ひき逃げ事件〜狙われた標的〜:第四章


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「ところで、コナン君。今回の事件のことだけど、少し質問しても大丈夫かい?」

「うん。大丈夫」

 部屋を出た目暮がいつ戻るか分からないため、
事情聴取を先に進めておこうと、高木は警察手帳を開きだす。
大分意識もはっきりしてきたらしく、高木の言葉にコナンはしっかりと頷いた。

「子供たちに事情を聴いた限りじゃ、コナン君は車がスピードを緩める前に、
 女性を助けに走ったんだろう?走って来た車がどうして女性を狙っていると思ったんだい?」

「……普通の運転手の顔じゃなかった、っていうのもあるけど、
 一番のきっかけになったのは、タイミングかな?」

「タイミング?」

「多分聞いてるとは思うけど、女性の悲鳴が聞こえた直後に、車のエンジン音が鳴ったんだ。
 悲鳴を聞いた直後は女性の方を振り返ったけど、車のエンジン音が聞こえてからは、
 音がした方へ注意を向けたんだ。それこそ、間違いで轢かれたら大変だしね。
 ただ、その時に見た車の動きがちょっと妙だったんだ」

「妙?」

 不思議そうに訊く高木に、コナンは考えるように腕を組んだ。

「その車、先の交差点近くで停まってたのに急に方向転換して、こっちに向かってきたんだ」

「それは多分信号が赤信号で――」

「ううん、そうじゃない」

 高木の言葉を即座に否定すると、コナンは首を横に振った。

「だってあの交差点、信号機付いてないんだもん。
 対向車があれば話は別なんだろうけど、直進車も右左折車もなかったし。
 それに、エンジンをかける前に車に乗ったって感じでもなかったから、
 単純に停車してただけなんじゃないかな。――ね?妙だと思うでしょ?」

「……まあ、確かに。でも、少し離れた場所から誰が倒れたかなんて分かるかな?」

「運転席越しに、双眼鏡でも覗いてたら分かるんじゃない?
 怪しまれない程度に窓を開けて覗いても良いだろうし、
 車や歩行者が多いのなら、窓越しでも運転席からなら大して暗さは変わらないでしょ」

「なるほどねえ……」

「あ、それから――」

 コナンが続けざまに発言しかけた時、病室の扉が開いて小五郎と目暮が戻って来た。
その際、不意に小五郎と視線がかち合って、コナンはバツが悪そうに目を逸らす。

「それから、何だい?」

 急に言葉を切ったコナンを不思議そうに見ながら、高木は続きを促した。

「あ、うん……えっと、その……」

 返事は返すが、どうも歯切れが悪い。
コナンは小五郎の様子を窺うように、こっそりと視線を動かす。
だが、それもあっさりとバレて、逆に物言いたげに見返され、コナンは困ったように眉を寄せた。

「コナン君? ……大丈夫かい?疲れたんなら、一旦休んで良いんだよ?」

「……うん」

 心配そうに言う高木に、コナンは元気なく返す。
しばらく無言で遠くの壁を見つめてから、諦めたように息を吐き出した。

「……犯人の車のナンバー、偽装されてたと思う」

「え?」

 コナンの言葉に目暮と高木は驚いて視線を交わすが、小五郎は不満そうにコナンを睨んだ。

「ナンバーも見ていたのかね!?」

「うーん……ちょっと違うんだけど」

 コナンは複雑そうに顔をしかめると、頬をかいた。

「確かめようと思ったのは事実かな。でも、さすがにそこまで余裕なくって。
 一瞬ナンバーを見た時に、ひらがなの部分が『き』だったんだ。なのに、プレートの色は白字。
 本来、ア行とカ行は緑色のプレートで、事業用の車だけでしょ?
 ナンバー自体は覚えてないけど、わざわざひらがなだけ変えるとは思えないから――」

「ナンバーそのものが偽装の可能性が高い、と言うことか」

「うん、多分」

「となると、盗難車の可能性も視野に入れた方が良さそうですね」

「そうだな。本庁に戻ったら一度調べてみるか」

 情報提供に礼を言う目暮たちとは反対に、小五郎は厳しい表情でコナンを見てから口を開いた。

「――おい、コナン。一つだけ訊いといてやる。諸々見たのはそれで終わりか」

「…………見たのはそうかな」

 コナンの言い回しに、小五郎は眉を寄せるが、それも一瞬だった。
というのも、よく見ればコナンの視線の動きが少しおかしい。
小五郎を真っ直ぐに見てから、じっと話を聞いている元太たちに目線を動かすと、
再び小五郎へと視線を戻したのだ。その意思が何となく伝わって、小五郎は肩をすくめた。

「おい、お前ら。外はもう夜になってる、そろそろ帰れ」

「ええぇぇ!?」

 突然の申し出に、当然のごとく元太たちは揃って声を上げた。

「嫌ですよ!まだ犯人も捕まってないのに!」

「そうだ、そうだ!俺たちだって犯人に文句言いてえんだからな!」

「それにコナン君、放っておけないもん!」

「そりゃ大人の仕事だ!連絡も入れてないんじゃ、親だって心配してるだろうが!」

 しかめ面で言う小五郎に、元太たちは不満そうに睨み返す。
だが、ここで引き下がってはどうしようもない。小五郎は元太たちを無視して、博士を見る。

「すみません、子供たちを送って行ってもらっても構いませんか?」

「あ、ああ……それは構わんが……」

 了承はするものの、博士は戸惑いがちに元太たちへ目を落とす。
不満そうにこちらを見る視線に、動こうとはしないのが言わずとも分かった。

「まあ、良いじゃない。どうせ私達がここにいても出来ることはないんだし」

 見かねて哀が口を出すと、不満の目は哀に向けられた。

「でも哀ちゃん!コナン君心配だし……!」

「見舞いだったら明日にでも来れるでしょ?大丈夫よ、今日明日に死ぬわけじゃないんだし」

「だけどよ!」

「つべこべ言わないの!」

 半ば押し切るように言い返すと、哀は一人病室のドアへと向かっていく。
途中で室内を振り返ると、歩美たちへ視線を送る。

「ホラ、帰るわよ!」

「…………はーい」

 気乗りのしない返事を返すと、三人は仕方なく哀の後を追いかけた。
病室を去る際、哀は意味ありげにコナンを見る。
その意図に気付いたらしいコナンは、顔の前に片手を立てて謝罪のサインを送った。
それを見て呆れたように首を振ると、哀は病室を後にした。

