カーテンから漏れる日差しが部屋へ差し込んだ。
その光が閉じている瞼に当たって、快斗は無意識の内に顔をしかめる。
それを遮るように、掛け布団を頭まですっぽり覆うように、深くかぶった。
暑苦しいと言えばそうなのだが、睡眠時間が少ない本人にしてみると、少しでも多く寝ておきたい。
そのまま再びうとうとと眠りに入りだす。
丁度その頃だろうか。部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。
――寝かけたところだ! と心で文句を言っても、相手には聞こえるわけがない。
しばらくすれば、諦めて部屋か何処かに戻るだろうと見越して、そのまま寝入り始める。
それを知ってか知らずか、ずっと聞こえていたノック音がピタリと止んだ。
その状況に、快斗は安堵のため息をもらす。
これからまたゆっくりと寝られると安心したのも束の間。
止んでいたと思われたノック音が再び聞こえ出した。それも、先ほどより大きな音だ。
寝起き――ましてや今まさに二度寝を決め込んだ人間にとってみれば、アラーム音よりも耳障りになる。
だが、そのノック音はどうやら本人が出てくるまで、とてもじゃないが止みそうにない。
仕方なく、ベッドから這い出すと、傍に置いてある時計に目をやった。
(何だよ? まだ七時過ぎたばっかじゃねーか……)
寝転んでいた重い身体を、ベッドの上へ起こすと、欠伸を一つ。
背伸びをしてから疲れたようにため息をつくと、重たい足取りでドアを開ける。
「――あ! やっぱりいた!」
「は?」
寝惚け眼で目の前に立っている人物を見る。
「昨日、お昼食べてから全然見かけないんだもん」
「だからってこんな朝っぱらから来るなよ……」
睡眠不足の不機嫌さも手伝って、快斗は少々ぶっきらぼうに返事を返す。
「だってー、朝一にでも来ないと、快斗逃げるかもしれないし……」
「逃げるかよ! わざわざ!」
口を尖らせ気味に言う青子に、快斗は苦笑いする。
「じゃあ、何で昨日ずっと姿見せなかったの? 携帯に連絡したって、返事来なかったよ?」
あの状況で、どうにか連絡が取れる人間がいるのであれば、むしろこちらが会いたいぐらいだ。
「まあ、それは話すと長げーから、適当に考えといてくれ。それじゃあ――」
そう言って、ドアを閉めようとする快斗を見て、青子はドアに足をかける。
「何よそれ! それで青子が納得するとでも思ってるの!?
ちゃんと理由言わないんなら、足どけないから!」
「……分かったよ。後で説明してやるから、閉めさせてくれ……」
言いながら快斗は心底だるそうにため息をつく。
いつもと違う快斗の様子に、青子は不思議そうに首を傾げた。
「何で?」
「寝てーんだよ! こっちは!」
悲痛な叫び声と共に快斗は青子に訴えるも、青子は不思議そうに首を傾げる。
「今、七時だよ? 普通は起きる時間でしょー?」
「そりゃ“普通は”の話だろ? 俺は三時前にこの部屋に戻ってきたんだよ。だから――」
「……そんな遅い時間まで何やってたの?」
当然出てきた質問に、快斗は返す言葉を詰まらせた。
「――ともかく! 後三十分で良いから、寝かせてくれ!」
「ダメ!」
即答で返しては、青子は引き下がろうとしない。
「そんなこと言って、どうせまだ寝たいだけなんでしょ!」
「いや……ホントに……って、おい! 何やってんの!?」
快斗の言葉を無視して、青子は部屋の中へと上がりこんだ。
それだけならまだ良いのだが、旅行鞄から何やら着衣を引っ張り出す。
「食堂行くなら、着替えなきゃダメでしょ?」
「だから、俺は寝るって……」
「ご飯食べてからだって寝ようと思えば寝れるじゃない」
あっさり言う青子に、快斗は目を丸くして抗議する。
