偶然にご対面 〜第四章:事件の概要〜


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 コナンがここに来た理由は、じかに事件を解いてくれと頼まれたから。
しかしコナン自身に頼むということは、本来の姿を知っているのが前提にある。
ましてや、そんな会話をしていた後で、素直に『依頼人』だと言えば、言われた方は不思議がって当然だ。

 かなり頭の切れる大人であっても、普通は、高校生が子供になったなどと思いつくわけがない。
平次のような同業者ならともかくとして、どう見ても相手が普通の高校生にも関わらず、
コナンの正体が知られているのは、いささか疑問が残る。

 コナンの発言に唖然としている快斗をよそに、コナンはそれ以上の説明はせず、
そのまま何事もなかったかのように、リビングへと舞い戻る。
快斗は、不思議そうにコナンを目で追う優作たちと、リビングへ向かったコナンを交互に見るが、
二人への説明が出来るわけもなく、快斗は慌てた様子でコナンを追った。

「おい!名探偵!」

「何だよ?」

 しかめ面で振り返ったコナンに、快斗は不思議そうな顔をする。

「なあ。何でオレがお前の正体知ってるか、って説明しないわけ? 
 オメーの両親、あの『依頼人』の言葉だけ言われて、不思議そうな顔してたぜ?」

「約一名、何となく勘付きそうな人間がいるからな。
 っていうより、事情をそっくりそのまま話しても良いのかよ?」

 呆れたように訊かれて、快斗は言葉を詰まらせる。

「確かにそりゃー困るけど……。こっちに理由訊かれたら、なんて答えろっつーんだよ!?」

「いや、それはないな」

「え?」

 言い切るコナンを、快斗は怪訝そうに見つめる。

「こっちが必要以上に話そうとしない場合、それ以上の詮索はしてこない。特に父さんはな。
 母さんはちょっと微妙だけど、話せないって伝えれば納得はする。
 ……まあ、納得するだけで文句は言うだろうけどな」

「――あら失礼ね! 私だって理解あるわよ!」

 不服そうな声と共に、快斗の後ろから有希子がニョキッと顔を出す。

「ちょっと、新一? 私の印象悪くしたいわけ?」

「……事実じゃねーか」

 頬を膨らませて不平を唱える有希子を、コナンは呆れ見た。



 程なくして優作も合流し、コナンは二人から事件の詳細を聴いた。
二人の話によれば、殺されたのは家主の妻である峰内友江。死因は腹部を刺されたことによる出血死。
被害者に抵抗した跡が見られないことから、犯人は顔馴染み――家の住人の可能性が高いと見られる。
死亡推定時刻の午後九時から午後十時までの間に、アリバイのある人もいない。

 容疑者は、夫である貴也、長男の祐輔、長女の真衣子の合計三人。
死亡推定時刻はそれぞれ、貴也は自室で読書、祐輔は入浴中、真衣子は自室で音楽聴きながら課題をしていたという。
動機として考えられるのは、貴也の場合は浮気が友江にバレてしまい、離婚を迫られていたのだが、
その際に請求された慰謝料の金額に抗議するも譲らない友江を、次第に恨むようになっていたとか。

 祐輔は、大学卒業後の進路で巴さんともめたこと。
そのまま就職をしたかった祐輔とは違い、頑なに大学院進学を勧めた友江。
隠れて就職活動をしても、先方に断りの電話を入れたりと、就職の機会を潰され、結局祐輔は大学院へ進学。
かねてから、卒業後の進路は就職と決めていた祐輔にとっては、どうしても許せなかったらしい。

 一方の真衣子。幼い頃に受けた虐待のお陰で、友江を信用出来ないまま今に至る。
彼女が幼稚園児だったある日の真冬。雪が数センチ積もっている中、食事も与えられず、
外に十時間近く放り出されていたことがあり、ようやく家に入れてもらえても謝罪の言葉はなかった。
それどころか、「泣き止まないのが悪い、これはしつけだ」と取り合ってくれず、
当時から十年以上経った今も、忘れられない事実として許せずにいる、とのことだった。

「……なあ。祐輔さんは、死亡推定時刻に風呂へ行ってたんだろ? 
 だとしたら、部屋にいるどっちかが水の音とか聞いてんじゃねーのか?」

 経緯と容疑者の話を聴いてから、コナンは難しそうに顔をしかめて訊く。
それに対して、優作は無言で頷くと、腕を組んだ。

「それがな。それぞれの部屋と風呂場は結構離れていて、普段から音は聞こえないらしい。
 その時間内で聞こえた音と言えば、真衣子さんが聞いたという電話が鳴った音くらいだったそうだ」

「――あ! そうそう!」

 優作の言葉を聞いて、思い出したように有希子が両手を叩いた。

「新ちゃんたちが来る前、優作と別れて捜査してた時にね、真衣子さんと会ったのよ。
 その時、言い忘れてたって話を教えてくれたんだけど、
 真衣子さん午後十時過ぎに友江さんが電話で話してるのを聞いた、って言うのよ」

