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若干痛む頭を片手で押さえながら、新一は鍵穴へ鍵を差し込む。
開いたドアから中へ入り、後ろ手でゆっくりとドアを閉めてから、
下足場にある靴が、一つ多いのを見て、不思議そうに眉をひそめる。
とりあえずそのまま廊下を歩くと、明かりの点いているリビングのドアを開けた。
「――あ!帰って来た!」
ドアが開く音を聞いたのだろう。テレビを見ていた結花がこちらを見る。
「おかえりなさーい」
そう言いながら、ソファに座っている状態で、足を空中で遊ばせた。
「……ただいま」
いやにくつろいでいる様子を見て、新一は少し拍子抜けしたような口調で返事を返す。
それから、部屋を見渡して、保美の姿が見えないことに気が付いたようで、
再度室内を見渡すが、やはりそこにいるのは結花一人だけである。
「なあ、もう一人の――」
「おお、新一。戻っとったんじゃな」
結花に保美の所在を訊ねようとすると、背後で聞き慣れた声が聞こえた。
「博士……。もしかして、俺が帰ってくるまでここに?」
「どうもこの子らを、夜のこんな時間に二人だけでいさせるのは、気が引けてのォ」
「そっか。サンキュー、博士。助かったよ、色々とな」
少し、顔を曇らせた新一の表情に、博士は何か感じたのか、怪訝そうに新一を見やる。
「何かあったのかね?」
「そのことなんだけど。博士、今ちょっと――」
「あれ?新一お兄さん、いつ帰ってきたの?」
図ったようにかけられた言葉の主は、先程から姿の見えなかった保美。
自分から訊ねておきながら、新一の言葉を待たずして、人差し指を新一へ向けた。
「ねえ、そこどうしたの?車出るまでは何も無かったのに」
「人に指差すもんじゃねーぞ?」
たしなめるように言う新一に、保美は不満そうに口を膨らます。
「分かったよ。うるさいなぁ……」
しぶしぶ手を戻して、再度同じ質問を投げかける。
「それで、どうしたの?その包帯」
「何でもねーよ。大人の事情」
「嫌なんだー。大人って何でもかんでも、それで片付けるんだから」
皮肉たっぷりにそう言うと、ジッと新一を睨んだ。
「それで片付けたい時だってあるんだよ」
あしらうように言われて、保美は目一杯、新一へ舌を出すと結花の方へ駆け寄って行った。
「い、良いのかね、新一」
「その内に、機嫌も直るだろ」
心配そうに言う博士の言葉に、新一は軽く二人の方へ目をやりながら、呆れたように答えた。
「それより博士、今良いか?」
「ああ、構わんが?」
「――襲われたじゃと!?」
しばらく黙って新一の話を聞いていた博士だったが、話が進むにつれ、
顔が険しくなってきたと思うと、驚いたように声を上げる。
その行動に、新一は慌てて口元に人差し指を当てた。
「スマン……。じゃが、どういうことなんじゃ?」
訊かれて新一は、リビングのドア越しに、室内で遊んでいる二人に目をやった。
「あいつら、俺がさっき関わった事件の現場を目撃してるんだよ。
しかも、犯人の方は唯一の目撃者である、あの二人を殺そうとして、街中追い掛け回してる。
それ知って、犯人まいてから、安全面も考えて家に連れてきたんだ。
恐らく犯人の奴らは、あいつら見失ってから現場に戻ったはず。
警察を呼ばれたりしていないかどうかを確かめるためにな」
「なるほどのォ。それで、君と目暮警部たちの会話を聞いて、
あの子らがここにいる可能性が高いと思ったわけじゃな?」
「多分な。俺を気絶させた理由として考えられるのは、
少しでも捜査の進行を遅くしようとしたのか、この家の所在を調べて、あいつらを殺そうとしたか。
どの道、目撃者をかくまってる俺も邪魔だったんだろーけどな。
まあ、警部たちと話してる最中から、気になる感じはあったから、連絡したんだよ。
『遠回りして、早い内にあいつらを俺の家に送り返してくれ』って」
そこまで言うと、新一は疲れたようにため息をついた。
「……明日あいつらの事情聴取しに警視庁行くのが、ちょっと厄介かもしれねーな」
しばらくして博士が帰ると、三人は簡単に夕飯を済ませてそれぞれが床に就いた。
もっとも、寝たのは保美と結花のみで、新一は監視も兼ねてリビングに留まった。
自分も寝てしまえば、夜中に犯人たちが押しかけて来た際の対応が困難だ。
特に今回精神的にも疲れてるだろう二人を思うと、犯人のことを気にしないよう熟睡させてやりたい。
新一は黙ってソファに腰掛けると、険しい顔で窓を見つめた。
時折、カーテンを開けて外を見て、変化がないことを確かめては、そのままカーテンを閉める。
そんなことを繰り返しながら、新一は無意識の内にソファで眠り込んだ。
だが、何かが肩に触れたことに慌てて目を開けた。
「……あ」
起きると同時に起き上がった新一と目が合って、驚いたように結花が呟いた。
結花は上っていたソファから降りると、申し訳なさそうに新一を見る。
「ごめんなさい、起こしちゃった?
