ひき逃げ事件〜狙われた標的〜:第二章


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「――犯人が捕まってない!?」

 病室に入った目暮から事の顛末を聞かされて、元太たちは声を荒げた。

「何でだよ!すぐに電話したじゃんか!」

「そうですよ!歩美ちゃんが車種や色を教えたはずですよ!?――ですよね?」

 歩美の方を振り返って言う光彦に、歩美本人も自信満々に首を大きく縦に振る。

「うん!……確かにナンバーまでは覚えてなかったけど、
 色は皆覚えてたし、車種は光彦君が教えてくれたもん!間違ったことなんて伝えてない!」

「いや、それはその――」

「検問は張らなかったの?」

 口を挟むことすら許されないような予想以上の剣幕に、目暮は慌てた様子で反論を返す。
だが、それもまた、悪気なく言われた哀の言葉に遮られた。
言葉の返し方に悩む目暮を見かねたように、高木が横から口を出す。

「もちろん検問は張ったし、周辺の交番にも協力要請と注意喚起はやったよ。
 でも報告を受けた車は、引っかかって来なかったんだ」

「俺たちが、勝手に勘違いした情報を伝えたとでも言いてえのかよ!」

「いや、そうじゃないよ!」

 高木の説明に食ってかかった元太に、高木は慌てて否定した。

「これはまだ推測の域を出ないから、確かだとは言えないけど、
 今回事件を起こした犯人が地元民で、逃走経路に主要道路を使ったんじゃなく、
 裏道を走り抜けて逃走したために、検問から逃れたんじゃないかと見ているんだ」

「あら、でも裏道を通ったなら通ったで、通行人が見てるんじゃない?
 あの時周辺にいた人たちからも、事情は訊いたんでしょう?」

「当然訊いたよ。ただ、事件が起こった時点で、皆現場の方が気になったらしくて、
 どっちに逃げたとか、車の動向を気にしている人がいなかったんだよ。
 現場から行ける裏道はかなりあるし、まだ全てのルートの捜査まで手が回っていなくてね」

「じゃあ、裏道を利用したことが分かったら、犯人見つかるの?」

「それは……」

 歩美の質問に高木は言葉を濁らすと、目暮に視線で訴えた。
それに気付いた目暮は、難しそうに息を吐き出す。

「残念だが、それで犯人が見つかるとは思えん」

「だったら犯人捕まえられないじゃないですか!」

「もちろん裏道を利用したことが分かり、車の行き先に大体の見当がつけば大きな手がかりにはなる。
 裏道利用の有無が直接的な決定打にはならんだろうが、犯人は必ず見つけると約束しよう」

 言い切る目暮だが、三人は不満そうに目暮と高木を睨む。
その反応に、目暮と高木は視線を交わすと苦笑いした。

「まあ心配すんな」

 今まで黙って聞いていた小五郎が、ため息交じりにそう言うと、寝ているコナンの傍まで歩く。
少しの間無言でコナンを見下ろしてから、小五郎は元太たちを振り返った。

「さすがにこの状況で、黙って経過眺めてるわけにもいかねえからな。俺も捜査に協力する。
 この名探偵毛利小五郎様が加わりゃあ、たちどころに解決よ!」

 いつものように胸を張ると、自信満面に言ってみせる。
それに対して、多少の疑いの目も向けられるが、小五郎は気にしない様子で話題を変えた。

「ところでお前ら。こいつが車にはねられた時のこと、もう一度教えてくれねえか?
 警部殿や博士から少しは聞いたが、現場見てたお前らの方が詳しく知ってるだろ」

「あ、はい」

 小五郎の言葉に、哀も含めた四人は揃って頷いた。

「事故が起こったのは、皆で揃って学校を出て帰ってる途中でした――」



 ――遡ること今から数時間前。
いつものように学校からの帰り道を、他愛もない話をしながら五人で歩いていた。

「なあ!明日休みだろ?せっかくだしよ、博士の家で泊まって皆で遊ぼうぜ!」

「良いですねぇ!」

「哀ちゃん!大丈夫かなぁ?」

 嬉々として訊かれては否定のしようもない。
三人の態度に哀は面白そうに笑うと肩をすくめた。

「博士でしょ?大丈夫じゃない?喜んで了承すると思うけど」

「やったーっ!」

 声を揃えて歓声を上げる三人に、コナンが呆れた口調で口を挟む。

「でもお前ら。泊まりに行くのは一度家に帰ってからにしろ」

「どうしてですか!」

「突発的に泊まりに行く時は毎回毎回、博士がお前らの親に電話してんだぞ?
 たまには、自分たちから親に了解もらった上で泊まりに行けっての」

 しかめ面で言われた言葉に、先程とは正反対の不満そうな声が上がった。

「そういうコナンはどうなんだよ!」

「毎回自分で連絡してるに決まってんだろ?」

 荒げる声に、コナンは面倒くさそうに言う。
だが反論の余地がないコナンの返答に、元太たちは不服そうに睨みつけた。

「まあ時間的にも今日はまだ早いし、
 そこまで急がなくても、家に帰ってからでも充分なんじゃない?」

 助け船を出すかのように言われた哀の言葉に、三人はしぶしぶ了承した。
それから十分程歩いた頃、目の前の信号が赤になったのを確認して五人は足を止める。
丁度良いと、待っている間に大体の集合時間を決めた。

「それじゃあ、博士の家に今から大体一時間後に集合ね!」

「おう!」

 話がまとまるのを待っていましたと言わんばかりのタイミングで、信号が青に変わる。
横断歩道を渡りきると、お互いに手を振ってそれぞれの自宅へと向かいだした。
そんな時だ。後方から聞こえた女性の小さな悲鳴がコナン達の耳に届く。
思わず振り返った先に見えたのは、横断歩道の途中で倒れている女性。

