重複した出遭い:第六章


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 追手の足音が少し遠ざかったことに気付き、新一はようやく後ろを振り返った。
そろそろスタミナが切れてきたのか、追手は遠くの方で肩で息をしてその場に立ち止まっている。
それを好機と見て、新一はしばらく路地裏を走ってから適当な角を曲がった。
そこで、抱えていた保美を下ろすと、新一は壁にもたれかかって息をつく。

「……顔色悪いよ?大丈夫?」

 心配そうに見上げる二人に、新一は答える代わりに無言で笑った。
正直に言えば大丈夫なわけがない。昨晩殴られた頭は、医師から数日は動くなと言われた程だ。
思わぬタイミングで全力疾走する羽目になって、次第に頭痛は酷くなってきた。
下手をすれば眩暈でも起こしそうな状況だが、今のところ気力で何とかなりそうだ。

 問題は、警視庁までの行き方だろう。
電車に乗ってしまえばすぐだが、下手に待ち伏せされるか、囲まれでもするとやりづらい。
そうでなくとも、他の利用客に被害が出る可能性も考えれば、電車移動は出来るだけ避けたい。
タクシーを使う手もあるが、相手が複数台の車を動かせることを思うと、どうしてもこちらが不利になる。

 人の足でしか行けないような狭い道を通れば、さすがに自力で走るしかない。
となれば、体力的な問題から見ても、徒歩で向かう方が新一たちにはリスクが少ない。
そうと決めると、新一は頭の痛みを紛らわすように、大きく息を吐き出した。
その後で、少女二人の傍へしゃがみ込む。

「どっちか一人は、背中に負ぶってやれるが、少しの間、走り続けることになる。
 もちろん、負ぶるのはタイミングを見計らって、交代にはなるだろうけど、しばらくの間、頑張れるか?」

 新一の問いに、二人はお互い無言で顔を見合わせた。
少し経って同時に頷くと、新一の方へ振り返る。

「うん!分かった!」

「二人とも、頑張るよ!」

「よし!」

 二人の返事に新一は頷くと、結花の方へ背中を向けた。

「じゃあ乗りな。追手の足が止まってる間に動いた方が良い」

「うん!」

「それで新一お兄さん、結局何処に向かってるの?」

「警視庁」

 今度は保美の手を引いて、軽く走りながら答える。
新一のその答えに、二人はようやく納得が行った様子で顔を見合わせた。

「そっか!警察の人がいっぱいいる所だったら、安全だよね!」

「……でも大丈夫なの?」

 少し心配そうに問う保美を、新一は不思議そうに見下ろした。

「だって、警察署なんでしょ?
 普通は何処の誰かとか、変な人じゃないか、とか調べるんじゃないの?
 そこでモタモタしてる間に、追いつかれちゃったら危ないじゃん!」

「どこの世界に、警視庁の前で騒ぎを起こす犯罪者がいるんだよ」

 保美の言葉に新一は苦笑いすると、呆れた口調で返す。

「それに、受付の人に名前言ったらすんなり通してくれるさ。
 最悪、警視庁に着く直前に連絡入れて、迎えに出てもらってても良いだろうしな」

「うわぁ……警察の人ですら顎で使っちゃうんだ……。
 大したことないのに、ふんぞり返ってるだけの偉い人みたい……」

「――んな言葉どこで覚えた!」

 引き気味に言われた言葉に、新一は不服そうに眉を寄せた。



(……ヤベ)

 走っている途中で、強烈な眩暈に襲われて、新一は一瞬目を瞑る。
だが、その際に足の力が抜けて、思わず膝を折った。

「――お兄さん!?」

 急にかがみ込んだ新一に、結花は慌てて新一の顔を覗き込む。
保美も心配そうに新一の様子を窺うが、顔を少し上げるとそのまま視線を止めた。

「新一お兄さん、頭……」

「頭?」

 保美の言葉に、新一は傷みの激しい頭に手を当てる。
手に何かが付いたことに気が付いて、頭から手を離すとそのまま自分の手を見た。
その一点に血が付いていたことに、新一は顔を歪ませる。

(……そこまでかよ)

 頭痛の激しさと、眩暈の程度から多少は悪化してると予想はしたが、
傷口が開いているのはさすがに想定外だ。再度目を閉じるとそのままゆっくり息を吐く。

(――よし!)

 新一は目を開けると、そのまま壁伝いに立ち上がる。
まだ眩暈は残っているが、これ以上気にしていても仕方がない。
そのまま歩きかけた新一の手を、保美は慌てた様子で引っ張った。

「動いちゃダメでしょ!?」

「んなこと言ってられるか!いつ追いつかれるか分かんねーんだぞ!」

「でも、それで新一お兄さんが倒れたらどうするのよ!」

「大丈夫。ちゃんと考えてるよ。でもとりあえず、今はこの場所から離れた方が良い」

 そう言うと、逆に保美の手を引っ張ると、そのまま走り出す。
時折顔をしかめながら走る新一を見て、背中にいる結花は目を伏せた。

「ねえ、お兄さん……」

「何だ?」

「私たちの……せいなの?」

「え?」

 寂しそうに呟かれた言葉に、新一は驚いて振り返る。

「怪我したの、事件現場に行った時なんでしょ?
 その時に悪い人に会って、私達をかばってるからって殴られたの?」

「え……?」

 思わぬ言葉に新一は、つい足を止めた。
新一のその反応に、保美も驚いた様子で新一を見上げる。

「そうなの!?」

「いや……そういうわけじゃないけど」

「じゃあどうして、あのタイミングで怪我したの!?」

 悲鳴に近い声が背中から聞こえて、新一は困ったように頬をかいた。
事実を言うわけにもいかないが、下手に嘘を言ってもすぐばれるだろう。

「……確かに襲われたのは今回の事件の犯人だ。ただ、明確な理由は何とも言えない。
 でもな、君たちに会う前から、俺はたまたまこの事件には関わってた。
 遅かれ早かれ狙われてたのは間違いない。そのタイミングがたまたまあの時だったってだけだ」

