応酬の水 〜第三章:真夜中の怪〜


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 悶着の末、結局昼食を食べていくことになった、コナンと快斗だったが、
良いのか悪いのか、立原家との交流は、まだ絶えることを知らない――。

 昼食を食べ終わり、裕輝は大学院仲間との用があったため、出かけたが、
折角の来客なのだから存分にもてなした方が、親切心というものだろう、という考えの下、
明子の義父母が、自分達の研究室へ来てはどうか、と勧めたのだ。
まさか嫌とも言えず、しぶしぶ彼らの研究室へと赴いたのだが、
その部屋のドアを開けられた瞬間、その徹底ぶりにしばし唖然とさせられた。

 家族のほとんどが医学に通じているというのも、一目見れば分かるだろう。
薬が入っていると思われるビンや、漢方薬に使われるような植物。
そしてまた、無駄がないほど陳列された医学書関連の本棚。
そういったようなものが、所狭しと部屋中に置かれている。
これでは、明子の言う『医学系家系』になるのも、あながち無理な話ではない。

「……しかし、凄いですね、これ」

 一般人からすると、褒めもけなしも、この言葉しか言いようがない。

「さすがに驚くかね? まあ、私みたいな家系は確かに珍しい方かな」

 快斗の反応に、愉快そうに笑って言ったのは、義父である俊之。
年齢としては七十そこそこだが、恰幅の良さと髪の白さが若干多いために、
実年齢よりは少し歳を食って見える、というのが、本人の些細な悩みだそうだ。

「でもさー?」

 大人三人の足元でそう言うと、コナンは室内へと足を踏み入れた。
それから、グルリと室内を見渡して、俊之と、その妻、美智子の方へ顔を向ける。

「これだけたくさんの種類置いてたら、どれがどれとか分からなくならない?」

「大丈夫よ。特別似すぎてるようなものには、ちゃんとラベルをつけているし、
 それに、わざわざ家に置く位だもの。ある程度、何かは理解しているから」

「へぇ、そっか!」

 と、いかにも子どもらしい口調で返すと、またコナンは室内を観察し始めて、
粉末のようなものが入った透明の小瓶が、数ケースに渡って並べられているのを見つけると、
それの一つを取り上げて、物珍しそうに上下左右から中を覗き込む。
その様子を、俊之と美智子は微笑ましげに眺めていたが、快斗は呆れた視線をコナンへ送る。

(……ホント、探偵ってのは、こう何でもかんでも好奇心せきたてられる妙な生き物だよな。
 いや、っつーより、他人の私情に首突っ込みたがりな性質なだけか)



 それからしばらく、明子の家へ厄介になっていた二人だったが、
さすがに夕暮れ時になってくると、これ以上居座るのもなんだ、ということで
明子に一言礼を言ってから帰ろうと、明子のいるリビングへ行きかける。
だが、それより先に玄関の扉が開いて、中年の男性と、大学生位の女性が入ってきた。
今まさにリビングに入りかけた快斗を見つけて、女性は隣の男性へと声をかける。

「何? お父さんのゼミ生か何か? 今日、自宅で飲み会だったっけ?」

 お父さんと言われたその男性は、その言葉に快斗を見やる。

「いや? どっちかと言うと初対面だな。――むしろ、お前のこれじゃないのか?」

 そう言って、片手の小指を出して見せる。

「やーだ! そんなのだったら、わざわざ訊かないよ」

 楽しそうに笑いながら言ってから、急に真顔になる。

「でも、お父さんの知り合いでも、もちろん私の知り合いでもないんなら、誰の知り合い?」

「さあ? 俺に訊かれてもな。まあ、それよりも――おい、明子!
 外の雲行き怪しいが、大丈夫か? 一つ洗濯物残ってるぞ!」

「――え?」

 男の声を受けて、明子がリビングから出てきた。

「ホント? 日中、あんなに晴れてたのに?」

「ウソだと思うなら、出てみれば良いだろう? 知らないぞ、乾かした意味がなくなっても」

 言われて、明子は玄関のドアを開けると、上空を確認する。
時間的なものもあり、大分と辺りは光がなくなってきているのが、
それだけではなく、確かにどんよりしており、雲も心なしか分厚いようだ。

