重複した出遭い:第七章


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 走っている途中で、新一は妙な違和感に気付く。どうも、行く先々で同じ車を見かけるのだ。
自分たちが走っているのと同じ方向に停まっていたり、反対側に停まっていたり、
パターンは異なるが、同じ車種、同じ色の車には変わりない。
先程まいたはずの追手も、いつの間にか追いついている。

(こいつは……気付かれてるな。――仕方ねぇ!)

 新一は左右を見渡して、両サイドから車が来ていないことを確認して、ガードレールを飛び越えた。
そのまま一目散に向かいの歩道まで渡り切ると、近くの公園へと急ぐ。
いくつかある公園の出入口から、警視庁へ一番遠い出入口をあえて選んで、そこから別の歩道へ出た。
そのまま警視庁とは反対方向に突っ走ると、再び別の公園へと向かう。

「ねえ、お兄さん。警視庁後ろなんじゃないの?」

「ああ。でもあいつらは、こっちが警視庁へ向かってることに勘付いてる」

「ええっ!?」

 新一は後ろを確認してから、目の前の公園へ入ると、前方に見える出入口から外へと出た。

「警視庁までの最短ルートを調べて、大体の位置を把握し、
 こっちが向かう場所を予測した上で、その場所へ犯人の一人が車で移動してる。
 そして、予想通り俺たちがそこへ姿を現したら、その都度居場所を仲間の追手に連絡してるんだ。
 だから向こうが俺たちを一瞬見失っても、すぐに俺たちの居場所が割れる。
 つまり、予測ルートを通ってる以上は、いくら追っ手をまいても無意味ってことだな」

「……それじゃあ、どうするの?」

「迂回して警視庁へ向かう。大丈夫、心配すんな。ちゃんと手は打ってるよ」

 それからしばらく、いくつかの公園を仲介地点にし、追っ手をまいた。
もう少し行けば警視庁に着く距離で、新一は何を思ったのか近くの廃屋へと身を隠す。
奥まで歩くと、入り口から影になるところで保美を下ろして、その場に新一も腰を落とした。

「ど、どうしたの……? 後もうちょっとなのに」

「良いんだ、ここで」

 ため息交じりに言う新一を、二人は不思議そうに見るが、
息が上がった新一と、包帯ににじむ血を見て、心配そうに新一の顔を覗き込む。

「……大丈夫? 血、さっきよりも広がってるよ?」

「ここまで来りゃ、最低限はどうにかなるさ」

 そうは言うものの、疲労感からか、どうしても無意識にため息がもれる。
走って逃げている最中はそこまで気にならないが、立ち止まった時に襲う眩暈と頭痛は、なかなかに酷い。
犯人たちがここを見つけるまでを、しばしの休息時間と考えて、新一は無言で目を閉じた。
それから十分程が経った頃だろうか――。聞こえて来た複数の足音に、新一は静かに目を開ける。

(……さてと。これで最後かな)

 ゆっくりと息を吐き出してから、壁伝いに立ち上がる。
その際にふらついた新一を、慌てて二人は支えかけるが、新一の手に止められた。

「大丈夫だ」

 そう言って、出入口に向かって歩いて行く新一の後ろを、二人は少し離れて追いかける。
が、突如中に入って来た三人の男たちに足を止めると、示し合わせたかのように物陰に隠れた。
両端には、膝に手を当てて肩で息をする男が二人――先程新一たちを囲んだ二人だ。
真ん中に立っているのは大柄の男。どうやら車を運転していたのはこの男らしい。

「面と向かって話すのは初めてですね」

「あんたが噂の高校生探偵か。――フンッ、ただの学生風情が生意気な。
 昨夜の忠告が、よほど効かなかったと見える」

 大柄の男は嘲笑うようにそう言うと、懐から拳銃を取り出して新一へ向ける。

「わざわざこんな所に寄り道せずとも、素直に警視庁へ出向けば良いようなものを」

「ええ、私もそう思いますよ。でも、どうにも追跡が執拗でね。この手を取るほかなかったんです」

 わざとらしくおどけて言ってから、新一は意味ありげに微笑んだ。

「ですが、丁度良いでしょう? 少なくともあなた以外はまともに動けるとは思えない」

「……何!?」

 新一の言葉に、男は左右を確認する。
今も尚、息の上がった二人はとてもじゃないが、反撃に出られるような状況ではない。
苦い顔で新一を見る男に、新一は静かに男を睨む。

「こちらとしても、子供を二人かばいながら、
 男三人の相手をするのはさすがに無理がありますから。最低限利用はさせていただきました」

 その言葉に男は鼻で笑う。

「――バカが!お前これが何か分からねえのか!」

「残念ながら、拳銃程度じゃ脅しにはなりませんよ」

「……だったら避けてみろってんだ!」

 男は言うと同時に、拳銃の引き金を引く。
勢いで撃った弾であれば特に狙いが外れやすい。新一は軽々と銃弾を避けると、男の目の前まで移動する。
その動きに男は面食らうが、新一はすかさず男の持っていた拳銃を蹴り上げた。
短い悲鳴を上げる男の両手を後ろ手で掴むと、そのままコンクリートの床へと押し倒す。
それを見かねた男二人が、慌てた様子で新一へ向かってきた。

