重複した出遭い:第三章


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「み、見たって……?」

 不意に言われた思わぬ言葉に、新一は瞬間絶句した。
ようやく搾り出して出たのは、二人の少女の言葉を反復した言葉だけ。
状況は一応把握できるものの、さすがにそれは予想していなかった。

意外な新一の行動に不思議そうな様子で眺めながら、少し言いづらそうに詳細を話し出す。

「うん……。お兄さんと街中で会ったとき、私たち何やってたか分かる?」

「……何だよ?その漠然としたような言葉は」

 ついさっきは、自分の好奇心をかきたてるような言葉を発したのに反し、
次に出た少女の言葉が、新一には論点をずらされた気がして気が抜けたように言葉を返す。

「いいから。答えて」

 無駄話なんか話すつもりは無い、とでも言うように保美は強く言い放つ。
保美の態度に新一は、やれやれと言った様子でため息をついた。

「誰かに追われてたんだろ?」

「正解。――じゃ、誰に追われてたんだと思う?」

 分かるかよ、と言いかけて新一は口をつぐんだ。

「……そうか」

 しばらくしてそう呟くと、新一は目の前にいる二人の少女に目を向ける。

「君たちが見た時が襲われてる最中だったんだな?」

 新一の口から出た言葉に、二人は無言で頷く。

「そう。見たくて見てたんじゃないんだよ。ただ……あれ見た時、怖くって動けなくて……」

「だからどうしようもなかったの。その場に立ちすくんでたら、
 たまたま保美が持ってたカバン落としちゃって、その人達に見つかっちゃったから……」

「それからずっと追われて、あの曲がり角で俺と出くわしたってわけか」

「うん……」

 二人は揃ってそう返事をするが、言われる言葉はかなりか細い。
新一はそれを見て、ポンポンと優しく二人の頭を叩いた。
そろそろと新一の顔を見る二人の表情は、今にも泣き出しそうな顔をしている。

「思い出させて悪かったな。――でも大丈夫、ここにいりゃ大方は安心だから」

 落ち着かせるように言う新一に、二人は黙って首を縦に動かす。
そして、新一は二人をソファに座らせると、ソファにかけていた上着を手に取った。

「とりあえず君たちはここにいときな。
 俺が戻ってくるまではテレビ見るなりのんびりしといて構わないし。
 ただ、その写真の男性が襲われてた所ってのが何処か教えてくれるか?」

「……えっと、杯戸町でつい最近使われなくなった何とかっていう工場があるでしょ?」

「ああ。確か買い手がつかずでそのままなんだったっけ?」

「うん。そこの裏に焼却炉があるんだけど、その隣にある小さなプレハブみたいな所」

 少し考えながら答えた保美に、新一は分かったと言うように頷くと、
リビングの出入り口まで行きかけて、保美と結花の二人の方へ振り向いた。

「あ、そうそう。夕飯、隣の知り合いに頼んどくから適当に――」

「ちょっと、お兄さん!!」

「……え?」

 言葉の途中でそう怒鳴られ、ジッと自分の方を睨んでいる保美を新一は不思議そうに見る。

「放ってくの!?」

「いや……だから隣の知り合いに頼んで行くから大丈夫だって」

 なだめるように言う新一に、二人の少女は声を揃えて言い放った。

「嫌!!」

「嫌ぁ?」

 突如出た少女達の言葉に、新一は眉間にしわを寄せながら、無意識にそう返していた。

「今は新一お兄さんしか頼れる人いないんだから。ついて行く!」

「そうよ!もしここに二人だけでいて、追いかけてきてた人たちが来て殺されてもいいの!?」

「あのなぁ……」

 少女達の訴えに、新一は呆れたようにため息をつく。

「ここに来る時に、追いかけてきた連中まいてから来ただろ?
 大体、あそこで会うまでは全く接点のなかった俺が、君達かくまってるなんて誰も思わない。
 少なくとも、君達がこの家を出ない限りはバレねーって」

 もっともな回答を新一の口から聞いて、途端に保美と結花は黙り込んだ。
その沈黙を了承と取ると、足早にリビングを出て、玄関で下靴に履き替える。

(さてと……とりあえず現場行く前に博士に――)

