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犯人が確定されたことを伝えに、リビングへ行きかけたコナンに、快斗は躊躇いがちに声をかけた。
「――あ!探偵君!ちょっと待った!
推理始める前に、訊きたいことと頼みたいことがあるんだけど……」
「は? 何だよ? いきなり」
「……さっき犯人が分かったっつったけど、まさかそれってこの家の人間?」
「バーロ。オレが他に容疑者挙げたかよ?」
妙なこと言い出すな、とでも言いたげに顔をしかめるコナンに、快斗は難しそうな表情で首をひねる。
「あー……まあ、それはそうなんだけどさ。
じゃあ、オメーを話の分かる探偵だと思って、一つ頼んでいい?」
リビングにいる千夏に事情を話し、家の住人をリビングに集めてもらった。
全員が集まった後コナンが彼らの目の前で、犯人がキッド以外だと告げると、
その場にいた全員は驚きの声を上げる。
「でも新聞やテレビじゃ、キッドが犯人だって言われているし、
警察の方達も『キッドの容疑は濃い』とおっしゃってたわよ?」
「うん。あれは警察が勘違いしたんだよ。
警察が犯人をキッドだと勘違いした理由の一つは恐らく『キッドが現場付近にいた』という証言。
その証言だけじゃ信憑性は薄いけど、事前にキッドからの予告状が届いてて、
尚かつ予告日が事件発生日だったんなら、当然警察もキッドに目をつける」
コナンの言葉に、全員が顔を見合わせると、長男の清が不思議そうに訊いた。
「……まあ確かに曖昧な根拠かもしれないけど。
でも、それはキッドが犯人だとも犯人でないとも解釈出来るんじゃないかな?」
「そう。――実は、殺された正輝さんは亡くなる直前に、犯人を示すメッセージを残してたんだ。
皮肉な話だけど、それがキッドを犯人だと確証付ける証拠にもなった。
それが、事件現場に置いてあったパソコンに残っていた血痕」
「血痕?」
「パソコンのキーボードに血が付着してたんだよ。
【1】【2】【4】の三つにね。
もう一つ。パソコンのディスプレイに残っていた【・】の記号」
キッドという名前以外は世間にほとんど知られていない。
キッドが示すというその数字にもいまいちピンと来ず、千夏は不思議そうに首を傾げた。
「……1と2と4? でもそれが怪盗キッドとどういう関係が?」
「“怪盗キッド”って言うのはただ世間に親しまれている通り名。
元々、キッドは国際指名手配されてて、その手配番号が【1412】なんだ。
それが変形して、今では【キッド】と呼ばれてるだけのこと。
ダイイング・メッセージとも取れる血の付いた【1】【2】【4】
そのキーボードを見た警察は、キッドが犯人だと思い込んだって訳さ」
「でも、コナン君の言うように、もしキッドが犯人じゃないなら誰が……?」
「……千夏さんに頼んで皆をリビングに集めてもらった理由はそれだよ」
落ち着き払って話したコナンの言葉で、今までの空気が一変する。
テレビや新聞の報道から、自分の夫・父親を殺したのはキッドが犯人だと信じてただろう。
半信半疑な部分があったのかもしれないが、それでもキッド犯人説が有力視されていたのは間違いない。
――コナンが家の住人を集めて、推理を披露し始めた理由は、被害者がこの家の人間だから。
全員がそれを疑わず話を聞いていたのだ。よもや、キッド犯人説を否定され、
他に犯人がいるなどと聞かされるとは思ってもいなかった。
だが、コナンの目が嘘を言っているようにも見えない。
「コナン君……まさか君はここにいる人間が真犯人だと……言う気かい?」
「……うん、そうだよ」
若干、間を持たせて答えるコナンだが、その瞳は真剣そのものだ。
「さっきも言ったけど、血の付いた三つのパソコンのキーボードと
ディスプレイに残っていた中黒の記号。あれは正輝さんが犯人の名前を示したもの。
三つのキーボードは【1】【2】【4】もしくは【ぬ】【ふ】【う】
最初はどっちを示すか分からなかったけど、正輝さんの職業を思い出したんだ」
「職業って……大学の講師のこと?」
「うん。実はもう一つヒントになるのがあって、それが中黒。
殺された正輝さん、物理学と数学の講師だったんでしょ?
