殺人者 〜第三章:二度目の邂逅〜


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 キッドへ捜査に繰り出そうと提案したのは構わない。
ただキッドに捜査の件を買って出ようとした時点で、次の予定のことは考えていなかった。
当然連休中の旅行は事前に決まっていたものだ。それをズラすことは不可能だろう。
その場で七面相状態で考え込むコナンに、そこまで急がないとキッドは言うが、
この連休が終われば授業が再開する。ましてや一人で長時間出かけるのも、そう簡単に許すとは思えない。

 逆に言えば、小五郎達が旅行に行ってる間であれば、気兼ねなく動けるのも事実。
コナンはしばらく唸りながら考え抜くと、覚悟を決めた。

『――ええっ? ダメになった!?』

 帰宅が遅くなったのと、旅行をキャンセルする後ろめたさで、探偵事務所にはどうにも帰りづらい。
その旨を伝えた上で、一晩だけ阿笠邸へ泊らせてもらうことにした。
――その翌日。コナンは阿笠邸から探偵事務所へと電話をかけるが、上がるのは当然のように不満の声。
それでも、言い訳なく弁解するばかりのコナンに最後は蘭の方が折れた。

 十分程度の問答がようやく終わると、コナンは疲れ果てた様子でため息をつく。
その後で受話器を元に戻してから、ソファまで歩くと、勢いよくソファに腰を落とす。
そこでもまた、ため息をつくコナンにコーヒーを渡しながら、面白そうに笑った。

「お疲れ様。予想以上だったみたいね」

「ああ。……まあ、当日だから余計なんだろうな」

 コナンは受け取ったコーヒーを一口飲むと、目の前のテーブルに置いた。
哀はその向かいのソファまで移動して、そこへ腰掛ける。

「それで? あなたが行くはずだった分の穴埋めは誰かが行くの?」

「蘭の母さんを誘えれば誘うってよ。無理なら園子だそうだ」

「そう。……まあ、旅行から帰ってきたら、ある程度は覚悟しておいた方が良いんじゃない?」

 意味ありげに微笑む哀を、コナンは不服そうに睨む。

「オメー、絶対面白がってるだろ」

「さあ、どうかしら?」

 哀は嫌味ったらしく笑ってから、コーヒーを口に含む。

「でも工藤君。昨日の夜中、急に訪ねて来たのにも驚いたけど、
 今回、旅行をキャンセルしてまで入れた用事って何なの?」

「ああ、それか」

 哀の質問に、コナンはテーブルに畳んで置いてあった今日の朝刊を手に取った。
そのまま新聞を広げると、新聞の一面を哀へと見せる。

「こいつだよ」

「『――ついにキッドが殺人か!警察は全力でキッドを捜す』
 ……何? わざわざこの捜査に加わりたいがために、キャンセルしたってこと?」

 呆れた様子で見る哀に、コナンは苦笑いして首を振った。

「似てるけどちょっと違うな」

「じゃあ何よ?」

「報道が事実だと判明すればそこで終了。そのまま警察へ引き渡す。
 事実だっていう証拠が見つからなければ真犯人を挙げてやる。
 っていう条件で事件の捜査をしてやろうか? って本人に提案したんだよ。今日はその捜査」

 コナンの言葉に、哀は意外そうにコナンを見つめてからクスリと笑う。

「良かったわね」

「何がだよ?」

「予報に反せず、快晴で」



 ――公園の時計の針が九時五十分を示す頃、コナンは公園へ着いた。
辺りを見渡して、キッドが来ているかどうかを確かめかけて動きが止まる。

(……ちょっと待て。向こうが俺を見つけるのは簡単だけど、
 こっちが見つけるのって、よく考えれば無理だよな? 
 まさか真昼間からあの目立つ衣装着てるわけねーし。
 昨日と同じ格好で来りゃ話は別だろうけど、いちいち変装覚えてるもんか……?)

