殺人への誘い 〜第十三章:一枚の暗殺予告〜


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「せやけど工藤。もしこれがホンマに殺人予告なんやったら、犯人キッドっちゅうことか?」

 不思議そうに訊く平次を、逆にコナンは肩をすくめて首を横に振る。

「いや。時間的に奴に犯行は不可能だ。
 あいつらから、大まかに事件当時の状況聞いたけど、
 最初に銃声がしたのはキッドが現れて、十五分か二十分経ってからなんだろ?」

「……まあ、それくらいやったやろな。最低でも十分は経ってるわ」

「なら尚更さ。午後十時十分以降のアリバイならあるはずだからな」

 平然と言われたその言葉に、平次は難しそうな顔で唸りだした。
だが、どうにも理解しがたいらしく、最終的には怪訝そうにコナンに訊いた。

「けどなぁ、工藤。信用できるんか? そのアリバイ証明する人物」

「それを信用するかは人次第だよ。オメーはどうだか知らねーが」

「せやけどそんな情報、どっから仕入れて来てん? キッドはもう逃げたんやろ?
 本人に確かめる言うても『午後十時十分以降あなたは何処にいましたか?』なんて、誰が訊けんねん?
 そもそも時間的にそないな余裕もあらへんし、キッド本人が素直に答えるとも思えんで」

 キッド本人も、その本人に躊躇いなく事情を聴ける相手が目の前にいるとは夢にも思うまい。
平次のこの言葉に、コナンと快斗は顔を見合わせると小さく笑った。

「仕入れて来る必要なんてねーよ。たとえ、奴が逃げててもまだ船内にいたとしてもな」

「……どういう事や? 仕入れてくる必要もあらへんて」

「分からねーか? キッド本人に訊いてないんなら、残るのは一つだろ?」

「そのアリバイ証明する人間に訊くっちゅうことやろ?
 せやけどなぁ……。それもその人間が誰か分からんことには訊くに訊けへんやろ。
 それこそ、それが誰かっちゅうんをキッド本人に訊くか、もしくは――」

 言いかけて言葉を切ると、平次は驚いた様子でコナンを見る。

「ちょー待て!! アリバイ証明する人間て、工藤か!?」

「ああ。幸か不幸かは知らねーけどな。
 言っただろ? 逃げるとしたら甲板位だから、最初から甲板にいてたって。
 丁度奴が甲板に現れたのが午後十時十分位だったってわけさ」

「なるほどなぁ………ん? ちょー待ちや? それやったらおかしないか?」

「何が?」

 不思議そうに首を傾げるコナンに、平次は二枚の予告状に視線を落とす。

「ホンマに殺人やらかしたんがキッドやないんやったら、この予告状は誰が出してん?」

「犯人だろ?」

 しかめ面で訊く平次に、コナンは考える間もなく即答する。
だがその答えに、平次はますます不可思議そうな様子で首を激しく横に振った。

「やっぱりおかしいて! キッドが暗闇作ってその間に物盗む、っちゅうんはええとして、
 どないやってキッドが来るっちゅうて分かったんや?
 本人が予告状出さんかった場合、自分がキッドに変装して宝石盗むか、
 その日、フリーダーさんを殺害するっちゅうんを断念するか、二つに一つやで。
 まさか宝石盗みながら、射殺は出来んやろ。全員の注目してる前なんやから」

 平次の意見を聞いて、コナンは思わず小さく吹き出した。

「……キッド本人と似たようなこと言ってやがる」

「ん? 何や? 何か言うたか?」

「いや、別に。……オメーが知ってるか知らないかは分からねーが、
 キッドは特定の――ビッグジュエルと呼ばれてる宝石しか盗まねーんだ。
 で、今回展示された二つもその類いの宝石だったってわけさ」

「ああ……要するに、キッドが盗む宝石展示するて報道したら、
 それ知ったキッドが予告状を寄越してくる、っちゅう予測が立つわけやな?」

 平次の推測にコナンは無言で頷いた。
だが、その直後平次は顔をしかめると首をひねる。

「けどやなあ、工藤。警察翻弄するほどの人間なんやろ? そない簡単に引っかかるか?」

 疑わしそうにそう言ってから、平次は可笑しそうに笑って付け加えた。

「もしホンマに引っかかったっちゅうんやったら、それはただのアホやろ」

(――悪かったな、ただのアホで!)

