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まもなく日が暮れ始めようかという平日の夕暮れ時。
過ごしやすい気候なことも手伝って、小五郎は事務所の机に突っ伏して居眠りに勤しんでいた。
その日は一日中事件の依頼が来ることもなく、暇を持て余したゆえの結果である。
そんな折、突如として鳴った電話に、小五郎は驚いて目を覚ました。
垂れていたよだれを慌てて拭うと、目の前の電話機へと手を伸ばす。
「――はい!毛利探偵事務所です!」
寝起きと悟られないよう、可能な限り歯切れよく答える。
「ああ、毛利君かね!」
「け、警部殿……?」
電話口に出た思わぬ人物に小五郎は目を丸くした。
しかも、普段のように落ち着いた様子はない。口調から伝わってくるのは動揺。
電話口から聞こえてくる周囲の雑音から察するに、どうやら何かがあったらしい。
「何かあったんですか?」
さすがに気になって、相手の要件を聞かずして逆に問う。
するとしばらくの沈黙の後、相手が口を開いた。
「毛利君、落ち着いて聞くんだ。――コナン君が車に轢かれて病院へ搬送された」
「……え?」
予想外の言葉に小五郎は思わず動きを止めた。
少なくともそのような状況に立たされた時、事もなげに、かわせてしまう可能性の方が高いだろう。
――もっとも、とても褒められたものではないが。
「でも、あのボウズは車に轢かれるようなタイプじゃないでしょう」
「そんなことを言っている場合かね!出血多量で重体なんだぞ!」
「す、すみません……」
冗談めかして返した小五郎だったが、目暮に電話口で怒鳴られる。
反射的に謝ると、電話の向こうからため息が返って来た。
「詳しくはまだこっちも分からん。ある程度捜査が進んだら、ワシも病院へ向かう。
毛利君は先に行っておいてくれ。一応、阿笠さんと子供たちがついているようだがな」
「……子供たちもですか?」
意外な言葉に小五郎は目を瞬く。
そもそもコナンが病院へ搬送された時点で、博士の方へ先に連絡が入ったことも不思議である。
「どうも下校途中に事故に遭ったみたいでな。
子供たちが救急と警察に連絡をした後、病院へ搬送されたコナン君を追うために、
先に阿笠さんへ連絡して、現場まで車を回してもらおうと考えたそうだ。
毛利君への連絡がまだと言うんでな、それに関してはこちらからやっておくと伝えたんだよ」
「そうでしたか」
「ともかく、ワシらは現場検証を終わらせてから病院へと向かう。詳しくはその時に話そう」
「分かりました」
コナンの搬送先の病院名を最後に聞くと、小五郎は受話器を戻す。
ため息をつきながら受話器から手を離して頭をかいた。
(また面倒なことに巻き込まれやがって……)
小五郎は椅子からゆっくり立ち上がると背を伸ばす。
軽く腰をひねってから、椅子に掛けてあった上着を羽織ると搬送先の病院へと向かった。
病室をノックする音に気が付いて、博士はドアを開ける。
「おお、毛利君!わざわざすまんかったのう」
「いえ……こればっかりはまあ仕方ないでしょう」
小さく頭を下げる博士に、小五郎は片手を振った。
その後でその場から顔を伸ばして中を覗く。寝ているコナンを囲むように子供たちが立っていた。
手術は無事に終わったようだが、どうやらまだ意識は戻っていないらしい。
「それで、容体の方は?」
「ああ、それなんじゃが……」
博士は言葉を濁すと、本人達には気付かれないように、子供たちの方を見る。
唯一視線に気づいた哀が無言で博士の方へ頷いたのを見て、博士は小五郎を病室の外へと促した。
「――予断を許さない?」
病室から少し離れた談話室へと移動すると、博士から意外な言葉が告げられる。
驚いたように返された言葉に、博士は不安そうに頷いた。
「そうなんじゃ。
手術自体は成功しとるんじゃが、怪我の程度が大分と酷かったみたいでのう……。
少なくともこの一週間は、いつ急変してもおかしくないという見立てだそうじゃ」
「そんなに酷かったんですか?」
「特に酷かったのは、車にはねられたことによる全身打撲と、出血量だと言っとったかの。
それ以外は脳震盪と左足骨折、手足の捻挫だったそうじゃ。
大人ならともかく、子供の身体じゃと体力回復も含めてなかなか大変らしいわい」
博士の説明に小五郎は眉をひそめると、ため息をもらした。
「それで、事故を起こした運転手ってのは別室で入院中なんですか?」
「……聞いとらんのかね?」
小五郎の言葉に博士は意外そうに言うが、逆に小五郎も目を丸くした。
「聞いてるって何をです?」
「今回の件、事故じゃなくて事件じゃぞ?」
「……え?」
博士の発言に、小五郎は続ける言葉を詰まらせる。
言われた言葉を理解しようと、小五郎はしばらく無言で考え込んだ。
仮に本当に事件なのだとしても、どうしても一つだけ理解が出来ない。
「事件って…………でも、あいつには襲われる理由はないでしょう?」
大人なら何かの拍子で恨みを買うことはあるだろう。
それにより襲われることは理解出来なくもないが、対象が子供ならそれもない。
「私に恨みを持った人間が、子供のコナンを狙った可能性もあるのはあるでしょうが……」
「ああ、いや、そうじゃないんじゃ」