 名前を呼んで捜すにしても、堂々と言ってしまえば大騒ぎになる。
などと考えて、なかなか妙案が見つからず公園出入り口で唸るばかり。
もうまもなく十時になろうかという頃、公園の中心にある広場がわいた。
何事かと好奇心半分で、中心部まで歩いていくと、見えてきたのは人だかり。

 一体何を。ともう少し近付くと発信源が分かった。
近付いたと言っても、相手の顔が見えるか見えないか程度の距離だが、
そこから見るに、どうやらパフォーマーらしき人物が何かをやっているらしい。
しかし、かと言ってジャグリングのようなものをしている様子はない。
人だかりの中心人物の周りに舞っているのは、目を凝らしてみれば白い鳩。

(ああ……マジシャンか)

 人だかり+白い鳩=マジシャン。
という方程式が無意識に成り立っているのも奇妙な話だが、
とりあえず、人の集まる近くにいれば、勝手に向こうが見つけるだろうと、
傍の木にもたれかかり、そのままぼんやりとそのマジシャンを眺める。
自分から相手を見つけるのが確実に不可能なら、相手が気付くのを待つ他ない。

(……そう言や、あの野郎も一応マジシャンでもあるんだったよな。
 警察の警備翻弄する辺りは手際が良いんだろうけど、それだけな気もするが――)

 ポンポンとリズミカルに、次から次へと物を出しては消し、出しては消しの繰り返しだが、
観衆のリクエストに時折答えているのか、反応が実に良い。
あんなの見てて楽しいのかね、などと思いながら適当に視線を走らせていると、
サービス精神旺盛なマジシャンと不意に目線がかち合った。

 マジシャンの方はすぐに視線を逸らしたが、その一瞬コナンに見せた悪戯な笑みが、どうにも気になった。
そのままマジシャンを見ていると、近くの観衆の方を見ながらゆっくり片手を挙げて、勢い良く指を鳴らす。
その途端に本人がその場からいなくなったと思うと、コナンの周りで予告なしに大量の鳩が舞った。

「――おわっ!!」

 突然のことに思わず叫びながら、慌てて身構えた。
その状態を見てのことか、頭上から愉快そうな声が聞こえだす。

「へぇ? 仕掛けりゃ、それなりの反応はしてくれんだな」

「え?」

 コナンが驚いて上を見上げようとするより早く、頭上から再度誰かが喋る。

「どうせ見るならもっと近くに来りゃいいってのに」

「は?」

 明らかに、自分へ話しかけているのは分かる。
だが、見上げた先にいる人物と知り合いでもなければ、見覚えもない。
ただ分かるのは、ついさっきまで広場の中央にいたマジシャンが、何故か自分のいる木の上に移動していることだけ。
しかめっ面でいるコナンを面白そうに見るマジシャンは、コナンを無視して話を続ける。

「ハハ。やっぱ分かんねーかな。分かりやすく、あえてマジックショーとかやって、
 捜しやすいように目立ってみたんだけど。でも他っつっても証明出来そうなもんねーからな。
 ――ああ、そうか。じゃあ、これならどうよ?」

 一人で言っては納得したように呟くと、どこから出したのか、トランプを一枚取り出して二本の指で挟んだ。
その直後、コナンに向けてそのトランプを投げつける。肩に当たったそれが地面へと落ちる。
怪訝そうな表情でトランプを拾い上げるコナンを確認すると、木の上から慣れたように地へ下り立った。
マジシャンの、その動きを一瞥してから、コナンは拾い上げたトランプを裏返す。

(……え?)

 そこにあったのはトランプの数字ではない。――キッドマークだ。
一瞬は驚いたように目を見開くが、すぐに眉を寄せて不思議そうに首を傾げる。
しばらく何か考える様子で、渡されたトランプを見つめるが、その内に顔を上げた。

「…………からかってるの?」

「はい……?」

 しかめっ面で言われた言葉に、マジシャンは目を点にしてコナンを見返す。
一方のコナンは、不審者でも見るような視線をマジシャンに向けた。

「……いや、ちょっと待て。お前、ホントに気付いてないの?」

 今にも大声を出すか、警察に連絡でもされそうな雰囲気に、マジシャンは慌てたように言う。
だが、それでもコナンの反応が変わらないどころか、目つきが厳しいものになっている。

