<<第1章 <<第2章 <<第3章 <<第4章 *第5章* >>第6章 >>第7章
「ついてくるとは意外だな」
コナンは隣を歩く快斗を不思議そうに見上げた。
結局、優作の言う『忘れていたこと』は分からずじまいで、コナンは、しぶしぶ後の捜査を引き受けた。
特に、手伝えと言うでもなくリビングから出たコナンを、快斗は少し悩んでから追いかけたのだ。
「……さすがに間が持ちません」
「そうか? あの二人なら適当に話題振ってくるだろ」
「誘導尋問上手そうなんで、何となく怖いです」
苦笑いして言われた言葉に、コナンは無言で快斗を見てから視線を前に戻した。
「むしろプロだな」
「え? 母の電話の件? あの、殺された時間と合わないっていう?」
二人は真衣子の部屋をノックして、事情を話した。
「うん。そのことなんだけど、ホントに友江さんの声だった?」
真衣子は大きく首を縦に振る。
「もちろんよ!親の声を聞き間違える娘がいると思う?」
「でも聞いた話じゃ、午後十時前は音楽聴きながら課題をしてたとか……」
「そうよ」
不思議そうに訊くコナンに対し、真衣子はあっさりとした様子で答える。
「……でも音楽聴いてたんなら、電話の音なんて聞こえる?
コール音位なら聞こえるかもしれないけど、話してる声なんて――」
「音楽聴いてた、って言ってもイヤホンから流してたわけじゃないもの。
コンポのスピーカーから流してたから、聞こうと思えば聞こえたわけよ」
「でも聴こえたのは電話の着信音と、友江さんの話声だけなんですよね?」
「え? ええ……」
こう答えてから、真衣子は不思議そうに言う。
「電話の着信音と、母親の声だけしか聞こえなかったら、そう言ったんだけど何か変かな?」
「友江さんが何処を刺されて亡くなったかは……」
「知ってるわよ。腹部なんでしょ?」
「うん。ただ、腹部だけには限らないけど、誰かに刺されでもしたら、呻き声か叫び声を上げるでしょ?
刺されて即死って状態ならともかく、意識があって、尚かつ自宅にいるんなら、
誰かに助けを求めるために何らかの声は上げるはず。
だとしたら、音楽をかけながら、電話の着信音と話し声が聞こえてるにもかかわらず、
友江さんの呻き声か叫び声が聞こえないのは、ちょっと妙だと思わない?」
コナンの指摘に、真衣子はムッとした様子で答える。
「……でも、聞こえなかったものは聞こえなかったわよ」
「そっか……。それじゃあ、もう一つだけ。お姉さん、午後十時以降は何してた?」
「何って……。午後十一時頃までは課題にかかってたから。
それが片付いてから、お風呂に入って寝たわ」
「……そう。分かった、ありがとう」
「なぁ? 叫び声が聞こえなかったって件、あれ以上訊かなくて良かったのかよ?」
真衣子の部屋を出てから、不思議そうに訊く快斗に、コナンは苦笑いする。
「下手にあれ以上訊いたって有益な情報なんて話してくれねーよ。
それに、仮にホントに聞こえなかったんだとしても、奇妙な点は残るしな」
「へ?」
「ホラ。父さんは、『抵抗した様子がない』って言ってただろ?
ってことは、周りに血痕もほぼ飛び散ってなかったはず」
コナンの説明に、快斗は首を傾げる。
「でもそれと血痕がどう……」
「分からねーか? 相当苦しいんなら、当然助けも呼びたくなる。
ましてや、隣の部屋には真衣子さんがいるんだ。
それなのに血痕は部屋には飛び散っていない。何故だと思う?」
当然のように疑問形で返したコナンに、快斗は露骨に顔をしかめた。
「オレ、答えを訊いたんですけど?」
「でも分かるだろ、これくらい」
嫌味のない口調で言うコナンを、快斗は不満そうに睨むものの、すぐに諦めた様子でため息をついた。
「……要は助けを呼ぶために一番手っ取り早い方法が、真衣子さんの部屋へ行くこと。
腹部刺されてたんじゃ、立つのも難しいだろうから、体を引きずるのが普通。
でも床にはそんな痕跡は一切残ってないからおかしい。
真衣子さんが犯人だとしたら、助けを呼ばなかったのも肯けるってわけだろ?」
半ば投げやり口調でそう言うと、面倒くさそうな視線をコナンに投げた。
「あのですね。捜査とか別に興味のないただの高校生に、事件の意見求めないでもらえます?」
二人が次に向かったのは祐輔の部屋。
被害者が午後十時以降に電話をしていたのが事実だとすれば、
犯行推定時刻を過ぎた午後十時以降のアリバイも確かめる必要がある。
そこでも真衣子と同じく、追加でアリバイを確認しに来たのだ。
「――え? 事件があった日の午後十時から十一時頃の間?
