*第1章* >>第2章 >>第3章 >>第4章 >>第5章 >>第6章 >>Epilogue
連休初日の夜。処は毛利探偵事務所。
せっかくの機会だから、と翌日から二泊三日の旅行が組まれていた。
しかし、それが予定通り実行されるかは……まだ未定。
夕飯の後、テレビのニュースで流れた臨時ニュース。
衝撃的なその内容に、思わず三人全員がテレビに食いついた。
『――ただいま入ってきたニュースです!警視庁が発表したところによりますと、
昨晩未明、資産家の林野正輝さんが自宅で殺された事件で、
怪盗キッドに殺人容疑がかけられた模様です。詳細が分かり次第、随時お伝え致します』
キャスターがそう告げ、テレビはすぐに別のニュースを読み上げる。
しばらく茫然とテレビの画面を眺めていた三人だったが、我に返ったように蘭が顔を上げた。
「……まさか!だってキッドって宝石盗むだけでしょ?」
「いーや、分からんぞ。実は今までこっそりやってたりするかもな」
「そんなこと……」
蘭の抗議の声に、小五郎は無関心そうに新聞を広げる。
「大体な、世間じゃ大人気の泥棒だが、一応あれでも犯罪者だろ。
確実にないとは言えねえな。それに人の本性なんてもんを、見かけで判断できるかよ」
「それじゃあ、お父さんだって分かんないじゃ――そうだ、コナン君!」
蘭は思いついたように、両手でテーブルを叩くとコナンの方へ身を乗り出した。
「コナン君なら直接キッドに会ったことあるでしょ? どう思う?」
「え?」
急に話を振られて、慌てて顔を上げたコナンは戸惑った様子で蘭を見返す。
「どう……かな」
蘭の質問にコナンは複雑そうに顔をしかめて首を傾げた。
「一応、殺人はしないっていう噂はあるみたいだけど、どこまで本当かかな?
しそうになさそう、って言ったらそうかもしれないけど、犯罪者は犯罪者だしね」
肯定とも否定とも取れる表現で、コナンは感想を言う。
「ただ、仮にキッドが犯人だとしても、どう捕まえるかが問題じゃないかな。
ましてや誰も捕まえたことないってことは、正体も分からない。
それじゃ、普通に日常生活送ってる方が安全だから、もう出てこないかもしれないし」
「でもここに載ってるぞ? 『ついにキッドの予告当日!』ってな」
そう言うと、小五郎は読んでる新聞の一面を広げて見せた。
「うん。でも、その予告状が送られたのって今回の件が出る一週間位前でしょ?」
「じゃあ、もし今日来なかったら、キッドが犯人ってこと?」
「うーん……。分かんないや」
眉を寄せて困ったように言うと、コナンは両手を広げて肩をすくめた。
(……そろそろ、か)
時計に目を落として、コナンはため息をついた。
今いるのは、前々からキッドが宝石を盗むと予告した杯戸シティホテルの屋上。
ヒョイと下を覗きこむと、いつにも増して多い警官や機動隊が辺りを囲んでいる。
普段なら、ヘリの音より大きな歓声を上げるギャラリーも、
今回ばかりは、先程の報道を受けて警察が厳重に規制したのか、一人も見当たらない。
「さすがに厳戒態勢って感じだな」
お陰でここに来るまでの道のりは普段以上に大変だった。
警備態勢の穴をついて、犯行予告場所に侵入するのは割と楽なのだが、
出入口という出入口をほぼ塞がれていた今回の状況では、侵入経路を探すだけで一苦労だ。
何とか警備の目を盗んで中へ入ったのは良いが、気になることが一つあった。
「ただ問題は、奴が来るかどうか――」
「予告しておいて、来ない怪盗とでもお思いで?」
後ろに人の気配が感じられるのと、話しかけられたのはほぼ同時。
反射的に後ろを振り返ると、塔屋の上から白装束の男が地上へと降りる。
それを眺めていたコナンと目が合って、相手は肩をすくめた。
「そう怖い顔しないでも、血を浴びせることなど致しませんよ。
まあ、警戒するかしないかはそちらの勝手ですが」
今までに聞いたことのない挑発の仕方に、コナンは思わず眉を寄せる。
正直に言うと、疑ってないと言えば嘘になる。だが、それに確証を持っているわけではない。
あの場で蘭たちに言った『殺人はしそうにない』というのは、素直な感想だ。
それでも小五郎の言うように、犯罪者であれば尚の事、本性なんてものは分かりづらい。
「……なあ。あの報道――」
「答えはどちらをお好みで?」
「え……?」
ならば直接本人に訊くのが一番かと、軽い気持ちで口火を切る。
だが言葉を最後まで聞かないで、逆に質問で返したキッドを、コナンは面食らった様子で見返した。
そんなコナンの反応に、キッドは肩をすくめると、小さく鼻で笑う。
「『殺したか。それとも殺してないか』
最後まで訊かれなくても何が言いたいかくらい、見りゃ分かるよ。
あの報道の直後なら尚更な。知ってそうなこと呟いてたし。
どうせ、重要参考人が何言ったって信憑性に欠けんだろ?