「待ってよ!」

 背後の方から聞こえてくる声に、新一は後ろを振り向いた。
見ると、保美と結花が慌てたように走ってくる。

「何よ!こっちの話に聞く耳全然持たないんだから!行くったら行くの!」

 頑として譲りそうも無い言葉に、新一は怒った様子で保美を見た。

「――ダメだ!」

 鋭く言い放たれた新一の口調に、保美はビクッと体を震わせた。

「襲われた人を見た時、相当酷かったんだろ?
 大体、誰かに襲われた後の人間なんて、子供が見るもんじゃない。
 だからここで大人しくしとけ。戻ってくるまで頼んでおく隣人は、信頼おける人だから」

 新一は口調を柔らかいものに戻して言ったが、先程の新一に圧倒されたのか、
保美は黙ってうなだれて話を聞いた後、ポツリと呟くように言った。

「……分かったよ。でも、私たちだって心配なんだもん」

「心配?」

 不思議そうに問う新一に、保美はコクリと頷いた。
しかしそれ以上は何も話そうとしないので、新一が首を傾げると、結花が代わって話し出す。

「ホラ、私たちが見た時、もう死んじゃってるのか、そうじゃないのか分からなかったから。
 追いかけてくる人から逃げるので精一杯で、その人放って来ちゃったでしょ?
 だから私たちのせいで……死んじゃったんじゃないかな、って……」

 寂しそうに笑って言った結花の言葉に、新一は意表を突かれた様子で二人を見る。
その新一の様子に結花は気付かないままで話を続ける。

「それで知りたいんだよ。……新一お兄さんから電話してもらったら良いんだけど、
 私達を気遣って、嘘を言うってこともあるからって思ったの。
 確かに怖いよ? 怖いけど、自分達の目で確かめないと納得行かないんだよ」

 この発言に、新一は難しそうに顔をしかめる。
しばらく何かを悩んだ後、何を思ったのか無言で玄関のドアを開けて、外へ出て行った。
これに保美と結花は、新一の様子を窺うように玄関のドアを半開きにして、
そこから頭だけを出すと、新一のいる方向へ目をやった。

 家の塀から身を乗り出して、なにやら隣家に話しかけているのだが、二人には聞こえない。
だからこそ余計に、新一の取った行動が、二人には奇妙で仕方なく、不思議そうに顔を見合わせて首を傾げた。
そんな矢先、新一が躊躇いなく塀を越えて隣家に入ったのを見て思わず声を上げる。

「ね、ねえ……勝手に人の家って入って良いの?」

 恐る恐る訊く結花に、保美は苦笑いしながら即答した。

「そんなわけないじゃん!
 ――まさかあのお兄さん。私たちを信用させる為に、探偵だなんて嘘言ったんじゃないよね?
 ホントはあの人たちの仲間だったとか……」

「ええっ!?」



「博士ー!」

 塀越しに何度も叫んではみたものの、全く応答がない為、
新一は少し遠慮がちに塀を越えると、阿笠邸へ足を踏み入れる。
庭をしばらく歩いてから、博士の居場所を見つけると、窓を軽くコンコンと叩いた。
その音に気付いて、博士はパソコンから目を離して窓の方を振り返る。

