報復の水 〜最終章:Epilogue〜


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 美智子を警察へ引き渡してから、コナンと快斗の二人は立原家を辞去した。

「そう言やさ、オメーがあの刑事に頼んでた、花の件って何だったわけ?」

「ああ、あれか。直接の死因になったコンバラトキシンがあっただろ?
 もしあの部屋に、その成分を含む植物があったんなら、
 室内から、コンバラトキシンが検出された際の理由に使うんじゃねーのかなって思っただけさ」

「まあ確かに、世にはびこってる花って結構毒持ってっからな。でもその花って何?」

 不思議そうに訊くと、逆にコナンは意外そうな目で快斗を見た。

「スズランだよ。知らねーか?」

「意外と危険らしいってのは知ってるけど、成分名まではさすがに……」

 苦笑いして言う快斗をコナンは横目で見ながら、話を続けた。

「スズランってのは、室内で栽培するなら意外と危険でな。
 コンバラトキシンが水に溶けやすいって話はしただろ?
 スズランを活けた水を誤って子供が飲んで死んでる事例すらある。
 最初、殺人現場を見た時、あの水の溜まりようが引っかかって仕方なかったんだよ。
 あの時オメーが中に入ろうとしたのを止めた理由も、それが一つだな」

「へー……。ってことは、最初からあの水がカモフラージュって分かってたっての?」

「それと似た理由だろうってのはな。いくらなんでも、雨であそこまで吹き込まねーだろ」



「あー……にしても何かそろそろ嫌になってきたかもしんねえ」

「何が?」

 うんざりしたように呟く快斗を、コナンは不思議そうに見上げる。
それに気付いてないわけがないのだが、快斗の反応は無反応。
コナンの不思議そうな表情が、次第に怪訝な表情になってきた頃、快斗は疲れた様子でコナンへ目を向けた。

「オメーさ。疫病神って言われたことない?」

「はぁ?」

 口をついて出た快斗の言葉に、コナンは眉をひそめると同時に不満を訴える。

「おい! ちょっと待て! 『疫病神』って何だよ! 本人目の前にして訊く言葉か!?」

「訊いてんじゃん?」

 大真面目に返されて、コナンは返す言葉をなくす。
口元を空しく動かすだけで、不満を示す一言すら出てこない。
諦めて続きを聞こうと快斗の言葉を待っていると、
快斗は持っていた鞄の中から何かを探しながら話し出した。――悪ぶることなく淡々と。

「何っつーかな? ホラ、俺の場合殺人なんて普通は無縁だろ?
 キッドの時はそんなことねーけど、この姿でオメーに会うと、
 そっちの副業の方に毎回巻き込まれてると思うわけで。普段殺人事件に疎遠な俺が事件呼んでくるわけねーし。
 だからそっちが事件呼んでくるってことで……――お! あった、あった!」

 途中で話を変えたように言うと、快斗は探っていた鞄から一通の封筒を取り出した。
それをどうするかと思えば、そのまま腕を横に伸ばしてコナンへと渡す。

「――暇つぶしのプレゼント♪」

「あん?」

 企むような笑みと共に、封筒を手渡す快斗を、コナンはしかめ面で見る。
渡された封筒を胡散臭そうに眺めてから、不機嫌に快斗を睨む。

「それで? 何で『疫病神』なんだよ?」

「いや、だから……」

 訊かれて不思議そうにコナンを見てから、快斗は間を置いて陽気に言う。

「――何か憑いてんじゃねーのっかなぁってな?」

 実に楽しそうに言われて、コナンは無言で快斗を見返す。
その視線に、言い知れぬ威圧感と憎しみを感じ取って、快斗は慌てて顔を反対側へやった。

「――で? こいつは何なんだよ?」

 快斗の反応に、コナンはそれ以上追求することを止めた。
その代わりなのかは知らないが、先程渡された封書を片手で挟むと快斗の方へ上下させる。

「何って、言ったろ? 『暇つぶしのプレゼント』って。
 大体、目の前に実物があんだから、訊く前に開けりゃいいんじゃねーの?」

 コナンの質問に、逆に快斗は疑問げに返す。
返された答えにコナンは不満げな表情を見せてから、面倒臭そうに封を切った。
コナンがその中身を見るより先に、快斗は空を仰ぎながら話しだす。

