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自宅のソファでくつろぎながら、読みかけの推理小説を読んでいると、
インターホンが来客の知らせを告げた。
「はーい!」
などとリビングから声を出しても、家の前にいるであろう相手には到底聞こえまい。
新一は開いていた本のページにしおりを挟むと本を閉じる。
リビングを出て少し歩いてから、壁にかかっているインターホンを持ち上げた。
「はい?」
再度同じ言葉を繰り返すと、インターホンの向こう側で遠慮がちに女性が声を出した。
「……あの、すみません。折り入ってご相談したいことがありまして……。
もし宜しければ、話を聞いていただけないでしょうか?」
「ええ、僕で良ければ。少し待っていて下さい、今行きます」
そう言って、インターホンを元あった場所に戻すと、新一は玄関を開け門扉まで出て行った。
「中へどうぞ」
門扉を開けると、少し曇った表情の女性を家へ招き入れた。
「すみません」
新一は応接間まで女性を案内すると、机を挟んだ二つのソファを指差した。
「適当に座っていて下さい。――コーヒーか紅茶でも淹れますけど、どうしましょうか?」
「……では、コーヒーの方を」
「分かりました」
軽く会釈をしてから、新一は応接間を出て行くと、10分ほどでお盆片手に応接間へ戻ってきた。
一つのカップを女性の前に置いてから、自分の方にも置くと話を促す。
「今回こちらに来られたのは……事件かなにかのご依頼ですか?」
「ええ。……四丁目にある、宮内邸というのをご存知でしょうか?」
「宮内邸ですか?……金融会社の社長をされている方の屋敷だと聞いていますが。
えっと……確か名前は、宮内晃さんだったでしょうか」
新一の言葉に、女性は無言で首を縦に振る。
「はい。申し遅れましたけど、私はそこで住み込みで働いている、戸山奈美恵と申します。
実は、一ヶ月前から旦那様宛に、脅迫めいた手紙が何通も送られてきてまして……」
「警察には行かれなかったんですか?」
「行ってはみたのですが、無駄でした」
そう言って奈美恵はゆっくりと左右へ首を動かす。
「まだその手紙があれば信憑性はあったんですが、その手紙に怒った旦那様が、
『根も葉もない、ただのくらだんいたずらだ!』とおっしゃり、破いて捨ててしまったんです。
心配した奥様が警察へ掛け合ったのですが、せめてその脅迫状がないと判断できないと……」
「それで、今回こちらへ?」
「いえ……警察でもそうなら、どこでも同じかと思ったので、
断られてからしばらくは誰に相談するでもなく過ごしていました。
幸い、何も起こらなかったんですが、つい昨日のことです。
朝の散歩に出てくると言ったきり、屋敷にお戻りになっていなくて。
昨晩から奥様が心当たりを捜しているのですが、さっぱり……」
重苦しそうにため息をつく奈美恵を見て、新一は思いついたように訊ねた。
「もしかして、そのご婦人は今も捜してらっしゃるんですか?」
「はい。ご家族と数人の手伝いも一緒に。
それで、旦那様の居場所や脅迫状の出所を調べていただこうと、私がこちらへ」
「そうですか。分かりました、お引き受けしましょう」
「ありがとうございます!」
新一の言葉に奈美恵は、パッと顔を明るくした。
「……ところで、その宮内さんの心当たりというのは、全て当たったんですか?」
「ええ。今日の朝の内に全て回りました。
親しい友人の家や、好んでよく行っていたお店、公園なども全て。
もちろん、いつもの散歩コースは、真っ先に見て回りました。しかし――」
「行き先は知れず、というわけですか」
目を伏せた奈美恵に、新一は言葉重たそうに呟いた。
「はい。旦那様が散歩を始められるのが、大体朝の5時半頃で、
近所の方へ訊ねて回っても、誰も姿を見ていないとしか答えが返ってこなくて」
奈美恵はため息をつくと、心配そうに新一を見た。
「大丈夫でしょうか、旦那様……」
「大丈夫ですよ。居なくなってからあまり日は経っていませんから、
大体の居場所のめぼしさえ付けば、何とか。
僕の方でも色々、手は尽くしてみますからご心配なさらないで下さい」
「……すみません。ご面倒なことをお願いして」
深々と頭を下げる奈美恵に、新一は慌てて頭を上げさせる。
「面倒だなんてとんでもありませんよ。
ともかく、今は少しでも早く宮内さんを見つけるのが先決です。
奥さんの方も、きっと随分参ってらっしゃるでしょうから、
戸山さんは奥さんを元気づけてあげて下さい」
「……ありがとうございます」
