報復の水 〜第二章:訪問〜


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 半ば強制的に明子の家まで行くことにした、コナンと快斗。
初対面の彼女の性格に、コナンは少々圧倒されながら、黙々と、前を歩く二人の姿を追っている。
快斗はと言うと、再会したのが久しぶりのせいか、昔話に花を咲かせているようだ。
しかし、明子が不意にコナンの方を振り向いたと思うと、その状態で快斗を斜め見た。

「そう言えば快斗君。コナン君って弟くんだったっけ?」

「……はい?」

 予想外の明子の言葉に、快斗は目を丸くして明子を見返した。
その反応に不思議そうな表情を返す明子だったが、直後に短い声を上げる。

「――あ! そうだよね……! ゴメン、非常識なこと言っちゃったね……」

「……ああ、言え大丈夫ですよ」

 明子の意図することが分かって、快斗は笑って返すが、
それでも明子は申し訳なさそうに目を伏せた。

「うん、ゴメンね。……でもそうじゃなかったら、どういう知り合いなの?」

「え?」

 自分と歳が近ければ、まだ何とでも言い訳はできるだろう。
だが、ただの知り合いレベルにもかかわらず、大人と子供が喫茶店で雑談というのも妙な話だ。
説明に困って、快斗はコナンの元まで歩いてから、しかめ面でコナンを見る。

「くそ真面目に返事返すなよ?」

 快斗はコナンの身長にあわせて腰をかがめると、小声でそう声をかける。
言われた言葉に、コナンは一瞬ムッとした表情を見せたが、すぐに表情を戻した。

「でもだったら、何て言い訳するんだよ?」

「その場しのぎの嘘は、そっちの方が得意分野じゃないんですか?」

「テメーの知り合いなんだったら、自分でどうにかしろよ!
 第一、そっくりそのまま言えねー理由は、そっちにしかねーじゃねーか!」

 言われた正論に快斗は思わず口を噤んだ。

「……そっちに『知り合いのよしみ』とか『情け』って言葉はねーのかよ!」

「大した内容でもねーくせに、捕まえようとしてる相手に手を貸すほど、手ぬるい探偵に俺が見えるか?」

「……ヘイヘイ。訊いた俺がバカでした」

 呆れたようなコナンの口調に、快斗はため息をつく。
そして、かがめていた体を起こすと、明子の方へ顔を向ける。

「まあ表現するのなら、手を抜かないでも抜かさせない間柄、でしょうかね?」

「……何て?」

 快斗の言葉に、明子は目を丸くしながら首を傾げた。その様子を見て、コナンが口を開く。

「多分、張り合える相手ってことだよ」

「張り合うって、一体何で?」

 不思議そうに訊き返す明子に、コナンと快斗は口を揃えて言った。

「――頭脳戦」

「へ?」

 そう言われ、明子はますます目を見開いた。



 二十分程度歩いた先にあった明子の家。
そこから数分で辿り着ける距離に、小さな林が鬱蒼と茂っていた。子供が、探検するには丁度いい遊び場だろう。

「へぇー……結構、周り林が近いんですね」

 快斗の言葉に、明子は笑いながら家の門扉を開けた。

「まあね。旦那の家族がそっち方面だから、林が近い方が便がいいのよ」

「あれ? 同居されてたんですか?」

「ええ。六年前にお義父さんが倒れてね、それで心配だったから。――どうぞ」

 門扉を開けてその裏に回ると、明子は右手で二人を促す。

「家族がそっち方面ってどういうこと?」

「代々医学系家系な感じなの」

「い、医学系家系?」

 明子の回答に、コナンは眉を寄せながら鸚鵡返しする。

「そ。お義父さんは医者で、お義母さんは薬剤師。私の旦那が医大で薬理学を教えてる、一応の教授。
 息子は息子で、今は大学院で病理学の研究中。娘は私に似て、唯一の文系タイプ」

 そこまで言うと、明子は意味ありげにため息をついた。

「お陰で薬には困らないけど、新薬を作るだの、薬草から薬を煎じるだの、
 はなから文系の私には、頭が痛い話よ。唯一話の分かってくれる娘が有り難いわ。
 それで、そのためには少なくとも近隣に林があるのが理想的らしくて、
 十年ほど前にお義父さんがここに家を建てたのよ」

 そう言って、明子は自分の頭を人差し指で叩いた。

「人柄は全員、申し分ないのに、頭が医学で埋め尽くされてるのは、玉に瑕、ね」

 そうは言うものの、それを話している明子自身は実に楽しそうだ。
軽い冗談交じりで、家族構成を説明しているつもりなのだろう。
『じゃあ』と促すように言って、明子が玄関を明けようとした瞬間、
どこからともなく、派手にくしゃみの音が聞こえた。