「え!?」

 有希子の言葉に、コナンと優作は同時に声を上げた。

「おい、有希子。オレはそんな話聞いてないぞ?」

「そりゃそうよ。優作、私が言おうと思ったらトイレに立つんだもん。
 その帰りがけに新ちゃんと会ったんでしょ?」

 コナンは傍の壁にもたれながら、顎に手を当てた。

「まあ、それはいいとして……。死亡推定時刻が午後九時〜十時までなんだろ? 
 それなら何で、午後十時過ぎに被害者が電話してる声が聞こえてくるんだ?」

「うーん……。あ、例えば真衣子さんが犯人だとして、
 犯行時刻にアリバイがないのを焦って、後から電話で話してた声が聞こえたって言ったとかは?」

「もし、真衣子さんに午後十時以降のアリバイがあるんなら、その可能性はなくはないが……」

 コナンはリビングにある電話に目をやる。

「本当に午後十時過ぎに電話がかかって来ていたのなら、電話に着信履歴が残ってるはずだし、
 受話器に友江さんの指紋も残っているはずだ。……その辺の調査はどうだ? 父さん」

「着信履歴は見ていないから何とも言えないが、受話器には残っているよ。友江さんの指紋がな」

「そうか……」

 呟くようにそう言うと、コナンは電話が置いてある場所まで歩いて行く。
着信履歴を見ようと、電話に手を伸ばすが、その動作が途中で止まった。

「…………」

 恨めしそうに電話機を睨むが、状況は変わらない。
その理由に気付いた三人の笑い声が後ろから聞こえてきて、コナンは不満そうに振り返った。

「おい……」

「背が足りないってのも切ないねぇ、ちびっこ探偵」

「――殴るぞ、テメー!」

 今にも噛みつかんばかりの態度は気にせずに、快斗はコナンの元まで歩いた。

「で? 何が見たいわけ?」

「……着信履歴」

 答えはするものの、ふてくされた様子で言う。
快斗はボタンを押しかけた手を止めると、コナンへ視線を移動させた。

「こういうのって手袋とかいるやつ?」

「……まさか持ってんのかよ?」

 怪訝そうに言うコナンに、快斗はニヤリと笑うと、小声で答えた。

「商売道具ですから」



 最新の着信履歴に残っていた内容は『12月18日/22:03/着信あり』、発信元は非通知だ。
最後に残っていた指紋が友江のものだと考えると、確かに午後十時以降に電話を取っているらしい。

「とりあえず、後は真衣子さんに訊いてみた方が良いだろうな。
 午後十時以降のアリバイがあるかどうか」

「ああ。それに容疑者三人に気になることも一つ出てきたし、
 それもついでに聞いたほうが良さそうだな」

「だろうね。この事は、アレがあってもなくても意味がない場合があるからな」

 何も言わないで、言いたいことが分かっているコナンと優作を有希子は顔をしかめながら交互に見る。

「ちょっと!何なのよ? 二人だけで分かっちゃって……」

「まあ、言わなくてもその内分かるさ。なぁ?」

「ああ。どうせ単純なことだしな」

 互いに顔を見合わせて、ニッと笑う二人を見て、有希子は一人不満そうな顔で二人を睨んだ。

「それでだな、新一。お前に少し頼みたいことがある」

「何だよ?」

 ロクな内容ではないことは分かる。
それも優作に伝わっているのか、面白そうに笑いながら答えた。

「なに、そこまで妙な話じゃないさ。――これからの捜査はお前に任せる」

「は?」

 思わぬ言葉に、コナンは眉間に皺を寄せる。

「何でだよ? 正式に依頼されたのは父さんなんだろ?」

「それはそうなんだが、一つ調べたいことがあるんでな。
 俺はそっちの捜査にしばらく専念したいから、それ以外の捜査は任せたい。
 別に俺が捜査しないのが不安というわけでもないだろう?」

「そりゃそうだけど……調べたいことって何なんだよ?」

 怪訝そうに言うコナンに、優作は少し考えるように黙り込んだ。

「まあ、これはここの人間には内緒にしているんだが、
 俺の知り合いだと偽って、鑑識を出入りさせているんだよ」

「鑑識を?」

「ああ。いくら警察嫌いだからとは言え、警察関係者に連絡を入れなければ、
 さすがに捜査にも支障をきたす。指紋なんてその典型だろう? 
 だからな、こっそりと目暮警部に頼んで、警察の手が必要な時はその都度協力してもらってる。
 もうその協力も必要ないかと思ったんだが、一つ忘れていたことを思い出した」

「……だからそれが何なんだよ?」

 コナンは不審そうに優作を見上げるが、優作はその言葉を聞くと意味ありげに笑った。

「そうか、お前にはまだ分からないか」

 わざとらしく何度か頷く優作に、コナンは眉を上げる。

「悪かったな、分からなくて」

「いやいや。まあその内分かるだろう。
 とりあえずその調査には、少しばかり時間がかかりそうなんでな。
 それ以外の捜査に関してはお前に任せたいというわけだ。変な話じゃないだろう?」

「……何か企んでねーか?」

 しかめっ面で言うコナンに、優作は意外そうに目を見開いてから、すぐに微笑んだ。

「お前は色々と深く考えすぎだ。たまには、人の意見を素直に聞くことも覚えた方が良い」

「……父さんがそう言うと、どうも嘘っぽく聞こえて仕方ねーんだけどな」

「その疑り深い性格は、一体誰に似たのかな?」

「あんただろ!」

 わざとらしくおどけて言う優作に、コナンは即座に言葉を返した。



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