奈美恵は泣き笑いの顔になりながら、新一へ何度も頭を下げた。
それから話の方も一段落つき、工藤邸から帰ることにした奈美恵だったが、
門扉を出て、少ししたところで新一が思い出したように慌てて呼び止めた。
「あ、すみません。お帰りの前に二つほど。脅迫状の件なんですが、
その文面と、送り主に心当たりなどはありませんか?」
「出かけに、奥様へもお訊ねしましたが、送り主の方は一向に。
文面の方ですが、毎回同じ一言でした。“殺してやる”と、たった五文字だけの」
「ああ、宮内さんかい?知ってるよ、結構な金持ちの割に、気さくな人だろ?」
奈美恵を見送ったその足で、新一は近くの銀行へ向かう。
窓口の営業時間は終わっていたが、警備員に事情を話し特別に中へと入れてもらった。
近くにいた従業員の一人に、宮内を知っているかを訊いたのだが、
意外にも宮内は銀行内では有名らしく、従業員の殆どが彼の名前は知っているらしい。
「でも、その宮内さんがどうかしたのか?」
「いえ、事件の捜査でちょっと。
彼について教えていただきたいんですが、少しの間だけ構いませんか?」
「ああ。俺は全然」
そう言うと、従業員は笑いながら閑散とした室内を見つめた。
「ご覧の通り、営業時間外だ。
後処理の作業は残ってるが、天下の高校生探偵の頼みとありゃ断れねえよ!」
「ありがとうございます。――訊きたいのは一つだけなんですが、
宮内さんって敵は作るタイプだったかどうか、ご存知ですか?」
「敵ねぇ……」
新一に訊かれた従業員は、難しそうに顔をしかめた。
「あの人の人柄は柔和で温厚な人なんだ。殆どの金融関連の人間には好かれてるし、
もちろん、ここの社長とだって仲が良い。変に自分の考え押し付けないし、
それぞれの会社の上役だけと交流するんじゃなくて、俺達みたいな一般の従業員にも
冗談交じりの面白い話をしに来てくれたりで、あの人を悪く言う奴はまずいない」
自信満面にそう言ってから、従業員は急に声を落とした。
「ただそんな中で――この世界じゃ有名な話なんだが、
犬猿の仲と言われるほど宮内さんと仲の悪い、金融会社の社長とそのお偉いさん三人がいる。
しかもな、どうやらそれが噂でなく事実らしいぜ」
「その金融会社の名前はご存知ですか?」
新一の言葉に、従業員は難しい顔で首を傾げた。
「何だったかな……? えっと……――ああ、そうだ!東都マネーライフって名前だったはずだ。
宮内さんと仲違いしてるって三人が一緒になって立ち上げた会社らしい。
……でも不思議なんだ。聞いた話によると、宮内さんも含めたその四人、昔は仲が良かったのに、
ある日を境に宮内さんだけ仲違いして、それ以降は顔を見るや否や喧嘩するようになったとか。
普通、昔から仲が良かった人間が、そこまでこじれると思うか?」
「どうでしょうね……。でも、その仲違いのきっかけっていうのは……?」
「残念ながら、そいつは俺には分からねーけど、三丁目の気前の良いゴルフ屋のオヤジ。
あの人、かなり宮内さんと親しいって聞いたから、もしかしたら知ってるかもな」
「なるほど。ちなみに、その仲違いしてる三人に関しての評判はどうです?」
「正直に言うとあんまり良い噂は聞かねえな。特にその金融会社を起こして以降は。
噂じゃ、結構ヤバイことも裏でやってるって話だぜ?」
そう言うと、その従業員は声を潜めてソッと新一に耳打ちした。
見回りの警備員に礼を告げて、従業員用の出入り口から銀行を出た新一は、
暗くなっている辺りに気付くと腕時計に目を落とした。
(ヤベッ、もう八時じゃねーか!
こりゃ、事情聴きに行くのは明日にした方が良さそうだな。
とりあえず、近くのスーパーにでも寄って、何か――)
「おわっ!」
角を曲がりかけたところで、反対側から来た誰かとぶつかって、新一は思わず声を上げた。
バランスを崩して、あやうく倒れそうになるも、何とか体制を保つ。
その後で、目の前に尻餅をついている少女二人に気付いて、慌ててしゃがみこんだ。
その瞬間、一人の少女にキッと睨まれて、新一は差し出しかけた手を止める。
「何処見て歩いてるのよ!」
少女の口から出た言葉とその気迫に、新一は返す言葉を詰まらせた。
(何処っつったってな……)
黙っている新一を恨めしそうに睨みながら、少女は壁伝いに立ち上がると、
傍でまだ座り込んでいる少女の方に、急かすように怒鳴る。
「ホラ、早く立ってよ!――早く!!」
「ちょっと待ってよ……そんなこと言ったって……足打ったんだもん」
「打ったからって何よ!痛みこらえればそれで良いでしょ!
