メッセージの画像を再度二人へ見せる。
「最初から数字だと思い込んで見てるから、分かりづらかったんだ。
だからさ、一度数字の印象は取っ払って考えたら、ちゃんと名前に見えないかな」
「んー……?」
コナンに言われて、受け取った携帯の画像を凝視する小五郎だが、
一向に変化が見られないその画像に、眉を寄せるばかりだ。
同じくしてその画像を覗き込む平次も難しい顔で首を傾げる。
「……ああ、なるほど!そういうことかいな!」
指を鳴らして声を上げる平次だが、すぐに真顔に戻ってコナンを見た。
「ちょー待て。せやけどこれ、ちょっとおかしないか?」
「うん。だからそれが新川さんの癖なんだよ。
さっき部屋に行った時にあったでしょ?同じことが書かれてるものが」
「同じモン?」
コナンの言葉に平次は記憶を辿る。
「――あの本か!……そら確かに被害者の癖やな」
「……おい」
まるで存在を否定されているがごとく進む話に、小五郎は不服そうに言う。
「お前ら勝手に話進めてるが、俺のこと忘れてんじゃねえだろうな」
これにコナンと平次は顔を見合わせると、不思議そうな様子で小五郎へ顔を向ける。
「別に忘れとらんで?確認しとるだけやて」
「確認?」
「そうそう。この解釈で合ってるかどうかって」
コナンはそう言うと、ベッドから腰を上げて小五郎の元へと歩く。
そのまま小五郎の持っている携帯を覗き込むと、表示されている画像を指差した。
「だからさ、まずここに注目してから他の部分を見ていくとね――」
言いながらコナンは文字の見方を説明する。
最初こそ不満げに聞いていた小五郎だが、次第にその不満を忘れて感心したように頷き始めた。
説明を最後まで聞き終わると、小五郎はコナンの背中を思いっ切り叩く。
「――何!?」
コナンは若干むせ返りながら文句を言うが、小五郎は気にしない様子で面白そうに笑う。
「お前、たまには役に立つじゃねえか!」
「…………たまに?」
小五郎の言葉に、コナンは思わず不満の声をもらす。
それが聞こえてないのか、はたまた聞こえない素振りをしているのか、
コナンの不満には無反応で小五郎は話を続けた。
「でも、それと脅迫状の関係性で何がある?茂森さんとは関係ないだろ」
「あったじゃない、一つだけ」
その言葉に小五郎は不思議そうにコナンを見返した。
「まあ、あくまで推測の域かもしれないけど、本人に訊いてみたら良いと思うよ」
「せやな。ダイイング・メッセージの意味と合わせて説明したら、さすがに音を上げるやろ」
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設定・展開ひっくるめて新規シーンが割と高い章かな。
先代の説明するメイドも出てきてなかったし、おっちゃん交えての脅迫状も解説もなかったからな。
この章よりも前から、伏線の張り方を原案と大分変えてるので、その関係で変更点が色々と。
伏線関係で原案と大きく違うところは、ほぼ答え書いてた部分を完全に取っ払ったことか。
そんな今回、書きながら思ったことが少し。『メイド内情知りすぎじゃないですか』という。
今全く同じ設定で小説を書いたとしたら、このメイドが犯人になってそうな予感すらある。
後は小五郎の前で平然と脅迫文解読するコナンに、お前隠さなくて良いのかよとか。
ただまあ、真相解明シーンがコナンメインで進む辺り、自分の好みがよく出てるわ、うん。