難しそうに顔をしかめる小五郎に、博士は慌てて手を横に振った。
「狙われたのはコナン君じゃないんじゃよ」
「え?……でも事件なんでしょう?」
事件に遭った上、最低一週間は予断を許さないという程の怪我をしたというのに、
狙われたのは、大怪我した張本人ではないとはどういうことか。
いよいよ理解が難しくなり、小五郎はしかめっ面のまま首を傾げた。
「……コナン君、大丈夫かなぁ?」
「かなり激しくぶつかってましたからねえ……」
手術終了から一時間ほど経過しても、コナンは一向に目が覚める気配がない。
その様子に、歩美たちは不安げに顔を見合わせると、ため息をもらす。
「やっぱりよ、コナン止めるべきだったんじゃねえのか?」
「そうは言っても、あの状態のコナン君を止めるのは相当難しいですよ?」
「でも無理にでも止めてたら、こんなことにならなかったのかも……」
今にも泣きだしそうに言う歩美の言葉に、元太と光彦は心配そうにコナンを見た。
それにつられるように歩美もコナンへ目を向けるが、それ以降の言葉をつぐむ。
ともすれば避けられたかもしれない事態を、子供心ながらに後悔するかのように――。
「バカね」
落ち込んだ部屋の空気に、哀は呆れたように息をついた。
「起きたことを悔やんだって仕方ないでしょ?」
「でも……!」
ついには目に涙を溜めた歩美の肩を、哀は優しく掴む。
「起きてしまったことを悔やんだところで、何も変わらないわ。
でもね。起きてしまった事態にどう対処するかで、その先は変えられるの」
力強い口調でそう言うと、哀は歩美たち三人にそれぞれ視線を投げた。
「吉田さんがすぐに警察に連絡したことで、現場が荒れる前に周辺を封鎖でき、
まだ現場に残っていた周囲の人間からの状況説明もスムーズに開始された。
小嶋君と円谷君は周りの大人と協力して、江戸川君達を安全な場所へ移動させて二次被害を防いだ。
救急隊の人が言ってたわよ。あの時の対応は、大したものだって」
「ですが、それを指示したのは灰原さんじゃないですか!」
「それに救急隊員の兄ちゃんたちが言ってたぜ!
救急車の要請時に、的確にコナンの症状を話してくれたから処置がしやすかったって!
すぐに救急車呼んだのは灰原だろ!?」
悲鳴にも近い言い方に、哀はため息交じりに肩をすくめる。
「誰が指示したとか、そんなことは関係ないわ。
大体、私が救急に電話してる間に、あなたたちが落ち着いてこの行動が出来ていなかったら、
江戸川君だって無事で済んだか分からないわよ。止血してたのもあなたたちでしょ?」
「それはそうですけど……」
「第一、博士も言ってたじゃない。
命に別条はない。すぐに元気になるから心配しなくても大丈夫だって」
「……でも、コナン君なかなか起きないよ?」
「手術がちょっと長引いた分、体力使っただけよ」
励ますように言う哀だが、歩美は不安げにコナンを見る。
それを追うように、哀は厳しそうな表情をこっそりとコナンへ向けた。
(……ホントにそうなら良いんだけど)
コナンの正確な症状については、子供たちには話していない。
哀は子供たちよりも先に博士から聞いてはいたが、
いたずらに不安を煽るようなことは避けた方が良いと、博士と相談して話さないと決めたのだ。
「そう言えば博士は何処に行ったんですか?」
博士がいないことにようやく気付いた様子で、光彦は辺りを見渡した。
「ああ、博士なら、あの探偵さんが来たからって事情話しに出て行ったみたいよ。
あなたたちは江戸川君の方を見てたから、気付かなかったみたいだけど」
「え!いつ来たんだよ!?」
「十分くらい前だったかしら。まあ、その内戻って来るんじゃない?」
そう言いながら、哀は病室のドア越しに廊下を覗く。
そこへ丁度こちらへ向かってくる人影が見えた。小五郎と博士だけではない。
どうやら途中で警察とも合流したようだ。
「噂をすれば、ね」
呟くように言った哀の言葉に、他の三人も同様にドアの窓を覗いた。
「ホントだ!警部さんたちもいる!」
「犯人捕まったんでしょうか!」
先程の落ち込みが吹っ飛んだかのように、元太たちは勢いよく病室のドアを開ける。
「――犯人見つかったのか!?」
その応対の仕方に驚きの表情を見せるが、目暮たちはすぐに表情を曇らせた。
「まあ、その話は中でしよう。――コナン君は起きてるかね?」
「ううん、まだ」
「……そうか」
残念そうに言う目暮の態度に、三人は不思議そうに顔を見合わせた。
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〔改訂版〕と付けたほどに、過去に大幅修正されたひき逃げ。そしてまた何故か大幅修正されるという。
というより、これだけはあり得ない!と書き直したらしい当時のひき逃げ(by.当時のあとがき)
個人的には何故当時修正した時に、もっと色々直さなかったんだと思ってならない。
……むしろひき逃げ原案ってどれだけ悲惨な内容だったのか。もはや思い出せもしない。
しかしまあ、コナンのひき逃げネタとか重要なものを、何故こうも早い段階で使ってしまったのか。
もっと懐温めておけば良かったのにと今更思う。もっとこう、色々展開煮詰めてからすべきだよ。
うん。ということで、基本設定は変えないとは言え、改訂原案にちょっと肉付け予定。