そうだなぁ……。確か、午後十時……五分か十分位に風呂から上がって部屋に戻って、
それから、十二時近くまで読みかけの本を、キリが良いところまで読んで寝たよ」
「証明できる人っている?」
裕輔は肩をすくめ、苦笑いした。
「誰かと一緒に風呂に入ってるわけじゃなかったし、部屋に戻ったって言っても、
もちろん、今いる自室だし、俺の他に人がいるはずもないからな。証人はいないよ」
「じゃあ、部屋に戻ってから本読む以外にしたことは?」
コナンの質問に祐輔は目を丸くすると、可笑しそうに笑いだした。
「面白いこと言うね、コナンくん。――そりゃ、ずっと読書してたわけじゃないよ。
時たま、トイレに立ったり、メールをしたり、休憩したりはしたけど」
「……確か、祐輔さんが風呂から出られたのって午後十時十分までの間なんですよね?」
「うん、そうだね。部屋に戻った時はまだ十五分にはなってなかったから」
「だったら、電話の音とか聞こえてませんでした?」
「ああ。それなら――」
祐輔は途中で言葉を切ると、腰を下ろしていた椅子から腰をあげて、部屋の扉を開ける。
そして、五メートルほど離れた所に置いてある時計を指差した。
「あの時計の下に電話が置いてあるだろ? まあ、親機はリビングにあるから子機になるけど。
当然、親機が鳴れば少し遅れて子機も鳴る。ここは割と子機から近いから、
相当大きな音で音楽でも聴いてない限り、この部屋からは着信音は聞こえるんだけど……」
そう言うと裕輔は扉を閉めて、座っていた席に腰を下ろした。
「大体、風呂から上がってこの部屋へ戻ろうと、階段を上り始めたくらいかな?
そこの電話が鳴ってたのに気がついたよ」
「えっ……!?」
裕輔の言葉にコナンが目を見開いた。
「それで!? その電話――」
「取ろうと思ったんだけど、先に誰かが取ったみたいでね。
多分、風呂から上がった時、リビングに電気が点いてたから、
そこにいた人が取ったんじゃないかな?」
「その時、声とか聞こえてなかった!?」
「声……かい?」
裕輔は少し唸ってから答える。
「……そうだな。母さんらしい声が聞こえてたように思うよ?」
(……え?)
コナンは驚いて、裕輔を見返した。
「でも……その声、真衣子さんと聞き間違えたとか……」
コナンがそう言うと、裕輔は笑いながら肩をすくめる。
「それはないよ。母さんの声は女性にしちゃ低い方だったけど、真衣子の方は高めだから。
他に女性って言っても、この家にはいないし……。母さんに間違いないよ」
「おい、どうなってんだよ?」
裕輔の部屋を出ると、快斗は難しそうに顔をしかめながら訊くが、その言葉に、コナンは不服そうに快斗を睨んだ。
「まだ解けてない状態で訊くんじゃねーよ。死亡推定時刻より遅い時間に被害者が生きてました、
なんて言われて、すぐに『こうですよ』なんて言えると思うか?」
「そりゃそうだけどな……」
「真衣子さんか、裕輔さんのどちらか片方が言ったことなんだとしたら、
でまかせ、って可能性もあるけど、今回は二人ともがそう言ってるからな……」
「もし仮に二人ともが共犯だったとしても、口裏合わせる時間はなかったってことか?」
「いや。時間自体はいくらでもあっただろ。被害者が殺されてから日が経ってんだからな。
ただ、この質問は真衣子さんが『友江さんの声を午後十時以降に聞いた』と発言したことから始まってる。
わざわざ口裏を合わせければいけないような内容なら、最初からそんなことは言わない」
「あ、そうか」
その言葉に納得した様子の快斗とは正反対に、コナンはため息をつく。
「まあともかく。最後に貴也さんに聞くこと聞いてから、事件の整理するか」
「ああ、あの後か」
被害者の夫である貴也は自室にはおらず、丁度廊下を通りかかった裕輔に、
