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「う……」
ベッドからもれた呻き声に、全員がコナンへ視線を投げた。
さすがにその視線には気付かないで、ゆっくりと開かれた瞳は天井を映す。
しばらくは、力なく瞬きをしながらぼんやりと天井を眺めていたが、
その内に視界が定まって来たのか、思いついたように周囲を見渡し始めた。
「……あ……れ?」
自分がいるのが病室だというのは何となく理解は出来た。
だが思いの外、知り合いが大勢いたことに、コナンは眉を寄せる。
「どう……したの?そんな、大勢で……」
まだ覚めきらない頭で考えを巡らせるが、なかなか思考が追い付いてこない。
ろれつが回らず、弱弱しい口調で訊くコナンの頭を、小五郎は片手で軽く小突いた。
「バーカ。これだけの大騒動起こしておいて、何が『どうしたの』だ」
「……大……騒動?」
小五郎の言葉に、いまいちピンと来なくてコナンは言われた言葉を反芻した。
再び天井を見つめてから、記憶を辿ろうと目を瞑る。
「……ああ……そうか。事故だ」
自分に言い聞かせるように呟くと同時に、コナンは目を開ける。
その後で、子供たちへ視線を向けると、力なく微笑んだ。
「……悪かったな。それから……ありがとう」
「え?」
思わぬコナンの発言に、四人は驚いた様子で目を丸くした。
「多分……お前らだろ。あの後、救急車呼んだり、警察呼んだりしたの」
「――あの時、意識あったんですか!?」
意外そうに言う光彦に、コナンはゆっくりと首を横に振った。
「さすがにそれはちょっと……。
でも今回みたいな状況で、お前らがじっとしてるとは思えねーし、
何だかんだで、事故に対して対応したんだろうって思ってな」
そう言うと、コナンは哀を見る。
「それに灰原がいるんだ。応急処置的な指示は、間違いなくやってただろ」
「出来ればそうさせない行動を、取ってほしかったんだけど?」
不満そうに睨みながら言われた言葉に、コナンは苦笑いした。
「だから、悪かったって。ああいうの見ると、どうしても黙ってられなくってよ」
「お前、それで死んでりゃ世話ねえぞ」
呆れた様子で言う小五郎を、コナンは困ったように眉を寄せる。
「それはそうなんだけど……でもまあ、大丈夫だよ」
「何を根拠に――」
「まあ良いから、良いから」
半ば強制的に小五郎の話を遮ると、今度は目暮たちと目を合わせた。
「ところで、警部さんたちがここにいるってことは、僕に事情を訊きに来たのかな?
それとも襲われた女性か、犯人について何か分かったとか?」
「申し訳ないが、犯人についてはまだ何も掴めとらんでな。
襲われた女性の情報は分かっとるが、気になるかね?」
「……気になるけど、教えてもらえるの?」
目暮の言い方に、コナンは不思議そうに返す。
コナンの返事を聞くと、目暮は無言で頷いてから高木と視線を交わした。
「状況が状況だったからな。女性にも了解を得ているから――高木君」
「はい」
女性をかばったことで大怪我を負ったからだろう。
最初から、頼まれれば話すつもりはあったらしく、目暮の言葉に高木は抵抗なく警察手帳を開いた。
「今回襲われた女性は、神本美耶さん。高校の英語教師をしているそうだよ。
今日はたまたま創立記念日で休みだったらしくて、
現場近くの商店街に買い物へ来て、馴染みの店に向かう途中に襲われたらしい」
「犯人の心当たりとかは?」
「……それが、本人は『ない』って言い張るんだけど、何か隠してるみたいなんだ」
「隠してる?」
鸚鵡返し返しするコナンに、高木は難しそうな表情で頷いた。
「こっちが、気になることはないかって訊いても、逐一どもりながら答えるし、
心当たりを訊いても、こっちの目を見て話そうとしないし、
どうも『何もない』って反応には思えないんだ」
「まあ、幸いにも高校の教師というんでな。
学校の方で何か把握していないか調べているところだ」
「そう……」
コナンは意味ありげに呟くと、何か考えるように顎に手を当てた。
「でも、あの女の人……何で倒れたんだろう」
「え?」
ふと、もれたコナンの呟きに、全員が不思議そうにコナンを見る。
「だって、普通誰かに当たったり、躓いただけだったら、こけるくらいでしょ?
