重複した出遭い:第二章


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「……え?」

 新一は自分の耳を疑うように、少女二人を不思議そうに見る。

「今、何て言った?」

「だからー、お兄さんの家、連れてって!」

 そう言うと、やれやれというように、やけに気性の荒い少女は肩をすくめた。

「聞いてなかったの?大人のくせに」

「そうじゃねーけど……」

 どう答えて良いものか、新一は狐につままれた様子で首を傾げる。

「それで?お兄さんの家、どっちなの?右?左?」

 連れて行くとも言っていない内から、それに構わず行動している少女に、
新一は疲れたようにため息をついた。

「……左。でも君、行くのは良いけど、行くんなら俺の――」

「黙ってて。道案内してくれたら良いんだもん」

「あのなぁ……」

 少女の言葉に、顔をしかめる新一だが、そんなことには目もくれず
少女は言われたとおり、左のほうへ歩みを進めていく。

「おい、ちょっと待てって!」

「だから、うるさいん……――った!」

 慌てて言った新一の方を、勢い良く振り向いて少女は小さく悲鳴を上げた。
声を出してから直ぐにその場へへたった少女に、新一は早足で駆け寄る。

「ったく、だから言ったんだよ」

「何がよ!」

 警戒心むき出しに自分を睨む少女を見て、新一は肩をすくめる。

「気付いてない、とか思うなよ?さっき、俺とぶつかった時に足捻挫したんだろ?」

「そ、そんなことないもん!」

 一瞬驚いて目を見開いた少女だったが、直ぐに首を左右に振り始める。
新一はその様子を見て、身をかがめると、少女の右足首を指差した。

「じゃあ、その押さえてる手、どけてみな?」

「な、何ともないってば!」

「だから、何ともないんなら見せれるだろ?」

「……」

 次に出た新一の言葉に、少女は口をつぐむと、恨めしそうに新一を睨んだ。



「……ねぇ」

「ん?」

「この状態で、人気のないトコ連れてって、殺さないでしょうね!」

「誰がだよ?――ホラ、とりあえず背中に乗りな?おぶってってやるから」

 結局、新一の勝ち、というわけで、しぶしぶ捻挫していることを認めた少女だったが、
気を遣って新一がおんぶしてやる、と言うと、少女はそれをかたくなに拒否する。
自力で歩こうとするのだが、その度に毎回こけるので、
ついには少女も諦めて新一の言うとおりにしようとするも、猜疑心はなかなか消えないらしい。

