殺人者 〜第二章:探偵と依頼人〜


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 詳しい事情を聴くにしても、夜にキッドの衣装ではどうやっても目立ってしまう。
特に、殺人容疑がかけられていれば尚更だ。さすがにそのままの状態で呑気に話は出来ない。
簡単に話し合った結果、犯行後、近くの公園で落ち合おうと決めて、一旦その場を離れた。
コナンは、ホテルの出入口周辺にいる警備員の動きに気を付けつつ、キッドと別れたその足で公園へと向かう。

 今回ばかりは、さすがに宝石の展示室に出向けない。
普段ならば、知り合いのよしみで現場に入れさせてもらえたり、
そもそも規制を張っておらず、多数のギャラリーに紛れることも可能だ。
ただ、恐らくホテルの出入口よりも厳重であろう展示室に、バレないように潜むのは無理だろう。

 もちろん、キッド自身の犯行のやりやすさも変わってくる。
今回は殺人容疑がかかっている。当然警察とすれば是が非でも捕まえたいと考えるのが普通だ。
とは言え、捕まった場合のことを一切話さなかったのは、お互いに多分大丈夫という思いがあるらしい。
コナンは公園へ着くと、入り口から少し離れたベンチへと腰を下ろして、今回の件を思い返す。

(……しかし、殺人か)

 仮にキッドが本当に犯人だとすれば、どうしても引っかかる点が一つある。
基本的にキッドには隙が無い。普段の犯行を見ててもそうだろう。犯行の手口は確かに巧妙なものが多い。

(まあ、それを認めるのも癪だけど……)

 だがそうだとすれば、どうして証拠を残すようなヘマをするのか。
――いや、明確な証拠が出ていなかったとしも、キッドの犯行を示す何らかの手かがりはあったはず。
犯行に関しては完璧主義者であろうキッドが、そのような見落としをするとは考えづらい。
誰かに目撃されたとしても、限りなくその可能性を減らす努力をするに違いない。

(……ホントにアイツが犯人なら、
 慣れない殺人でいつもの冷静さを欠いてたってくらい、不用意な行動が多すぎるぞ)



「おーい、探偵君!」

 コナンが公園へ着いて大体三十分程経った頃だろうか。
公園の出入口から、帽子をかぶった男がやって来た。
メガネでもかけてくるかと思ったが、パッと見は帽子をかぶっただけの青年だ。

「……素顔か、それ?」

 思わず訊ねるコナンの言葉に、キッドは小さく笑う。

「まさか。素顔だったらさすがにもう少し変装しますよ」

「……そりゃそうだよな」

 面白そうに言うキッドに、コナンは妙に納得した様子で呟いてから、そのまま言葉を続ける。

「それじゃあ本題だ。今回の事件だけど、俺が知ってるのは、テレビで流れた情報だけ。
 資産家である林野正輝さんが、自宅で血を流して倒れているのを、妻の貴美香さんが発見。
 病院に運ばれたが、まもなく林野氏は死亡。死因は腹部を刺されたことによる出血死」

 ここまで言うと、コナンはチラリとキッドを見た。

「そして、浮かび上がった容疑者が怪盗キッド。これ以外に何かあるか?」

「そうだな……それ以外の情報って言ったら……事件自体の詳細かな? 
 殺された正輝さんって人を最後に見たのも実は奥さん。
 風呂の準備を頼まれて、その準備が出来たから正輝さんを呼びに行ったものの、
 『仕事が終わったら行く』と返された。ただ、二〜三時間経っても部屋から出て来る気配がない。
 不思議に思った奥さんが、部屋へ入ってみれば血まみれで倒れてたらしい」

「……詳しいな」

 素直に驚いてみせるコナンに、キッドは苦笑いして肩をすくめた。

「そりゃーな。自分に殺人容疑かけられるんだぜ? 調べたくもなるだろ」

「でも、容疑かけられたのは晩の九時頃だろ? そこから調べたにしちゃ詳しすぎねーか?」

「まあ色々と調べる手立てはあるんですよ」

 意味ありげな顔でキッドはコナンを見るが、コナンは不審げに眉を寄せた。

「確かに盗聴とか得意そうだからな、お前」

「それもあるが、こっちはこっちでコネがあったりなかったり」

「……盗聴の件は否定しねーのかよ」

 心持ち楽しげに言われて、コナンは呆れた視線をキッドに投げるが、すぐに顔を曇らせる。

「でも気になるな。今のその話だけじゃ、オメーに容疑かけられる理由が――」

「そう。問題はそれ」

「はぁ?」

 怪訝そうな視線を送るコナンに、キッドは企み顔で返した。

「その犯行が起こる前、その屋敷に届いてんだよ。――キッドの予告状が」

「え……? でもそんな情報知らねーぞ?」

「だろうな。俺も知らなかったぐらいだから」

「……どういうことだよ?」

 平然と言われた言葉に、コナンは困惑した様子で顔をしかめる。

「だからホラ、要は偽予告状を誰かが仕立て上げたってことですよ。
 内輪だけで処理した、って感じだったからマスコミにも知られていない。
 その偽予告状が送られたって件は、犯行前に人伝に聞いてな。
 で、俺はその偽予告状の犯人暴いてやろうと、現場に出向いた結果がこれってわけ」

「……それで説明してるつもりか?」

「結果って大事だろ?」

「今の場合大事なのはその過程じゃねーか」

 面白そうにニッと笑うキッドに、コナンは呆れ返ってため息をつく。
そんな探偵はさておいて、キッドは無言で空を仰いだ。

「この事件が起こったのが昨日の未明。まあ、そろそろ丸二日になるってわけだけど。
 出した覚えのない予告状が警部に届いたって知ったのが事件が起こる前日。
 要するに今から約三日前。勝手に人の名を語られてるのも嫌だろ? 
 だから、予告状の日時と時間を聞いた上で、指定どおりの時間に出向いてやったんだよ。
 差出人見つけて、あわよくば一泡吹かせてやろうと思ってな」