「あ……すみません」

 コナンと明子の二人の視線を、一斉に浴びて、快斗が恐縮したように縮こまる。

「ゴメン、快斗君。そのままじゃ風邪引いちゃうよね」

 そう言って玄関を開けると、すぐ右手の部屋へ案内した。

「タオルと洋服は後で持ってくるから、とりあえずシャワーでも浴びといてくれる?
 濡れた服は、そこの洗濯機に放り込んどいてくれたら良いから」

 言うだけ言うと、明子は慌しくリビングの方へ駆けて行く。
それをキョトンとして眺めながら、コナンは快斗へ呆れたように言った。

「オメー、そんなに軟弱体質か?」

「冷水ぶっかけられて、数十分そのままで、くしゃみ一つしねー奴がいるかよ!」

 不満そうに言う快斗を無視して、コナンは明子が駆けて行った先へと向かい出す。

「バカは風邪引かない、って言うけどな」

 ボソッと言ったコナンの言葉に、快斗はキッとコナンの背中を睨んだ。



 リビングに入った明子は、台所に立っている自分の息子へ声をかける。

「裕輝ー? 悪いんだけど、ちょっと服一式貸してくれない?」

「一式?」

 不思議そうにそう言うと、コンロの火を消して明子の方を振り返る。

「良いけど、何に使うの? まさか母さんが着けるわけじゃないんだろ?」

「やーね。あんたの服なんて身につけて何になるのよ?
 高校時代の友人の息子に、さっき喫茶店で会ってね。連れて来たんだけど、
 訳あって服が濡れちゃったから、唯一同年代のあんたに借りようと思って」

「ああ」

 納得したように答えると、自室へと戻りかけて、付け加えた。

「何か注文とか?」

「ないんじゃない? まあ、適当にラフなの引っ張ってきてあげて」

「はいよ。――あ、母さん。とりあえず卵だけ茹でといたから」

「あ、ゴメンね。ありがとう」

 部屋を出かけて、丁度向かってきていたコナンと危うくぶつかりかけた。

「お? ……服が濡れたっていうのは、ボウズか?」

「え?」

 不思議そうに訊かれた言葉に、コナンも同様に不思議そうに相手の顔を見上げる。

「おい、母さん! いくらなんでも、子どもに俺の服のサイズは合わねーだろ?」

「違うわよ! 本人なら、今シャワー浴びてるわ。あのままじゃ風邪引くから。
 その子はコナン君。その友人の息子の快斗君と一緒に喫茶店で会ったのよ」

「へぇ。俺はてっきり、また母さんのボケが早まったのかと思ったよ」

「こらっ!」

 腕を上げて言う明子に、裕輝は特別悪びえる様子なく、愉快そうに笑みを作った。



「すみません、何から何まで世話してもらって……」

 十数分後、風呂から上がってきた快斗はリビングにやって来てから、再度明子と裕輝に礼を言った。

「いや、構わないよ。たまたまサイズも合ってたしね」

「そうそう。使えるものは使ったら良いのよ。じゃなきゃ勿体無いじゃない!」

 陽気に言いながら、明子は台所で作業を続ける。

「そう言えば二人とも、食べれないものってある? あるなら省くけど」

 この言葉に、コナンと快斗は、首を傾げて顔を見合わせる。

「食べれないものって……どうして?」

「お昼ご飯。時間的に食べて行くでしょ?」

 言われて時計を確かめると、昼の十二時を回っていた。
ただ、元よりそんなつもりで来たわけではない。特にそこまで世話になるのも悪い、
という考えから、回答に悩んで二人は示し合わせたかのように黙り込んだ。
それを知ってか知らずか、明子はため息交じりに腕を組んでから、二人を睨む。

「何? 私の料理の腕が不安?」

「あ、いえ! そうでなくて、これ以上面倒をかけるのも……と」

「面倒だったら最初から言わないわよ」

 快斗が慌てて弁解するように言うと、間髪入れずに言葉を返す。

「でもそれだけの心配なら、問題なさそうね」

 本人たちの承諾なしに、自己解決しておいて、再度二人へ訊ねた。

「それで、サンドウィッチに入れそうなもので、嫌いなものある?」

 問答無用な明子の行動に、少々唖然とした表情を、明子に向けた。
それと同時に、否定の意味を示すつもりで、二人共首を左右に振った。



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