「……ったく」
二度目にかけた電話が繋がらないことに対しては、特に怒りはなかった。
むしろ呆れ返った様子でボタンを押して電話を切る。
「あの野郎……。俺がもう一回かけてくるのを見越して、電源切りやがったな」
コナンはため息をつきながら、携帯をしまうと探偵団達の方へ戻って行く。
(……ま、無茶するにしても、まさか危うく自分が殺されるようなことまではしねーだろ)
「さて、と」
探偵団達の所まで戻って来ると、コナンは彼らに声をかけた。
「オメーら、夕飯は?」
「向こうで出される前に逃げてきましたから、まだ食べてませんけど……」
「それなら、捜査の前に食堂――」
「な、なぁ……コナン」
いつもの一緒にいて疲れるほどの覇気がなく、元太の口調に珍しく元気がない。
コナンが周りを見渡すと、全員が申し訳なさそうな顔でコナンを見ている。
「何だよ? しけた顔しやがって」
「……ゴメンね。コナン君」
「え?」
いきなり謝られても、理由が分からなければ、言葉の返しようもない。
「俺たちだって、抗議したんだぜ!」
「でも、どれだけ拒否しても、それを断固として承諾してくれなかったんです!」
口々に言われたのでは、分かるものもますます分からない。
「少しは落ち着けよ。話の主旨が何なのかくらい、
最初に言われなきゃ、何言ってるか、分かりゃしねーだろ?」
「……分かってないんですか?」
コナンの言葉に、光彦が怪訝そうに訊ねた。それに苦笑いしながら言葉を返す。
「分かってりゃ、わざわざあんなこと言うかよ」
「平次お兄さんと、快斗お兄さんのことだよ」
歩美の言葉に、コナンは意表を突かれたように四人を見返した。
「ああ……それか」
彼らの口から出ると思っていなかった言葉に、コナンは少々戸惑ったらしい。
「今まで監禁されてた人物を逃がすということは、
自分の正体がばれる可能性があり、犯人にとっても危険極まりないのは当然でしょ?」
「だから、全員逃がすわけには行かないだろうって言って、
平次お兄さんと、快斗お兄さんが自分から残るって言い出したの」
「でも、そうなると、逃げた僕たちの分まで、
あの二人が危険な目に遭うってことじゃないですか」
「それが最悪の場合殺されることだって、ありえるだろ?
そう思って断っても、あの兄ちゃんたち、
すっげー顔して『言うとおりにしろ』っつーんだよ」
悔しそうに続けられる言葉に、コナンは四人から目を外すと、一人苦笑いした。
(……そりゃ、子供が四人食って掛かかったところで、
考え捻じ曲げるような奴らじゃねーからな)
「それでね、コナン君……。
平次お兄さんたちが、今より危なくなるって分かってたのに、
歩美達だけ逃げてきちゃったから……」
溢れんばかりの涙を目にためて言う歩美の肩に、コナンは優しく手を置いた。
「大丈夫さ。事件慣れしてる人間もいるし、
逃げることに関しては、いくつも方法知ってそうなのもいる。
最悪、二人とも死にゃしねーだろ」
マイナス思考に走っている四人を励ます口調で言うコナンだが、
申し訳ない気持ちが思いの外強いようで、口元に笑みが戻らない。
これにコナンはため息をつくと、肩をすくめる。
「オメーらなぁ……。別にあの二人が死んだわけでもねーんだろ?
それに、あの二人は何もオメーらに責任感覚えせようと逃がしたわけじゃないだろ?