「やだ! 出してから時間経ってないから、まだ生乾きなのに……」

 そう言うと、慌てて、つっかけを履いて外に出た。
それから数分して、洗濯物を手に戻ってくると、残念そうにため息をついた。

「もー……天気が悪くなるなら、前もって言えばいいのに」

 ブツブツ文句を言いながら、明子は風呂場へと姿を消す。
少しして、機械音が何度か聞こえた後、ブォーンという音が聞こえ出す。

「ゴメンね、快斗君。まだもうちょっと時間かかりそう」

 風呂場から出てきた明子は、快斗の姿を認めると、両手を胸の前で合わせて言った。

「いえ、そんな……。むしろ、余計に迷惑かけてしまってすみません」

「ううん。それは全然――あ。由佳里も康ちゃんもお帰りなさい」

 取ってつけたような言い方に、言われた二人は不服そうに明子を見る。

「自分の夫と娘は二の次なわけぇー?」

「優先順位が、俺より娘が先なのも、悲しい話だな」

「うるさいわねぇ! 口答えするなら、夕飯抜くわよ?」

「何よ? その、小さい子を脅しつけるような言い文句は。
 ――そうだ。ところで、この二人、お母さんの知り合い?」

 そう言って、由香里と呼ばれた女性は、コナンと快斗に目配せをする。

「そっか。そう言えばまだ二人には説明してなかったわね。――うん。私の知り合い。
 正確には、高校時代の友人の息子さんと、彼の友人。こっちの高校生がその息子で、
 黒羽快斗君。で、小学生の男の子が、江戸川コナン君」

 そこまで紹介しておいて、明子はコナン達の方へ視線を向けた。

「えっと、こっちの一見人の良さそうに見える男が、私の旦那の康久。
 それから、見たままの活発そうな女の子が、娘の由香里」

 コナン達の自己紹介とは違い、何か一言多い自己紹介である。
自分達の紹介の仕方に、不満そうな態度を見せつつ、由香里が不思議そうに訊く。

「でもお母さんの高校時代の友人の息子さんなんでしょ?
 なら、そのお母さんの友達はいないわけ? 何でまた、息子さんだけ?」

「喫茶店で偶然会ったのよ。それで、せっかくだから連れてきたってわけ」

「しかし、どうしてまた彼の洗濯物が?」

「ああ、あれ? コナン君が誤って快斗君の服に水こぼしちゃったらしくて、
 服が濡れたままになってたのよ。それでそのままじゃ風邪引くからって思ってね」

 この説明を聞いて、明子たちに聞こえない程度に快斗が小さく呟いた。

「『誤って』だってよ。意図的だって、言い直してやったほうが良いんじゃねーの?」

「バーロ。あれは、オメーが俺をからかうからだろーが」

「なるほど? あれを冗談と取れないとは――」

 わざとらしく、嘆かわしげにそう言って首を左右にゆっくり振ってから言葉を続けた。

「哀れなほど、生真面目な性格としか言いようがありませんね。探偵君?」

「このまま、牢獄送りにされてーのかよ?」

「ほう。物的証拠なしに、犯人逮捕に踏み切るとは、何とも無茶な探偵で」

「……そっちが、自白してんじゃねーか」

 ケンカ口調で言うコナンに、快斗はおどけた様子を見せる。

「おやおや。自白ほど頼りにならない証拠はないと思いますが?
 取調室で犯行を認めても、法廷で否定してしまえば、無罪放免、晴れて釈放。
 君ごとき探偵が、そんなことを知らないとは、意外ですね」

「おい。テメー――」

「冗談なの分かってるよな?」

 最後まで言わせないで、快斗は途中で口を挟む。

「ああ。でもそれが毎回毎回通用するとか思うなよ?」

 そう言うと、コナンは無言で快斗の方を、憎しみがこもったように睨み見た。



 夕方から降り続いた雨は、完全に日が落ちてからも止む気配は見せなかった。
――いや、むしろ勢いが増していると表現する方が正しいだろうか。
その実、やたらと雨が窓を叩く音が聞こえたことに、テレビをつけて天気予報を確かめると、
低気圧が停滞しているらしく、東京一帯に、大雨洪水警報が出ている状態なんだそうだ。

 乾燥機で乾かしていた快斗の服も、ようやく乾いて、そろそろ本当に帰ろうかと、
明子に見送られつつ、コナンと共に玄関の扉を開けたまでは良いのだが、
外の状況は、とてもじゃないが出て行ける状態ではなかった。

 玄関前のタイルを割れんばかりの豪快な音を立てる雨音に加えて、かなりの風もある。
一歩でも外に出れば、せっかく乾かした服がびしょ濡れになってしまうような、
実に気持ちの良いほどの降りっぷりである。