「うー……」

「おーい?」

 新一の背中を疑わしそうに眺めたままの少女に、新一は振り返りざまに声をかけた。

「言ってるだろ?もし俺が君たち殺そうとしたら、大声出せばいいって」

「そうだけど……」

「大丈夫じゃない?このお兄さん、悪者に見えないもん」

 もう一人の少女が軽い口調で、仲間の少女に声をかける。

「でも、悪人が全員悪人のような顔してるわけないじゃない」

「大丈夫、大丈夫!」

「何で?」

「私の人への勘は、外れたことないでしょ?」

 自信満々な顔でにっこり笑う相手に、言われた少女は眉をひそめる。

「結花ぁー……」

 情けなくため息をつくと、少女は新一の方を見た。

「分かったよ、乗ればいいんでしょー!?」



「ねーね、お兄さん、名前は?」

 結花と呼ばれた少女は、新一の横を歩きながら訊ねた。

「俺か?俺は……」

「歳は!?」

 背中から出された大声に、新一はしかめ面になる。

「もっと考えて声だせねーのか?大体、何で歳なんて……」

「え?だって、私の両親言ってたもん。『大人は年齢訊かれるのを嫌がる』って」

「……そりゃ女性の話だな。名前は工藤新一。歳は十七だよ、高校生」

 この言葉を聞いて二人の少女は顔を見合わせる。

「高校生なの、お兄さん!」

「へぇー、じゃあ高校生があんな時間に外で何やってたの?」

「何って……ちょっと銀行に用があってそこに行ってただけさ」

「わっ、うそっぽーい」

 楽しげに言われた言葉に、新一は一瞬動きを止める。

「何でだよ?」

「だって、銀行って普通夕方までだもん。あんな時間開いてないでしょ?」

「訊きたいことがあったから、従業員用の出入り口から入らせてもらったんだよ」

 この言葉に、背中に乗っている少女が不思議そうに問いかける。

「お兄さん、偉い人たちの親戚か何か?」

「いや?親戚にそんな人たちいねーけど?」

「じゃあ、分かった!やっぱり暴力団か何かなんだ!ナイフか何かで警備員脅して――!」

「サスペンスドラマの見すぎだ!何でそっちの方向に行くんだよ!?」

 少女の想像に、新一は思わず苦笑いした。

「なら教えてよー。何でただ頼んだだけで、閉まってる銀行に入れるの?」

「副職みたいな仕事のお陰で、色々顔が広い方なんだろ?」

「その副職って?」

 二人の少女から不思議そうに訊ねられ、新一は少し悩んでから答えた。

「……探偵、かな?」

「探偵!?」

 予想外の言葉を聞いて、二人は目を丸くして新一を眺める。

「ねぇ……変なこと訊いて良い?」

「ん?」

「新一お兄さん、どんなことやる探偵なの?」

 その言葉に、新一は少し複雑そうな顔で結花と呼ばれた少女を見た。

「そう……だな。君たちに悪い刺激与えるみたいでなんだけど、
 主に殺人事件や、未遂事件を解決してる。後は警察を手伝ったり、依頼受けたりだ」

「じゃ、じゃあお兄さん、むしろ殺す側の人間嫌ってる人……?」

「だから、さっきから何度も言ってただろ?『殺さない』って」

 呆れた口調で言った新一を、背中に乗った少女は不思議そうに見ていたが、
その内に楽しそうに笑うと、新一の首辺りに掴まっている自分の腕に力をこめる。

「ね、お兄さん。私、元谷保美って言うの。保健の保に、美しいで、やすみ」

「保美……か。あんまり静かってイメージじゃない気もするけどな」

「あはは。親にもそう言われる。でも仕方ないじゃない、
 さっきまでは完全に良い人って思えなかったんだもん」

 口を尖らせてそう言ってから、保美はもう一人の少女の方を見た。

「この子はね、私の親友なの。親同士が仲良いから、その関係で」

「桐原結花。結ぶに花だからよく、ゆいか、と間違えられるけど、ゆかです」

「よろしく。――でも、随分用心深いんだな。
 こっちに疑い持ってる時は、全然名前教えなかったのに」

 笑いながら言った新一の言葉に、二人は目を伏せた。

「……あのね、新一お兄さん……それ、仕方ないの」

「え?」

 聞いたその言葉に、新一は不思議そうに結花を見る。
しばらく下を向いていた結花だったが、意を決したように顔を上げると口を開いた。

「さっき私達見たばっかりなんだ、大人が大人を襲ってるところ」



「うっわぁ……おっきな家ー……」

「そうか?」

 工藤邸までやって来た、保美と結花は、目の前に建っている家を見てポカンとした。

「そうだよ!お兄さんの親って資産家なの?」