「――突入して下さい!!」

 突然の新一の言葉に、男二人は動きを止める。
その瞬間、入り口から五〜六人の警官が建物の中へとなだれ込んだ。

「何故……」

 予想外の事態に思わずもれた男の呟きに、新一はニッコリと笑う。

「気付きませんでした?
 あなたたちの追跡から逃れる途中で、知り合いの警部に連絡を入れていたんですよ。
 今の状況を説明すると同時に、警察の協力要請をするためにね」

「だが、それでどうしてここに警察が来る? 警視庁とは目と鼻の先だぞ!?
 直接警視庁へ出向けば、さすがに追跡は止まる。こんな所にわざわざ寄る必要はないはずだろ!」

「だからですよ。この状況で、何処か別の場所へ逃げ込めば、あなた方は私たちが隠れたと思うでしょう?
 ましてや、まさかそれが自分たちを誘い込むための罠だとは思わない。
 追跡の車は確認していましたから、遠回りで警視庁へ向かうフリをして、追跡の目を混乱させ、
 警察があなた方の車を見つけるまでの時間稼ぎをしたというわけですよ」

 新一は、目暮が手錠を片手にやって来たのを見届けてから、男から手を放す。
手錠をかけられながら不満げに睨む男に、新一は落ち着いた口調で続けた。

「既にこちらの身元はバレてましたからね。
 仮に今回あなた方の追跡を振り切れたとしても、遅かれ早かれまた追ってくるでしょう?
 単純な一時しのぎでは、事件が解決したことにはならない。
 だからこんな罠を張ったんです。確実に現行犯で逮捕出来るようにね」



 犯人三人が警視庁へ連行されていくのを確認してから、新一は後ろを振り返る。
その動作に、恐る恐る物陰から保美と結花が顔を出した。

「目撃者というのは彼女たちかね?」

「ええ。――おい、もう出てきても大丈夫だ!」

 その言葉に、二人はパッと笑顔を見せると、一目散に新一の元へと駆けだした。
ほぼ突撃に近い状況でぶつかられ、その反動で襲った眩暈に新一は背中から倒れ込む。

「工藤君!?」

「わぁっ!? ごめんなさい!」

 思わぬ事態に、目暮と二人は同時に声を上げる。
だが、かろうじて意識はあるらしい。新一は目を開けながら、片手をヒラヒラと動かした。

「……すみません、大丈夫です。相変わらず頭痛と眩暈が抜けなくて……」

「あれだけ派手に動けば当然だ! ともかく警視庁へ行こう。
 一旦、医務室で診てもらった方が良いだろう」

「ええ……すみません……」



「――まったく。その怪我で走り回るなんて、警察の救世主が聞いて呆れるね」

 医務室での診察を受けてから、担当の医師が冗談めかして呟いた。

「犯人に対して好戦的なのはともかく、もっと自分を大切にしなさい」

「……すみません、気を付けます」

 正論でしかない医師の言葉に、新一は苦笑いするしかない。
新一の反応に、医師はため息をつくと、傍にいた目暮に視線を動かした。

「大体、警部さんも警部さんですよ。怪我をしていることが分かっていたのなら、
 せめて体に負担のない方法を提示するなりしないと、下手をすれば早死しかねませんよ」

「いや、そうしたいのはやまやまなんだが……提案したところで、聞き入れんからな」

「……工藤君!」

「すみません……」

 眉を寄せながら言った目暮の言葉を受けて、たしなめるように言われた医師の言葉に、
新一は小さく縮こまりながら呟くと、慌てて頭を下げた。



 最低三日は家で大人しくするように念を押されて、新一と目暮は礼を言ってから医務室を後にした。
警視庁の出入口まで送ると言う目暮に付き添われながら、二人は廊下を歩く。

「――ああ、それでだね、工藤君。
 君に頼まれた東都マネーライフの実態についてなんだが、近い内に裏が取れそうだ」

「本当ですか!?」

「うむ。さすがに君から報告を受けて、そこまで時間がなかったんでな。
 具体的な捜査はこれからになるが、少し調べただけでもいくつか怪しい点が見つかった。
 容疑が固まり次第、今回の件に加えて、詐欺罪等で再逮捕する予定だ。
 ……しかし、よくそんな内部情報を知っとったな」

 意外そうに言う目暮に、新一は軽く笑う。

「ええ。宮内さんのことを訊きに銀行まで出向いた際、
 あくまで噂話だと前置きした上で、銀行員が話してくれたんですよ。
 ――あ、そう言えば宮内さん、どうなりました?」

