偶然にご対面 〜第二章:ハチアワセ〜


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「でもその事件、探偵呼ぶってことは他殺なのか?」

「いや。その探偵のファンが、そこの家族にいてな? 
 警察を呼ぶ代わりに、ダメ元で捜査を頼んでみたら、あっさり了承したんだと。
 で、その翌日に家に来てくれたらしいんだが、少し現場を見ただけで『殺人だ』って断言したとか」

「ふーん……」

 コナンは気のない返事を返してから、不思議そうに快斗を見た。

「で? 何でオメーがその事件をオレに依頼すんだよ?」

「ああ、それ?」

 コナンに言われると、快斗はコナンを見て、意味ありげに笑ってみせる。

「――三次被害♪」

「はぁ?」

 楽しげに言われた言葉だったが、その意味が全く分からずコナンは眉間に皺を寄せた。

「事件が起こった家の人間は、最初は自分の知り合いに探偵役を頼んだんだよ。
 でもまあ、警察でも探偵でもないその人に解けるわけもねーだろ? 
 さすがに無理だって返事をしたら、その探偵って人に頼むことにしたらしい」

「でもそれじゃあ、別にもう一人探偵役なんていらねーだろ」

「何でも、それでも心配だったらしいぜ? 
 それで誰か適任者がいないかって訊かれた知り合いが挙げた人物が、オレの父親と親しい人で、
 俺もガキの頃から知ってて、保護者みたいな人でな。
 でもその人も殺人はちょっと……って感じで、巡り巡ってオレに来たってわけ」

「……それでオレを呼び出したってわけかよ?」

 面倒くさそうなため息と共に言うコナンに、快斗は陽気に笑った。

「そういうこと。――オレよりそっちの方が専門家だろ?」

「確かにそうだが……。でもオメー、それ以上に癪じゃなかったのかよ?」

「何が?」

「この前の冤罪疑惑だってそうだろ? これでオレが引き受けたら、貸し二つだぜ?」

 不思議そうに言うコナンの言葉に、快斗は徐々に表情を曇らせる。

「……そういうこと言う?」

「そういうって……。普通そうだろうが!
 テメーに関しては、慈善事業で探偵やってんじゃねーんだよ!」

 煙たそうに言った快斗に、コナンは眉をひそめて反論する。
その態度に、快斗はため息をつくと共に、嘆くように首を左右に振った。

「そこそこに理解良い探偵だと思ったオレがバカだったな。
 ――所詮、融通の利かない嫌味で陰険な探偵ってわけね」

「人のこと言える立場かよ?」

「さぁな。でもまあ、そっちよりノリ良い愛らしさがあるから大丈夫♪」

「……言ってろ」

 ふざけた快斗の態度に、コナンは言い知れぬ脱力感を感じてため息をついた。



「――それで? オレの話の方はどうなわけよ?」

 一向に、依頼を受けるとも受けないとも言い出さないコナンに、快斗は答えを促した。

「『どう?』って、別に?」

 快斗から訊かれた言葉に、コナンは不思議そうな表情で言う。

「貸しが一つ増えることに抵抗感じねーんなら、オレは構わねーぜ?」

「貸し――! まだ言う気かよ!?」

 澄まして言われた答えに、快斗は思わず身を乗り出して不平を唱える。
その反応を見て、コナンは呆れた視線を快斗へ向けた。

「依頼料取ったりしねーんだから、まだマシじゃねーか」

「マシだぁ? 普通、知り合いから金取るかってーの!」

「親しけりゃな。むしろオメーの場合、敵対する知り合いだろうが」

「この姿の時くらい、割り切れねーのかよ!」

「そんなに手ぬるい人間だと思うってのか?」

「…………いや、ねーな」

「なら諦めな」

 急に現実的なことを言われ、苦笑いして答えた快斗に、コナンは淡々と言う。
その様子に、快斗は残っていたコーヒーを全て飲み切ると、勢いよくカップをテーブルの上へ置いた。

「あーっ! くそ! 分かったよ! 貸しでも何でも付けたきゃ付けろよ!」

「あっそう。ならついでに宜しくな」

 コナンはそう言うと、快斗の方へ細長い紙を置いた。
快斗がそれを見るより早く、コナンは座っていたソファから腰を上げる。
そのまま出口の方へ向かって行くコナンを不思議そうに見てから、白紙の紙を手に取った。

「――げっ!」

 見た瞬間、嫌そうな声を上げたその中身は伝票。

「おいっ!名探偵!依頼料取らねーとか言ってただろーが!」

 レジ近くまで歩いていたコナンに、快斗は座席から怒鳴る。
その声にコナンが快斗の方を振り向くと、わざとらしくにっこりと笑った。

「僕、子供だよ? お金なんて持ってるわけないじゃない?」

「…………」

 わざとらしいほどの無邪気な声で言われた言葉に、快斗は無言で眉を上げた。
だが、実際問題、見た目が子供のコナンに代金を払わせることも無理な話だ。
快斗は不満げにコナンを睨んでから、仕方なく二人分を精算した。

「……都合良い時だけ、ガキの利点使いやがって」

 喫茶店を出た瞬間、快斗はコナンを睨んで文句を口にする。

「コーヒーなんて三百円もしねーだろうが」

「だったら自分で払えっての!」



 その後、二人は人伝に依頼されたという殺人事件の現場へと向かった。
電車で揺られること三十分程。そこから徒歩で十分程歩いた先が事件現場の家だ。
快斗がインターホンを鳴らすと、しばらくしてからインターホン越しに声が聞こえた。

