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一通りの現場検証が終わった後、コナンは快斗を伴って、
アリバイも含め、家の住人一人一人に聞き込みを行った。
その後、少し借りても良い部屋を教えてもらい、部屋へと移動する。
快斗は特にすることもなく、仕方なくコナンについて行っただけだったが、
部屋に入るや否や、コナンはテーブルに腰掛けると黙々と何かを書きだした。
何をしているのかと問うも、邪魔だから黙ってろと一蹴され、快斗はコナンの背中を睨みつける。
その後、しばらくして手を止めて快斗の方を振り返ると、今まで何かを書いていた紙を快斗へ放り投げた。
「――把握用。テメー用にな」
反射的にキャッチするが、その中身を確認して思わず顔をしかめた。
1)林野正輝(被害者)
【死因】 右腹部を刺されたことによる出血死。
【死亡推定時刻】 二十二時〜二十四時。
【殺害現場】 被害者の自室。鍵はなく、誰でも出入り可
【職業】 物理学・数学の大学の講師(一ヶ月前に定年退職)
2)林野貴美香(妻、第一発見者)
【アリバイ】二十二時半以降のアリバイは無し。
【動機】 夫婦仲は良好。しかし、二千五百万円程度の遺産が手に入る。
3)林野千夏(長女、通報者)
【アリバイ】二十二時〜二十三時のアリバイは無し。
【動機】 婚約者の家族へ圧力をかけ、婚約破棄へ追い込まれている。
4)林野優(次女)
【アリバイ】二十三時〜二十四時のアリバイは無し。
【動機】 被害者の居眠り運転により、恋人が事故死。
5)林野清(長男)
【アリバイ】二十三時半〜二十四時のアリバイは無し。
【動機】 借金が百万程あり被害者へ援助を願うも、は厳しく突っぱねられる。
被害者の死後、手に入る遺産は八百万円程度。
※被害者を最後に見たのは妻。十八時頃、被害者から風呂の準備を頼まれ、
十九時頃呼びに行くと『仕事が終わってから』と言われたという。
※長男が二十二時頃に被害者の部屋をノックした際には、応答はなかった。
※その後、妻が二十四時過ぎに被害者の様子を見に行き、死亡が確認された。
「――生真面目だよなぁ、お前」
一通り目を通してから、快斗は率直に感想を述べる。
「でも、こう言っちゃ薄情だけど、オレに渡したところで何も出来ねーだろ。
こっちは探偵じゃねーんだ。事件解くのは専門外だぜ?」
そう言って、肩をすくめる快斗をコナンは意味ありげに見た。
「まとめてりゃ、見当外れな提案はしねーだろ?」
「うっわ! 何? そのムカつく言い方。
言うにしたって、もっと別の言い回しがあるんじゃないですかねぇ?」
険のある口調に、快斗は思わず反論を返す。
「バーロ。テメーごときに気なんて遣うかよ」
呆れたように言い返されて、快斗はコナンを不満そうに睨んだ後、
情けない、とでも言うように肩をすくめて首を左右に振る。
「今のオレはキッドじゃねーっつーんだよ。
その辺の線引きくらいするだけの大らかさってのはないわけ?」
「…………」
――ない。と返事が即効で返ってくると思いきや、返ってきたのは沈黙。
拍子抜けした快斗がコナンを窺い見ると、眉間にシワを寄せて何やら考え込んでいる。
「……え。いや、悩むところ?」
依然として無反応なコナンの反応に、快斗は目を丸くした。
当の本人は難しそうに首を傾げて、近くの壁にもたれかかる。
「――なあ。お前に訊きたいことが二つほどあるんだけど」
「は?」
ようやく反応を見せたと思えど、返ってきた言葉は質問。
その言葉に、逆に怪訝そうにコナンを見てから、何か考えるように目線を少し上に動かす。
「……ちなみにどんな質問だよ?」
「お前がさっき言ってた名前と、その顔。……本物なのか?」
「はい?」
予想の斜め上を行く内容に、快斗は露骨に顔をしかめた。
今まで話していたこととは何の関係もない。少なくとも線引き云々とは何ら繋がりがないだろう。
コナンの意図するところが分かりかね、快斗も同様に訊き返した。
「だったら何?」
「……訊いてんのはこっちだろ?」
苦笑いするコナンに対し、快斗は呆れた様子で返す。
「人の質問に質問で最初に返してきたのは、どなただとお思いで?」
事実を突かれて、コナンは押し黙る。
その反応に肩をすくめると、快斗は息を吐き出した。
「ま。偽名ってのは、そうそう簡単に出て来るもんじゃねえと思うけど?」
少し間を置いてそう言うと、快斗はチラリとコナンを見る。
「ちゃんとした本名だよ。顔は変装するか正直ちょっと悩んだけど、本物。何なら引っ張るか?