「……世話が焼けるわね」

「何のことじゃ?」

 病室を出て、歩美たちと距離が離れたタイミングで哀が呟いた。
不思議そうに見下ろす博士を見上げると、哀は苦笑いする。

「工藤君よ」

「新一君が?」

 意味が分からず首を傾げる博士に、哀は前を歩く三人に向けて顎をしゃくった。

「工藤君、あの子たちには聞かれたくない話をしたかったみたい。
 だから毛利探偵に視線で合図を送って、部屋から出るように仕向けたのよ」

「じゃが、どうして……?」

「さあね。でも『見たのは』って意味ありげに言ったことを踏まえると、
 見た以外の別の何かがあるってこと。単純に考えると、逆に見られたんじゃない?」

「み、見られたって何を……」

 心配そうに言う博士を、哀は厳しい表情で見つめた。



「――で?何なんだ?」

 子供たちが出て行ったのを確認すると、小五郎は口を開く。
だが、それでもまだしこりが残るのか、コナンは複雑そうな視線を小五郎に向けた。

「……怒らない?」

 不安そうな口調で言われて、小五郎は少しだけ眉を上げて、不満げな視線を投げる。

「何だ?怒られるようなことなわけか?」

「……少なくとも笑って済ますようなことじゃない、かな?」

 コナンの言い方に、釈然としない様子で小五郎は黙り込む。
その間も自分を窺うように見るコナンに、小五郎は顔をしかめた。

「怒らない保証はしねえ。でもまあ、言ってみろ」

 その回答に、コナンは納得いかない様子で小五郎を見るが、
それ以上は何も話そうとしない小五郎に諦めて、視線を外した。

「……多分、顔も見られてる」

 その言葉に、小五郎達は行動を止めた。

「……どういうことだ」

 先程までの頭ごなしな物言いではない。
怒るでもなく、ただ真面目な口調で言う小五郎に、コナンは無言で頷いた。

「うん……。被害者の女性を突き飛ばす直前に、運転席を見たんだよ。
 その時に犯人と目が合ってる。こっちも犯人の顔を少しは認識してたけど、
 だったら恐らく犯人の方も、僕の顔を認識してると考えるのが筋でしょ?」

「勘違いって可能性はないのか」

「多分ね。ただまあ、向こうが僕の顔を何らかの形で知ってなければ、
 自宅までは分からないだろうし、そうそうすぐに居場所が割れるとは思えないけど、
 犯人が到着した救急車の後をつけていたとすれば、搬送先の病院が知れてる可能性はあると思う」

 コナンの説明に、小五郎は目暮の方を振り向いた。それに気付いた目暮は無言で頷く。

「その件は早急に調べよう。それに被害女性の警備も考えた方が良さそうだな」

「ええ、そうですね」

「……そう言えば、被害者の女性って今何処にいるの?」

「この病院だよ。数日は大事を取って入院してもらうみたいでね」

 高木の言葉に、小五郎は顎に手を当てる。

「つーことは、病院さえ割れてたら、
 犯人にとっちゃ狙いやすい条件が揃ってるってわけか」

「そういうことになりますね」

 お互い顔を見合わせて頷くと、目暮は座っていた椅子から腰を上げた。

「よし!出来るだけ早い方が良い。今から警備体制を敷こう。
 それに一度情報をまとめて、再調査に当たった方が良いだろう。
 高木君!一度本庁へ戻るぞ!」

「了解しました!」

 目暮の言葉に高木も立ち上がると、短く敬礼のポーズを取った。

「毛利君も来るかね?」

 病室の扉に手をかけかけて、目暮は思い出したように小五郎を振り返る。
だが、小五郎は片手を胸辺りまで手を上げると、その申し出を断った。

「え?行かないの?」

 小五郎の選択に、逆にコナンが驚いて訊き返す。

「何だ。俺がいたら何かとやりづれえか」

「いや……そうじゃないけど……」

 仮に犯人確保に動きたかったとしても、この状態ではどうしようもない。
ただ単純に今の状況を考えた場合、捜査協力に動きそうな小五郎が待機というのは珍しい。
――それじゃあ、と病室を去る目暮たちを小五郎は一瞬引き止めた。

「あ、警部。捜査の情報だけは教えてもらって構いませんか」

「もちろんだ。協力よろしく頼むぞ、毛利君!」

 その声に、先程の高木と同様に敬礼して、小五郎は二人を見送った。
その直後、コナンは不思議そうに小五郎を見上げる。

「情報提供求めるくらいなら、どうして一緒に行かなかったの?」

 コナンの質問に、小五郎は呆れた様子でコナンを見下ろした。

「バーカ。仮に犯人に居場所がバレてんなら、この部屋空にするわけにいかねえだろ。
 普段のお前ならまだしも、その状態じゃ逃げることすら無理だろうしな」

「あ……」

 小五郎の言葉に、コナンは意表を突かれたように小五郎を見返した。



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