殺人への誘い 〜第十九章:自責の念〜


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「……ったく」

 二度目にかけた電話が繋がらないことに対しては、特に怒りはなかった。
むしろ呆れ返った様子でボタンを押して電話を切る。

「あの野郎……。俺がもう一回かけてくるのを見越して、電源切りやがったな」

 コナンはため息をつきながら、携帯をしまうと探偵団達の方へ戻って行く。

(……ま、無茶するにしても、まさか危うく自分が殺されるようなことまではしねーだろ)



「さて、と」

 探偵団達の所まで戻って来ると、コナンは彼らに声をかけた。

「オメーら、夕飯は?」

「向こうで出される前に逃げてきましたから、まだ食べてませんけど……」

「それなら、捜査の前に食堂――」

「な、なぁ……コナン」

 いつもの一緒にいて疲れるほどの覇気がなく、元太の口調に珍しく元気がない。
コナンが周りを見渡すと、全員が申し訳なさそうな顔でコナンを見ている。

「何だよ? しけた顔しやがって」

「……ゴメンね。コナン君」

「え?」

 いきなり謝られても、理由が分からなければ、言葉の返しようもない。

「俺たちだって、抗議したんだぜ!」

「でも、どれだけ拒否しても、それを断固として承諾してくれなかったんです!」

 口々に言われたのでは、分かるものもますます分からない。

「少しは落ち着けよ。話の主旨が何なのかくらい、
 最初に言われなきゃ、何言ってるか、分かりゃしねーだろ?」

「……分かってないんですか?」

 コナンの言葉に、光彦が怪訝そうに訊ねた。それに苦笑いしながら言葉を返す。

「分かってりゃ、わざわざあんなこと言うかよ」

「平次お兄さんと、快斗お兄さんのことだよ」

 歩美の言葉に、コナンは意表を突かれたように四人を見返した。

「ああ……それか」

 彼らの口から出ると思っていなかった言葉に、コナンは少々戸惑ったらしい。

「今まで監禁されてた人物を逃がすということは、
 自分の正体がばれる可能性があり、犯人にとっても危険極まりないのは当然でしょ?」

「だから、全員逃がすわけには行かないだろうって言って、
 平次お兄さんと、快斗お兄さんが自分から残るって言い出したの」

「でも、そうなると、逃げた僕たちの分まで、
 あの二人が危険な目に遭うってことじゃないですか」

「それが最悪の場合殺されることだって、ありえるだろ?
 そう思って断っても、あの兄ちゃんたち、
 すっげー顔して『言うとおりにしろ』っつーんだよ」

 悔しそうに続けられる言葉に、コナンは四人から目を外すと、一人苦笑いした。

(……そりゃ、子供が四人食って掛かかったところで、
 考え捻じ曲げるような奴らじゃねーからな)

「それでね、コナン君……。
 平次お兄さんたちが、今より危なくなるって分かってたのに、
 歩美達だけ逃げてきちゃったから……」

 溢れんばかりの涙を目にためて言う歩美の肩に、コナンは優しく手を置いた。

「大丈夫さ。事件慣れしてる人間もいるし、
 逃げることに関しては、いくつも方法知ってそうなのもいる。
 最悪、二人とも死にゃしねーだろ」

 マイナス思考に走っている四人を励ます口調で言うコナンだが、
申し訳ない気持ちが思いの外強いようで、口元に笑みが戻らない。
これにコナンはため息をつくと、肩をすくめる。

「オメーらなぁ……。別にあの二人が死んだわけでもねーんだろ?
 それに、あの二人は何もオメーらに責任感覚えせようと逃がしたわけじゃないだろ?
 こっちで犯人挙げて、自分たちを助けに来させるつもりで逃がしたんだよ。
 いつまでもそんな状態でいたんじゃ、捜査の進みようがねーじゃねーか。
 それをあの二人が望んでるとでも思うのか?」

「…………」

「ともかく! いつまでもこうしてても意味がねーだろ。

 とっとと捜査始めるか、食堂に行こうぜ?」

 そう言われた直後は、その提案に乗り気があるとは思えない雰囲気だったが、
しばらくして発せられた言葉が、その雰囲気を打ち消した。

「……じゃ、じゃあ……やっぱり……腹ごしらえだよな!」

 多少遠慮している口調ではあったが、言いたいことは明確に言っている。
この場を和ませようと言ったのか、それとも単に本音を言っただけなのかは定かではないが、
これまでの空気を一新させたのは事実だ。