「最初オメーと会ったときキッドの調査してたっつっただろ?
 まあ、警部に出したらどうせメディアで取り上げられんだろ、と思ってたんだけど。
 そっちが一週間位一人で、やることなくて暇だー、とか言ってたからな。
 昨日オメーが風呂入ってる間にわざわざ作っといてやったんだぜ? 感謝しろよ、探偵君」

 自画自賛するかのように満足げに頷いて、企み顔でコナンを見下ろした。
当の本人は、封書から出てきた一枚の白い紙を忌々しそうな視線で睨んでいる。

「……おい」

「自力で考える時間は今日も含めて二日やるよ。明日の夜には警部に出すからそれまでだな」

「バーロ! 誰が暇つぶし代わりの何かをくれなんて言ったんだよ!」

「へぇー。不満? 警部に出す予告状に比べて、かなりひねってやったってのに?」

 怒鳴るコナンに対し、快斗は澄まして言う。その後で、何を思ったのか、
コナンの方へ手を伸ばすと、渡した予告状を手馴れた手つきで奪い取る。

「――おい!」

 突然、今まで眺めていた予告状が手元から消え、コナンは驚いて快斗を見る。
快斗はと言えば、取った予告状を見せ付けんばかりに、片手で持ちながら宙で遊ばせる。

「いらねーんなら別に良いぜ?
 興味ねーんなら、警部に頼んでメディア露出を控えてもらったって構わねーけどな。
 そうすりゃ、オメーの目にも留まらねーだろ?」

 企み顔でニヤつきながら言われるが、直前の発言の手前、文句も言いづらい。
そんなコナンを見越してのことか、快斗は楽しげにライターを取り出すと火を点ける。

「なぁ、不必要なら燃やすけど。どう?」

「…………好きにしろよ」

 不機嫌を露わに、少しの沈黙の後そう答えるとプイッと顔を背ける。
快斗はそれを合図として、手にした予告状の端に火を点けた。
火の点いた予告状は、即座に炎に包まれると一分と経たない内に灰と化した。



 それから四日後の夜。一つのホテルの上空を、数機のヘリコプターが舞い、
地上からはホテルの屋上を照らすように、煌々と光が向けられている。
それらが目的とするのは、全身に白をまとい、決まって月夜に現れる盗みの魔術師。
その人物が屋上へと降り立つと、目の前に無言で睨みをきかせている少年探偵を見据える。

「毎度毎度、無愛想か不機嫌な態度しかされていませんが、何か?」

「『何か?』じゃねーよ! テメー自体が不愉快なんだろうが!」

 嫌味な言葉を、しれっと言い出すキッドに、コナンは間髪入れずに答える。
その反応に、キッドはのんびりと両手を屋上の手すりに掛けると目を閉じた。

「存在が不愉快と言われましても、この世に生を受けた以上、どうしようもありませんね」

 そう諭すように言われて、コナンは眉を上げた。
当然、その言葉が自分を煽るために言われている言葉なことは理解している。
それに対して自分がどう思うかも、キッド自身も分かった上でやっていることだろう。
とは言え、会った瞬間に反撃が飛んで来るとはさすがに思うまい。
コナンは無表情で靴の出力を上げると、躊躇いなくキッドめがけてボールを全力で蹴り上げた。

「――ぶっ!」

 ど真ん中ストレートに顔へ食い込んだサッカーボールと共に、
キッドは小さな呻き声を上げながら、その場にしゃがみこんだ。
しばらくしてその衝撃が止んだ後、顔に片手を当ててゆっくりと立ち上がる。