「何とか一命は取り留めたそうだ。あれ以上放置されていたら危なかったそうだがな。
 彼の家族も、君に依頼してきたという使用人の人も、君に感謝しとったよ。
 また落ち着いたら礼に向かうから、宜しくと言っとった」

「そうですか。助かってなによりです」

 目暮の言葉に新一は胸をなでおろすと、肩をすくめた。

「あの子供たちも気にしてたみたいでしたしね。
 ――そうだ、彼女たちの親には連絡つきました?」

 警視庁に向かう途中で、二人の親に連絡をしていなかったことに気付いた新一は、
二人から連絡先を聞いて慌てて電話をかけようとしたのだが、目暮が代わりを申し出た。
事情が事情とは言え、丸一日連絡を入れていないのでは、両親が怒っても無理はない。
それを考え、新一よりは自分の方が良いだろうと提案したのだ。

「ああ。驚いとったが、事情を話したら理解してくれたよ。
 君が大怪我してまで犯人からかばった話をしたら、申し訳ないくらい謝られてな」

「け、怪我したことまで伝えたんですか!?」

「そう言わんと納得しないかもしれんかったからな。
 どうせ君自身が電話したらそれは伝えず、怒られるなら怒られとっただろう?
 あそこまで必死で守っとった君だ。さすがに悪い印象は抱いてほしくないからな」

「……かいかぶりすぎですよ、警部」

 有り難いのは事実だが、面と向かってそう言われると気恥かしくて仕方がない。
思わず苦笑いしてそう言うと、目暮は面白そうに新一の背中を強く叩いた。

「今更何を言っとるんだね!」



「あー!戻って来た!」

「お兄さーん!」

 出入口から出て来た新一を見つけて、二人は大きく手を振る。
傍には車を待機させている高木が立っていた。

「頭、大丈夫だった?」

「医師にこってりしぼられたけどな」

「へぇ、新一お兄さんでも警察の人から怒られたりするんだ」

 意外そうに言った言葉に、目暮は可笑しそうに笑った。

「彼が無茶するのは日常茶飯事だからな。
 止めても無駄なだけに、事件解決後に怒鳴ることも慣れた光景だよ」

「そうなんだ!」

 驚き半分、楽しさ半分といった表情で見てくる二人に、新一は苦笑いして目暮を見る。

「……警部、変な情報与えないで下さい。からかいの種が増えるだけなんですから」

「だが事実だろう?」

「警部……」

 面白がって言われた言葉に、新一は返す言葉がない。
つい、ため息をもらした新一を、二人は楽しそうに見上げる。
その後で、新一に近付くと服の裾を引っ張った。

「あのね、あの警察のお兄さんが家まで送って行ってくれるって!お兄さんも一緒に帰ろう?」

 その言葉に、高木に目を向けると、発言を肯定するように頷いた。

「あー……でも俺は良いよ。君たちだけ送ってもらいな」

「――やだ!」

 口を揃えて言われた言葉に、新一は驚いて二人を見返した。

「……『やだ!』って何で君たちの方に拒否権があるんだよ?俺の都合だろ?」

「ダメなものはダメなの! ――はい、乗って!」

 そう言うと、助手席の扉を開けて、半ば強引に新一を押し込んだ。
二人で何とかドアを閉めると、そのまま後部座席へと乗り込む。
その状況を微笑ましく眺めてから、高木は目暮に会釈してから運転席へと乗り込んだ。

「……すみません、昨日からお世話になりっぱなしで」

「いやいや、構わないよ。むしろこっちがお世話になってるくらいだしね」

 申し訳なさそうに言う新一に、高木は笑って返す。

「それに、無茶したことで医師からしぼられたんなら、電車で帰ったらまた怒られるよ」

「バレなきゃ良いんですよ」

「――じゃあ、電車で帰ろうとしたこと、バラしてあげようか!」

 後部座席から楽しそうな声が聞こえて、新一はしかめっ面で後ろを振り返った。

「バラせるもんなら、やってみな?
 警視庁に電話かけたところで、取り合ってくれねーだろうけどな」

「あー!ひどーい!子供だからってバカにした!」

「こういうのって傷ついた!とかで逮捕出来るんでしょ!刑事さん!」

「ええっ!?」

 急に訊かれて、高木は思わず声を上ずらせた。

「そうなんですか?高木刑事?」

「く、工藤君まで……」

 わざとらしく問う新一に、高木は困った様子で眉を寄せる。
しばらくバックミラー越しに子供たちの様子を窺うが、視線を前に戻すとアクセルを踏み込んだ。

「君たちの両親も心配してるだろうし、早く帰ろうね!」

「あー!誤魔化したー!」

「刑事さんがそんなことしちゃいけないんだから!」

 口々に飛んだ非難の言葉は気にせずに、高木はそのまま車を走らせる。
その反応に、新一は余裕のある笑みを後部座席へと向けた。

「残念だったな」

「もう!最後にお礼言おうと思ってたのに!台無しじゃない!」

 言われたその一言に、二人は不満そうに頬を膨らませた。



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