それで気付いたんだ。この中黒が示すのは、単語の区切りでなく、
四則演算で使われる乗算の記号。【×】だってことがね」
「……かけ算の記号?」
キョトンとする一同に、コナンは近くにあったメモ用紙を取り出した。
そこへ“(A×B)(A×B)”と書き付ける。
「ホラ。こんな風に因数分解じゃ()と()の間に何も書かないでも、
右辺と左辺を自然と掛けてるでしょ? それと同じで、中黒も省略を表してる」
そう言うと、先程の数式の隣に分数で“A・B・C・D/E・F・G・H”と書き加えた。
「分母や分子に書く数字の個数が少なかったら【×】で済ませるけど、
ある程度多くなってきたら、【×】じゃ幅も取るし見づらいじゃない。
それを解消するために出て来たのが、この中黒だよ」
「じゃあ、もしそうなら、あの人が示したそれは三桁の数字の方?」
「そうなるね。――そして、その中黒と数字を当てはめて数式に直すと、
【1×2×4】となり答えは【8】これだけじゃ何のことか分からないけど、
キーボード上で【8】の所を見てみると、それは【ゆ】のキーボードでもある。
これだけじゃ、犯人を特定する手がかりにはならない。
でもローマ字で【ゆ】は【Y・U】アルファベットなら【ゆう】とも読める」
「【ゆう】って……ちょ、ちょっと待ってコナン君。まさかそれ――」
躊躇いがちに言う千夏に、コナンは無言で頷いた。
「――そう。正輝さんを殺害した本当の犯人は、優さん。だよね?」
突如告げられ、優は一瞬体を震わせた。
他の三人は、戸惑う様子でコナンと優を交互に見る。
「ちょっと待ってくれ、コナン君。
父さんが残したのは中黒だけなんだろう?
導き出された【8】をローマ字に直せ、なんて指示はどこにもないじゃないか?」
「そうね。単に、何か【ゆ】で始まるものを示したかった、って可能性もあるんじゃない?」
清の問いに同調するように貴美香も頷いた。
だが、その言葉にコナンはゆっくりと首を振る。
「それはないよ。だって、正輝さん、死ぬ寸前だったんだよ? 時間なんてそんなにない。
だったら、単純に【ゆ】のキーボードだけに血を付ければ良かったじゃない。
わざわざ無関係なキーボードに血を付ける必要はないし、
【ゆ】で始まる何かなら、その後に続くキーボードに血を付ければ良い」
コナンの説明に、二人は意表を衝かれた様子で顔を見合わせた。
しかし、清がすぐに思い直したように首を振る。
「でもそれだったら、単純に【8】【4】だけ、もしくは【Y】【U】の二つに血を付ければ良いだろう?
コナン君の言うように、時間がなかったんなら、わざわざそんな面倒な方法取らなくても……」
「すぐに見て分かるような内容だったら、犯人が気付いて消す――もしくは工作する可能性が高い。
とは言え、犯人の名前を隠すために、頭文字だけとかヒントだけを残す利点は正輝さんにはない。
だから多少面倒でも、犯人に血のことを気付かれても、すぐには意味が分からない内容にしたんだよ」
「だけど、それを父さんがしたと決まったわけじゃないだろう?
それこそ、警察に疑われてる怪盗キッドが、優に罪を擦り付けるためにわざと――」
「だったら、わざわざ犯人の名前を暗号で示す必要はないよ。
だって普通、偽の犯人を仕立てあげたいんならストレートに犯人の名前を書くじゃない。
解けるか解けないか分からないメッセージ残したって、キッドには何の得にもならないよ。
そうしないと自分に容疑がかかる可能性だってあるんだったら、余計にね」
「あ……」
清はその言葉に納得したように目を見開くと、悲しそうに目を伏せる。
その様子を辛そうに見つめていた千夏は、自分に言い聞かせるように首を横に振ると、優の両肩に手を置いた。
「でも……、でもねコナン君!
確かにこの子、お父さんの居眠り運転で婚約相手を亡くしてるわ。でもそれだけよ?
それに関しては、この子だって事故で仕方なかったって……!」
「……ううん。あれは嘘よ」
ゆっくりと首を左右に動かしながら、優が沈んだ声でそう呟いた。
その言葉に驚いた様子で自分を見る千夏に、優は悲しそうに笑うと千夏の手に自分の手を乗せる。
「実はあの事故、お父さんが表沙汰にしたくないって言って、
彼の両親に口止め料も含めた慰謝料を渡していたの。
でも、なにもそこまで……と思って、本人に訊いたわ。
『ただの事故だけで、そこまでする必要があるの?』って」
優は今にも泣き出しそうに顔を歪めると、視線を落とす。
「そしたら、何て言ったと思う?
『あんな奴が僕の後継ぎになってもらっても困るからな。
千夏の恋人を別れさせたのも、それが理由さ』って……」
言いながらその時を思い出したのか、頬に涙が伝う。
「どう思う? 嘲け笑うように私にそう言ったのよ? 悔しいわよ!
