報復の水 〜第五章:情報分配〜


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 不運にも夜中に起こった出来事に起こされた快斗。
その出来事というのが、殺人事件、もしくは事故。
今はおおっぴらではないが、まがいながらも探偵であるコナンはまだしも、
ただの一般人でしかない快斗にしてみれば、迷惑なことこの上ない。

 一旦起こされ、事が片付いてから再度眠りにつき、そのままなら構わないだろう。
しかし、そう上手くも行かないのが現実というものだ。
自分の後方から薄っすらと聞こえてくる鈍い音。それでいてよく耳にする音らしい。
発信源が何か見当がつき、目をつむったままで片手を左右に動かし携帯を掴んだ。

(……ん?)

 自分の携帯を掴んでも、その鈍い音は止まらない。
それ以前に、自分の携帯はマナーモードにしていなければ、震えてもいなかった。
未だしつこく鳴り続けるバイブの音に痺れを切らし、勢いよく掛け布団をはぎ飛ばす。
その勢いのまま、後方を振り返って不満の声を上げた。

「――おい! 名探偵! 自分の耳元で鳴ってんなら、とっとと――!」

 勢い任せで言い出した文句が途中で止まった。
本人の携帯こそあるものの、向かいのベッドはもぬけの殻で、携帯だけが空しく鳴っている。

「……出て行くんなら、持ってけよ」

 いない相手に文句を言っても仕方ないが、不平をブツブツ言ってから再度布団をかぶった。
二度寝をしようと黙って目を瞑るものの、執拗に鳴る携帯の音が嫌でも耳に入る。

「ああっ! くそっ!!」

 うるさくて寝れやしない、とぼやきながら再度起き上がり、コナンの携帯を引っ手繰った。

「……って言うか留守電設定はどうしたんだよ、留守電設定は」

 そう言って携帯を睨んでも、相手はよほど重要なのかバイブは鳴り止まない。

(こっちは悪くねーからな……)

 心で断ってから、快斗は携帯の通話ボタンを押した。

「――もしもし?」



 結局、コナンが部屋へと戻ってきたのは、なりゆきで快斗が出た電話が終わる頃だった。

「――ああ、はい。分かりました、それじゃあ、そのように。ええ――」

 相手が誰とも、また、どのような内容かも分からないままだったが、
コナンとしては快斗が誰かと電話していたかよりも、意外なものがあったようだ。
快斗が携帯のボタンを押して、通話を終えるのを待ってから不思議そうに訊く。

「あれから三時間位しか経ってねーのに起きてたんだな」

「……ああ」

「俺が出て行くのに、全く気付かなかったから熟睡してるんだと思ってたけど」

「……ああ」

 自分の方を見向きもせず、機械的にしか返事をしない快斗に、コナンは首を傾げた。

「何だよその、すねたガキみたいな不機嫌さは」

「ガキで悪かったな。ガキで。大体、図体ガキなのはそっちだろ?」

「はぁ?」

 何気なく言った言葉に、けんか腰な口調で返されて、コナンは怪訝そうな様子で快斗を見る。

「――俺のじゃねーよ」

「え?」

 しばらく間を置いてから言われた言葉。
その意味が分からないで、不思議そうな視線を快斗に送ると、
快斗はコナンの方へ先程まで手元にあった携帯を放り投げた。

「さっき話してた電話。俺の携帯じゃなくて、そっちの携帯。
 音もバイブも鳴らないように設定するか、部屋出るときに持ってってくれりゃ、
 わざわざこっちが起こされなくて済みました」

 ため息をつきながら言う快斗の言葉に、怒った様子はなかったが、
恨めしそうな表情でようやくコナンの方を振り向いた。

「言っとくけどな。無断で電話に出たからって、こっちに文句言う筋合いはねーぞ?
 元はと言えば、携帯置いていったそっちが悪いだけで、むしろこっちは起こされた側。
 そのままにしといたら、音が邪魔で寝れそうになかったんだからな! 大体――」

