ひき逃げ事件〜狙われた標的〜:第六章


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「あのさー、おじさん」

「何だ」

 ベッド傍の椅子に腰かける小五郎に、コナンは顔だけ動かした。
コナンの言葉に小五郎は睨み目がちにコナンを見ると、どこか不満そうに言う。

「言っとくが、病室の外には出さねえぞ」

「……一言も言ってないじゃない、そんなこと」

 続いて言われた言葉に、コナンは思わず苦笑いしながら、
自分の足の方へと目を落とすと、しかめっ面で小五郎を見る。

「大体、まともに動けもしないのに、言ったところでどうにもならないでしょ?」

「だったら何の用だ」

 さも、それ以外に何があると言わんばかりの言い回しに、
コナンは口元を膨らませて小五郎を睨んだ。

「……思うんだけどさ、もし犯人が今日何かするつもりなら、もう病院内に忍び込んでると思うんだ」

 コナンの言葉に小五郎は眉を一瞬動かすと、真面目な視線をコナンに向ける。

「仮にそうだとしたら、どうして今の今まで何も行動を起こさねえんだ?」

「人が大勢いるからだよ。日中なら、お医者さんだけでなく面会客とかもいるでしょ?
 そんな状態で下手に動いたら怪しまれるし、襲う本人が起きてる可能性も高い。
 でも、夜――しかも深夜近くになったら、面会客はもちろん、お医者さんだって数が減る。
 定期的に看護師さんが見回りに来る程度で、監視の目も光らないじゃない」

 説得力のあるその考察に、小五郎は黙り込んだ。
その後、思考を巡らすように首を傾げて何かを考えるが、その内に諦めた様子で言う。

「その間、何処に潜んでんだ。病院内にいるってことだろ?」

「トイレとかいくらでもあるじゃない。
 日中ならそれこそ談話室にいてたとしても不審がられないだろうし、
 適当に病院内歩いてたとしても、面会の人だって思ってくれるだろうしね」

「……最悪、被害者の部屋がある階にさえ近付かなきゃ、身元がバレる恐れもないってわけか」

「うん。それでさ、ちょっとおじさんに頼みたいことがあるんだけど」

 コナンのこの言葉に、小五郎は再び顔を曇らせた。

「おい、また何か妙なこと――」

「だから違うって!」

 小五郎の反応にコナンは即座に反論すると、不服そうに小五郎を見上げる。

「犯人がこの病院内にいるとしたら、車で来てる可能性が高いでしょ!
 だったら、病院の駐車場に、ボンネットが凹んでたり、ライトが少し割れてたり、
 そんな事故車っぽい車が停まってるはず。それを確かめてきてほしいんだ。
 犯人もまさか、病院の駐車場を調べられるなんて思ってないだろうし」

「じゃあなんでそれをもっと早くに言わねえんだ!
 こんな暗い中で一台一台調べるのなんて、どれだけ時間がかかると思って――」

「犯人が夜に行動する可能性が高いのなら、今の時間は恐らく犯行に集中してるはず。
 ってことは、車に対しての警戒心は解かれてるか、そこまで気が回っていない。
 調べるタイミングとしては、今が絶好の機会だよ。
 それに、日中に比べて車の台数も少ないだろうから、そんなに時間はかからないと思う」

 コナンの説明に、小五郎は納得いかない表情でコナンを見ると、唸るようにため息をつく。

「……万が一そうだったとする。だがな、その間お前はどうする?」

「どうするって言ったって、動けないんだし寝てるしかないよ」

 不思議そうに返すコナンに、小五郎は少しイラついた様子で声を荒げる。

「そうじゃねえ!俺が車を調べてる間、部屋の警備はどうするんだって訊いてんだよ!」

「談話室に警部さんたちがいるんでしょ? 事情話して、どっちかに来てもらったら良いじゃない。
 もしくは車の調査を警部さんたちに任せて、おじさんが戻ってきても良いんだし。
 今すぐにどうこうってことはないだろうから、少しくらい大丈夫だよ」

 ケロッとした口調で言うコナンに、小五郎は眉を上げる。
だが、正論には違いない。下手に時間を置いて行動する方が確かに危険だ。
諦めたように、大きく息を吐き出すと、小五郎は椅子から腰を上げた。

