【 ※この話は平次が「快斗=キッド」だと知る章です。嫌な方はお気をつけ下さい 】
【 ※他エピローグとは繋がりがありません。単体エピローグとしてお楽しみ下さい 】
「釘やてェ!?」
船旅最後の日となった直後の午前〇時過ぎ。
早朝コナンへ告げたとおりの時刻に、甲板へやって来たコナンと平次に快斗は脱出方法を告げた。
そこで聞かされたその方法に、二人は驚いて声を上げると顔を見合わせる。
「ちょっと待て! 脱出する以前に、どうやって取り出したんだよ?
縄が少しでも動いたら、爆破スイッチ作動するようにしてた、ってウィリアムさん――」
「この俺をなめてかかってんじゃねーか? 探偵君?
縄と爆弾の関係には気付いてたからな。釘は簡単な所にしまっといたから平気でね。
とりあえず、直接爆弾に通じそうな方の縄は動かないように手で握っといて、
空いた方の手に釘持って、地道に縄切ってったんだよ」
「せやかてそう上手いこと行くか?」
「俺は元々、手先が器用なもんで」
疑わしそうに訊く平次に、快斗は誇らしげに笑って見せる。
「手と足の縄解いてから、爆弾覗き込んだけどタイマー設定はなかったから、そのままゆっくり出てったんだよ。
まあ、そうそうすんなり外に出たら、逆に犯人が待ち構えてる可能性もあったから、
厳重にロックしてある窓ガラスのカギを、音立てずに開けて、そこから脱出したってわけ」
淡々と言ってのける快斗を、コナンは呆れた見る。
(後半、思いっ切りキッドでやってそうじゃねーか……)
「せやけど、手先が相当器用で、窓のカギ、音立てんと開けることが可能っちゅうたら、
アンタ、それこそ泥棒か何かに向いとるんちゃうか?」
笑いながら言った平次につられるように、快斗も可笑しげに笑った。
「そりゃまあ、俺の副職がそれと似たようなもん――」
言いかけて、快斗は慌てて言葉を切った。
思わずコナンの方へ目を向けるも、眉間に皺を寄せた状態で首を横に振られる。
助けて下さいと目で訴えるが、コナンは素知らぬ顔で快斗から目を背けた。
「――おい。今のどうゆうことや? 泥棒が副職て」
「え……いや……ナンノコトデショウ……カ?」
アハハ。と無理に笑顔を作るが、当然のごとく通用しない。
威圧しかこもっていない目で睨まれて、我知れず背筋に悪寒が走った。
(あー……と。どうすっかな、この状況)
快斗は苦笑いして頬をかくと、顔の前で両手を合わせた。
「さっきの発言はただの言葉の綾です! だから、何でも――」
「アカン! 弁解するっちゅうことは、肯定した証拠や。どうゆうことなんや?」
(……素直に謝っても無理、と。あーくそっ! 何で探偵ってのは粗探しが好きなんだよ!?)
苦し紛れに快斗はコナンの方へ視線を動かすが、本人は全く関わるつもりがないらしい。
我関せずといった様子で、のんびり海の方へ目をやっている。
「――おいっ! 名探偵!」
救いを求める快斗の悲痛な叫びにすら振り向きもせず、コナンは海を眺めたままで言葉を返す。
「やなこった。テメーの失敗だろ。自分で何とかするんだな」
「――おい!? 待てよ! あの時助けてやったじゃねーか!
こういう時くらい、その借り返そうとか思わねーの!?」
「頼んでねーよ」
再三救いを求めても、ことごとく跳ね返される。
返す言葉に悩んでいる快斗に聞こえて来たのは、コナンが小さく笑う声。
その反応に不満そうに顔を上げると、いつの間にか面白そうな顔でコナンがこちらを振り向いていた。
「別に言ったところでどうにかなるってわけじゃねーと思うけど?
言ってからのフォローはやってやるよ。後はオメーが服部をどの程度信用するかだな」
「…………」
これに快斗は、ジッと平次の方を窺うように見る。
「『話すな』っつったら、他言しないタイプか?」
「……まあ、口は堅いつもりやけど?」
「どこがだよ?」
少し考えながら答えた平次に、コナンは思わず口を挟んだ。
「何やそれ! 姉ちゃんに正体バラしとらんやろ!?」
「――何度口滑らせたと思ってんだよ!」
平次が不満そうに口を尖らせて言った言葉に、コナンは苦笑いして即答する。
その内容に平次は返す言葉を詰まらせると、眉を寄せてコナンから目を逸らした。
そんな二人のやり取りを交互に眺めて、快斗は不安げな視線をコナンへ向けた。
「……なあ。ホントに大丈夫なわけ?」
呟きにも似た快斗の言葉に、コナンは無表情で快斗をしばらく見てから、腕を組んで無言で頷いた。
「どうだろうな?」
「……そこは嘘でも『大丈夫』とか言って下さい」
難しそうな顔で答えたコナンの言葉に、快斗は真顔でそう返した。
「でもまあ、俺はともかく服部は基本的に大阪から動かない。
だから万が一口滑らせても、お前を知ってる人はいないに等しいし、信じる人もそういない。
そもそもお前が今の状態で服部と会うことはほぼないだろうから、そこまで心配しなくても大丈夫じゃねーか?」
その言葉に、快斗は険しい表情で唸る。
――確かにそうだ。自分の行動範囲から外れれば、黒羽快斗を知る人間はほぼいない。
仮に平次の口から名前が洩れたとしても、名前を聞いたこともないような人物のことなど気にも留めまい。