「おお、新一。どうしたんじゃ、一体」

 窓を開けて、中へ入るよう手で促すが、新一は首を横に振った。

「いやちょっと頼みてーことがあるんだけど、今から時間あるか?」

 新一の言葉に、博士は笑い声を上げた。

「どうせ家で暇を過ごしとるだけの人間じゃよ」

「じゃあ、悪ィんだけど、今から俺の言う場所まで車出してくれねーか?」

「そりゃ構わんが、何だって……」

 博士が言葉を続けようとして、頭上から聞こえてきた声に目を向けた。

「――あ!いた、新一お兄さん!」

 その声に新一は驚いたように振り返ると、叱るような口調で話す。

「バカ!万が一、見つかったらどうすんだよ!家ん中に引っ込んでろ!」

「だってお兄さん、無断で人の家に塀越えて入り込むんだもん。
 もしかしたら、探偵ってのが嘘で、ホントはあの人たちと通じてるんじゃないかって……」

「バーロ。ここの隣人とは、ガキの頃からの顔馴染みなんだよ!
 誰が大して知りもしない人の家に、忍び込むかよ」

 呆れたようにそう言って、新一は博士の方を振り返る。

「じゃあ博士。俺の家の前に車停めといてくれ」

 そう言って、博士が頷くのを見ると、新一は軽々と塀を乗り越えて、自宅の敷地へ戻る。
それから二人の少女の方へしゃがみ込むと、二人の頭を軽く叩いた。

「――ったく……ホント、大人しく人の言うこと聞かねーな」

「だから……」

 新一の言葉に不平を鳴らそうとしたが、新一に遮られた。

「良いか?現場へ行っても俺の言うことには従うこと。それが条件だ」

 これを聞いて、最初、二人は顔を見合わせたが、次第に顔に笑みを浮かべた。

「じゃあ、連れってくれるの!?」

「言うこと聞いてればな」

「ホント!?ありがとうっ!」

 目の前で喜んでる二人を新一は、ため息交じりに複雑そうな表情で眺める。



「――あ、博士。ここで停めてくれ」

 今はもう使われていない工場の手前まで来て、新一は助手席から声をかけた。
博士はその通りに車を停めてから、少し不思議そうに新一へ訊ねる。

「ここで良いのかね?現場は裏の焼却炉近くなんじゃろ?」

「犯人達が傍にいねーとも限らねーしな」

 そう言って、ドアを開けると外へ出る。
それに習って、車から外へ出ようとする保美と結花を見つけると、新一は外から後部座席のドアを閉めた。

「えーっ!?連れてってくれないのー!?」

「現場近くまでで気が済んだだろ?」

「済まないもん!!」

 二人が声をそろえて、新一の問いに力強く反発したが、新一は予測していたのだろう。
二人をジッと見返すと、心なしか声を低くして言った。

「言うこと聞くっつっただろ?口答えするんなら、このまま博士に家に戻ってもらうぞ?」

「……探偵のくせに人脅すの?」

「そういうのをな、屁理屈って言うんだよ。ともかく大人しくしとけ、すぐ戻ってくるから」

 口を膨らまして自分を睨む二人を見てみぬフリをして、運転席の窓まで歩いて行った。
それを見ていた博士は車の窓を下ろして、そこから顔を出す。

「何じゃ?」

「あいつら頼む。車から外には絶対出させるなよ」

「分かっとるよ」



 博士に二人のことを頼んでから、新一は工場の裏手までやってきた。
教えられたプレハブまで来たのだが、ザッと見た限りでは、
二人が見たと言う襲われていた宮内の姿は見当たらない。

 宮内を襲っていた人物が、二人を追いかけて来たのは、
その犯行現場を少女二人が目撃していたことに気付いた瞬間だったはず。
となれば、二人を追いかけている間は、プレハブの何処かに宮内がいた、ということだ。
だが、彼女たちを見失ってから、一時間程経過している。
その間に宮内を何処かへ移動させるということは可能だろう。

 しかし、ここは普段から人通りも全く無いと言っても良いほどの場所だ。
傍の工場が使われていた時こそは、多少の出入りはあったものの、
元々この辺りには民家は存在していないため、限られた人しかここへは足を踏み入れない。
仮に、宮内が殺されていたにしても、下手に何処かへ隠すよりは、
プレハブの何処かへ隠した方がバレにくいのは、見ればすぐに分かる。

 プレハブの周りを何度か確認したが、一向に宮内が見つからないため、
肩をすくめてから、新一はプレハブの中へと足を踏み入れた。
いつから使われていないのだろうか。入り込んだプレハブの中は、
一部の壁の塗料がはがれていたり、大半の窓ガラスが割れていた。
明かりも点いていないプレハブ内へ、月明かりが差し込み、中を明るく照らしている。
そこの一角で、新一は不自然に影が途切れているのに気付いた。

「?」

 奇妙に思って、新一はそこまで走って行き、思わず息を呑む。
――いや、予想はしていたのだが、予想以上に被害状態が酷かった。
生気を失った肌の色に、全身血まみれ状態という、一見すると間違いなく死んでいる状態だ。

発見した瞬間こそ、躊躇した新一だが、目の前に倒れている宮内の手首へ、静かに手を当てた。



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