『はい、私が犯人です』『いいえ、あれは嘘の報道です』どう言ってほしい? 探偵君」
「どうって……」
思わぬ言葉に、コナンは返す言葉に詰まる。
「そっちにとっちゃ、またとないチャンスだろうなぁ。
本来、怪盗捕まえるなんて、オメーの専門分野からは外れてる。
だからこそ、捕まえられなくてもまだ良いんだろうけど、殺人なら話は別。
自分の専門分野なら、どうやってでもすぐに捕まえなければ気がすまない。
顔馴染みの刑事の手も使える。俺を捕まえようとするなら、これ以上はねーだろ?」
「待てよ。別に――」
「でも、俺だってそう簡単に『はい、そうですか』って捕まる気はねーぜ。
殺人犯として捕まえようってんなら、いつもみたいにふざけちゃいない。
姿形がガキだからっつって、手加減は一切しねえ。それでも良いならご自由に?」
「……何だよ、それ」
挑発ではない。それは何となく分かる。
ただ、それでも何らかの口を挟まずにいられなかった。
「何って、言い出したのはそっちだろ?」
キッドは淡々とした口調で言うと、わざとらしく首を左右に振る。
「俺が来るのか来ないのか。それで判断しようとしてたんじゃねーの?
こっちが殺人犯かどうかを決める材料にでもな。
俺が来て、実際拍子抜けしたかどうかは知らねぇけど、
やたらと険しい顔でこっち見てた時、探ってたんだろ? 俺の様子。
真意の程はいかがなものかってなやつでさ。お得意の――」
「黙れ、コソ泥」
感情を無くしたような声で、威圧するようにそう言うと、間髪入れずキッドの方へサッカーボールを蹴り上げる。
予想外の攻撃に、身構えることも不可能で、蹴られたボールはキッドの顔面を直撃した。
その反動でキッドはバランスを崩して床へ倒れ込む。
跳ね返ってきたボールには目もくれず、コナンは倒れたキッドの元へ無言で近付いた。
そのままキッドが顔を上げるのを待ってから、コナンは蔑むような視線でキッドを見下ろした。
「ふざけんな」
コナンはほとんど吐き捨てるように言い放つ。
「ただの犯罪者が何様のつもりだ、テメー。
こっちに口挟ませもしないで、勝手に想像だけでまくしたてては八つ当たり。
それすらも棚に上げて、何で俺が小汚い探偵呼ばわりされなきゃなんねーんだよ?
そもそも騒いでんのはマスコミだろうが。むやみやたらに当たり散らすのもいい加減にしろ!」
倒れた状態で不満げにコナンを睨みながら、話を聞いていたキッドだが、
しばらくして体を起こすと、そのまま床に胡坐をかいた状態で座った。
「なら何? 殺人の容疑を疑ってかかり、白か黒かの判断材料として、
その報道内容が事実かどうかを本人に確認する理由に、それ以外の何があるわけ?