「バカ言え! 食事しちまったら、目が覚めるっての!」
「それならそれで、ちょうど良いの! ――はい!」
そう言うと青子は、快斗の手に服を押し付けた。
「いくらなんでも食堂行くのに寝間着じゃダメだし」
「だから……」
「一分で出てこないと、ドア破って中に入るからね!」
「はぁっ!? いや、ちょっと待て! さすがにそれは短す――!」
抗議空しく、最後まで言い終わる前に勢いよくドアが閉められる。
当然のように勢い良く閉まったドアの衝撃が、快斗の顔面に直撃した。
「――いってぇぇぇっ!!」
「ねー、快斗。疲れてるの?」
青子は食堂へ行きかけている最中、しきりに欠伸ばかりする快斗に訊ねた。
「言ってんだろ? ろくに寝てないって」
「……ホントなの?」
意外そうに言う青子に、快斗は一瞬眉を吊り上げた。
「何でいちいちウソ言わねーとダメなんだよ?」
「それはそうだけど……。それじゃそんな遅くまで何があったのよ?」
先程と同じような質問に、快斗は難しそうな顔で青子に目を向けた。
「……詳しく問い詰めないっつーんなら、話してやるよ」
「詳しく問い詰めたらどーなんのよ?」
「何処からともなくモップが飛んでくる」
「何よ、それ!」
快斗の回答に青子は憤慨したように怒鳴るが、その後も黙ったままな快斗に、青子は唸りながらも提案した。
「分かった! モップ飛ばさないから、詳しく問い詰めて良い?」
青子の考えは実に合理的な答えだ。だが快斗がそれを了承するはずもない。
「無理だな」
「何でよー!」
「モップが飛ばないっつー保証がねえ」
苦笑いしながら言う快斗に、青子は口を膨らませた。
「そんなの簡単じゃない」
青子の口から出た言葉に、快斗は怪訝そうに青子を見る。
「どこがどう簡単なんだよ?」
「青子を信用すればいいのよ!」
胸を張って言われた言葉に、快斗はキョトンとした様子を見せる。
「なあ、青子」
「何?」
「寝言は寝てから言うものだ、っての知ってるか?」
言われた瞬間は何のことか分かっていない様子の青子を見て、快斗はニヤリと笑う。
「――そうか。分からなくて当然か。アホ子だもんな、オメー」
二言目でその意味を理解した青子は、両手にこぶしを作って快斗を殴りかけるが、すぐに動きを止めた。
その直後、快斗の方に目を向けてニンマリと笑う。
「あっそう? それじゃあ、朝ごはんは魚コースを二人分頼んであげる♪」
「……げっ!!」
青子の言葉に、快斗は目を見張る。
「ちょっ……それは……!」
「嫌?」
「嫌に決まってんだろーが! 何でわざわざ――!」
「うーん、そっかぁ……じゃあ仕方ないなー……」
わざとらしく残念そうに言ってから、青子は快斗の前に出てきて足を止めた。
「快斗の分だけ、魚大盛りで頼んであげる!」
「――おい!」
「すみませーん!」
あえて注文内容を叫びながら食堂に入っていく青子を、
快斗は顔を青くしながら慌てて追いかけて行った。
「おい待て、青子! ――謝るから! 謝るからそれだけはホントやめて下さい!」
船なんぞ乗ったことがないので、何とも言えませんが、
こういう所って、朝食は普通バイキングだよなぁ、とか思いながらの編集作業。
2007年度版編集では、『怒鳴る』が『モップ』に変更、後はカットしたり追加したりだそう。
今回の編集も大体そんな感じ。カットはないですが、描写修正と数行程追加。
当時のあとがきによると、このエピローグが後の一人称小説を書き出すきっかけになったとか。
今では割と普通に書いてるパターンの描写ですが、そう思うと感慨深いものがあるな。
おまけエピローグ3編は、主役が違うだけで同一時間内で進行してる内容になっております。
青子の登場頻度が少なくて、快青でまとめた都合上、快斗の時系列だけちょっと特殊。