「ああ、もう分かったっつーんだよ。うるせーな……」

 快斗の言葉に、露骨に顔をしかめたコナンを、快斗は何を思ったのか企み顔で見た。

「へぇー……今の俺にそういうことを言っていいわけ?
 それに人の話くらい、黙って最後まで聞くってのが常識って思ってるのは俺だけかね?」

「……何が言いてーんだよ?」

「電話の相手。誰だと思う?」

 質問の答えになっているのか、いないのか。快斗の問いかけに黙ったままでいるコナンに、
快斗は手元に置いてあった一枚の紙を手に取って、コナンへとちらつかせる。

「俺とは無縁だけど、そっちには縁が深い相手だろ?」

「あん?」

「――高木刑事だよ。寝る前に言ってた『頼んだ調査』ってやつの結果報告、かな?」

 言い終わって、ニカッと笑う快斗を、コナンは隙のない表情で睨みつけた。
それを見て、快斗は面白そうに鼻で笑うと、そのまま両手を軽く上に挙げる。

「まあまあ。何もそこまで敵意むき出しにしなくても、隠し立てはしませんよ。
 ただし、貸し借りの状態は復活ですかね? 探偵君」

「――なっ!?」

 突如言われた言葉に掴みかかろうとするより早く、快斗が追い討ちをかけた。

「ああ、別にそれが嫌なら無理にとは言いませんよ。欲する情報が手に入らないだけですから。
 選択権を強制するほどの権限は、残念ながら持ち合わせていませんし。
 それに、どちらの選択肢を選ばれようと、こちらに不利益はありませんから」

「テメー……」

「得るものがあれば、無くすものもあって当然ですよ」

 快斗の口調で言われるならまだしも、丁寧なキッド口調で言われるのに、また腹が立つ。
かと言って、反論する言葉も見当たらず、敵意に満ちた表情で快斗を睨む。

「……覚えとけよ」

「さぁ、それはどうでしょう。最近、物忘れが激しいものでね」

 そう言われた瞬間、わざとおどけて言う快斗の頭目掛けて、
コナンは渡されたばかりの携帯を力任せに放り投げた。



「……つーか、それが人に物頼む態度かよ?」

 コントロールが狂うことなく、スコーンと気持ち良いほどの音を立てて、
自分の頭へ携帯が命中したことに、快斗は苦笑いして言う。

「ただの犯罪者が偉そうな口叩いてんじゃねーよ」

「お生憎。この姿の時は、至って真面目で普通な高校生だっつーの」

「さっきまで、堂々とキッドの口調で茶化してたオメーが言える台詞かよ?」

 不機嫌そうに言葉を返すコナンの言葉に、快斗は突然可笑しそうに笑い出す。

「しゃーねーだろ? 素での口調より、そっちの口調の方が、反応が実に面白くてね」

「……撃ち込まれてーのかよ、麻酔銃」

「ああ。そいつはご勘弁。――まあ、出来るもんならやってくれても構わねーけど。
 どうせ、折角の安眠を妨げられた人間だからな。もっかい寝れるなら本望も本望♪」

 ケラケラと笑いながら言う快斗に、コナンは一瞬眉毛を上下に動かした。
それに気付いてのことかは知らないが、何事もなかったように手元の紙へ目を通す。

「ヘイヘイ。ふざけてないで、頼まれたことはちゃんとやらせていただきますよ」

 そう言って一度息をつくと、電話の際に筆記したらしいその紙を読み出した。

「えーっと……。グラスに残ってた水と体内から検出されたジキトキシン。
 ただ、水浸しになった室内に含まれてた成分に、それは一切含まれてないで、
 コンバラトキシンとかいう成分が検出されたとか何とか。
 オメーに指摘されて、調べ直して出た結果に、警察も違和感覚え始めたらしいけど」