「――はい?」

「突然すみません、実は知り合いに頼まれて……」

 快斗が全ての用件を言う前に、相手がそれを引き取った。

「ああ。黒羽君っていう人かい?」

「へ? ――あ、はい……そうですけど」

「話は聞いてるよ。――ちょっと待っててくれ」

 そう言ってから間もなく、二十代と見られる男性が出てくると、快斗を中へと招き入れる。
その際にコナンに気付いたようで、不思議そうにコナンを眺めた。

「あれ? 二人かい? 話では一人だって聞いてたんだけど……」

「え? ああ、えーっと……」

 言われて快斗は初めて気づいた様子で、男性から目を逸らした。
恐らくは、今日出向く予定と伝えたせいで、良かれと思って先方に連絡を入れたのだろう。
事前に連絡が行っていることなど想定外だった快斗は、コナンがいる理由がすぐに思い浮かばなかった。
いくらなんでも、見るからに小学生のコナンに事件の依頼をした、などと本当のことを言えば、相手が不審がる。
快斗が一人あたふたしているのを後ろから眺めていたコナンは、面倒臭そうにため息をついた。

「――僕の住んでる家がこのお兄ちゃんの隣なんだけど、僕のお父さんもお母さんも
 仕事で一週間ほど家に居ないから、このお兄ちゃんの家で預かってもらってるんだよ。
 それで、家に一人僕を残すわけにもいかない、って言うから、ついて来たんだ」

「ああ、そうなのか。何も無いけど、ゆっくりしていってくれたらいいよ」

「うん!ありがとう」

 それじゃあどうぞ、と促す男性に後ろをついて行きながら、二人は小声で言葉を交わした。

「悪い、助かった。……さすがに咄嗟の誤魔化しは慣れてるな」

「まあな。でもお前だってアドリブは得意な方だろ?」

「苦手じゃねーけど、テンパるとちょっと無理」

 意外そうに言うコナンに、快斗は苦笑いして答えた。



 二人を出迎えたのは、峰内裕輔というらしい。
裕輔は二人を中へと入れると、その足で事件現場である部屋へ連れて行った。

「この部屋が、事件現場のリビングだよ。――ちょっと待っててくれるかな」

 そう言うと裕輔は部屋の中へ入っていく。
小さな話し声が聞こえてくるところを見ると、既に捜査を始めているという探偵と話しているのだろう。

「――ああ、黒羽君。入って来てもらっても良いかい? どうせなら、一緒に捜査したいそうだから」

 リビングの奥から聞こえてきた言葉で、コナンと快斗は中へ入る。
だが、相手と顔を合わせる前に、リビングから出る形となった。
というのも、コナンがリビングを覗いた途端、何を思ったのか、無言で快斗の服を引っ張ると、
慌てた様子でリビングの外へと快斗を連れて出たのだ。

「おい……? 一体なんだって……」

 コナンのその動きに、訳が分からず訊くと、コナンはパチンと自分の顔の前に両手を合わせた。

「悪い!」

「は?」

「オレ、やっぱり止めとくよ」

 予想外の申し出に、快斗は思わず声を上げた。

「はぁっ!? ちょ、ちょっと待てよ! オレがわざわざオメーに頼んだのは――」

「大丈夫。いるのがアレなら多分問題ねーよ。……多分な」

 コナンは怯えたような呆れたような表情で言うと、そのまま逃げるように玄関へ向かう。

「ともかく! オレは帰るからあと頑張れよ! ――じゃあな!」

 そう言って、コナンは逃げるように玄関へと走って行く。
その尋常じゃないまでの反応に、快斗は慌ててその後を追った。

「お、おいっ!ちゃんと説明しろよ!」

 後を追ってくる快斗の言葉が聞こえていないわけがないのだが、
コナンは後ろを振り返ることもせず、一目散に玄関へと向かう。

(――っ冗談じゃねぇ!あんな状態で推理なんて出来るかよ!
 向こうはまだこっちには気付いてねーみたいだし、気付く前に逃げたら何とか――)

「おいっ! 前! 危っ――!」

「――おわっ!」

「――おっと!」

 後ろから追って来ていた快斗が警告の意を示したが、時既に遅し。
コナンは急に目の前に出て来た人物と正面衝突した。その反動で両者とも床へ尻もちをつく。

「……ったた」

 コナンの方から大人にぶつかったせいで、その反動はコナンの方が強かった。
強めに打ち付けたらしい腰をさするコナンに、ぶつかった相手は先に起き上がるとコナンに片手を差し出す。

「すまないね、ボウヤ。大丈夫かな?」

 コナンは、その人物に手を引っ張ってもらいながら立ち上がる。

「あ、いえ。こちらこそ、前見てなくて……」

 ごめんなさいと、コナンが顔を上げた瞬間、双方が同時に呟いた。

「あ……」

 お互いの顔を見た途端、二人は顔をきょとんとさせる。
その直後、騒ぎを駆けつけた裕輔と、その探偵がリビングから出てきた。

「どうかしたかい? 凄い音がしたけど……」

「それの前にも、何か走る音も聞こえてたみたいだし。何か……」

 その探偵がひょいと顔を横にして、驚いたように通路から出てきた人物を見る。

「あら!何だ!この騒がしさの原因は、あなただったの?」

「いや。大半はコイツさ」

 その人物は、笑いながらコナンをひょいと持ち上げた。
コナンはと言うと、前を見ようとせず常に顔を横向けにして、苦笑いしている。
その様子を見たその探偵は、両手を顔の前で組み、嬉しそうに声を上げた。

「あっらぁ♪ 新……じゃなくて、コナンちゃんっ♪ どうしたのよ?  またこんな所で」

「……そりゃ、こっちのセリフだよ」

 一気に疲れた表情をすると、目の前にいる自分の母親と、
襟元を引っ掴んで自分を持ち上げている父親を交互に見て、深いため息をついた。



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