殺人者 〜Epilogue〜


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 林野正輝氏殺害事件の真犯人が逮捕された翌日。
テレビと新聞各紙は、キッド犯人説が誤報だったことをこぞって取り上げた。
そのことで、警察へ批判の声が上がると同時に、キッド支持派が復活。
一般人だけでなく、マスコミすらもがキッドを評価する報道を流す。
――掌返しとはよく言ったものだ。

 それから一週間ほどが経った今日。
犯人発覚後、初めてのキッドの犯行日ということで、予告場所に集まったマスコミと観客。
普段から決して少なくはないが、それでもやはり今日の人の多さは異常である。
警察もスピーカーを通じて規制をかけるが、何の効果も示さない。
下手をすれば本気で押しつぶされそうなその状態に、コナンは腕時計で時間を確認した。

(……犯行予定時間まで、十分弱か)

 しばらくその場で何かを考えていたコナンだったが、何か決心したように来た道を戻り始めた。
人混みをかき分けて、何とか宝石展示室から廊下に出ると、そのまま建物の外へと出る。
その後で、周囲の警備員の目を盗みつつ、非常階段を駆け上がった。
屋上まで辿り着いてから、再度時間を確認する。――そろそろ犯行予定時刻だ。

(まあ、どうせここから逃げるだろ)

 今回だけは最初から捕まえる気はなかった。
ただ、先の事件の件で少し話したいことがあったために、犯行現場までやって来たのだ。
とは言え、あれだけすし詰め状態の現場では、逃げるキッドを追うことも無理なら、
キッドが出て来た時点で、身動きすらままならないだろう。

 その分逃走経路の途中で待っていれば、おのずと顔は合わせる。
それならばと、現場にいることは諦めて屋上まで移動した。
屋上から地上を見ると、展示室へ入り切れなかったらしい観客が、いつものように歓声を上げている。
殺人の容疑が晴れた後の初めての犯行だ。そうなるのも全く理解できないではない。

(……とは言え、犯罪者相手に歓声上げるのも、それはそれでどうなんだ?)

 殺人犯でなくても、泥棒には違いない。
何がどう違うのか――。もはや今更な疑問だが、コナンはその状態に苦笑いする。
そんな時、建物から誰か一人が出て来たと思うと、外にいた観客が一斉に声を上げた。
どうやら盗みを成功させたらしい。より勢いを増したキッドコールに、コナンは後ろを振り向いた。
ほぼその動きと同じタイミングで、屋上に通じる扉が開く。

「よう、キッド」

 屋上に来た途端に言われた言葉に、キッドは驚いたように前を見る。

「……お前ここに来てたのか」

「少し前にな。どうせあそこにいたって動けねーだろ」

 呆れた様子で言うコナンを、キッドは面白そうに笑った。

「いつもいつもご苦労様で。――普通なら、子供は寝ている時間なのですが?」

「そう思うんなら、予告時間早めろよ」

 疎ましそうに答えるコナンに、キッドは両手でマントの端を持つと、マントを広げた。

「んー。でもな、闇夜に白の衣装だから映えてんだし。
 逃げも隠れもしませんよ、っていう自己主張にちょうど良いんでねーの?」

「……誰が昼間に出ろっつったんだよ?」

「人を幽霊みたいに言うのは止めていただけますか?」

 しかめっ面で言うキッドを、コナンはしばらく真顔で見た。

「……白い衣装だしちょうど良いんじゃねーのか?」

「そういう問題じゃねーよ! つーか、ちょうど良いって何ですか!?」

 目をむいてキッドは即座に言葉を返すが、コナンは素知らぬ顔で答える。

「民話に出てくる幽霊は、大体白装束着てんだろ」

「だから誰が好き好んで、死に装束着て予告場所に来るんだよ!」



 それからしばらく、押し問答を繰り返した後、話は殺人事件の話題に移った。

「そう言えば、お前。何で捜査役を買って出たんだよ?
 どうせそっちはオレを警察に引き渡したいんだろ?
 あのまま、オレが警察に捕まったって同じじゃねーか?」

 そう訊かれて、コナンは最初不思議そうな様子でキッドを見たが、
それもすぐに意味ありげな笑みに変わった。

「あ、そう。捕まりてーんなら、今すぐにでも警察に突き出してやろうか?」

「ホッホォー? そういうセリフは、
 探偵君が私を捕まえてから言うものなんじゃないのかな?」

 やり返すキッドにコナンは少し不満そうに顔をゆがめる。

「……それが借り一つ作ってる相手に言うセリフか?」

「借り一つって。――こっちが無実証明してくれって頼んだかよ!?」

「でもオレの提案呑んだのはそっちだろ?」

 そう言われ、キッドは返す言葉に詰まる。――事実は事実。反論のしようもない。

「……まあ、でも、ありがたいのはありがたかったけどな」

 キッドは思い出すようにそう言う。

「世間じゃ正体バレてねーから、それこそ探偵と偽って
 本宅に乗り込んで捜査、ってのも可能だろうけど、そっちの方面はさっぱり分かんねーし。
 分かったところで、犯人を警察に突き出すってのも、なーんか違う気もしてたから」

「ああ、そう言えばあの時に頼んだよな、オメー。
 刑が軽くなる可能性があるのなら自首勧めてくれ、っていうのと、
 キッドの名を騙った理由を訊いてくれ、っていう二つ」

「そ。……人殺すなんて場合によるけど、改心出来そうなら
 そういう配慮は多い方が良いと思ったし。ただ――」

 言葉をそこで止めると、キッドは虚空を見上げる。
その時の表情の端々に、何処か物悲しさも浮かべながら――。

「殺されたって知った家族なんて、どれだけ辛いかって思うけどな。
 ――やっぱオレには合わねーよ。探偵なんてのは」

「……哀愁漂わせてるオメーも似合わねーよ」

 しんみりして呟くキッドに、コナンは苦笑いしながら感想を述べる。
キッドは、その言葉に不思議そうな顔をしてから、面白そうに笑い出す。

「それはそれは。お気遣いどうも。
 皮肉なお言葉。ありがたくいただいておきましょうか」

「何だよ?『皮肉なお言葉』ってのは」

「ハハ。そのまんま♪」

 ケラケラと陽気な態度でいるキッドに、コナンは深くため息をつく。

「なあ。頼むからそれ止めてくれねーか?調子が狂って仕方ねーんだよ」

「『それ』って?」

「その態度だろ?普段は気取ってるくせに、
 今のオメー、気が抜けるくらいテンション高いじゃねーか」

「多面性見れてお得感だろ?」

「何がだよ……」

 直接訴えてみても一向に変わらないでいるキッドのノリに、
コナンは底知れぬ脱力感を抱いて、それ以上の言葉を続けるのを止めた。



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