 そこで言葉を止めると、快斗は興味深そうにコナンの様子を窺った。
顎に手を当てて何かを考えているらしいコナンに、話しかけるのも気が引けて、
そのままでいると、不意にコナンの視線とかち合った。

「……続きオッケー?」

 コナンの関心が推理から外れたであろうその行動を見て取って、
快斗が声をかけると、コナンは小さく頷いて先を促した。

「んで。さっきのその成分名は、今回の件に必要性がある、ってのも分かるけど、問題はこれ。
 観賞用としか思えない、室内に何種類とあった花の名前。念のために頼まれてたから、
 とか向こうは言ってたけど、ホントに必要なのかよ? そんなデータ」

「じゃあ、何だよ? 必要もなく、あの場にあった花についてわざわざ調べてもらう理由は」

 疑わしそうに訊く快斗に、コナンは呆れた表情を快斗へ返す。

「あー、ほら。例えば、女なら一生花に囲まれて過ごしたいとかある――」

 言いかけたものの、次第に語尾が弱まっていくと同時に不気味そうな表情をコナンへ向けた。

「……止めた。言うだけ気持ち悪ィ……」

「こっちだっていい迷惑さ。――で? どうなんだよ、そっちの情報は」

 疲れたようについたため息も無視され、冷たい一瞥を投げただけのコナンを、
快斗は一度睨み見てから、諦めて話を続けた。

「――アマリリス、カラー、キョウチクトウ、スズラン、チューリップ、パンジー、
 ヒナギク、ヒヤシンス、フクジュソウ、マーガレット、レンゲツツジ。――だとよ」

「なるほど?」

「で、頼まれてた内容は終わりなわけだけど、一体何なわけ?
 それに、普通に考えて、室内が水浸しになったのは、夕方から降ってた雨が原因なんだろ?
 わざわざ分析を警察に頼むほど、何がそこまで重要だって……」

 しかめ面で問う快斗を、コナンは不思議そうな様子で見た。

「へぇ。珍しいな、この手の事に興味持つなんて」

 言われた言葉がけなされたように聞こえて、快斗は憤然として言葉を返す。

「そりゃーなぁ……俺だって事故やら事件やらって言って、捜査始める警察も探偵も大した興味はねーよ。
 でも、本来ならその専門家に伝わる情報の、橋渡しになってみろ。
 元々興味はなかったにしても、普段よりは気になって普通だろーが」

「そんなもんか?」

 コナンにとってはどうも理解しがたいようで、不思議そうに首を捻る。

「――まあ、気になるって言うんなら教えてやるけど。
 被害者から検出されたジキタリス。たとえ大量に服用したにしても、起こる副作用に眩暈はねーんだよ」

「ないって……。でも実際体内から検出されたんだろ?」

「被害者の立原さんは、元々心臓病を患っている人間。服用してる薬に強心剤も含まれるだろうし、
 服用してるのが、ジキタリス剤系の強心剤なら、
 体内からその成分が検出されたとしても、何もおかしいことはないさ」

「じゃあ何で、その『眩暈』が副作用で起こるであろう成分が検出されねーんだよ?」

「戻したんだろうな」

「……戻した?」

 怪訝そうに言ってから、快斗は思い出したように手を叩いた。

「ああ! それで、その立原さんの周りから検出された成分が別物ってわけか」

「恐らくな。それに、コンバラトキシンは水に溶けやすいのが特徴だしな」

「でもそれならあれだな」

 人差し指を立てて言い出す快斗に、コナンは不思議そうな様子を見せた。

「都合良く雨が降って、部屋が水浸しになったなんてタイミングが――」

「偶然じゃないさ」

「へ?」

 驚いて見る快斗には感心を示さないで、コナンは部屋の窓を不敵に見やる。

「狙ったか、それとも待っていたか。そのどっちかだと思うぜ?
 立原さんの部屋があるのは、この部屋と同じ通路なんだからな」



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