心当たりの場所はないかと訊ねたところ、『部屋にいなかったら多分書斎だろう』
という言葉を聞き、二人は書斎へと足を運んだ。
「そうだな。大体午後十時過ぎだったかな? 本を読み終わったんで、トイレに行ったんだよ。
トイレから出て部屋へ戻る途中、ちょうど風呂上りの裕輔と会ってな。
『まだ真衣子は風呂に入らないみたいだから、父さん先入って来たらどう?』
と言われたもんだから、部屋にその用意を取りに行って、風呂に行ったよ」
「その時、電話の音はしてた?」
「電話? ああ……トイレに入った時、何かが鳴ってた様な気はするが……」
「それじゃあ、貴也さんが裕輔さんに会った時には、もう着信音は切れてたんですか?」
快斗の質問に、貴也は相槌を打つように小さく首を縦に振る。
「切れていたよ。私がトイレから出たのは、切れてから二〜三分経ってからじゃないかな?」
「ねえ、トイレって何処にあるの?」
「ああ、トイレかい?」
コナンの言葉を受けて、貴也は部屋から出る。
その後を二人がついて来るのを確認してから、貴也は二階から階段の下を指差した。
「あそこに階段があるだろう? 二階のトイレはあの階段を上ってすぐ左手になる。
一階のトイレは、階段の裏手だ。風呂場に通じるスモークガラスの扉があるんだが、
そこの左隣がトイレになる。私があの時行ったのは、風呂場横のトイレだよ」
「じゃあ、お風呂から上がってからは、何してたの?」
「風呂から上がってからか? 何、と言われてもな……」
コナンの質問に、貴也は困ったように頭をかいた。
「私は、どうしてもしないといけない用がない限り、風呂から上がったらすぐに寝る性質なんだよ。
あの日も例外じゃなくてね。部屋に戻ったらすぐに夢の中だ」
三人からの事情が聴き終わり、二人はリビングへ戻るために廊下を歩いていた。
終始、眉間に皺を寄せて考え込むコナンを見ながら、快斗は呟きがちに言う。
「……結局電話の件は嘘じゃなかったってわけだな」
「ああ。でもそうだとすると、死亡推定時刻が間違ってるってことになる。
……さすがに鑑識が間違わないだろ」
「でもミステリーじゃよくあるじゃねーか。冷えた部屋でどうこう、とか暖めた部屋でどうこうとか。
やろうと思えば、死亡推定時刻を偽装出来るんだろ?」
不思議そうに訊く快斗に、コナンは真面目な表情で快斗を見る。
「そんな小細工してりゃ、真っ先に父さんが見つけてる。
今の今までそんな報告聞いてないってことは、死体の方には何もしていなかった可能性の方が高い」
断言に近いコナンの発言に、快斗は意外そうな目をコナンへ向けた。
「なあ。さっきから気になってたんだけど、一つ訊いていい?」
「何だよ?」
「お前と、お前のオヤジ、どっちが能力的に上なわけ?」
その言葉に、コナンは一瞬眉を上げると、不満げに快斗から目を逸らした。
「…………まあ、父さんだろうな」
<<第1章 <<第2章 <<第3章 <<第4章 *第5章* >>第6章 >>第7章
*作品トップページへ戻る*
>>あとがき(ページ下部)へ
原案、第一弾編集時と大きく変えているところは、
優作が快斗にとある頼み事をする、という設定をそっくりそのまま取っ払ったことかな。
本来なら、その依頼シーンが4章に組まれて、5章に完了シーンが組まれるはずでした。
設定自体は割と好きなんですが、どうも蛇足な気がして削除に至りました。
いつかまた、探怪でこの4人を書くことがあれば、そんなシーンも自然と組めると良いな。
後は、冒頭と終盤のコナンと快斗の会話を若干追加してる程度。
ちょこちょこと描写編集云々は入れつつも、事情聴取部分は基本的にはそのまま。
快斗に、捜査に口出しさせるのも気が引けるとは言え、口出ししなかったら快斗不要になるし……、
と、快斗の出し方に色々四苦八苦しながら仕上げたのが、ご対面な気がする。