「何につけても、食い気に走るのがオメーらしいな」

 笑いながら言うコナンに、他のメンバーも笑いながら頷いた。

「ホントだよー、元太君」

「さっきまでは、深刻な話して気持ちが沈んでたんじゃないの?」

「落ち込んでても腹は空くぜ!」

 意気込んで元太がそう言うと、待ってましたと言わんばかりに、元太のお腹が音を立てる。
それを聞いて、元太を除く四人全員が一斉に吹き出した。

「タイミング良すぎですよ! 元太君!」

「しゃーねーだろ? 食い物のこと考えたら、余計腹が減ってきたんだからよー……」

「じゃあ、それ以上お腹が空かないように、早く晩御飯食べに行かなくちゃね!」

 可笑しそうに笑いながら三人は食堂へ向かいだした。
その様子を見てコナンは安堵したように、ため息をつく。

「ったく。あいつらがあんな調子じゃ、こっちまで気が狂っちまう……」

「あら。でも、あの状況下でそう思うのも無理ないと思うけど?」

「そりゃ、そうだろうけどなぁ……」

 不満そうに見るコナンに、哀は皮肉っぽく笑って続ける。

「それに工藤君だってそうでしょ?
 ああは言ってたけど、あの二人が心配なのは、彼らと同じなんじゃない?」

 哀の言葉にコナンは不思議そうな顔で哀を見返したが、すぐに笑いながら首を横に振った。

「いや。俺の場合は、何とか出来そうな二人だからこそ、だな。
 それがどんな方法であれ、あの二人なら何とかするだろうから、気になんだよ」

「どういうこと?」

「“死を顧みず”ってことさ」

 それ以外の選択肢はハナから考えていないかのように、コナンはあっさり言ってのける。
一方で、まるで諦めたような清々しい物言いに、哀は一瞬目を見開いた。

「……まさか。いくら何でもそこまでする?」

 驚きと意外を混ぜて言う哀に、コナンは呆れたように哀を見る。

「しそうじゃなきゃ、心配なんかするかよ」

「でもそれが本当だとするなら、ホントに似たもの同士の寄り合いね、あなた達。
 いつも自分の優先順位が一番最後なら、適当にしないとすぐにでも命落とすわよ?」

 諭すように言う哀とは逆に、コナンはくだらなさそうに肩をすくめた。

「殺されることには慣れてるよ」

「そういう問題じゃ……!」

「――コナンくーん! 哀ちゃーん! 早くおいでよーっ!」

 哀の文句が言い終わらない内に、遠くの方から歩美が二人に手を振りながら叫んだ。
天の助けと、コナンは哀に声をかけると、何事もなかったように三人のいる方へ歩き出す。

「……最悪、大丈夫だと思うわよ。まあ、これはあなたの行動次第でしょうけど」

「え?」

 哀の言葉に、コナンは不思議そうに振り返る。

「追跡メガネがあるんだもの。あの二人が死に直面してる時に駆けつければ――」

「バーロ。あの二人は発信機なんて持っちゃいねーよ。
 追跡メガネは、発信機に反応して目的の人物の居場所が分かる仕組みなんだぞ?
 発信機がありゃ話は別だが、持ってなきゃなんの意味も……」

「でも、探偵バッジには反応するでしょ?」

「そりゃそうだけど、あの二人がバッジ持ってるわけがねーだろ?」

「持ってるわよ」

 哀の口から出た言葉に、コナンは目を丸くする。

「大阪の探偵さんが連れてこられる前、やたらと元気な手品師が連れて来られた時よ。
 万が一、今みたいなことがあったとした時用にと思って、
 相手が気絶してる間に服のポケットに入れといたのよ。
 まあ本人は未だに気付いてないみたいだけど」

「なるほどね」

「自分たちだけ助かって、助けてくれた人をみすみす殺させるのも悪いもの」

(……まあ、あの二人が大人しく殺されるとも思えねーけどな)

 いつの間にか自分の先を歩いている哀を見ながら、コナンは苦笑いして後を追った。



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