 慌てて立ち上がりかけた彼女だったが、倒れた際に足をひねったらしい。
痛みに顔をしかめながら、ふらつきながらも何とか立ち上がる。
その瞬間、遠くでエンジン音が聞こえたかと思うと、突然車が飛び出してきた。

「灰原。念のために救急車と警察呼ぶ準備しててくれ」

「え?」

 緩める気配のないスピードで走る車に、コナンはガードレールを飛び越える。

「ちょっと!?」

 慌てて声をかけるが、コナンは振り返りもせず、一目散に女性へ向かって走り出した。
自分の立たされた状況を何とかしようと、女性も急いで逃げ出すが、
ひねった足のお陰で上手く走れずつんのめり、その場にしゃがみ込む。
それを狙い撃つように向かってくる車に、女性はなすすべなくその場で凍り付いた。

「――お姉さん!」

 女性は、突如聞こえた声にハッとした様子で顔を上げた。
ほぼそれと同時に、コナンは女性を突き飛ばす。直後に響くけたたましい衝突音と叫び声。
そこから一瞬遅れて聞こえてきた遠ざかる車のエンジン音。
束の間の静寂が周囲に漂った後、目の前で起こった事態に通行人の多くが悲鳴を上げた。

 立ち去った車の先に、動かず横たわる二人。
周囲に広がる血だまりに、通行人は思わず目を塞いだ。

「――コナン君!!」

 唯一の例外は、仲間の惨状に気付いた子供たち。
四人は急いでコナン駆け寄ると、コナンの体をゆすりだす。

「待って!動かさないで!」

 哀はその行動を即座に制止させると、コナンと女性の容体を確かめた。

「誰かさっきの車の色と車種は分かる?」

「い、色は分かるけど、車種は……」

「車種なら僕が分かります!」

「じゃあ、吉田さんに教えてあげて。
 吉田さんは、事故の経緯を簡単で良いから、車の情報と合わせて警察へ連絡を。
 顔見知りの方が事が運びやすいから、目暮警部か高木刑事辺りにお願い。
 円谷君と小嶋君は、周りの大人と協力して二人を歩道の方へ運んでくれる?
 女性の方はまだ構わないけど、江戸川君はなるべく動かさないように注意して」

「は、はい!」

 淡々と指示する哀の言葉に、三人は慌てて行動を開始した。
それを見た上で、哀は近くにいた大人に声をかける。

「すみません。周辺を走ってる車がここを通ろうとした際、
 ここを避けて迂回してもらうように、事情を話してもらっても良いかしら」

「え?……あ、ああ」

 話しかけられた男性は驚きながら返事を返す。
お願いしますと付け加えてから、哀は携帯を取り出して消防署へ電話をかけた。



「――と、後は知ってのとおりです」

「現場に目暮警部たちが到着するまでは、事情説明の関係で残ってたけどね。
 一通りの説明が終わったら、先に呼んでおいた博士に病院まで連れて来てもらったわ」

「犯人の顔は見てねえのか?」

 小五郎の言葉に、四人は難しそうに眉を寄せると首を振った。

「そんな余裕なかったよ!」

「女の人が倒れ込んだところに車が来て、ヤベェ!って思ってたら、
 飛び込んで行ったコナンが車にはねられたんだぜ!? いちいち気にしてるかよ!」

 口を尖らせて言われた正論に、小五郎は言葉を飲み込んだ。
その反応に、哀は呆れ半分に肩をすくめると、コナンへ目を向ける。

「まあ、あの状況下で犯人の顔を見てる可能性が一番高いのは、
 何だかんだ言って江戸川君かもしれないわね」

「ハハ、まさか」

 真面目な口調で言われた哀の言葉に、小五郎はおどけたように笑う。

「轢かれそうになった人間を助けようってくらいだ。
 普通は轢かれそうになった人間に注意が向いてるんだぞ?
 そんな奴が、さすがに犯人のことまで気にしてるとは思えないがな」

「あら。でも江戸川君が異変に気付いたのは、車が飛び出て来た瞬間よ?
 車がスピードを緩めるかどうかも分かってない状況で、轢かれると判断したのなら、
 犯人の顔だって確認してる可能性だってあるんじゃない?」

「バカ言え。
 猛スピードで突っ込んで来る車の運転手の顔なんて、相当間近じゃないと視認出来ねえだろ。
 仮にそれが事実だとしたら、こいつ自身が轢かれる前提で行動してるってことになるだろうが」

「……こういう状況で、彼が自分の身の危険を考えて行動してると思う?」

 威圧感を覚える視線で睨まれながら言われて、小五郎は思わずたじろいだ。
それを気取られないようにと、わざとらしく咳払いする。

「それでもだ!やっていい無茶と、そうでない無茶の区別くらい普通つくだろ!」

「人の命に優劣つけろって言うんですか!」

「探偵がそんなこと言って良いのかよ!」

「そういう問題じゃねえだろうが!」

 続く怒号に、小五郎もついには声を荒げた。

「今にも死にそうになってる人間助けるのは、確かに大したもんだ。
 でもな!助けることで、自分が死んでりゃ意味ねえだろ!
 助けられた相手が生きてた場合のことを考えろ。一生後悔し続けるだろうが。
 そこんとこの考えがまだ甘いっつってんだよ!」

 半ば怒鳴りつけるように言うと、小五郎は腹立たしそうにコナンを見た。

「大体なあ!毎回毎回、その無謀な行動に振り回されるこっちの身にもなってみろ!
 心臓がいくつあっても足りねえっつーんだよ!」



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