「じゃあちょっと離れるが、何かあったらナースコール押すなり、叫び声上げるなり、何かしろよ?
 ――ただし!犯人に歯向かうような真似だけはするんじゃねえぞ!」

「分かってるって。第一、刃向えるほど体動かないから大丈夫だよ」

「……自己防衛出来ないっつーのも、それはそれで問題なんだがな」

 笑いながら言ったコナンの言葉に、小五郎は苦笑いしながら呟いた。



 間違っても部屋から出るなと念を押してから、小五郎は病室を後にした。
だが、すぐにはエレベータには向かわないで、簡単に周囲を見渡す。
付近に誰もいないことを確認すると、足早にエレベータへと向かい出した。
ボタンを押して呼んだエレベータが来るまでの間も、小五郎は左右への目配りを怠らない。
その後、しばらく経ってから到着したエレベータに乗り込んだ。

 エレベータ扉の開閉時の光が消えるのを待っていたかのように、近くの空室の扉が静かに開く。
そこから出て来た男は、辺りを窺うように首を左右に動かした。
誰も来る気配がないと判断すると、足音を立てないように廊下を歩く。
目的の病室の前で立ち止まると、ガラス窓の端から、こっそりと中を覗いた。

 ――どうやら見張りはいないらしい。
室内には子供が一人。その子供ですら、額に手を当てて目を閉じている。
いつ見張りが戻ってくるか分からない現状で、手をこまねいては命取りだ。
男は覚悟を決めると、病室のドアを開けた。



「――警部殿!」

 エレベータから降りた小五郎は、談話室にいる目暮を見つけて声をかけた。

「毛利君!?」

 いきなり小五郎が現れたことに、目暮は驚いた様子で小五郎を振り返る。

「何をしとるんだね! 君までここに来たらコナン君が――」

「ええ、そのことなんですが、少しご相談があるんです」

 小五郎は、目暮の言葉を遮るように言う。
だが、その口調から真剣さを感じ取って、目暮は小さく頷いて続きを促した。

「もし犯人が今晩何かを仕掛けてくるのなら、既に病院へ入り込んでる可能性が高く、
 駐車場に犯人の車が停まっている可能性があるんじゃないかと、コナンの奴が言っていまして。
 今ならまだ何も仕掛けられてこないだろうから、今の内に車を調べてくれないか、と」

 小五郎は、先程コナンから話された考察を、かいつまんで目暮と高木へ話す。
全て話し終わったところで、目暮と高木は納得したように視線を交わす。

「確かに一理あるかもしれん」

「すぐに調べてきます!」

「うむ、頼む! ワシもすぐに行こう」

 早速、病院の出入口へ向かった高木に目暮は声をかけてから、小五郎へ向き直った。

「毛利君はコナン君の方を頼む!」

「分かりました!」

 高木を追うように走っていく目暮の背中に向かって敬礼をしてから、小五郎は病室へと向かった。



 扉の開く音が聞こえて、コナンはふっと目を開けた。
小五郎たちが戻ってくるタイミングにしては、少し早い。
何かあって戻って来たのかと、コナンは視線を天井から出入口へと動かした。

「どうし――」

 出入口に立っている男と目が合って、言いかけた言葉をつぐむ。
少し前、犯人候補として見せられた写真に写っていた男が、そこにいた。

(……早いな)

 意外と驚きはない。
とは言え、さすがにこのタイミングで来るのは予想外だ。
少なくとも、被害女性が襲われたという情報が来ていない以上、
女性よりも先にコナンの元へ来たことには間違いないだろう。

 完全に寝そべった態勢では、どう考えてもこちらが不利である。
隙をついて逃げるという選択が出来ない以上、最大限の防御は必要だ。
とりあえず、何かあった時に対処がしやすいように、身体を起こそうと試みる。
だが、足がほぼ動かない状態で、腕の力のみで起き上がるには無理がある。
その腕すらも、捻挫をしていれば尚の事だ。

(さて、どうするか……)

 ナースコールが押せないわけではない。
ただ、押したところで自分が人質になるか、呼ばれた看護師が人質になるかだ。
下手をすれば、呼ばれた看護師までをも危険にさらすことになる。
――となれば残る策は一つ。諦めず身体を起こすことはもちろんだが、
小五郎か誰かが戻ってくるまでの間、何とか時間稼ぎをする他ない。

(歯向かえれば一番良いんだけどな……)

 少し前の小五郎との会話を思い出して苦笑いする。
普段のように機敏に動ければ、たとえ止められていようとも実行するだろう。
しかし、無理なものは仕方ない。コナンはせめてもの抵抗として、男を睨みつけた。

