ひき逃げ事件〜狙われた標的〜:第五章


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 本庁に戻った目暮たちは、病院の警備の指示を真っ先に行った。
その後で、現場周辺と被害女性の職場である高校への聞き込みに向かわせていた捜査員と合流し、
目暮達がコナンから手に入れた情報を含め、簡単な捜査会議を行った。
そこでまとまった情報を持って、再び病院へと舞い戻る。

「――犯人の見当がついた!?」

 戻って来た目暮から聞かされた情報に、コナンと小五郎は驚いた様子で、目暮を見返した。
その反応に、目暮は無言で頷くと、胸ポケットから写真を一枚取り出す。

「被害女性の同僚でな。日本史を担当しとる森中智樹さんだ。
 彼女に交際を迫ったが断られて、それ以降ストーカーまがいの行動をしているらしい。
 教師の間じゃ、そこまで詳しく知る人間もおらんかったが、生徒の方が詳しくてな。
 いろいろ聞かせてくれたよ。それでこれが彼の写真なんだが、どうかねコナン君」

 そう言うと、手に持った写真をコナンへと手渡した。
受け取った写真を確認するコナンの後ろから、小五郎も写真を覗く。

「……うん。多分この人だったと思うよ」

「やはりそうか」

 納得したように呟く目暮に、コナンは写真を返す。
その写真を胸ポケットにしまう目暮を見ながら、小五郎は複雑そうにため息をついた。

「ですが警部。その森中を逮捕するには決め手が弱いんじゃないですか?
 いくら顔を見ていたとしても一瞬なら、見間違いだと言い張られてしまえば立証は難しいでしょう?」

「そうなんだ……」

 目暮は唸りながらそう言うと、片手を頭に当てる。

「コナン君の話を信じるのであれば、車のナンバーは偽装。
 仮に誰かがナンバーの一部を覚えていたとしても、何の意味もない。
 車種と色が一致した事故車が見つかれば、逮捕状を請求することも出来るだろうが、
 何も見つかっていない現状では、どうすることも出来ん」

「その人の家には行ってみたの?」

「もちろんだよ。ただ、当然と言うか車も含めて不在でね。確認が出来ていない」

「携帯への連絡とかはどうなんですか?」

 小五郎の言葉に、目暮は両手を挙げて首を横へ振った。

「それもついとらん。……まあ、だからこそ怪しいと言えば怪しいんだがな」

「……でも状況的に考えて、他の目撃者の証言も期待できないんでしょ?
 だとしたら、機会があるんなら現行犯逮捕くらいしかないってことだよね?」

「まあ、それはそうだが……」

 コナンの言葉に目暮は難しそうに眉を寄せる。仮に次の機会があったとすれば、それはそれで問題だ。
警備態勢も敷いた今、また同じようなことが起これば信用問題にも関わってくる。
警察としては何としても事件が起きる前に、犯人確保といきたいところだろう。

「おい」

 コナンの発言に、小五郎はコナンを露骨に睨む。

「まさかお前、また妙なこと考えてるんじゃねえだろうな」

「……やだなぁ、何も考えてないよ」

 苦笑いして片手を横に振るコナンを、小五郎は尚も疑わしそうな目線で見る。
その様子に、しばらく動作を続けていたコナンだが、ため息と共に行動を止めた。

(囮捜査なんて言おうもんなら、ぶん殴られるな、これ)



 しばらくして、病室のドアがノックされると高木が中へ入って来た。
コナンと小五郎に軽く会釈すると、高木は目暮の方へ向き直る。

「警部、被害女性から確認が取れました」

「おお!そうかね!ならスマンが説明を頼む」

「はい!」

 目暮の声に高木は警察手帳を取り出すと、コナンと小五郎に視線を向ける。

「被害女性に、今回犯人の可能性として浮上した森中さんの名前を出して、
 もう一度、犯人の心当たりと気になる件について訊いたんです。
 そうしたら、それが良かったのか諦めたように話をしてくれました」