ただの観客ならともかく、お前の場合、専門中の専門の殺人事件だ。
犯人だって確信が無かったら、わざわざ本人に訊くなんて真似しねぇだろうが」
高圧的な物言いに、コナンは面倒くさそうにため息をつく。
「確信があるんなら、確認なんてせずに、どうやってでも警察に突き出すに決まってんだろ。
俺がテメーに真偽を確かめようと思ったのは、単純に決めかねたから。
確かに報道内容に関しては疑ってる。犯罪者な以上、ある程度は当然だ。
ただ、返答次第じゃ賭けてやるつもりはある。だから訊こうとしたんだよ」
「賭けるって?」
「濡れ衣だっつーんなら、手伝ってやろうかってことだよ。
一人で晴らすにしたって、テメーはそれこそ専門分野じゃねーだろ」
「は……?」
予想外の言葉に思わず声が裏返る。だが、ありがたみは全く感じず、ただ驚いて目を瞬く。
危うく殺されそうになったことこそ幾度もあるが、協力を買って出られたことはない。
今回の事件に関して言えば、探偵側からは冤罪かすらも不透明な状態だ。
にもかかわらず、捜査役を自ら提案するとはさすがに想像がつかなかった。
「冤罪ねぇ?」
コナンは手すりに背中をもたれかけさせると、キッドと向かい合った。
「まあ、そうだろうな。でなきゃ、あれほどつっかかってこねーだろ」
「ハハ。いや、訊かれることは分かってたし、そう思うとなーんかムッとしてな。
世間は大概、俺が犯人だって思ってるだろうし。
直接反応見るのは探偵君が初めてだったから、表情見た時こう、カチンと」
苦笑いしながら言キッドに、コナンは不満そうに顔を歪めた。
「だとしても、報道には無関係だぜ、俺」
「だから悪かったって。こっちもまさかそんなニュース出ると思わなかったし、
タイミング悪いことに今日犯行日だし、警察だってどうせ厳戒態勢だろ?
皆が皆、自分を殺人犯って前提で動いてると考えると、釈然としなくてな」
「まあ良い気分ではないだろうな。――それで? 事件起こった時のアリバイは?」
「いくら警察でも、アリバイがある人間を容疑者にはしねーだろ?」
軽く笑いながら言うキッドを、コナンは不服そうに睨んだ。
「何だって?」
「ああ、いやいや。冗談冗談。
アリバイはあるっちゃあるけど、証明できる人がいるかは不明」
「じゃあ、オメーが殺人犯じゃないっていう証拠は?」
サラッと訊かれた言葉に、キッドは意外そうに目を見開いた。
「へぇ……。そういうこと訊く?
……そうだな。人を殺したって証拠はないけど、人を殺してないって証拠もない。
まあ、警察がキッドが犯人だって睨んでるんなら、それっぽい証拠はあるかもしれないけど?」
あっけらかんとして答えるキッドを、コナンは窺うように見る。
「……分かった。賭けてやるよ」
「何を?」
「言っただろ? 濡れ衣なら協力してやらなくもない、ってな。
もし本当に真犯人がいるのなら、捜査進めりゃ浮かんでくるだろ。
ただし、オメーが犯人だという証拠が見つかればそれまで。警察へ連絡する。
望むんなら事件の捜査くらいはしてやるぜ? 結果がどうなろうとな」
この申し出にキッドは最初不思議そうにコナンを見たが、すぐに笑い出す。
「……何だよ、その反応」
「いや? ちょっと明日が楽しみだな、と思ってな」
「は?」
怪訝そうに見るコナンに、キッドは空を指差した。
「明日は全国的に晴れだ。でもこのまま行くと覆りそうじゃねーか」
「そうか? でも月もぼやけてないし、下り坂って感じはしないだろ?」
真面目に答えるコナンに、キッドは笑いながら手を振った。
「そうじゃねーよ。らしくないことをする人間に対して、よく言うだろ?
――天変地異でも起こりそうだってな」
*第1章* >>第2章 >>第3章 >>第4章 >>第5章 >>第6章 >>Epilogue
*作品トップページへ戻る*
>>あとがき(ページ下部)へ
文章表現含め、大幅に変更してる部分は、基本的に2007年の編集時に変えたもの。
2015年の一斉編集では、多少の修正と、何故か極端に文字数が少なかったので、
会話構成変えてみたり、描写部分増やしてみたりと、ちょこちょこシーン追加。
原案に比べて多少の改変入れてるコナンとキッドのシーン。
個人的には、探怪全体で大事にしたい設定というか関係性だったりする。
犯罪者という前提で、でも人を傷つけるタイプじゃないだろうというコナンの考えと、
あくまで好戦的なのは、怪盗として対峙する時だけで、それ以外は案外ドライというキッドの考え。
信頼してたり、してなかったり、そんな微妙な距離感が出てると良いなと思ってます。
……まあ、とは言え二人の関係性は、私の勝手な原作の解釈なだけですが。
でもだからこそ、業火の関係性が凄く好きだったんだ。