ウィリアムが逃げないように処理をした後、コナンと平次は医務室に向かった。
だが、船医の姿が見当たらず、とりあえず各室で一旦休養することにして、
六時を過ぎた頃、再び医務室へ出向き、つい先程手当てを終えたところだ。
二人がいるのは、コナンの泊まっている部屋。
平次が、結構な怪我を負っているコナンを送ったついでに、事件の振り返りも兼ねて休憩することにした。
「けど、ホンマ大事に至らんで良かったわ」
平次はベッド脇の椅子に腰掛けながら、安堵したような疲れたような口調で言う。
それを聞いて、コナンは呆れたように返した。
「バーロ。命に別状ありそうなくらいの大怪我なら、甲板で大人しくしてるよ」
そう言いながら、コナンはベッドへ潜り込んで、半分体を起こす。
「……ちゃうんちゃうか?」
「何が?」
「お前やったら、どんだけ死にそうになってたかて、お構いなしやろ」
「……状況によるな」
平次の指摘にコナンは苦笑いする。
「ほれ、見てみ。大体、工藤が事件現場で大人しゅうしてるっちゅう方が、おかしいわ」
笑いながら言う平次に、コナンは不満そうに即答する。
「オメーだってそうじゃねーか!」
「――あ、せや。忘れとった」
「何を?」
平次から出し抜けにそう言われ、コナンは不思議そうに平次を見る。
「『何を』て……。あの兄ちゃんの安否やないか。
何やかんやで、現場見に行ってへんやろ。とりあえず無事かどうか確かめな」
そう言って、椅子から腰を上げかける平次をコナンは止めた。
「無駄さ。行ったところで何も残っちゃいねーよ」
この言葉に平次は驚いたようにコナンを振り返る。
「死んだっちゅうことか……?」
「いや? その逆。ほとんど無傷でいるよ。だからわざわざ行かなくたって大丈夫さ」
軽い口調で言うコナンを見て、平次は首を傾げる。
「何でそんなんが分かんねん?」
「一回会ってるからな。――ま、とにかく食堂で朝食でも食べて来いよ。
俺は夕方くらいまでは安静にしとくつもりだから、ルームサービスでも――」
「ちょー待て! 『一回会ってる』て一体……」
平次が言いかけたところで、ノック音が聞こえだす。
「悪ィ、服部。ちょっと出てくれ」
不満そうにコナンを見てから、平次がドアを開けに行くと、バタバタと四人が部屋へ入ってくる。
「あ。平次お兄さん! 良かった、助かったんだ!」
「俺たちも少しは責任感感じてんだぜ! 自分たちだけ逃げてきたからよー」
「アホ。お前らに心配されるほど、ヤワな人間に見えるか?」
平次は笑いながらそう言った。それからコナンの方をチラッと見る。
(ま、ええか)
「――おい、ボウズ! ホンなら食堂行っとるわ。さっきの話はまた後にしといたろか」
そう言って、平次は部屋を出て行く。
(……後で訊かれても、答えようがねーんだけどな)
「あー! コナン君、やっぱり怪我してる!」
「また一人で勝手に抜け駆けして、犯人捕まえたんですね!」
来ると思ってなかったのか、コナンは目を丸くして哀と探偵団を見た。
「……オメーら何で、俺が昨日犯人と争ったって分かったんだよ?」
「あなたが昨日食堂で変なこと言ったからよ」
「変なこと?」
呆れた様子で言った哀の言葉に、コナンは不思議そうに問う。
「吉田さんは『犯人分かった? 』って訊いただけなのに、『死にてーのかよ』って言ったでしょ?
犯人と会うことに危険を感じていなければ、あんな言葉出るわけないもの」
「夜まで待っとこうと思ったんだけどよ、気付いたら寝ちまってて……」
「それで朝早くにコナン君の部屋に行ったら、怪我してるかどうかで、
犯人と会ったかどうか分かるだろうと思ったんですよ」
「でもなぁ……。相当陰険で容赦しねー奴だったから、下手したら死んで――」
「そうだとしても、歩美達だって協力したいんだもん!」
コナンが最後まで言い終わらないうちに、不満の声が飛ぶ。
「コナン君が、僕達を犯人との争いに巻き込ませない理由は分かってますけど、
こっちとしても心配なんですよ!?」
「そ、そりゃな? 心配するのは分からなくはねーけど、今回は相当――」
「あら。いつもじゃないの?」
「……おい」
皮肉交じりに言う哀の言葉に、コナンは苦笑する。
その様子に、いつものように意地悪く笑うと、歩美達の方を振り返った。
「江戸川君の安否も確かめたことだし、そろそろ食堂にでも行く?」
「そうですね。お腹も空きましたし!」
「じゃあな! コナン! ちゃんと休んどけよ!」
四人は部屋を出かけて、哀が思い出したようにコナンの方を振り返った。
「あ、江戸川君? ドアのストッパーしといた方が良い?
訪問者来るたびに、いちいちドア開けてたんじゃ大変でしょ?」
「……そう言や、そうか。――ああ、頼む」
(――あれ? ドア開いてんのか?)