こっちで犯人挙げて、自分たちを助けに来させるつもりで逃がしたんだよ。
いつまでもそんな状態でいたんじゃ、捜査の進みようがねーじゃねーか。
それをあの二人が望んでるとでも思うのか?」
「…………」
「ともかく! いつまでもこうしてても意味がねーだろ。
とっとと捜査始めるか、食堂に行こうぜ?」
そう言われた直後は、その提案に乗り気があるとは思えない雰囲気だったが、
しばらくして発せられた言葉が、その雰囲気を打ち消した。
「……じゃ、じゃあ……やっぱり……腹ごしらえだよな!」
多少遠慮している口調ではあったが、言いたいことは明確に言っている。
この場を和ませようと言ったのか、それとも単に本音を言っただけなのかは定かではないが、
これまでの空気を一新させたのは事実だ。
「何につけても、食い気に走るのがオメーらしいな」
笑いながら言うコナンに、他のメンバーも笑いながら頷いた。
「ホントだよー、元太君」
「さっきまでは、深刻な話して気持ちが沈んでたんじゃないの?」
「落ち込んでても腹は空くぜ!」
意気込んで元太がそう言うと、待ってましたと言わんばかりに、元太のお腹が音を立てる。
それを聞いて、元太を除く四人全員が一斉に吹き出した。
「タイミング良すぎですよ! 元太君!」
「しゃーねーだろ? 食い物のこと考えたら、余計腹が減ってきたんだからよー……」
「じゃあ、それ以上お腹が空かないように、早く晩御飯食べに行かなくちゃね!」
可笑しそうに笑いながら三人は食堂へ向かいだした。
その様子を見てコナンは安堵したように、ため息をつく。
「ったく。あいつらがあんな調子じゃ、こっちまで気が狂っちまう……」
「あら。でも、あの状況下でそう思うのも無理ないと思うけど?」
「そりゃ、そうだろうけどなぁ……」
不満そうに見るコナンに、哀は皮肉っぽく笑って続ける。
「それに工藤君だってそうでしょ?
ああは言ってたけど、あの二人が心配なのは、彼らと同じなんじゃない?」
哀の言葉にコナンは不思議そうな顔で哀を見返したが、すぐに笑いながら首を横に振った。
「いや。俺の場合は、何とか出来そうな二人だからこそ、だな。
それがどんな方法であれ、あの二人なら何とかするだろうから、気になんだよ」
「どういうこと?」
「“死を顧みず”ってことさ」
それ以外の選択肢はハナから考えていないかのように、コナンはあっさり言ってのける。
一方で、まるで諦めたような清々しい物言いに、哀は一瞬目を見開いた。
「……まさか。いくら何でもそこまでする?」
驚きと意外を混ぜて言う哀に、コナンは呆れたように哀を見る。
「しそうじゃなきゃ、心配なんかするかよ」
「でもそれが本当だとするなら、ホントに似たもの同士の寄り合いね、あなた達。
いつも自分の優先順位が一番最後なら、適当にしないとすぐにでも命落とすわよ?」
諭すように言う哀とは逆に、コナンはくだらなさそうに肩をすくめた。
「殺されることには慣れてるよ」
「そういう問題じゃ……!」
「――コナンくーん! 哀ちゃーん! 早くおいでよーっ!」
哀の文句が言い終わらない内に、遠くの方から歩美が二人に手を振りながら叫んだ。
天の助けと、コナンは哀に声をかけると、何事もなかったように三人のいる方へ歩き出す。
「……最悪、大丈夫だと思うわよ。まあ、これはあなたの行動次第でしょうけど」
「え?」
哀の言葉に、コナンは不思議そうに振り返る。
「追跡メガネがあるんだもの。あの二人が死に直面してる時に駆けつければ――」
「バーロ。あの二人は発信機なんて持っちゃいねーよ。
追跡メガネは、発信機に反応して目的の人物の居場所が分かる仕組みなんだぞ?
発信機がありゃ話は別だが、持ってなきゃなんの意味も……」
「でも、探偵バッジには反応するでしょ?」
「そりゃそうだけど、あの二人がバッジ持ってるわけがねーだろ?」
「持ってるわよ」
哀の口から出た言葉に、コナンは目を丸くする。
「大阪の探偵さんが連れてこられる前、やたらと元気な手品師が連れて来られた時よ。
万が一、今みたいなことがあったとした時用にと思って、
相手が気絶してる間に服のポケットに入れといたのよ。
まあ本人は未だに気付いてないみたいだけど」
「なるほどね」
「自分たちだけ助かって、助けてくれた人をみすみす殺させるのも悪いもの」
(……まあ、あの二人が大人しく殺されるとも思えねーけどな)
いつの間にか自分の先を歩いている哀を見ながら、コナンは苦笑いして後を追った。
2007年度編集。コナンと哀のやり取りの編集と追加、平次と快斗に関する部分を多少カットだそう。
今回はシーン編集というよりは、描写部分の修正が多かった気がする。
全体的に文字数が少なめの章だったので、何らかのシーンを追加するか、
むしろ長めな次章の最初の一段落分を、この章の後半にくっつけようかと思えど、
その一段落部分が割と長かったため却下し、この前後で書けそうな新規シーンも思い浮かばず、
若干短めの章となっております。……章数多いせいもあるのかもしれないけど、
誘いは各章によって、文字数の違いがやたらと激しい気がする。