「名前名乗ったら?」

「え?」

「普通初対面の人間に一方的に話さないでしょ。しかもそんなにベラベラと。
 だとしたら人違いって可能性もあるんじゃないの?」

 コナンの言葉を聞いて、マジシャンは驚いた様子でコナンを見た。

「おい……。お前、本気で言ってんのか?」

「何が?」

 逆に意外な質問が返ってきて、コナンは不思議そうに目を瞬いた。
明らかに嘘ではないその反応を見て、マジシャンは疲れたようにため息をつく。

「おいおい。勘弁してくれよ、名探偵。
 しょっちゅう近い距離で公園の利用客通るってのに、
 ここで慣れてる方の名前で、今更自己紹介するのはちょっと無――」

「え!? ちょっと待て!お前まさか本物のキッ――!」

 最後まで言う前に、マジシャンの方に片手で勢い良く口を塞がれる。

「待った!それ以上言うんなら、頼むから小声で言ってくれ」

 思わず大声で叫びかけたコナンに、慌ててそう頼むと、口を塞いだ片手を外す。

「なぁ。今まで、色々ヒント出してやったのに、分からないで、
 今いきなり気付いたのって何でだよ?」

「ああ……。俺に対しての呼び方かな。
 『名探偵』とか『探偵君』ってのはオメー位しか呼ばねーし」

「……じゃあ何か? こっちが『これだけやりゃ分かるだろ』
 と思ってやってた行動は無意味ってわけですか?」

 不満げに睨まれて、コナンは困った様子で眉を寄せる。

「いや、無意味っていうか、逆に混乱したんだよ。
 キッドの時のオメーは、どっちかって言うとクールな方だろ? 
 それがあんなひょうきんな行動見せられちゃ、本人とかけ離れてるって思うじゃねーか。
 確かにキッドマークの書かれたトランプ見た時は、ちょっとは疑ったけど、
 どうもそれ以前の行動がイメージになくてな。まさかこいつじゃないだろうって」

「あれ? ひょうきんな行動なんて取ってたっけ? ――あ。悪ィ。ちょっと待ってて」

 呟くように言った後、広場に目をやって急いでそこへ駆けて行く。
今までのマジシャンは何処へ行ったんだと、どうやら観客が騒ぎ出したらしい。
それの対処と、最後に一つだけ手品をやってみせている。
それをまた、先程と同様に遠めに眺めながら、コナンは首を傾げた。

(それが、ひょうきんな行動なんだけどな)



「――悪い悪い。あそこまで反響あると思わなくてさ」

「いや、良いけど。それよりオメー、性格変わりすぎじゃねーか?」

 しかめっ面で言われて、快斗は面白そうに笑う。

「そりゃーな。一応、あっちは一種の『仕事』であって遊びじゃない。
 でも今はただの日常生活なんだし、普通でいるのが当然かと思いますが?」

「ここまで行きゃ、ある意味二重人格だろ」

「ふーん……。あ、そうそう。俺の知り合いに似た奴がいるぜ? 
 事情知らねー大人には、めいいっぱい子供ぶってる少年探偵が」

「ケンカ売ってんのか?」

 愉快そうに皮肉を言われて、コナンは忌々しそうに快斗を睨んだ。
それに対して、キッドはわざとらしくおどけてみせる。

「まさか。この姿の時くらい、争いはなしだろ」

「じゃあ何なんだよ?」

「反応楽しんでるだけ♪」

 悪ぶることなく言う快斗に、コナンは怒りと脱力感を覚えた。

「……なあ。ここで伸して警察連れてって良いか?」

「それって契約違反って言うんじゃねーの? 
 俺が殺人犯だっつー、明確な証拠が出たところで引渡しなんだろ?」

 ピシャリと正論を言われて、コナンは答える言葉を無くす。
黙り込んだコナンの理由に、大体の見当がついたのか快斗はさらに続けた。

「――負け越し探偵」

「うるせーよ!」



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