親の勝手で、自分の恋人を殺されるのよ!? 何の罪もないのに……!
誰に他人の命を奪う権限があるって言うの!?だから……だから……」
「……でもさ。それだとお父さんと同じなんじゃない?」
「え……?」
優は、落ち着き払った声で言うコナンを驚いたように見る。
「恋人を殺された、っていう気持ちは、長年夫だった人を亡くす貴美香さんも同じ。
『誰に他人の命を奪う権限がある』って言うんなら、優さんも奪っちゃダメだよ。
たとえそれが救いようのないくらい嫌な人でも、死んだら悲しむ人はいるんだから。
まして、貴美香さんは正輝さんと仲の良い夫婦って近所からも評判だったんでしょ?
だったら、それがたとえ時間のかかる方法でも、もっと別な方法だってあったんだと思うよ?」
「…………」
コナンの言葉に、優は言葉を失う。気が抜けたように床に座り込み、両手で顔を覆った。
小さな嗚咽と共に手の隙間から涙が零れ落ちる。コナンは無言のまま優に近づくと、肩膝を床に付けた。
「それからもう一つ。真相は分かったけど、警察は呼んでないから。
事情が事情だし、情状酌量の可能性はあるだろうけど、
場合によったら自首も刑を軽減してもらえるかもしれない。
だから自首してくれないかな? もし何なら知り合いの警部さんも紹介するから」
その言葉に、優は驚いた様子で顔を上げる。
「……でもどうして? そこまで私に気を遣う必要なんて……」
訊かれて、コナンは困ったように苦笑いする。
「当事者のたっての希望……かな?」
「当事者?」
不思議そうに言う優の疑問には答えず、コナンは話を変えた。
「あ、そうだ。今回キッドを犯人に仕立て上げようと思ったのはどうして?」
「ああ……あれね。こんなこと言っちゃ、本人に失礼だけど、
彼、世間から人気はあるけど、一応は泥棒さんじゃない。
全くの善人に身代わりになってもらうのは気が引けて……。
丁度、家に高価な宝石もあったし、警察を誤魔化すことが出来れば、と思ってしたことなの。
……でもまさか、ああまで疑惑が濃くなるなんて思ってもいなかったから、驚いちゃって……」
「『思ってもいなかった』って……。もしかして、このままキッドが
殺人犯として逮捕されたとしたら、名乗り出るつもりだったの?」
「そう考えてもいたわ。本人に殺人の罪はないんだもの。ただ――」
途中で言葉を切ると、優は申し訳なさそうに貴美香も見る。
「さっきのコナン君の言葉じゃないけど、娘が父親殺したなんて知ったら、
お母さんがショック受けるに違いないとも思って、迷ってたところだった。
……そんなこと、今更言ったって説得力はないけどね」
寂しそうに言うと、優は母親の方に向かって頭を下げた。
「ごめんなさい、お母さん……」
か細い声で言ってから、優はリビングのドアへと向かいだす。
その途中、思い出したようにコナンの方を振り返った。
「コナン君も。ありがとう。それからもう一つ頼めるかな?
無理なお願いかもしれないけど、もし怪盗キッドに会うことがあったら、
殺人犯にしてしまったことを謝っておいてくれる?
……本人は許さないだろうし、逆に怒るかもしれないけどね」
ふんわり笑って言うと、リビングのドアを横切る。
その際、ずっとドア付近の壁にもたれかけていた快斗が優に呟いた。
「――あの優さん。余計なおせっかいかもしれませんけど、
お父さんを殺したこと自体はともかく、殺人犯に仕立て上げたことに関しては、
悪意がなかったのなら、案外キッドは許すんじゃないでしょうかね?」
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2007年度版では、そこまで大きな編集はなかった解決章。最後の快斗周辺部分を追加したくらい。
まあ、ミステリーの解決章という都合上、当然と言えば当然ですが。
今回の編集では、犯人指摘して以降の『でもこれは!』な部分を30行ほど追加。
……とは言え、死に際の人間が残すにはどうにも面倒な手順なことには変わりないという事実(笑)
因みに、ダイイングメッセージに関しては、実は中学時代に思い付いたもの。
数学の授業を受けてた際、因数分解で先生の中黒の使い方を見て、これは使える!と。
元々この小説自体、中学時代から何度も書いては捨てて書いては捨ててとしてた作品。
思い出した時に新たに書き起こしては失敗、を繰り返しようやく完成体になったという思い出深い小説。
……それにしても、小学生が因数分解を語ることに、周りは何の違和感も抱かないのか、これ。