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ホンの数秒、その場に立ち尽くしていた二人だったが、
すぐに我に返ると、快斗が中へ入ろうとする。
「――待て、キッド!」
言うと同時に、コナンは快斗の前に片手を突っ張らせた。
そのため、危うくこけそうになった体制を何とか立て直すと、不満げにコナンを睨む。
「なんだよ? 現場荒らすから、素人は現場に入るなってか?」
「それもないこともねーけどな」
言いながら、コナンは慎重に、水浸しになった室内へと足を踏み入れた。
(ダメか……)
脈がないのを見て取ると、コナンはゆっくりと立ち上がって快斗の方へと戻ってきた。
「なあ、悪いけど、全員起こしてきてくれねーか?
そっちが全員呼んでくる間に、俺は警察に連絡するから」
「ってことはもしかして……」
「ああ」
頷いてから、俊之の方へと視線と動かした。
「もう、亡くなってるよ。多分、毒死だろうな」
「ど、毒死って……?」
「詳しい話は後だ。ともかく、家の人間に知らせてくれ」
――ピッ、と電子音を立ててから、携帯を折りたたむ。
無意識に一度だけ息を吐き出すと、現場の方へ再度目を向けた。
(……テーブルの上に、倒れたグラスか。どっちとも取れるけど……)
「おーい! 名探偵!」
聞こえた声と走る音に、コナンは現場から目を離して横を見る。
「ああ」
そう呟いて、目を向けた先の人物を確認してから、言葉を続けた。
「皆は?」
「リビングに集まってもらったよ。あんまり見せねー方が良いかと思ってな」
「それで? 本人達にこのこと話したのか?」
「……手短に。こっちは詳しいことまで、分からねーからな」
「それが妥当さ。ま、ともかく行くか」
二人がリビングへと足を踏み入れると、
待ちかねていたように五人がソファから腰を上げた。
明子が、二人に空いているテーブルの椅子に座るよう促しながら口を開く。
「快斗君。さっき言ってたの本当?」
「ええ……。水浸しの部屋で、倒れられてて――」
「もしかしてと思って、確かめたら、息してなかったから」
「そう……」
憔悴しきったように呟いて、明子は元通りソファへ腰を落ち着けた。
それからしばらく、誰が喋るでもなく、静寂の時間が続いていく。
その内にインターホンが鳴り、リビングを出た康久が刑事を二人連れて戻ってきた。
「――警視庁の目暮です。それと部下の高木」
軽く自己紹介した刑事に、立原家の面々は、複雑な面持ちでゆっくり頭を下げた。
「それで、早速ですが、通報者と第一発見者の方は?」
「あ……それでしたら、警部さんたちの後ろにいる彼です」
そう言って、康久が快斗を指すと同時に、二人の刑事が後ろを振り返って目を丸くする。
「コナン君!?」
とりあえず詳しい話は後、ということで、第一発見者であるコナンと快斗と共に、
現場へと赴くことになったのだが、そこで目暮が妙なことを言い出した。
「しかし。今回は毛利君が一緒ではなく、工藤君とは意外だったな」
「は?」
いきなり言われた目暮の言葉に、コナンと快斗は驚いた様子で二人の刑事を見た。
「だが、どうしてまた髪型を変えようと?」
「…………」
言われた言葉に、しばらくキョトンとしていた二人だが、
先に我に返ったらしい快斗が、面白そうに笑い出した。
その様子に、逆に目暮と高木が不思議そうに顔を見合わせる。
コナンはと言えば、笑い出した快斗を不満そうな顔で睨みつけた。
「前にもそんなこと言った人間がいますけど、そんなに似てますか? 警部さん」
「え? あ、ひ、人違いかね?」
「ええ。残念ながら。――黒羽快斗、と言います」
「いや、それはすまんな。てっきり工藤君だとばっかり……」
「いえ。僕の方は大丈夫ですよ」
そう言うと、快斗は片手をヒラヒラと左右に振って、受け流して見せる。
じきに現場へ着き、両刑事が現場で鑑識と共に捜査をし始めるのを、
コナン達は、部屋の外で壁にもたれながら黙って眺めた。
「――謝る相手は、俺っつーより、むしろそっちだよな。あ、何なら言ってやろうか?」
「言ったら言ったで、そっちが困るんじゃねーのか? コソ泥さんよ」
わざとらしく問う快斗に、コナンは即答して返す。
その淡々とした物言いに、快斗は苦々しそうにため息をついた。
「……相変わらず、冗談の通じない探偵で」
「冗談だらけのテメーよりは、よっぽどマシさ」
目暮たちよりも一足早くリビングに戻ったコナンと快斗は、
そのまま明子たちと共に、警部からの報告を待った。
「――結果報告の前に、二、三伺いたいことがあるのですが、宜しいですか?」
「ええ。何でしょう?」
「亡くなられた立原俊之さんは、持病をお持ちでしたか?」
その言葉に、立原家の面々は不思議そうに顔を合わせた。
一同を代表したかのように、俊之の妻である美智子が口を開く。
「……ええ。心臓に少々。あの人、六年前に一度心臓を傷めて倒れましてね。
大体十五年ほど前になるでしょうか。その頃から歳には勝てずで、心臓を弱めておりました」
「では、ご職業は?」
「医者です。……もっとも、二年ほど前からは半療養しておりましたので、
以前から診ている患者さんを除いては、仕事は極力避けていました」
「そうですか。それでは、やはり持病の薬は俊之さん自身が?」
「まあ、そうでしょうか。最終的には、薬剤師である私が分量等の確認するのですが……」
「何か?」
語尾を濁す美智子に、目暮と高木の二人は首を傾げた。
美智子の言葉を引き取るように、康久が話を続ける。