「じゃあ、家の住人や、周辺の人に目撃されたのはその時か?」

「いや?」

 訊かれて、キッドの方も不思議そうに首をひねる。

「俺は目撃された覚えはねーから、いつの時点で、ってのは実はさっぱり」

「え……? じゃあ何なんだよ? 警察がオメーを容疑者に挙げたのは」

「そういうのはさ、容疑者当人でなくて、挙げた本人に訊いてくれません?」

 難しそうな表情で訊ねたコナンに、キッドは苦笑いして答えた。

「まあ、目撃されたかな? と思ったときはあったけどな。
 女性の悲鳴が聞こえた時だったんだけど、あれだ。
 被害者の男性が血まみれで倒れてるのを見つけた奥さんの悲鳴。
 悲鳴聞いた後、一つの部屋にやたらと人が集まってるもんだから、
 気になって覗いてみれば、男性が一人倒れてたって感じだな」

 その時を思い出すように、少し上向きになりつつ言ってから肩をすくめる。

「でも、もし事件なら警察も来る。
 となれば、こんな所にキッドがいたら、殺人犯にされかねーだろ? だから慌てて帰ったんだよ。
 だけど、結局予告状の差出人も分からなかった上、
 結果的には殺人の容疑かけられてる、ってんだから皮肉な話さ」

 情けなさそうにため息をつくキッドを、見ているのかいないのか。
コナンは、それに対しての反応は返さない。ただひたすらに、考え込むように黙り込んだ。

「……妙だな」

「何が?」

 間を置かれて呟かれた言葉に、逆にキッドが顔をしかめた。

「ホラ。テメーの話が完全に事実だと仮定して考えた場合、目撃者はいないわけだろ? 
 まあ、それが勘違いだとして、何人かの目撃証言があったとする。
 たとえそうだとしても、ニュースで流すってことは、容疑は濃いってこと。
 さすがに届いてた予告状だけじゃ、殺人の決め手にはならない。『キッド=殺人犯』を示す証拠はあるはずだ。
 でも話聞いてる限りじゃ、そんな証拠は一つもなさそうじゃねーか?」

「だから八方塞がりなんだろうが。言っとくが、嘘は言ってねーぞ?」

「ああ。協力してやるって言ったからには、テメーの容疑は抜きにしても
 言った言葉に関しては疑わねーつもりだけど。
 ただ、オメーの目からは証拠になるようなものがなかったってことは、
 『キッド』を示す何かが現場に残されてる可能性も考えられる。
 それに加えて、当日来ると記された予告状のこともふまえれば分からなくもねーが」

「でもよ、目撃証言が結構あったっていうんなら――」

「……オメー、俺に自分の意見信用してほしいのかほしくないのかどっちだよ?」

 思いついたように言うキッドに、コナンは怪訝そうに言った。



「どの道、実際に行ってみるしかねーだろうな。
 オメーの容疑が事実か冤罪か。判断するにしたって現場見てみねーと」

「いや、ちょっと待てよ!こっちは最初から冤罪だって――」

 不満げに抗議するキッドだが、コナンは冷たくキッドを睨んだ。

「言っただろ? テメーが犯人だっていう証拠が出ればそのまま警察に引き渡すって。
 協力するからって、それが冤罪だって信じたわけじゃない。
 ただ、知り合いのよしみで、万一冤罪の場合を考えて手伝ってやろうってだけだよ」

「……かってー頭」

「あん?」

「いえいえ、何も」

 澄まして答えるキッドを、コナンは不満げに睨む。

「言うのは勝手だけどな。わざわざ手伝ってやろうっつってる人間によく言えるよな」

「そうか?」

 キッドは謝る様子も見せず、平然とした様子でコナンを見た。

「目に見えて感謝した方が良い、っつーんなら、しないでもねーけど。
 でも、むしろ素直に『ありがとうございます!』『恩に着ます!』
 『お礼に何かしてさしあげましょう!何が良いですか?』
 とか、言い出すほうが普段とのギャップがありすぎて嫌じゃねーか?」

 屈託無く言われた言葉に、コナンはキッドを怪訝そうに眺めてから、無言で視線を逸らした。

「……一理あるな。確かに気持ち悪くてしょうがねーよ」

 そう言って苦笑いするコナンをキッドは愉快そうに笑う。

「ハハ。だろ? こっちはむしろ気を遣っていつも通りに行動してんだぜ?」

「いつも通りって、ただお気楽でいるだけだろうが」

「まあ、そうとも言うけど、いつも通りなことには違いないだろ?」

 ケラケラと言うキッドに、何を言っても無駄だと判断したのか、
コナンは、一気に疲れたように深いため息を一度ついた。

「――ところでお前、この連休中、何か予定は?」

「別に? だから丁度良いやと思って、無実でも証明してやろうかなーと」

「なら……そうだな。明日朝十時。ここで合流して現場へ出向くとするか」

「――ゲッ!俺も行くのかよ?」

 嫌そうに顔をしかめる快斗を、コナンは不満そうに見た。

「誰のためだよ?」

「そりゃー……。――分かりましたよ」

 言いかけた言葉を呑み込んで、諦めたように肩をすくめた。

「でも、そっちの方の用事はねーのかよ?」

「え? ああ、確か何も――」

 途中で言葉を詰まらせて、記憶を探った。
――そう。明日からは蘭や小五郎と二泊三日の旅行が入っている。



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