でも、あの場所と、あのタイミングで、都合良く倒れるなんて、
それこそ誰かに突き飛ばされでもしないと無理なんじゃない?」
「バカか、お前。足ひねったことが原因で倒れた可能性だってあるだろ」
「でもあそこの歩道フラットだよ?段差も何もないところで足ひねらないんじゃない?」
純粋に疑問として訊ねるコナンに、小五郎は不満げな表情を高木へ向けた。
「……その襲われた女性ってのは、何か言ってたのか?」
「いえ、特には。ただ、倒れた原因を訊いたわけではないので、一度確かめてみます」
「うん、お願い。……まあ、気のせいかもしれないけどね」
言いながらコナンは苦笑いする。
「あ、それからもう一つ良いかな。
襲われた女性に事情聴いてるんなら、大丈夫なんだろうけど、怪我の程度はどうだったの?」
「ああ、それかい?
コナン君が女性を突き飛ばしたお陰で、軽い脳震盪と打撲で済んだんだ。
どっちかって言うと、コナン君の方が重傷だったんだよ?」
心配そうに言う高木の言葉に、目暮が思い出したように言った。
「おお、そうだった、コナン君。彼女の方もコナン君を心配していてな。
体調がマシになったらお礼をしたいと言っとったよ。数日の内に見舞いにも来るだろう」
「そうなの? ……でもその女の人、一人で出歩かせるの危険だと思うけど」
自然と言われた言葉に、目暮と高木は驚いたように顔を見合わせた。
「どういうことかね、コナン君」
「だって、あの車の運転手の目、完全に殺意混じってたから。
……遅かれ早かれ、もう一度狙いに来ると思うよ」
「お前……!まさか犯人の顔見てんのか!?」
真面目に言うコナンに、小五郎は声を上げる。
そんな小五郎の態度を不思議そうに見上げながら、無言で頷いた。
「あー……でも、そこまでしっかりは見てないから、多少曖昧だけどね」
「んなもん見てる前に、もっと安全な場所に行けただろ!?」
怒るよりも先に、呆れと驚きで言葉を返すが、逆に不満そうに睨まれて、小五郎は顔をしかめた。
「何だその顔は」
「猛スピードで走ってる車の前に飛び出す時点で、安全もなにもないじゃない。
大体、あの状況下で運転手の顔気にする人なんてまずいないだろうから、
確かめられそうなら確かめておいた方が良いでしょ?」
――悪気はない。
もちろん、コナン自身がそういう性格なのも分かってはいるし、人助けが悪いことではない。
だがそれでも、平然と言われたこの言葉が小五郎の逆鱗に触れた。
小五郎の形相の変化に周りが気付くよりも早く、小五郎は手を振り上げた。
直後に鳴った頬を打つ音に、全員が驚いて小五郎を見る。
そんなことには目もくれず、小五郎は唖然としているコナンの胸倉を掴んだ。
まだ体調が万全でなく、いきなりのことにむせ返るコナンに構うことなく、自分の方へ引き寄せた。
「――もっと考えてから物を言え!
今回のことでどれだけ周囲に迷惑と心配かけたと思ってんだ!
何が犯人の確認だ!んなもんは警察の仕事だ!お前のやることじゃねえだろ!