「実は、その心臓病の持病が酷くなってきて、
今までの薬の量だとあまり効果が無くなってきていたんです。
それを受けて、母が身体に影響を及ぼさない程度で、薬を調合するのですが、
たまに、こっそりと私たちの目を盗んで、規定より多い分量で飲むことがありまして……。
もちろん父も医者ですから、法外な量は飲みませんが、止めろと言っても聞かなくて」
「ですけど『このままの量じゃ、いつまで経っても眩暈や吐き気が治まらんわ!』
と言って、最近ではいくら言っても、取り合ってすらくれませんで」
「……分かりました。ありがとうございます」
そう言って、手にした警察手帳をパタンと閉じた。
「――今回、俊之さんが亡くなったのは、強心剤の多量摂取が原因によるものです」
この言葉を聞いて、立原家全員が、ハッとした表情を見せた。
「恐らく俊之さんは、誤って服用する薬の量を間違えて亡くなられたんでしょう」
「はい……。それがあるから、よして下さいと何度も念を押したのですけど……」
美智子の言葉に、示し合わせたでもなく、重苦しいため息が室内に巡った。
「高木刑事ーっ!」
「なんだい? コナン君」
結果報告を終え、リビングから出た高木の後をコナンは追った。
「うん。あのさ、強心剤の多量摂取って言ってたけど、
それが検出されたのって、テーブルの上の倒れたグラスから?」
「……え? あ、うん。グラスにまだ残ってた水と、遺体の体内から、
ジキトキシンっていう、強心剤に使われる成分が検出されたんだよ」
「調べたのはそこだけ?」
この言葉に、高木は意外そうにコナンを見た。
「ああ……そうだけど?」
高木の返事に、うつむいて何か思いあぐねていた様子のコナンだったが、
パッと顔を上げると、高木へ手招きをした。
「じゃあさ、ちょっと調べて欲しいところがあるんだけど」
刑事二人が帰り、誰が言うでもなく、ポツポツと全員が自室へと戻り始めた。
夜中に起こされたために、中には再び夢の中へ入る人間もいるだろう。
そしてまた、事故とは言え、自分の身内が亡くなり、寝るどころではなく、
一人、部屋で悲しみにむせび泣く人間もいるだろう。
少なくとも、人がなくなった直後に家を徘徊する人間はそういまい。
「おーい、探偵君ー? 深夜……っつーか、四時近くじゃ明け方に近けーけど。
……寝ねーのかよ? こんな時間、ガキは普通寝てる時間だぜ?」
用意された客室へ行くための階段を通り過ぎ、
犯行現場である『研究室』へ向かうコナンの後を、快斗は眠たそうに欠伸をしながらついて行く。
面倒臭そうに言われた言葉に、コナンは不満げに眉を寄せながら快斗を振り返った。
「別にこっちは、ついて来いっつった覚えはねーんだけど?
俺は一日位睡眠時間短くても何とかなるんだよ。戻るんなら勝手に戻りゃ良いじゃねーか」
そう言って、先程まで俊之が倒れていた部屋を見て回る。
昨日の昼間に俊之と美智子に誘われてこの部屋へ来た時と同様に、無駄なく目を走らせた。
窓の乾いたサッシやテーブルの奥といったような、細かいところまで隅々と。
「……なあ、今更だけど、一体何やってんの?」
「ああ、ちょっと気になることがあってな」
「気になるって……? 事故なんだろ?」
その言葉に、コナンは室内の確認作業の手を止めて、ゆっくりと快斗に視線を動かした。
「……表向きはな」
「え?」
「――殺人だぁっ!?」
それから三十分弱。何だかんだと、コナンの室内確認が終わるまで待っていた形になったが、
その内に気が済んだのか、いわゆる『研究室』を出ると二人で部屋へと戻った。
そこで快斗の抱いている疑問――コナンの行動について、本人から言われた答えは意外なものだった。
「おいおいおい。いくらお前が暇だからって、何でもかんでも事件に結びつけるのは――」
「バーロ。誰が暇つぶしの為に事故を事件だ、っていう人間がいるんだよ?」
快斗に言われ、コナンは不満そうに快斗を睨む。
「でも、警察の見解じゃ事故なんだろ? 信用しねーってのか?」
「だからと思って、高木刑事に被害者の近くにあった水の分析を頼んだよ」
「何のために?」
「事故か事件か、決定付けるためさ。
――まあ、それ以外にも事故にしちゃ、不可解な点が何個かあるけどな」
意味深に呟いて、コナンは部屋の窓へ目をやった。
「なあ、風向きって変わったか?」
「は? ……いや、変わってねーんじゃねーの?
窓に頭向けて寝てたけど、全然雨水なんてかからなかったし」
「あ、そう」
興味があるのかないのか、乾いた返答をすると、
コナンはそれ以上何も言うことなくベッドへ潜り込んだ。
その発言に対して意図することは何かあるのだろうが、もはや訊けもしない。
快斗はため息をつくと、不思議そうに首を傾げながら見た。
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>>あとがき(ページ下部)へ
描写修正・追加部分が多少なりとある感じ。
展開とセリフは基本的にそのまま継続。微修正が稀にある程度。
……今思うと、目暮警部と高木刑事は、コナンと快斗が知り合いっぽいことを何故不審がらないのか、とか
後々、小五郎達にこの時の話されたらどうするんだよ、とかそんなこと思いながらの編集作業。
誘いに続いて、顔の似ていることをネタにされる二人。……好きだったのかな、このネタ。
当時のあとがきによると、「髪型変えた」シーンは、いつか使おうと懐温めていたものらしい。
これが通用するなら、中森警部は新一見て、快斗に対してそれを思わないのが妙になるな。