何らかの事情で大阪へ出向くことがあったとして、そこで顔を合わせても、さすがに長話はしないだろう。
それを考えれば、コナンの言うように、そこまで大問題ではない。
「……分かりました。どうせ隠したって無駄なんだろ?」
半分意地になりながら、快斗は深くため息をついた。
「ただ、話すけど数秒待ってくれ」
「数秒?」
怪訝そうに快斗を見る平次の前に、スッと人差し指を出した。
平次は首を傾げるが、コナンにはあらかた意味が通じたようである。
「行くぜ? 簡単なやつだけどな」
ゆっくりとカウントダウンをしてから指を鳴らす。
瞬間的に煙が上がると、中から数羽の鳩が飛び出してきた。
いきなりのことに平次が目を丸くして、煙が引くのを待っていると、目の前から快斗の姿は消えていた。
「な、何や……? ――あ! さては逃げよったな!」
客室の方に平次が戻りかけるのを見て、コナンが笑いながら言う。
「逃げたんじゃねーよ」
「せやけど何処にも……」
しかめっ面で言う平次に、コナンは無言で舳先の方へ歩いて行く。
自然と平次が舳先の方へ目を向けるのだが、別に何もない。――白い者を除いては。
コナンは舳先まで行くと、手すりに乗っかり、海の方を見ているキッドに声をかけた。
「やり方がオメーらしいな」
キッドはコナンの方を振り向くと、少し不満げな視線を向けた。
「オメー、性格ケチすぎねえ?」
「ケチで悪かったな。生まれつきだよ」
「嫌なガキ」
その一言に、コナンは一瞬眉を吊り上げると、企むように笑った。
「落としてやろうか、その状態で」
「せっかくですが、丁重にお断りしておきますよ」
キッドはニッと笑ってから床に足を下ろすと、唖然としている平次の方を振り返った。
「――どう。これで満足?」
「……ちょ、ちょー待って! 頭こんがらがって……何や、よー分からんねやけど?」
眉をひそめて自分を見る平次に、キッドは面白そうに笑った。
「へえ? 自分から確信持って訊いといて、今更何が分からないっての?」
「……ホンマか?」
「ウソ言ってどうすんの?」
「そ、そらそうやけど……」
平次は不思議そうにコナンの方へ目をやった。
「工藤の奴、めっちゃ反応、普通やないか。騙しとんとちゃうんか?」
「俺は前から知ってるからな。だから甲板でコイツが現れた時驚いたんだよ」
「せやけどなぁ……」
本人がそうだと言っているにもかかわらず疑うのも奇妙だが、平次はなかなか信用しない。
「……しゃーねーなあ」
キッドは肩をすくめると、スッとシルクハットを取る。
こうなれば首から下はキッドの衣装だが、首から上はどうみても快斗だ。
それを見た平次の目が点になるのを見て、快斗は面白そうに続ける。
「これでも信じられないんなら、モノクルも取ってやるけど?」
「……い……いや……ええわ」
驚きのあまり平次は途切れ途切れにそう呟いた。
平次の様子に、コナンとキッドは面白そうに笑う。
「……つーか、西の探偵。普通そこまで驚くもん?」
「オメーがコイツに詰め寄った時点で、ある程度予想してたんじゃねーのかよ?」
口調は不思議がっているが、表情ではどこか可笑しそうだ。その二人の態度に平次は不満そうに怒鳴る。
「――アホか! 一般常識から考えて、殺人事件の捜査しとる探偵手伝う犯罪者がおるかっちゅうねん!」
「お言葉だな、西の探偵。俺はあの時辞退したのに、そっちが無理矢理手伝わせたんです!」
呆れた口調で言い返されて、平次は不満そうに快斗を睨む。
「……せやったら何で自分わざわざ助けに来たんや?」
「え?」
平次の言葉に、キッドは不思議そうに目を丸くした。
「あんたがホンマにキッドなんやっちゅうんやったら、甲板に来たんもアンタなんやろ?
無理矢理捜査手伝わせられた思とったんやったら、監禁場所から脱出した時点で逃げても良かったんちゃうか?」
「……無理矢理捜査手伝わされたことと、助けに行くことは別問題だと思うんですけど?」
不思議そうに言うキッドに、平次は意外そうにキッドを見返した。
「何でや? 別にそっちに利点はないやろ?」
「血も涙もない凶悪犯でもない限り、
殺されそうな人間がいる場合、見返り求めて助けに行くような奴はいないんじゃないですかね?」
「…………自分、ホンマに犯罪者なんやな?」
怪訝そうに答えたキッドの言葉に、平次は尚も疑わしげな視線をキッドへ向けた。
2007年度編集は、快斗の口滑らせシーンから平次の問い詰めシーンまでを詳しく書き直したそう。
今回の編集は結構手を加えてるかな。そもそも、快斗の口滑らせパターンを若干変えて、
その上で、平次の信用問題云々の話を完全新規シーンとして書き起こし、オチを大幅に変更。
しかもそのオチは何パターンか書き直して、ようやくまとまったというもの。
それ以外は、まあ多少なりとの描写およびセリフ修正を入れてます。
平次と快斗(キッド)の関係性としては、追及よりもこっちのエピローグの方が好きかな。
あくまでイメージとして、原作のコナンとキッドの立ち位置の中で、コナンが平次だった場合、
コナンほどキッドに寛容じゃない気がするんだよな。犯罪者は犯罪者、みたいな考えが強くて、
「犯罪者としてそれはおかしい」となって、いわゆるハートフルなキッドって信じない気がする。