 そう言ってから、高木は警察手帳のページをパラパラとめくった。

「犯人の心当たりとして挙げたのは、やはり森中さんですね。
 一度はストーカー行為も落ち着いていたそうなんですが、
 ちょうど一週間ほど前から、また視線を感じるようになったそうです。
 ただ、ここ数日はいつもと違う感じがしたと言っていました」

「違う感じ、かね?」

「はい。それまでは、執拗に電話がかかってきたり、待ち伏せをされたり、
 交際をしてくれないのなら、個人情報をばら撒くなどと言って脅されることが大半で、
 特別、何らかの形で実力行使されるようなことはなかったみたいなんですが、
 最近は階段から突き落とされそうになったり、電車のホームで後ろから押されたり、
 身の危険を感じるようなことが、頻発するようになったとか」

「それでついにはひき逃げってわけか」

 小五郎が呟いたその言葉に、目暮と高木は唸りながら腕を組むが、コナンは一人考え込んだ。

「……でも、それを森中さんがやったって証明できる人っているの?」

「え?」

 コナンの予想外の言葉に、小五郎たちは意外そうな視線をコナンに送る。

「付きまといとか、執拗な電話とか単純なストーカー被害ならともかく、
 階段から落とされそうになったり、ホームから突き落とされそうになったりって、
 ホントにそういう事実があったって、誰かの証言がないと立証は出来ないんじゃない?」

「バカ言え、状況的に考えりゃ――」

「僕の目撃証言と一緒だよ。向こうがしらばっくれれば、いくらでも言い逃れできるじゃない。
 偶然近くにいたとか、別の誰かがたまたま当たっただけだろう、とか。
 問い詰めたところで勘違いで済ませられるだろうし、今の状況証拠だけじゃ、
 ストーカー行為を含めた、ひき逃げ事件の犯人として捕まえられるとは思えないよ」

「……まったくだな。せめて犯行に使われた車さえ見つかれば、
 現場に残った残骸と照合することが出来るから、それが決定的証拠にはなりうる。
 まあだからこそ、早く彼の居場所を突き止めんとイカンのだがな」

 難しそうに息をつく目暮を見てから、高木は再び口を開いた。

「それからもう一つ。コナン君が気になってた、女性がこけた理由なんだけど、
 慌てて走っていたせいで、足がもつれたからじゃないかと言っていたよ」

「そりゃそうだろ。こける理由なんて大体そんなもの――」

「あ、いえ。ただ一つだけ気になることを言っていたんです」

 呆れた様子で口を挟んだ小五郎の言葉に割り込む形で、高木はその言葉をさり気なく否定する。

「横断歩道に出た瞬間に、糸のようなものが当たった気がする、と」

「糸?」

 高木の言葉に、コナンたちは口を揃えて言った。

「ええ。その糸に、走っていた足が絡まって道路に倒れ込んだと思う、と」

「その糸は現場にあったのかね?」

「いえ、糸自体は見当たらなかったんですが、
 ガードレールの支柱部分に、真新しい傷跡のような線は確認できました」

 そう言うと、高木は胸ポケットから一枚の写真を取り出して三人へと見せる。
確かに高木が言うように、地面から十数センチ辺りで、不自然に汚れが取れている場所があった。
それこそ糸を巻き付けたようなレベルの、ごく細い線状の跡と、
そこに至るまでの十数センチ部分で何かを引きずったかのような、かすれも確認できる。

「これもあくまで可能性の話になりますが、
 被害女性が横断歩道を渡り始めたのを確認した直後、
 支柱に結んでいた糸を適当な高さまで持ち上げ糸を張り、物理的にこけさせた、
 ということも考えられるかと。物が糸ですから、強く引っ張れば回収出来るでしょうしね」

「だがそれだと、かなりの賭けに出たってことにならねえか?」

「そうだな。下手をすれば他の歩行者を巻き込んでしまう可能性もある」

「でもあの時間帯、平日の昼間だよ?
 お昼ごはん食べる時間からもずれてるし、学生の下校時間には少し早い。
 そこまで歩行者が多い時間帯じゃないから、他に巻き添えを食らった人がいたとしても、
 糸の仕掛けが怪しまれるほど、同時に何人もこけるなんてことはないんじゃない?」