 快斗は気付かれない程度に、不満そうに平次を睨むが、
事情を知っているコナンは、可笑しそうに笑いをこらえている。

「それで、探偵君? もう一枚の予告状が、暗殺予告だと思った理由は何なわけ?」

 話題を逸らすように快斗がコナンへ言った言葉は、どこかしら不満げだ。

「ああ、それか? ――ライラック・サイスの方の予告状かしてくれ」

 コナンは予告状を受け取ると、
予告状にある“ライラック・サイス”の部分に、人差し指を当てて、数回トントンと叩いた。

「さっきの『別名』でピンと来たんだが……。
 “ライラック”と“サイス”は、どっちも英語だってのは分かるよな?」

「そりゃーそれ位は」

「ライラックは、ドイツ語だとフリーダー(Flieder)になり、
 サイス(Scythe)は、ドイツ語じゃゼンゼ(Sense)で、両方とも日本語に置き換えると、
 ライラックはライラック、サイスは鎌だ。特に、大鎌の方のな」

 コナンの言葉に、平次と快斗の二人は顔を見合わせた。

「それが何で暗殺予告になんねん?」

「あくまでも、これは俺の推測だけど、予告状に示してある“ライラック”
 これが実際、狙撃され殺されかけた“フリーダー”さんの事を指し、
 “サイス”が“殺害”を意味してんじゃねーかな、って思ってな」

「ホンなら“大鎌”が“殺害”を意味するんは何や?」

 その言葉に、コナンは難しそうに眉を寄せる。

「これに関してはかなりの推測になるけど――」

「死神、か?」

 快斗が思いついた様子で、コナンの言葉に割って入る。

「多分な」

「確かに、タロットカードじゃ定番だな。中には鎌を持ってないタイプの絵柄もあるけど、
 死神と大鎌はセットでイメージされることが一般的には多いはず。
 まあ、タロットに関しては俺は専門外だから、明確には言えねえけど、
 正位置のそれが示すものは、大体『死』絡みなことが大半だろうからな」

「……言われてみればそうとも考えられるけどや! 問題もう一個あんで?」

 そう言うと、平次はコナンに視線を移した。

「ホンマにこれが暗殺予告なんやとしたら、
 当日にその宝石が盗まれたんはどう説明すんねん?」

 その言葉に、コナンは難しそうに眉間に皺を寄せると、ため息をついた。

「そこなんだよなぁ……問題は」

「分かっとらんのか!?」

 この言葉に、平次が驚いたように目を見張る。

「せやったら、何でこの予告状がキッドが出したもんやないて思てん?」

「……それも憶測になるけど――」

 コナンは困ったように頬をかきながら、
昼前に快斗へ話した予告状の示す日付の違和感についての説明をする。

「なるほどなァ……。でもこうは考えられんか? 最初から二枚出す予定で、
 あえて一枚目に“同日・同場所”て書いたっちゅう可能性や。
 そら普通は二枚目に書くやろけど、一枚目に書く確率が完全にないとも言えんやろ?」

「そりゃまあ、そうだけど……」

 一応その理由としては、先に快斗へ話したように、キッド側への利点がないことや、
宝石を一つだけ返す理由がないという多少なりとも根拠もあるのだが、
相手が平次となると、説得力には欠けるだろう。
言葉を濁すコナンに対し、快斗は思い出したように話し出した。

「あ、でも待てよ。キッドが一つしか宝石盗まなかった理由、根拠になるのがあるかも。
 あの“ライラック・サイス”って宝石、ビッグジュエルじゃねーんだよ」

「……ガセネタとちゃうやろな?」

 しかめっ面で快斗を見る平次だが、快斗は自信ありげに言い切った。

「宝石にはちょっと詳しいんでね」

 紛れもないキッド本人だ。詳しくて当然だろう。

「――おい、ホントか?」

 コナンが小声で疑わしそうに快斗に訊ねる。

「まさか、一つだけしか盗んでないって証明したいが為にウソ言ってんじゃ――」

「見えるか? ウソ言ってるように」

「コソ泥やってる時点で信憑性は薄いからな」

「あのなぁ。あの時、お前に遮られたけど、この情報言おうとはしたんだぞ?
 大体、二つともビッグジュエルで、仮に両方とも同じ日に盗むと予告したのなら、
 間違いなくちゃんと二つとも盗みますよ、探偵君」

「バーロ。だから話がややこしいんだろ?」

 呆れたようにコナンは言う。

「服部が来る前にも言ったけど、宝石は二つとも無くなってんだよ。
 実際、オメーが一つしか盗んでないにしても、それを証明する証拠がねーと信憑性が薄い。
 さっきも言っただろ? 普段、盗みやって警察から反感かってる奴が、
 『一つしか盗んでない』と証言してると言ったところで、信用しないのが大半だよ」