 天気図を見ても、雨脚が強くなることはあれど、弱まる様子はなさそうで、
明子は二人に『泊まっていったら?』と提案し、様々な押し問答の末、結局は泊まることに落着した。

「……しっかし、ひっでー雨」

 コナンが風呂へ行ったため、通された二階の一室で暇を持て余していた快斗は、
外から聞こえる雨音につられて、窓際まで行くと、窓を開けて、止む気配のない雨を見つめる。

「どっかで、土砂災害でも起こってたりして」

 愉快そうに一人笑いながら呟いた。

「山奥じゃねーんだから、普通の街中で、そうやすやすと起こるかよ」

 聞こえた声に振り返ると、肩にタオルをかけたコナンがドアの前に立っていた。
コナンはそのままドア付近のベッドに腰掛けてから、快斗の傍の窓が開いていることに気付く。

「雨、吹き込むぞ?」

「いや。大丈夫だろ。風向きのお陰で、吹き込んでねーよ。
 窓の傍に立ってる俺が言うんだから、間違いねーぜ?」

「ああ、そう」

 無関心にそう言ってから、コナンは少し間をおいて、快斗に言った。

「……なあ、キッド」

「あ?」

「昼間、明子さんが俺たちのこと『兄弟』って言った後、
 『非常識なこと言った』って言ってたけど、あれ一体どういう意味なんだ?」

 この言葉に、一瞬快斗の手がピクッと反応した。
しばらく黙りこくっていた快斗だったか、コナンの向かいのベッドに腰を下ろした。

「――一応さ。自分の宿敵であっても、人間だってこと分かってくんないかな?」

 この言い回しに、最初怪訝そうな表情で、快斗を見ていたコナンだが、
その内に、言わんとする事が分かったらしく、一度目を瞑ってから息を吐き出した。

「良いよ。別にこっちも、人のプライバシーにまで突っ込む趣味はねーし」

「……それ、人のあら捜しする探偵が、堂々と言えるセリフか?」

「関係ねーだろ!」



 街が静寂に包まれる真夜中。
ふと目を覚ました快斗は、寝静まっている住人達を起こさないよう、
なるべく音を立てないように、部屋を出た。
トイレで用を済まして、部屋へ戻りかけたのだが、階下で何か物音を聞いて、
まるでそれに誘われるかのように、部屋には戻らず、階段を下りていった。

 ――その少し前。快斗が部屋を出た際に、廊下の常夜灯の明かりが少なからず、
開いたドアの隙間から、当然のように流れ込む。
丁度、ドア近くのベッドに寝ていたコナンの顔に、流れ込んだ光が当たったために、
快斗が出て行ってから、コナンはうっすら目を開けて、迷惑そうにドアを眺めた。

(……外出るんなら、もっと考えて出ろよな)

 文句を言ったところで、快斗としてはコナンが完全に寝てしまっていると思ってるものだから、どうにもならない。
コナンは一度欠伸をすると、漏れた光を遮るように布団をかぶる。
その際に、耳の奥の方で聞こえた物音に体が動いたのは、果たして探偵の本能か――。

 ――カチャと、何処かのドアが閉まる音を聞いて、快斗は行きかけた足を止める。
音が聞こえたであろう、二階の方へ顔を上げて、出てきたばかりのコナンと鉢合わせた。

「あれ? 寝てたんじゃねーのかよ? 名探偵」

 不思議そうに訊く快斗に、コナンは少し不満そうな様子で答える。

「バーロ。テメーが、部屋出て行ったときに、
 常夜灯の明かりがドアの隙間から漏れて、起こされたんだろ?」

「あ、そう。そりゃ、悪ィな。――んで? わざわざそれ言うために出てきたのかよ?」

「いや?」

 コナンは話しながら、階段を下り始めた。

「さっき、物音がしただろ? 何かそれが気になってな。何処か分かるか?」

「ああ、多分。――ホラ、昼間案内されただろ? あの医学書云々詰め込んだ部屋」

「『研究室』だろ? 本人が聞いたら泣くぜ?」

 呆れたようにコナンが言うと、快斗は渋い顔をしてみせた。
二人が聞いた物音の発信源と思われる、立原家の研究室。物音がしたのは、確かにここに違いなさそうだ。
十センチ程開いたドアの隙間から、小さな明かりがもれている。そこから中を覗いた二人は、すぐにドアを全開にした。
水浸しの室内に物一つ言わないで、横たわっている立原俊之が見えたのだ。

 ――瞳孔が開ききり、一見して死んでいると分かるような、その状態で。



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