わざわざ捜査役買って出てくれたんなら、多少の敬意は払うべきだろと思ってな。
ただ、それを信用するかはそっちに任せる」
「……良いのかよ? 顔バレした上で本当に本名なら、住所調べるのなんて――」
「へぇ。調べる気?」
突き詰めるようでもなく、快斗はただ愉快そうな口調で言う。
その言葉に、コナンは不満たっぷりな表情でそっぽを向いた。
「やるかよ。んな反則技みたいなこと」
「だろ? 色々悩みはしたけど、あそこで本名名乗ったのはそれが理由。
あの場で冗談めいてなら『この人がキッドです』って言えただろ?
それを子供が言ったところで、どうせ信用されないのがオチだし。
答えように迷っても言おうとしなかったし、俺に本名訊くどころか、偽名促すこともしなかった」
快斗は途中で言葉を切ると、面白そうにコナンを見た。
「それって無理に本名訊き出す気はなかったってことだろ?
だからさ、多少は話せば分かってくれるタイプなのかと思って、名乗ることにしたってわけ」
「……別にそこまで深く考えちゃいねーけど」
快斗の考察を聞きながら、コナンは苦笑いした。
「でも、オレは多分明確な線引きはしてないと思う」
「ほーう? 何でそう思う?」
「キッドはキッドだ。それは変わらない。現に、お前に対しての対応には変化ないはずだ。
ただ、唯一例外があるんであれば、キッドの正体に関することくらいだろ」
コナンは難しそうに眉を寄せて、快斗へ視線を投げる。
「確かに、今のお前が変装をしてないのか、言った名前が本名なのか。それはオレには分からない。
だが少なくとも、それに関して嘘を言ってるようには見えないし、
仮に全てが事実だとしても、それを悪用するつもりはない。さすがにそれは非道すぎる。
だからそれくらいなんじゃねーのか?オレがお前に対して変わる部分ってのはな」
「要は警察にすら話す気がないってわけ?」
「今の段階じゃ、そこまでする理由がないだろ。
特にお前の行動が『敬意を払うべき』って考えで動いたんなら尚更な」
「ホォ? でもそう言うのって、
良く言えば堅気で、悪く言えば手ぬるいんだよな」
「……ありがたみとか感じねーのかよ?」
不満げに顔をゆがめるコナンに、快斗は面白そうにニカッと笑った。
「そっちがオレに気を遣わないのと同等♪」
「――それで? 本業はどうなんですか?」
「本業?」
言われた言葉を怪訝そうに繰り返すと、コナンは視線で快斗を威圧する。
「バーロ。直接関係あるのはテメーの方じゃねーか。
確かに専門は専門だが、少しは何か自分で考えろよ。
暗号文の予告状出すくらいだったら、頭は結構切れんだろ?」
「だーかーらー。気付いてりゃ言ってるっつーの!