何もかけないで寝てるから、風邪引くと思って、それかけたんだけど」
その言葉に、新一は初めて気付いたように、自分にかけられている毛布に目を落とす。
どうやら、自分たちが寝る際に使っていた毛布をわざわざ持ってきたらしい。
はたと辺りを見渡して、閉まっているカーテンから、陽が差していることに気が付いた。――もう朝だ。
「いや……」
不安げな面持ちで、目の前に立っている結花を見ながら、新一は口元に笑みを浮かべた。
「そんなことねーよ。サンキューな」
「うん」
新一にそう言われると、結花は嬉しそうに笑って見せた。
新一は、かけられた毛布をたたみ終わると、そのまま立ち上がる。
それとほぼ同じタイミングで、物が一気に落ちたような、派手な音が台所から聞こえてきた。
「――で?もう一人は一体何やってんだ?」
呆れた口調で笑いながら言う新一に、結花は苦笑いする。
「うーん……本人は寝てる新一さんの代わりに、朝ごはん作るんだ!
って意気込んで台所行ったんだけど、ちょっと無理だったんじゃないかなぁ?」
「だろうな……」
「――いったーい!」
新一と結花が台所へ行くと、案の定、保美の周りにフライパンやら鍋やらが散乱していた。
「おいおい、大丈夫か?」
その状況を見て、保美に声をかけながら寄ってきた新一を、保美は少し不満そうに見た。
「こんな高い所に、コンロなんて置いてるからー!」
そう言って立ち上がった保美は、手を伸ばしてやっと届くコンロを指差す。
「バーロ、これ以上低い所にあるコンロなんて、聞いたことねーよ」
恨めしそうに、新一とコンロを交互に見る保美に構わないで、
新一は落ちている食器を元へ戻し、フライパンはコンロの上へと置いた。
「とりあえず、テーブルに座っときな。後は俺がするから」
「……ねぇ。でも出来ることはちゃんとやったんだよ?」
すねるように言うと、保美はテーブルの方へ視線を投げた。
つられるように新一がテーブルを見ると、そこにはしっかりと3枚の皿の上に、
狐色にこんがり焼けた食パンが乗っていた。
「あれだけ出来てるんなら上等だよ――ホラ、だから座っときな」
「……何か、都合の良いように丸め込まれた気がするんだけど?」
睨まれて言われて、新一は若干顔をしかめた。
「――警視庁?」
聞いているのか聞いていないのか、話している新一の目の前で、
黙々と朝食にありついていた二人だったが、その三文字が新一の口から出た途端、
手を止めて顔を上げると、物珍しそうな表情で新一を見る。
「どうして?新一さん、捕まるようなことしたの?」
その言葉に、新一は思わず眉を上げた。
「最初に言っただろ? 何らかの事件解決したりしてる探偵だって。
昨日知り合いの警部から、事件の目撃者である君たちを連れて来てくれって頼まれてるんだ。
だから、こっちの用が終わってから、警視庁に行こうと思ってる」
「用って?」
「事件の捜査。最初は昨日行こうかとも思ったんだけど、時間が遅くてな」
「ふーん……でも、帰りに寄るってことは、連れて行ってくれるの?」
不思議そうに訊ねられ、新一は二人から視線を逸らすと、ぼんやりと窓の方へ目を向けた。
「ああ。多分、そっちの方が良いだろうからな」
昨晩、警察と話していた人物が工藤新一だと気付かれているとすれば、家を捜し当てるのは造作もない。
一時的に博士に預けても構わないのだが、後々のことを考えると、捜査に連れて行った上で、
自分の目が届く範囲内にいさせた方が、とっさの対応は取りやすい。
朝食が終わってしばらく休憩してから、三人は支度をして家を出た。
向かった先は、昨日の夕方に行った銀行で話に出たゴルフ店。
店内へ入ってみるも、客がまばらにいる。
新一は店内の客が全員いなくなったタイミングで、店主の男性へと声をかけた。
結花と保美と言えば、開きっぱなしになっている出入口を行ったり来たりして遊んでいる。
「宮内さんかい?」
人の良さそうな主人は、馴染みの名前を聞いて、少し意外そうな表情で新一を見た。
「ええ。人に聞いたんですが、特別宮内さんと犬猿の仲だったっていう……」
「ああ!その人たちの愚痴は、よく喋りに来るよ。
――そう言えば、最近はあの人達の話が出ると、決まって同じ言葉を言っていたな」
「同じ言葉?」
新一が不思議そうに、主人の言葉を反芻すると、