「……どうして、先にこっちへ来たの?」

 話しかけられるとは思っていなかったのだろう。男は驚いた様子で、動きかけた足を止めた。

「……先に?」

「本来の目的は、あの場にいた女性なんでしょ?
 だったら、普通こっちに来るのはその後にするもんじゃないの?」

「俺だってバカじゃないさ」

 コナンの言葉に男は鼻で笑うと、再びコナンの方へと歩き始めた。

「あっちは警備が頑丈そうだったんでな。
 先にこっちで騒ぎを起こせば、そこの警備も少しは和らぐだろう?」

 室内での警備を拒んだということは、必然的に扉の外に警官が張り込んでいるはず。
正面突破がほぼ無理ならば、窓からの侵入のみになる。
だが、それも病院の警備員に見つかる可能性を考えると、リスクは高い。
しかし、近くで別の事件を起こせば、一時的とは言え、当然陣営はそちらに割かれるだろう。

「……要するに、踏み台にしようってことか」

「恨みはないがな。でも、俺の顔を見ているんなら丁度良い」

 男は怪しく笑うと、ズボンの後ろポケットからサバイバルナイフを取り出した。
ナイフをケースから外すと、刃先をコナンの方へ向ける。

「それでどうする気?」

 黙ってその刃先を見つめた後、コナンは表情を変えずに男の顔を見る。
その態度に、男は意外そうな様子でコナンを見返した。

「怖くないのか」

「どうだろうね。……でも、ここで騒ぎを起こしたら、女性を殺しに行くんだろ?
 だったら、少なくとも、あんたに殺されるわけにはいかねぇな」

 目を逸らすことなく、きっぱりと言い切ったコナンに男は顔をしかめた。

「……さすがに、躊躇いなく車の前に飛び出してきただけはあるな」

「そいつはどうも」

 一向に挑戦的な姿勢を崩さないコナンの態度に、男は眉を上げる。
それとほぼ同じタイミングで、コナンに突き付けていた刃先を、コナンへ向かって振りかざす。
が、それも後一歩のところでコナンに阻まれる。さすがに起き上がれてはいないが、
片腕で体を支えつつ、空いた片手で男の手首を掴んで、寸でのところで男の動きを止めた。

「…………どうしてその状態で、そんな力が出る?」

「……火事場の馬鹿力ってやつじゃないのかな?」

 とは言え、危険な状態には違いない。
刃先が目と鼻の先に迫っていることを思えば、少し腕の力を緩めただけでナイフは落下してくるだろう。
正直なところ、コナンとしても手の力がどれだけ持つかは分からない。
それでも可能な限り耐えないことには、逆に危険度が増すだけだ。

(……ただ、確実に長時間は持たねーぞ、これ)

 程度が低いとは言え、捻挫している手首だ。既に男の手首を掴んでいる手は痛みが増している。
相手にそれを気取られないようにと何とか踏ん張るが、ほぼ限界に近い。
無意識に一瞬だけ手首を掴む力を緩めた。――その時だ。
その一瞬に、男はナイフを持っている手に力を加えると、そのまま真下へと手を振り下ろす。

「……っ」

 男がナイフを引き抜いた先から出血が始まる。
コナンは痛みに顔をしかめると同時に、刺された肩を反対側の手で抑えた。

「さて。どこまで耐えられる気かな」

 挑発的にそう言った男が、ナイフを構え直した時だ。
突如聞こえた足音と共に病室の扉が開いて、小五郎が姿を現した。

「あ……」

 その状況にコナンは思わず声を出した。一方の男も唖然とした様子で小五郎を見る。
小五郎はと言えば、コナンと男を何度も交互に見返した。

「お前…………森中か!」

 しばしの沈黙の後、小五郎が我に返った様子で男を指差した。
名前を呼ばれて、森中は舌打ちすると、ナイフ片手に小五郎へ向かって走り出す。
その場から動こうとしない小五郎に、ナイフを振り上げるが、それも軽々と避けられる。
予想外の動きに、バランスを崩しながら振り返った森中を、
小五郎は自分の方へ引き寄せると、そのまま背中から床へ叩き付けた。

 室内に鈍い衝撃音が響くと同時に、森中は苦しそうに一度だけ息を吐く。
小五郎は近くに転がったナイフを拾い上げると、森中を見下ろした。

「――喧嘩を売る相手は、ちゃんと選んだ方が良いぞ」

 嫌味のこもった言い方で言う小五郎に、森中は口惜しそうに睨み返してから、顔を背けた。
その様子を面白そうに見ながら、小五郎はコナンの方へと歩く。

「おい、大丈夫か」

「うん……まあ、一応」

 小五郎の言葉にコナンは苦笑いして返す。

「でも、その……ちょっとだけお医者さん呼んでくれると嬉しいかも……」

 躊躇いがちに言うコナンに、小五郎はコナンの肩の怪我に気がついて、急に顔をしかめた。



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