何も思いつかないから話振ったんじゃねーか」
快斗が面倒くさそうに返すと、コナンは難しそうに眉をひそめた。
「あのなぁ。言っとくが、こっちも全部分かったわけじゃねーよ。
第一、被害者の残したダイイング・メッセージの意味が分からねーと、
犯人の検討だってつかねーんだから」
「……ああ、パソコンのキーボード三つに血が付いてたやつ?
何だっけ? 『1、2、4』か『ぬ、ふ、う』の確定が必要か?」
「いや、中黒を忘れてるよ。『1、2、4』か『ぬ、ふ、う』だけなら
キーボードへ血を付けるだけで良いはずさ。
それをわざわざ、ディスプレイ上に中黒を表示させてんだ。
三つのキーボード以上に重要なキーワードだと思うけどな」
「中黒ねぇ……。箇条書きの印だったり、単語単語の区切りとか?」
「んなもんリストアップしたり、区切ったりして何になるんだよ?」
「へぇー。また批判? ――ならお聞かせ願えますか? 探偵君。
もっと他のまともな提案内容でも?」
呆れたように言ったコナンに対し、快斗も負けじと言い返す。
しかし、それへの返答はなく、コナンはバツが悪そうにそっぽを向いた。
「ホレ。見てみろ。そっちだってそれ以外ねーんじゃん」
「確かにそうだけどな……。でも可能性を考えるくらいは出来るだろ」
「可能性?」
「ああ。例えば、普段から中黒を何かの略に使っていたとか、
サインみたいなものだったとか。犯人が見てすぐ分かったんじゃ意味ねーだろ?
それなら、他人はすぐ気付かない何か別の意味があるんじゃねーか?」
「別な意味ねぇ。でも、それこそ本人の慣習とか癖とか知ってりゃ
ある程度予測はつくだろ。ましてや家族ならそんなこと気付きそうなもんだけど?」
「まあな。それにこの家の人達に話聞いた時、独特な癖なんてなかったって言うし、
そうなると慣習の線だろ? ……でも慣習っつっても誰も何も――」
難しげに眉を寄せて話していたコナンの言葉が不意に止まる。
何か気付いたのかと、快斗が声をかけるより早く、不敵に笑ったコナンと目が合った。
「……何?」
「――今回の件。どうやらテメーの勝ちみたいだな」
「……何の勝負?」
「お前の殺人犯疑惑さ。まあ、刑務所行きは次ってとこか。残念だな」
企みを含んだその言い方に、快斗も相手を蔑んだ様子で返す。
「残念も何も。探偵君の言う『次』は永遠に来ないと思いますがね。
それにそういう言葉は、一回でも捕まえた場合に言うのが正しいのでは?」
皮肉に加えて、トゲのある口調でやり返した後、快斗は澄まして付け加えた。
「でもそう言ったってことは、中黒の意味が分かったってこと?」
「分かったっていうか、思い出したに近いだろうな。
慣習や癖とはちょっと違うけど、大学の講師してたんなら、
自然と身についてたはずさ。テメーも高校生なら習ってんじゃねーか?」
その抽象的な答えに、快斗は不思議そうに首を傾げた。
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2007年度修正内容。原案の5章と6章をまとめてしまいました、らしいです。
快斗に渡したメモ書きに集約された2章分の内容。……まとめられる内容なのもどうなんだ。
なので、それ以降の話(終盤の中黒シーン以外)は完全なる新規シーン。
文字数調整のシーン追加はこの部分に手を入れてます。
素顔云々は今回の編集で2章冒頭を少し変えてるので、追加した設定。
3章が快斗としてのコナンへの認識だとすれば、5章は快斗に対するコナンへの認識。
正体以外は基本的に変わらない、というスタンスなイメージをそのまま書いた。
因みにダイイング・メッセージの解法。――ややこしいです。
とにかく解読方法は、死にそうになってる人間がいちいちやるかよ。
というくらい、手間のかかるややこしい解読方法です。