話好きのする主人らしく、カウンターから身を乗り出してきた。
「そう! ……まあ、人には事情ってやつがあるから、深くはツッコんで訊いたことないが、
『そろそろ私が、終わらせないとダメだ』って、口癖みたいにな」
その言葉に、新一はしばらく考え込む。
「昔はその人たち、仲が良かったと聞いたんですが、
仲違いするきっかけになったのは、やはりその言葉に関係してるんでしょうか?」
「そりゃあ、そうだろう。元々、あの人達と宮内さんは、幼馴染だったらしくてな。
四人で大きな事業をやりだそうと持ちかけられ、それに宮内さんが反対してからどうも仲が悪いらしい。
その事業の内容までは、さすがに教えてくれなかったが『道理に外れている』とだけ言ったことがある。
昔から、曲がったことが嫌いだった人だからな。よく『理性に反している!』と怒られたこともあったよ」
「――ねぇ、進んだの?」
「え?」
「その……何だっけ、悪い人見つけるやつ」
あれ以降、しばらく話していた新一だったが、それ以上何も収穫がないのが分かると、
主人に礼を言ってから、ゴルフ店を出て警視庁へと向かっていた。
「まあ、大体はな」
いつもの、何かありそうな新一の口調は、少女二人にしてみれば、好奇心をあおり立てる。
それを解消しようとして、新一に何か言おうとするが、それより先に新一の足が止まった。
新一の少し後ろを歩いていた二人は、急に立ち止まった新一に当然のようにぶつかった。
危うくこけそうになったのを、何とか踏みとどまると、文句を言うために新一を見上げる。
だが、その瞬間二人の行動もピタリと止まり、保美の口から叫び声が放たれた。
「あーっ!!ねぇ!あの……あの人た――んーっ!?」
勢いよく指を差して声を上げた保美の口を、新一は慌てて手でふさぐ。
その体勢のままで、保美を担ぎ上げて、もう一方の手で結花の手を引き、
手近な路地裏へ入ると、勢いを止めないで、そのまま走り出す。
自力で新一の手から逃れた保美は、不満そうに抗議の声を出した。
「ちょっと!何でいきなり口ふさぐの?あの人だって知らせ――」
「バーロ!犯人が誰か分かってんのに、顔知らねーわけねーだろ!
現に俺だって、少なくとも一回は会ってんだよ!
あのまま黙っとけば、何とかなったってのに、あそこで声上げたんじゃ、
顔覚えてます、って言ってるのと同じことだろうが!」
それを証明するかのように、三人の後ろをけたたましい足音が追いかける。
ひたすら前方を見て走っている新一とは違い、少女二人はこっそりと後ろを振り返った。
そこにいた見覚えのある人物たちを見て、二人は怯えた様子で顔を見合わせる。
「ね、ねぇ、新一さん。家と反対方向に走ってるけど良いの?」
「あそこにいたってことは、少し前から俺の行動を監視してたってところだろ。
それなら、とっくに家なんて囲まれてるよ。もしそうなら、いっそ反対側に行った方が、
犯人全員が集まって、こっちを追いかけるのにも、多少なりとは時間がかかる」
「でも……いつまでも走ってたんじゃ、体力だって持たないよ?」
結花は心配そうに言うが、逆に新一は口元に勝ったような笑みを浮かべた。
「大丈夫。それくらいは考えてるさ。今は行くべき所に行くだけだな」
「何処?」
二人は不思議そうに顔を見合わせると、ほぼ同時に言う。
その問いに答えない代わりに、新一は意味ありげに笑って見せた。
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>>あとがき(ページ下部)へ
相変わらずの描写部分修正と、セリフ部分若干修正。
この小説に関しては、この章まで公開した上で、諸事情により撤去を食らったという。
今思うと、クライマックス直前まで書いておいて、よくもまあ撤去したもんだと。
『見た夢』にとらわれすぎてて、その通りにしなければ!と、意識しすぎて失敗した例。
後半、若干のファンタジーというかオカルト要素的なものが入ってた夢だったので、
そこに至るまでの経緯がどうしても書けなくて、初めて連載途中で投げた小説。
ただ今回、当時の制約みたいなものが完全になくなった状態で読み返したので、
普通に続章が書けそうな内容に、むしろ下げる必要性を感じなかったことに驚いた。