「でも、普通それくらいで襲わないでしょ?」

 不満げに言う結花に、新一は唸りながら首を傾げる。

「そこは正直、人による。少なくとも、何度も似たような目には遭ってるからな」

「え……?」

 平然と言ってのけた新一の言葉に、二人は拍子抜けした様子で新一を見る。

「……ふ、普段からそんな危険な目に遭ってるの?」

「まあ、関わってるのが基本的に凶悪犯相手だからな。恨みを買うことはよくあるよ」

 嘘のない口調に、二人は驚いた様子で視線を交わす。
ようやく落ち着いたらしい二人の感情に、新一は胸をなでおろすと再び走り出した。

「ねえ、新一お兄さん」

「ん?」

「私達を助けてくれるのは嬉しいけど、無理しないでね?」

「そうだよ。それで重体にでもなったら、私達そっちの方が気にするもん」

 続けて言われて、新一は意外そうに二人を見てから、優しく笑った。

「大丈夫。さすがにそこまではならねーよ」

「それだけの怪我したくせに?」

 嫌味たらしく言った保美を、新一は不満そうに睨んだ。



 先程と変わらず逃げている最中に、不自然に追跡の音が止んだ。
さも図ったようなタイミングの良さに、不信感を覚えて新一は足を止める。

「大丈夫?」

「え?」

 不安げな口調で同時に訊かれて、新一は驚いた様子で二人を見る。
その反応に、自分の容体を気にしたものだと気が付いて、表情を和らげた。

「大丈夫だよ。立ち止まったのは具合が悪くなったからじゃない」

 その言葉に、二人は不思議そうに首を傾げる。
新一は、一旦結花を背中から降ろすと携帯を取り出した。
ボタンを押そうとしたその瞬間、道の両端を男二人に塞がれた。
その男たちが、見知った顔だと分かって、保美と結花は慌てて新一の足にしがみつく。

 新一は、取り出した携帯を一旦ポケットへしまうと、両サイドに視線を動かした。
どちらかに突撃をしかけて強行突破することも可能だが、子供を二人抱えてとなると分が悪い。
イチかバチかと、新一は二人の手を引いて前方にあった廃ビルへと逃げ込んだ。
そのまま何処かへ隠れるでもなく、適当な部屋へと入ると、設置してある窓を開ける。

「――おい!ここ飛び越えられるか!」

 新一の鬼気迫った口調に、二人は同時に頷くと急いで窓から飛び下りる。
二人が飛び終えるのを確認した上で、新一も急いで後に続いた。
その後で背中に保美を乗せると、結花の手を引いて再び走り出す。
途中で新一は、保美の方を振り返った。

「悪い、ちょっと俺の首にしがみついててくれ」

 思わぬ言葉に保美は目を丸くするが、黙ってそれに従った。
保美が、しっかりと自分の首に掴まったことを確認すると、
新一は保美を支えていた片手を放してから、携帯を取り出して、そのまま片手でボタンを押す。

「――警部!工藤です!」

『おお、工藤君!昨日の怪我の具合は大丈夫かね?』

「ええ、なんとか。それより、少しお願いしたいことがあるんです。
 今回の犯人の件で少し調べていただけませんか?」

『それは構わんが、犯人の目星はついたのかね!?』

「はい。犯人は恐らく、金融会社東都マネーライフのトップの三人です。
 以前、宮内さんを含めた四人で今の会社を起こそうとした際、
 そのやり口を知った宮内さんが抜けると言い出して以降、宮内さんを恨んでいたとか。
 ただ、金融会社とは名ばかりで、やっていることは詐欺、横領、出所不明の資金調達など、
 いわゆる裏取引をメインに扱う会社らしいと。ですがあくまでも伝聞。確証はありません」

『なるほど。それが事実かどうかを調べてほしいということだね?』

「ええ。本来ならこちらで確認を取るべきところなんですが、
 どうも相手方がそれをさせるつもりはないらしく……。
 一応、今警視庁へ向かってはいますが、今回の件の犯人に追われているんです」

『何だって!?』

 予想外の報告に、目暮は驚いた様子で電話口で声を上げる。

『目撃者の少女二人は無事なのかね?』

「今のところは。ただ、犯人の一人は車で待機してる可能性が高く、状況的には不利ですね。
 恐らく大丈夫だとは思うんですが、念のために申し訳ないですが応援を頼めませんか?」

『よし、分かった!何台か向かわせよう!場所はどの辺りかね?』

 新一は今の大体の居場所と、予定している警視庁までの行き方を説明してから、電話を切った。
携帯をポケットにしまうと、再び保美を支えだす。

「もう大丈夫だ。悪かったな、態勢しんどかっただろ?」

 そう言われて、保美は首元にしがみついていた手を緩めた。

「ううん。それよりも新一お兄さんの方が苦しかったんじゃない?
 ものすっごい首絞めてますって感じだったよ?」

「子供の力なんてたかが知れてるよ」

 呆れた様子で言われたことに、保美は不満そうに新一を睨みつけた。



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