「でもなぁ……俺は正体バラすつもりはねーぞ?」

「中森警部もいるんだろ? バラさせようとは思ってねーよ。一つだが、策はある。
 俺はとりあえず良いとして、問題なのは服部だな」

「問題?」

 首を傾げる快斗は無視して、コナンは平次の方に向き直った。

「なぁ、服部。ものは相談なんだが、オメーはその予告状の本筋が、暗殺予告だと思うか?」

 突拍子もない言葉に平次は顔をしかめる。

「それ“相談”か? 明らかにただ、疑問こっちに投げかけとるだけやで」

「いいから。どうなんだよ?」

「そら相手ドイツ人やし、予告状にかこつけて暗殺予告――まあこっちに対する挑戦状やな。
 そいつをよこすっちゅう可能性は高い思うで。実際に殺されかけたわけやし。
 せやけどなぁ……。殺されかけたんは事実や。けど宝石も二つ盗られとるんも事実やろ?
 せめて、フリーダーさんが誰かに恨まれるような事があったんやったら話は別やけど……」

 コナンは平次を少し窺うように見てから、腰掛けていたベッドからて立ち上がると、
目の前のテーブルに置いてあるルームキーを手に取った。

「それじゃあ、聞き込みに行くか」

「へ……? あ、ああ……構へんけど、お前体調大丈夫なんか?」

「眩暈はほとんど治まってる。全力疾走しなきゃ大丈夫だろ」



 廊下へ出た直後、快斗が思い出したようにコナンへ向かって声を上げた。

「あ、そうそう。返す物あったの忘れてたな」

「返す物?」

 突如言われた言葉に、コナンは怪訝そうに顔をしかめた。

「……別に俺は何も貸しちゃいねーけど?」

「いや、落ちたのを拾ったんだよ。オメーが甲板でぶっ倒れた時に」

 そう言うと、快斗はズボンのポケットから携帯を取り出して、コナンへ渡す。

「ああ、そういうことか。――サンキュ」

 コナンは受け取った携帯をしまいかけた手を止めて、快斗へ視線を戻した。

「そう言や、さっき訊きそこなったけど、犯人を催眠スプレーで眠らせたのは良いとして、
 どうやってその隙作ったんだよ? いきなり目の前に立ったわけでもねーんだろ?」

「ああ、それ? あの時、甲板に自分たち以外誰もいないって思ってたみたいで、
 周囲確認することなく、お前抱え上げて立ち去ろうとしててな?
 隠れてた俺の横を横切った時に、背後からこっそり忍び寄って、こいつを後頭部に当てた」

 そう言うと快斗は上着の内ポケットから、コナンの方へトランプ銃を覗かせる。

「で、向こうが驚いて振り返った時に催眠スプレーを仕掛けたってわけだ」

 言いながら、快斗はトランプ銃をしまうと話を続けた。

「それこそ目の前の犯人どうにかしようとは思ったんだぜ?
 ただ、殴られたのかお前頭から結構出血してたから、先に医務室運んだ方が良いだろうってなって、
 医務室連れて行ってから、ロビー周辺捜してたっていう西の探偵とコンタクト取って、
 お前のこと任せてから、甲板戻ったら犯人がいなくなってたって経緯」

「顔は見てねーのか?」

「帽子にサングラス、その上フードかぶられてると、確かめようにもさすがに無理な話でしょう?」

 快斗は肩をすくめながらそう言うと、苦笑いして首を横に振った。

「だったら性別はどうだ?」

「あくまで推測って前提で良いなら、男。
 ただ、大きめの服をあえて着用した状態で、下に重ね着をしているんであれば、女でも多少の体格は隠せる。
 だから確実に男って言い切るわけにはいかねーけど、可能性は男の方が高いと俺は思うかな」

「そうか……」

 快斗の言葉を受けて考え込むコナンだったが、
一人先を歩いていた平次が、二人が後をついて来ていないのに気が付いて、声を上げながら手を振った。

「おーい! 事情聴取行くんやろー?」

「悪い、今行く!」

 平次の言葉に、二人は慌てた様子で平次の方に駆けて行く。

「せやけど何話しとったんや?」

「ああ。俺を襲った犯人の情報についてちょっと――」

 コナンは途中で言葉を切って、そのまま勢い良く後ろを振り返る。
だが、その視線の先には何もない。延々と廊下が続いているだけだ。

「何や、どないした?」

 突然のコナンの行動に、平次と快斗は不思議そうに顔を見合わせると首をひねる。
その問いにコナンはすぐには答えずに、無言で廊下をしばらく睨んでから、硬い表情で首を傾げた。

「……なんでもねーよ」

 呟くようにそう言うと、コナンは前へ向き直る。
それ以上何も語ろうとしないまま、先を歩き出すコナンに、平次と快斗は顔を見合わせてからコナンの後を追った。
その直後、物陰から現れた一つの影もまた、三人の後を追うように動き出した――。



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