残された数字の謎:第三章


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「それでは次にアリバイを聞かせていただきます。
 被害者の敏夫さんが亡くなったと推定されるのは、
 今から一時間ほど前の午後六時から午後七時までの間と思われます。
 ――まずは由里さん。あなたはその時間帯、何をしていましたか?」

「私は昼間……午後二時頃からだったでしょうか。
 友人と出かけておりました。帰って来たのは午後六時過ぎ位だったと思います」

「それを証明出来る人はいますか?」

「ええっと……」

 考え込む由里を遮る形で、リビングのドア近くに立っていた真樹が手を挙げた。

「あの……奥様が帰った時に一度私とお会いしています。
 丁度玄関の掃除を終えた時にお会いしましたので。時間は午後六時半少し前だったかと思います」

「そうですか。――それでは屋敷に帰ってきてからはどうでしたか?」

 小五郎は真樹の言葉に頷くと、再び由里へ訊ねる。

「それ以降は、真樹さんが夕飯に呼びに来るまで部屋で休んでおりました」

「その間誰かと会ったり、電話をしていたなどということは?」

 小五郎の言葉に由里は無言で首を左右に振った。

「では次に隆さん。あなたは?」

「私は部屋のテレビで借りて来た映画を観ていました。
 丁度、返却期限が明日だったので、見納めにもう一度と思いまして」

「それは誰かと?」

「いえ、一人です」

「なるほど」

 小五郎は呟くようにそう言うと、俊哉の方へと目を向けた。

「あ、僕ですか?僕は基本的には部屋で小説を読んでいました。
 証人になるような人はいませんが、午後六時半頃から友人から電話がかかってきました。
 来週会う約束をしていて、そのことで確認の電話だけだったので、十分程で終わりましたけど」

「そのご友人の連絡先はお訊きしても?」

「はい、構いません」

 そう言うと、俊哉は手帳をポケットから取り出し、電話番号を書いた紙を小五郎へと渡した。

「ありがとうございます。確認は後ほど取らせていただきますので。
 ――では最後に詩織さん。どうですか?」

「私は部屋で仕事……あ、私駆け出しの小説家なんですが、
 その時間でしたら部屋で小説を執筆していたと思います。
 仕事中は部屋に人を入れないので、証人になるような人はいません」

「分かりました」

 小五郎はそう言って大きく頷くと、軽く頭を下げた。

「ありがとうございます。一応一旦これで事情聴取は終わらせていただきます。
 部屋に戻っていただいても結構ですが、屋敷の外には出ないようお願いします」



 主な事情聴取を終えると、コナン達は一旦リビングを後にした。
事件の手がかりを探しに敏夫の部屋へ向かう途中で、小五郎はため息をもらす。

「しっかしまあ、よくも今まで家族関係が続いてたもんだな。
 というか、あそこまで思ってんならとっとと離婚しろってんだ」

「ホンマやで。話聞いてるだけで気分悪うなってくるわ」

 小五郎のため息につられるように、平次は背伸びをした後腕を回した。

「あんな辛気臭いとこにおるだけで肩こりそうやで」

「……でもあそこまでされてたんなら、それこそ警察に相談したり、
 法的手段を取ろうと思えば取れたと思うけど、何でしなかったんだろ?」

「バーカ。こんなデカい屋敷持ってんだぞ?
 離婚しようものなら、そのお零れにも与れない上に、再婚でもされてみろ。
 あれだけのことされたにも関わらず、多額の遺産も手に入らねえんなら割に合わねえだろ?」

 呆れた様子で言う小五郎に、コナンは思わず苦笑いする。

「……さすがに由里さん、そんな人じゃないと思うけど」



 敏夫の部屋に着くと、小五郎はドアノブに手をかけた途端に行動を止める。
突然のことに、つんのめりそうになったコナンと平次。
文句を言ってやろうと口を開きかけた瞬間、小五郎は怪訝そうな表情で振り返った。

「おい。念のために言っておくが、部屋の中荒らすんじゃねーぞ?
 もし少しでも荒らしたり邪魔するんなら、部屋からつまみ出すからな」

「素人に言ってんのとちゃうんやで」

 その言葉に平次は呆れたように睨みつける。
だが、それでも尚不満げな表情で小五郎はコナンを見下ろした。

「おい。分かったか!」

「…………」

 念を押すように力強く言う小五郎を、コナンは無言で見返した。
その後でチラリと平次の方へ視線を動かしてから、小五郎へと視線を戻す。

「一番荒らしそうなのは平次兄ちゃんじゃない?」

「――何やと、コラ!」



 予想外のコナンの言葉に文句を言い出した平次を横目に、
扉を開けて中へ入って行った小五郎の後ろを、コナンは素知らぬ顔で追いかけた。
その行動にしばらく不服そうに睨みつけていた平次だったが、じきに諦めた様子で室内へと入る。

 中に入った三人は手分けして敏夫の部屋を調べ出す。
本棚には、『5/12 Tと東都タワーにて』と裏面に書かれた、
不倫相手と思われる女性と撮った写真が本の間に挟まっていたり、
『TOSIO ALAKAWA』と署名入りの敏夫が書いたらしい日記帳などが見つかった。

 写真の方はそれ以外にも何枚も見つかり、
その都度写真の裏には、ご丁寧に不倫相手の名前・撮影日時・撮影場所のメモ書きが、
日記帳の中にも特に目立った内容はなく、旅行へ行った際の記録であったり、
家族とのいさかいについて書かれている程度のごく普通の日記だ。
とてもじゃないが、手がかりにはなりそうにもない。