「いや?父親はただの小説家で、母親は元女優なだけだよ」

 そう答えてから、新一は家の中へ入ると、二人をリビングに連れてきた。
そして、背中から保美をソファに下ろすと台所の冷蔵庫を開ける。

「お茶よりはジュースの方が良いか?」

「ううん。いいよ、お茶で」

 返事を聞くと、新一は二つのガラスコップにお茶を注ぐ。
それから、ソファの傍にあるテーブルへガラスコップを持っていくと、

「適当にくつろいどきな。俺は湿布と包帯取ってくるから」

「はーい!」

 声を揃えて返事をする二人を見て、新一は微かに口元へ笑みを浮かべた。

「あ、そうだ。ねえ、お兄さん。これ何?」

「へ?」

 リビングの出入り口まで行っていた新一は、保美に訊かれて振り返った。
テーブルに無造作に置かれた何枚かの紙を保美は指差している。

「ああ、それか。今頼まれてる事件の書類。それはあんまり触るなよ?」

 触るな、と言われれば、触りたくなるのが人間の性。
保美と結花の二人は新一が部屋を出たのを確認すると、早速その紙に手を伸ばした。
しかし、それを見ていたのはたった数十秒。別の紙を取り上げては、
つまらなさそうにテーブルへ戻し、出されたお茶を口に含む。

「分かんないじゃない、こんな見たこともない漢字ばっかりなんてー」

「平仮名なら分かるけど、漢字分からないから、意味通じないもんね」

 面白くなさそうに二人でため息をつき、結花がもう一度紙へ目をやった。

「あれ?」

「どうかした?結花」

「うん……ね、保美これ見て」

 そう言うと、結花は保美に書類に隠れていた一枚の写真を取り出した。

「あ!これ……」

「……この人、新一お兄さんの知り合いかな?」

「さぁ……?」

 二人はジーッと写真を眺めながら、不思議そうに首を傾げた。

「――こら!」

「わっ!」

 少し遠くから聞こえてきた言葉に、二人は驚いて手に持っていた写真を落とした。
そして、恐る恐る声のした方へ目をやると、救急箱を手にしている新一が立っていた。

「ったく、それは触るなっつっただろ?」

「そんなこと言ったって……片付けないお兄さんがダメなんだよ」

「こっちはまさか来客があるなんて思ってなかったからな」

 新一がそう言うと、保美は不満そうに口を膨らます。

「ホラ、右足出しな」

 テーブルの空いているスペースに救急箱を置くと、そこから湿布と包帯を取り出す。
最初みたいに変な猜疑心はないようで、すんなり右足を出すと、
手際よく処置をする新一を意外そうに眺めた。

「お兄さん、将来医者になるつもりなの?」

「そんな気全然ないけど、何でまた……」

 保美の言葉に、新一は驚いたように保美を見返す。

「だって上手いんだもん、男の人なのに。それに慣れてるっぽいし」

「まあ、よくやるからな。こういうのは」

「ふーん……」

「よし、出来た。とりあえず今日は必要最低限以外は動くなよ」

 そう言うと、新一は余った包帯を救急箱にしまい始める。

「ありがとね、お兄さん」

 保美は子供らしい可愛い笑顔で新一を見ながらそう言った。

「どういたしまして。――さてと。もう八時半だな、二人とも夕飯は?」

 新一の言葉に、結花が首を左右に振る。

「ううん、まだ。そんな暇なかったから」

「じゃあ簡単に何か作るか」

「えー?作れるのー?」

 からかうように笑う保美に、新一は顔をしかめる。

「これでも、長い間一人暮らししてんだぞ?」

「あはは。ごめんなさーい」

 保美の言葉に、新一はため息をついてから立ち上がった。
その際に、まだ床に落ちたままだった写真を見つけると、拾い上げてテーブルへ置く。

「あ……」

 不意に出た結花の言葉に、新一は不思議そうに結花を見る。

「どうかしたか?」

「……うん。新一お兄さん、その写真の人と知り合い?」

「え?」

 キョトンとして、写真に写っている人物へ目をやった。
そこには、奈美恵から受け取った宮内晃が写っている。

「いや……ただ、今回受けた依頼に関係した人なだけだけど?」

 この言葉に結花は、保美と顔を見合わせた。

「大変だ……その人だもん」

「何が?」

 首を傾げる新一に、保美と結花は新一を真っ直ぐと見ながら、声を揃えて言った。

「その人なの。私たちが見た、襲われてた人って」

「何だって!?」



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