こっちは時間ないんだから、早く!――急いでったら!」
ヒステリックに怒鳴る少女を新一は止めかけるが、思わずそれを躊躇った。
少女の口調とは反対に、彼女の目には涙が溜まっている。
「ねぇって!早く――」
「おいおい、何もそんなに急がさなくても良いだろ?それに、一体どうし――」
「黙っててよ!あんたなんかに関係ないんだから!」
激しく少女は新一にそう怒鳴ると、座り込んでいる少女を無理矢理立たせて、
そのままの彼女の腕を引っ張りながら、新一の傍を通りすぎて行った。
「え……?」
新一は足元に違和感を覚えて、下へと目を向ける。
どういうわけか、先程までこけていた少女が、片手で新一のズボンを掴んでいた。
「何してるの!早くってば!」
腹立たしげに起伏の激しい少女が怒鳴るが、
言われた方の少女は無言で何度も首を左右に振って、ついにはその子から手を離した。
どうするかと思えば、ギュッと両手で新一の足にしがみつく。
「……おい?」
新一は何が何だか分からないで、不思議そうに二人の少女を交互に見るが、
新一の傍から動こうとしない彼女に、少女が吐き捨てるように言った。
「大人はダメだって言ったじゃない!大人は皆……誰でも殺そうとするんだから!」
(……え?)
少女の口から出た言葉に、新一は目を丸くする。
さすがに何もなければ、そんな言葉は出てくるはずがない。
「違う!皆じゃないよ! それに私達だけじゃどうしようも――!」
「ダメ!そんなこと言ってたら殺されるんだから!結花だってちゃんと――」
そこまで言って、少女はピタリと口をつぐんだ。
そのあまりの変化の違いに、新一は声をかけようとして思いとどまる。
――少女の体が小刻みに震えているのに気が付いたのだ。
そしてまた、彼女と同様に自分の足元にいる少女も小刻みに震えている。
「知らないから!!」
最後に一言そう言って、少女は新一に背を向けて走り出す。
「おい!」
「――痛っ!」
慌てて声をかけようとした新一だったが、それも必要なかった。
勢いよく走り出した少女は、勢い余ったのか、地面に思い切り顔をぶつけて倒れ込む。
「お、おい!大丈――」
「ダメ!もう来るよ」
「え?」
足元から震える声で言われた言葉に、新一は不思議そうな顔で少女を見るが、それ以上は何も話そうとしない。
その内に遠くの方から聞こえて来た足音に、新一は大体の事情を察した。
すぐさま、しがみついている少女を片手で持ち上げると、空いている手でこけている少女を抱えあげる。
「ちょっ!離してよ!人殺し!!」
ジタバタと手足を動かす少女に、新一は業を煮やして怒鳴る。
「少しは黙ってろ!」
そう言って、新一はその少女の口に手を当てて強制的に黙らせた。
モゴモゴと必死で抵抗するが、それに構わないで、新一は細い脇道へと入り込む。
その直後、今まで新一達がいたところへ数人の人間がやって来た。
そこに誰もいないことを確認すると、二言三言話してから、足音が方々に散らばって行く。
しばらくして、完全に足音が聞こえなくなってから、新一は二人の少女を地面へ下ろす。
その後で、新一は脇道から顔を出して誰もいないのを確かめると、少女達へ振り返った。
「なあ、ここからどうするかは君達に任せるけど、一体何があった?」
少女二人は互いに顔を見合わせると、気性の荒い少女の方が口を開いた。
「……それじゃあ、連れてってよ」
「連れて行くって何処に?」
「お兄さんの家」
「……は?」
予想外の返答に、新一は目を丸くした。
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若干の描写修正と文章修正を実施。大して変わっちゃいないはず。
最終章書くにあたって、展開上必要な情報だけ、こっそりと追加しています。
私にはもの凄く珍しい、新一オンリーの事件物小説。警察は関わってくるけども。
恐らくこの話を書くきっかけがなかったら、一生なかったんじゃないかとすら思う。
当時を知ってる方はご存知かと思いますが、元ネタは実は『夢』
何らかの理由で追いかけられてる少女二人に出くわした新一が、少女達をかばいながら、
迫る追跡者からの追撃を避けつつ、事件を解決していくという割と面白そうな夢を見て、
設定色々考えた上で、小説に書き起こしたという。とは言え、終盤以外は基本的に想像。