 コナンの言葉に、小五郎たちは腕を組んで考え込んだ。
もし仮に、女性の転倒を故意に発生させたのであれば、ひき逃げ事件どころか意図的な殺人未遂になる。

「それと高木刑事。なんでその女の人、慌ててたの?」

「ああ、それなんだけど、彼女があの場所に現れる直前に、メールが来たそうだよ」

「メール?」

「『ずっと見ている。いつまでも見ている。ホラ、今だって。買い物に来ているんだね』
 っていう文面が来て、気味が悪くなって慌てて帰ろうとした矢先だったとか」

 高木の言葉に、コナン達は思わず眉をひそめた。

「そりゃー……気味が悪いわな」

「うん。悪趣味だね、その人。……でも、メールが来たんなら差出人不明でも、
 警察の立ち合いの元だったら、送信元の提示はしてくれるはずだよね?」

「うむ、事情を話せば、それはしてくれるだろう。
 少なくともそれが森中だと分かれば、現場近くにいたことの証明にはなるな。
 後はどうやって、本人を見つけ出すかだが……」

「病院の警備の手配は、もう終わってるんだよね?」

 コナンの問いに、目暮は大きく首を縦に振った。

「もちろんだよ。
 病院関係者にも容疑者の話はしているし、受付の担当者には念のために写真も見せた。
 該当する人物が面会を頼んで来たら、連絡をしてくれるようにも頼んどる」

「ということは、もし侵入してきても袋の鼠ってことですな」

「まあ、窓から入るようなことが無い限りはな。
 だがそれも、病院内の警備員室のモニタでバレるとは思うが」

「……何か仕掛けてくるかな?」

 呟くように言われたコナンの言葉に、小五郎達は不意を突かれた様子で顔を見合わせた。

「仕掛けて……来ますかね?」

 小五郎は、コナンの言葉を繰り返すように言うと、
目暮は、分からないといった様子で首をゆっくり横に振った。

「何とも言えんが、時間を置けば置くほど体調は回復する。
 それを思えば、何か行動を起こすのは事故直後が一番やりやすいだろうな。
 ……だが、事故直後は警備が厳重だと考えれば、足踏みする可能性もある」

「警備方法も、ドアの外じゃなくて室内の方が良いかもね。
 隠れてた方が、警戒されてるって思わせづらいだろうし」

「それが出来れば良いんだけど、室内だとやっぱりプライバシーの問題もあって、
 なかなかやりづらいんだよ。来ると決まっているわけじゃないから余計にね」

 困った様子で眉を寄せながら言う高木に、小五郎は呆れた様子でため息をつく。

「自分の命がかかってんなら、多少のことは我慢しろってもんだがな。
 下手すりゃ殺されることを思えば、かなりマシだろ」

「それに関しても説明はしたんですが、本人に断られてしまうと、
 さすがに無理強いまではできませんから」

「コナン君は大丈夫なのかね?」

「僕?」

 予定外に話を振られて、コナンは不思議そうに目暮を見返した。

「どうして僕なの?」

「何を言っとる!コナン君も護衛対象だろう! 顔を知られている可能性も高いんだろう?」

 その言葉に、コナンは驚いた様子で目を見開くが、すぐに表情を和らげた。

「かもしれないってだけだよ。絶対じゃない。
 それに、今までの話から考えて、その女性よりも先に狙われることはないでしょ。
 本来の目的はその女性の方なんだから」

「それはそうだが、用心するに越したことはない。君の警備に関しては高木君と白鳥君が――」

「あ、警部。こいつでしたら、私が見ておきますよ」

 目暮の言葉に小五郎は割って入った。

「こいつの場合、警備どうこう以前に何しでかすか分かったもんじゃありませんから、
 むしろ見張らせてもらえた方が有り難いくらいですよ」

「おお、そうかね。まあ、毛利君なら問題はないだろう」

 言いながら目暮は頷くと、高木と共に病室のドアへ向かって歩き出す。

「少なくとも今夜はワシも高木君も病院内で待機しとる。
 一階の談話室におるから、何かあったら言いに来なさい」

「はい!ありがとうございます!」

 そう言ってお辞儀をすると、小五郎は目暮たちを見送った。



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