「……しかし、何でまた新川さんは不倫相手との写真をわざわざ残してたんだ?」

「おじさんはどうなの?」

「俺?俺か?そうだなぁ……俺は――」

 コナンの問いに、真面目に答えかけて小五郎は行動を止める。

「――ってバカ言え!いくらなんでも不倫はねーぞ!」

 慌てた様子で反論する小五郎に、コナンは不思議そうに目を瞬いてから面白そうに笑った。

「違うよ!そうじゃなくて!
 普通、自分の奥さん以外の女の人と写真撮った場合ってどうしてるのかなって。
 おじさん、よくお店の女の人にデレデレして、たまにふざけて写真撮ってるじゃない。
 ああいうのって置いておくものなの?捨てるものなの?」

 コナンの言い回しに若干の不満を感じるようで、小五郎はコナンを不服そうに見やる。
だが、コナン本人としては別段他意はない純粋な質問だ。
首を傾げるコナンを見て、小五郎はバツが悪くなった様子で咳払いをする。

「まあその……あれだ。
 何と言うか、個人的に――あくまで個人的に、気に入ってる写真なんであれば、
 取っておくってこともあるかもしれんが…………まあ、普通は隠すか捨てるだろうな」

「ホンなら、わざわざ裏面に日付書いたりは?」

「するわけねえだろ!
 何でわざわざ自分から証拠を残すようなことしねえとダメなんだよ!」

 しかめっ面で言う小五郎に、コナン達は同調するように頷いた。

「……ってことは、極端に言うと新川さんは不倫の証拠を残したかったってこと?」

「もしくは、それが新川さんの癖だったか、だな」

「癖か……」

 コナンはそう呟くと、目の前の本棚を見上げる。
順番に背表紙を目で追って行き、途中で視線を止めると上の方を指差した。

「ねえ!あのアルバム取ってくれない?」

「アルバム?」

 小五郎は怪訝そうな様子でコナンの指差したアルバムを手に取ると、コナンへと渡した。
お礼を言ってそれを受け取って、適当に開けたページの写真を引っ張り出すとそのまま裏返す。
そこには同じように撮った場所と日付と写っている人物と思しき名前が書かれていた。
小五郎と平次も、それを上から覗き込んで確かめる。

「ちゅうことは、この不倫写真の裏に書いたるんも被害者の癖っちゅうわけか。
 ……せやけど、いくら癖やとしても、不倫相手の名前は伏せるもんなんちゃうか?」

「まあ、妻の由里さんも言ってたけどな。『不倫を隠すことはしなかった』って」

「でもその写真、本の間に挟んでたわけだし、新川さんにしてみれば一応隠してたのかもしれないよ」

「そんな気を遣う人間が、わざわざ不倫相手と自分の妻を比較するか普通?」

 コナンの解釈に小五郎は眉をひそめるが、逆にコナンから呆れたように見返される。

「おじさんが言う?」

「――な!お前……っ!」

「ねえ、それよりも……。ちょっとこれ見て」

 小五郎の抗議の声も空しく、即座にコナンの声に遮られる。
一発殴ってやろうかと拳を振り上げた瞬間に、一枚の写真を目の前に突き付けられた。

「ホラこれ。ここの屋敷じゃない?」

「ん?」

 話の腰を折られて不機嫌そうに言うと、
行き場の失った手でその写真をひったくるように受け取った。
その写真には、屋敷の玄関前で仲が良さそうな男性二人が写っていた。

「……一人は新川さんだが、もう一人は誰だ?息子さんじゃねえだろ」

 隣に写っているのは、敏夫と同世代か、少し上と思われる白髪の男性。
屋敷の執事でもなければ、親族とも思えない。コナンは写真の裏を覗くように首を傾けた。

「『竜樹と共に』って書かれてるね」

 コナンの言葉に、小五郎は眉を寄せる。

「竜樹?誰だそいつ?」

 怪訝そうに言う小五郎に、コナンは少し考えるように目線を天井へ向けた。

「……多分、この屋敷の設計者じゃない?」

「設計者?――って、何でお前にそんなことが分かるんだよ」

「今朝、屋敷の外を散歩してた時に会った真樹さんが言ってたんだよ。
 この屋敷に初めて住んだ人が、設計と建設時の指揮を全部自分がやったんだって」

「ホンで?その人の名前が竜樹やったんか?」

 平次の言葉にコナンは首を縦に振る。

「うん。確か苗字は……茂森だったかな?」

「……で?」

 有益かどうか分からないコナンの情報に、小五郎は難しそうに顔をしかめた。

「その屋敷の設計者と新川さんに何の関係があるってんだ?」

「そこまではちょっと……」

 さすがのコナンもこれには首をひねる。

「でも、ここまで大きな屋敷だよ?
 写真を見る限りじゃそこまで年配にも見えないじゃない。
 仮に亡くなってたとしても、ただの知り合いにこんな屋敷譲るとは思えないし、
 もし生きてるんなら、普通はここで生活してるもんなんじゃないの?」

「そりゃあまあ、そうだが……」

「ホンなら、そのメイドに話聞いた時、
 最初の所有者が生きてるかどうかは言うてなかったんか?」

 訊かれてコナンは肩をすくめる。

「あの時は話の流れで出て来ただけで、そこまで踏み込んだ話してなかったから。
 ただ、真樹さんですら最初の持ち主の名前知ってたんなら、
 もっと前からいるメイドさん達なら、何か事情知ってるかもしれないけど」

「まあ、事の真偽はともかく、女は噂話が好きやからなぁ。
 図らんでも、人伝いで何か聞いてるかもしらんな」

 平次の言葉に小五郎は一度息をつくと、平次へ目を向けた。

「だったら訊きに行ってみるか?
 一番長くいる使用人なら、真樹さんが知ってるだろ」

「せやな。ここでこれ以上手がかり探すよりは、なかなか面白そうな話も聞けそうやしな」



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