八時過ぎ、コナンの部屋近くまで来た快斗は、
心なしかドアが細く開いてるのを見つけて首を傾げた。
(オートロックだろ? 船内のドアって……)
不思議に思いながら室内を覗くと、コナンがベッドに半分起き上がりながら、
のんびりと本を読んでいるのが見えた。その後、ドアの下に目をやると、ストッパーが置いてある。
(ああ……これで少し開いてるわけ)
快斗はドアの内側を軽く二、三回叩いた。
その音にコナンが顔を上げて快斗の方を見ると、意外そうな口調で言う。
「……何だ、お前?」
これに快斗は不満そうに返す。
「『何だ』はねーだろ。人がわざわざ様子見に来てやったってのに」
「わざわざっつーかな、別に俺は頼んでねーぞ。今も、甲板での時も」
「少しは礼言おうとか思わねーのかよ?」
これにコナンは、呆れたように快斗を見上げた。
「俺が素直に言うと思うか? ――でもよく分かったな。俺がここにいるって」
「ああ。西の探偵に訊いたんだよ。食堂にいる気配がなかったから」
そう言いながら、快斗は後ろ手でドアを閉める。
「服部の奴相当驚いてただろ?」
「向こうは俺が死んだって可能性捨ててなかったみたいだからな」
快斗は笑いながら近くの椅子に腰を下ろした。
「そりゃ、あれ位の爆発音がすりゃ、そう思うのも無理ねーさ。
でもどうやって逃げ出したんだよ? 状況かなりキツかったんだろ?」
「――ま、オメーがその状態なんじゃ早くても夕方くらいかな。
夜の十二時位に西の探偵と甲板に来といてくれ、その時に話してやるよ。
ただ、こいつだけは先に返しておこうと思ってさ」
快斗の言葉に怪訝そうに首を傾げるコナンに、快斗はコナンの目の前に拳をつき出した。
何も話そうとしない快斗に眉を寄せるが、話の流れ的に何かがそこに入っているのだろうと予測して、
コナンは半信半疑でその拳の下に片手で器を作る。それを待っていたかのように、快斗は拳を開けた。
「探偵バッジ……?」
自分の手に落ちたそれに、コナンは意外そうな口調で呟いた。
「そいつ誰かが仕掛けてたみてーだ。
キッドの衣装に着替えた時に気付いたんでね。持ち主に返しといてくれ」
その言葉に一応了承の生返事をするものの、コナンは不思議そうに探偵バッジを見つめた。
「……そうか。忘れてた」
独り言のように呟いたコナンに、今度は快斗が不思議そうに顔をしかめた。
「何を?」
「灰原だ。自分達だけ先に逃がすような状態になった場合、
せめて居場所だけでも分かるようにって、お前が気を失ってる時に仕込んでたらしい。
これがあったら、位置把握はこいつで簡単に出来るんだよ」
そう言うと、コナンは掛けているメガネのツルを数回叩く。
「ああ、なるほど。要は西の探偵が甲板に来た時点で確かめときゃ、
あそこが爆破される以前に、俺が監禁場所にいるかいないかの判断はついてたってわけね」
「そういうことだな。あの時はそんなことすっかり――ってちょっと待て!
爆破される前に、監禁場所にいるかいないかの判断がついてたって、どういうことだよ!?」
「ああ、それ?」
目を丸くしたコナンの様子に、快斗は面白そうに笑った。
「最初からあの爆発には巻き込まれてなかったりして」
「は?」
予想外の快斗の言葉に、コナンは目を見開いた。
コナンが何か言いかけたのを見て、快斗は腰を上げる。
「それも含めて今晩話してやろう、っつってんだよ。それじゃあな、ともかくお大事に」
「――って、おい! ちょっと待て! キッド! 今の……!」
快斗は答えるわけでもなく、振り返るわけでもなく、
そのままドアにストッパーをしてから出て行った。
「おい……?」
*時間経過の説明*
東西探偵、医務室へ → 青子、快斗の部屋を訪問 → 東西探偵、コナンの部屋へ
快斗と青子、食堂へ → コナンの部屋へ探偵団達訪問、平次食堂へ
平次、食堂で和葉たちと会話 → コナン、探偵団達と会話 → 平次、探偵団達と遭遇
平次、食堂を出て快斗と遭遇 → 快斗、コナンの見舞いへ
コナンのエピローグは、いわばおまけエピローグ総集編版。
2007年度編集では、カット少々追加少々で、おまけエピローグの中では一番編集率が高いそうな。
今回は若干のセリフ変更、描写修正、後は伏線のごとく張ってた探偵バッジの行方を新規シーンとして追加。
「礼くらい言え」な快斗に対して「宿敵相手に言う義理はない」と言ってのけたコナンを、
もの凄く遠まわしに、感謝はしてると言わせてみた。原案のままだと、いくらなんでも横柄すぎた。
探偵バッジ関連部分に関しては、19章のコナンと哀の会話部分。
当時、伏線として書いたのかどうかは分かりませんが、いかにも後から触れますな内容だったので、
22章〜24章のどこかで快斗の居場所確認するコナンのシーンを入れようかとも思いつつ、
どうにも挟めなかったので、この度申し訳程度に追加してみた。その関係で若干展開が変わってるエピローグ。
それから今回、このおまけエピローグを編集してて思ったことが三つ。
一つは、頭と肩と腹部殴られているはずの快斗が、何故か医務室のお世話になっていないこと、
後は、いくら深夜とはいえ、医務室にいない船医が果たしているのか、そしてコナンの怪我を放置して平気なのか。
船医の部分は修正しようかと思ったんですが、コナン送ったついでに話を始めてるので、
色々矛盾点出たり、リズムが悪くなるかと思い、そのまま強行した。