百歩譲って、殺されそうになってる奴を助けようとするのは構わねえ。
でもな!そのために自分の命どぶに捨てるような真似は二度とすんな!――分かったか!」
大声で怒鳴る小五郎を、コナンは眉を顰めて無言で睨み返すが、しばらくしてから顔を背けた。
「おい!返事は!」
「……分からないよ」
愚痴を言うように呟くと、いたく不服そうに小五郎を睨む。
「別に、自分の命をどぶに捨てるような真似した覚えはないし、
人の命とかそんなの……理屈じゃどうにもならないでしょ」
「テメッ――!」
「毛利君!少しは落ち着かんか!コナン君が目を覚ましてから、そう経っとらんのだぞ!」
胸倉を掴む手を強めたのに気が付いて、目暮は思わず二人を引き離した。
そのまま小五郎を羽交い絞めにした状態でベッドから遠ざけると、病室のドアまで歩く。
「すまん、ちょっと失礼するよ」
そう言い残すと、目暮はそのまま小五郎を病室の外へと連れて行った。
病室にいたコナンを除く全員が、それを呆然と見送ってから、コナンへと視線を戻した。
「……何もあそこまで言うことないよね?」
「そうですよ。コナン君だって命がけで、女性をかばったんですから!――ねえ、コナン君!」
訊かれて、コナンは一度天井を見上げると肩をすくめた。
「どうかな」
「え?」
意外な返答に首を傾げる歩美たちに、コナンは困った様子で苦笑いする。
「おっちゃんの気持ちも分かるからな。
もし今の状況が俺じゃなくてお前らだったら、多分、俺も似たようなこと言ってるだろうし。
まあ……さすがに『どぶに捨てる』は、ないだろうけど」
「あら。だったらどうして反論したのよ?」
「次に同じ行動しない保証なんてないのに、無責任に『分かった』なんて言えるかよ」
「――ホレ」
二人が移動したのは、先程博士と訪れた休憩所。
釈然としない表情でソファに腰掛ける小五郎に、目暮は缶コーヒーを手渡した。
すみません、と一言呟いてそれを受け取ると、重々しくため息をもらす。
そんな小五郎を目暮は無言で見下ろしてから、小五郎の向かいに腰かけた。
「気持ちは分かる。だがな、毛利君。
そこまでして、被害者の女性をかばったコナン君の気持ちも考えてやらんか。
犯人の顔を確認したのも、良かれと思ってやったこと。何もあそこまで否定せんでも」
「……あそこまで言ったところで、直らないのがあいつです」
目暮の言葉に小五郎はゆっくりと首を横に振る。
「恐らく私の言ったこと自体は理解してるでしょう。
ただ、いくら痛い目を見ようとも、その理解を行動で示そうとしない。
かなりの無鉄砲タイプなことが分かってるだけに、こっちとしても対応に困るんですよ。
まさか褒めるわけにもいかないですし、かと言って止めないわけにもいかないですから」
苦笑いして肩をすくめると、小五郎は缶コーヒーのフタを開けて中身を一口飲んだ。
「……どう育てたら、あの年齢であそこまで肝の据わった性格になるのか。
正直、親の顔が見てみたいですよ」
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おかしいな。展開が思わぬ方向に転がっていく。
改訂原案じゃ、コナン自身が現場に出向き被害者の名前と犯人の名前を知る設定だったんですが、
コナンの怪我の程度を結構重くしたために、病院抜け出す設定が使いづらく、
被害者と犯人の名前に至るまでの経緯を、ゴソッと変えようとは思ってたけどさ。
警察側が被害者の情報を持ってきたのもそれが理由。
何気なくコナン心配する小五郎なシーンは、前章で終わらせておこうかと思った矢先のこれだよ。
対象コナンに限らないけど、人の子でも本気で怒れるおっちゃんが大好きです。沈黙とかね。
書きながら「相手探偵団ならコナン同じこと言ってそうだな」と思って書いた、病室のその後。
後は、流れ的に書いた小五郎と目暮警部との話。こういう二人が密かに好きだ。