「……不意打ちって…………卑怯じゃねえ?」

「自分から目を瞑ったんじゃねーか。何が不意打ちだよ?」

 顔を歪めて睨む探偵を、キッドはつまらなさそうに見る。

「あのなぁ。別にこっちが予告状出さなかったわけでもねーし、
 メディアに取り上げられなかったでもねーし、一体何が不満なわけ?」

「テメーの小細工だろ?」

「……相手が俺なんだから、せめてマジックって言ってくれません?」

 一向に直りそうにないコナンの機嫌と言葉に、キッドは顔をしかめた。

「何がマジックだよ。予告状使って、こっちに喧嘩売りやがっただけじゃねーか」

 ――そう。立原家を辞去した際、確かにコナンに渡した予告状は燃えてなくなった。
その場はそれで終わったのだが、途中の道で別れる際、快斗はコナンの胸ポケットを指差したのだ。
快斗に言われて胸ポケットに目をやると、いつの間にやら一枚の紙が入っている。
不審そうにそれを取り上げると、そこにあったのは燃やしたはずの予告状。

 その状態に、眉を吊り上げて快斗へ抗議しかけたコナンを手で制した後、
あえてコナンの不満を煽るかのように、メディアで取り上げないと言ったのは冗談で、
予告状を目の前で燃やしたのも計算の上、と言い出したというやり取りがあった。

「言うけどよ、名探偵。別に、あれは喧嘩売ったわけじゃねーぞ?」

 コナンの言葉にキッドは平然として言う。
しかしその答えとは逆に、コナンはますます眉をひそめると不審そうな顔をキッドに向けた。

「ホォー……。なら、ただからかっただけとでも言う気か?」

「ハハ、当たり♪ああ、でも語彙訂正するなら遊んだ?」

「同じじゃねーか」

 キッドが言い終わるか終わらないかのところで、コナンは冷め切った口調で言葉を返した。
聞いてすぐ、最初に比べてより機嫌が悪くなっていそうなコナンの様子に、
キッドは一瞬コナンに目を向けて、かすかに顔を引きつらせる。

(……あ、ヤベ。目が据わってやがる)

 経験上、瞬時に危険を感じたのも束の間。コナンの左手首で麻酔銃がスタンバイした。

「――ゲッ! めっ……ちょっ……ま、待て! ! だから冗談――」

 言い切るより先に、非情にも麻酔銃が飛ぶ。
慌ててキッドが飛びのくと、麻酔銃は屋上の手すりへと跳ね返った。
その顛末にコナンから不満そうに睨まれて、キッドはゆっくり首を横に動かして視線を逸らす。

「……寝不足だから寝れるなら本望とか言ってたのは誰だよ?」

「今がそうだと誰が言いました!?」

 恨みしかこもっていないような目で睨まれて、キッドは苦笑いしながら即答する。

「大体この場に私情持ち込む方が間違ってんだろ!?」

「……私情?」

 悲鳴に近いその言葉に、コナンは怪訝そうに眉をひそめると、
傍に転がっているサッカーボールへ足を置いた。

「今の目的はお前の牢獄入りだぜ? 私情がどうだろうと、全力出して何が悪い?」

 ドスの利いたその口調に、キッドはその場の雰囲気をどうにかしようとわざとらしく笑って見せるが、
逆に睨み返されて、間髪入れず再度サッカーボールを蹴りつけられる。
寸でのところで何とか避けるが、どうやら好戦の手は止めるつもりがないらしい。
コナンは、壁に跳ね返って来たボールをすぐに追うと、そのままキッドの動きを注視する。
その状況に逃げることも叶わないだろうと諦めて、キッドは懐からトランプ銃を取り出した。

「手合せするのは構いませんが、その殺しかけないオーラは何とかしてもらえますか」

「心配ねーだろ。テメーがこれくらいで死ぬはずがない」

 真顔で言われて、キッドはため息交じりにコナンを見返した。

「……そういう信頼はいらないです」



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