【 ※他エピローグとは繋がりがありません。単体エピローグとしてお楽しみ下さい 】
夏休みを利用しての船旅。
いきなり飛び込んできたその旅行は、事件の影など全くしない休暇になるはずだった。
出港前、飛び入りで乗船することになった探偵団がいはしたが、それでも少々騒がしいくらいで済んだだろう。
まさか普通に船に乗っているだけで、事件が起ころうとはもちろん予想していない。
ましてや、自分が怪我を負うほどの事件に巻き込まれるなど夢にも思うまい。
一時は物々しい事件の雰囲気が漂っていたが、今はもうその影はなかった。
後三十分もすれば、船は港へ着く。短いようで長かった三泊四日の船旅は、まもなく終わりを告げるのだ。
事件に直接関わった人物の中に、どこか後味の悪さを感じさせながら――。
「なーんや、すっきりせぇへんな」
「確かに。心が晴れ晴れしく……とはなんねーよな」
コナンと平次は深々と、かつ疲れ切ったようにため息をつく。
傷口の痛みも大分マシになってきた、というわけで、甲板に出てきたのだが、
透き通るような青をしている空を見ると、逆に気落ちしてしまう。
「――らしくねぇなぁ!」
果てのない海を、ぼんやりとつまらなさそうに眺めている二人の背後から、
聞き覚えのある声と共に、ヌッと顔が突き出てきた。
「――おわっ!」
突然のことに、コナンと平次はその場から少し飛びのくが、その反応を見た人物は不満そうに言う。
「何? 二人そろってその反応は」
「……オメーなぁ……もっとマシに出て来れねーのかよ?」
落ち着きを取り戻して、コナンは目の前に立っている人物へ呆れたように言う。
「俺の副業は、常に華麗なものなんでね」
「ああ、そう……」
楽しげに言ってのける快斗に、コナンは無関心そうに呟いた。
「でもどうしたんだよ? 事件起こってる時は、あれだけ自信に満ちた顔してた探偵二人が、
事件が終わった途端、急に陰気くさい雰囲気なんか出しちゃって」
「あの犯人が気に食わんねや。人を殺すことを何とも思とらんとこがな」
腹が立っているような口調で言う平次を、快斗は何か言いたげに見る。
(……まあ、確かに俺もそれは思うけどな。随分前から傍観してたとは言え、
アイツの言葉には何かと癇に障るところがあったのは事実だし)
「……俺に関してはもう一つあるけどな」
苦々しく笑いながら言うコナンに、快斗と平次は首を傾げる。
「あるか? あれ以外に?」
「『俺に関しては』って言っただろ?」
そう言うと、コナンは快斗の方へチラッと目をやる。
その目は決して好意的ではなく、相手を震え上がらせる程の強い不満感を宿していた。
(……へ?)
見られた快斗の方は、その威圧感に思わず顔を引きつらせる。
「貸しとか、借りとか言う前に、どうも、気に食わねーんだよ」
「何がや?」
「出時と去り際が分かってるのかして、肝心なところを持ってかれた気がしてな。
しかも、自分に不利になるような行動はしない辺りが、癪で仕方ねえ」
「はあ? 何の事言うてんねん?」
当事者でもない限り、これだけでは意味が分かるまい。
しかし、快斗に理解させるのには充分すぎたらしかった。
言われた瞬間こそ、何のことか分からなかった様子だったが、
すぐに可笑しそうに笑い始める。その反応もまた、コナンの不満を煽り立てた。
「何が可笑しいんだよ!?」
コナンの不平にも、快斗は笑うのを止めようとしない。
「いや……悪い悪い……」
笑いながら、快斗は途切れ途切れに言い出した。
「まさかさ、オメーがそういうの気にするタイプだとは思わねーから……」
「今回なんて三回だろ? 冗談じゃねえ! ――ここに関しては特にだよ」
そう言って、コナンは自分の首の方を指差した。
「ま、確かに、借り作って黙ってるオメーじゃねーな。
でもご心配なく。前と今回かけられた疑惑解いた分で二つは無しにしてやるから。
その代わり、残り一つは念のために残しといてやるよ」
「何が代わりだよ……」
そう言ったところで、それ以上の反論のしようがない。
コナンはそのまま諦めたようにため息をついた。
「……なあ、少しはこっちにも説明してくれへんか?
借りとか、三回とか疑惑とか……一体何のことなんや?」
狐につままれたような様子で二人を見比べている平次に気付いて、
コナンと快斗は、どうしたものかと言いたそうに顔を見合わせる。
快斗が口を開きかけると、足音と共に甲板に女性が一人駆けて来た。
「あ! 快斗、ここにいた!」
「……青子」
現れた助っ人が意外な人物なことに、快斗は驚いたように青子を見やる。
「何よ? 人の顔ジッと見て」
「いや……別に特には。――で、何?」
「『何?』ってねぇ! もうすぐ船着くんだよ? 降りる準備しなくて良いの?」
「あ、そいつは大丈夫。荷物ならもうまとめてるから」
快斗と青子のやり取りを見ながら、平次が不思議そうにコナンに小声で訊ねる。
「おい、工藤。あの姉ちゃん誰か知っとるか?」
「……多分」
「多分?」
コナンの答えに平次は怪訝そうに訊きなおす。
「俺もあいつから直接聞いたわけじゃねーけど、彼女だろ?」
「彼女ォ!? おるんか、あの兄ちゃん!」
「――誰が彼女だよ!?」
平次の出した大声に、快斗が反発した。
「……ちゃうんか?」
「んなこと俺は言ってねーだろ!?」
「何でもなかったら、そこまでムキになって反論するか?」
さっきの仕返しなのかはいざ知らず、コナンは続ける。
「甲板で言ってた、中森警部の娘ってあの娘だろ? ってことは――」
「その時俺がそうだって肯定したかよ!」
「反論しなかったってことは、肯定したようなモンじゃねーか」
からかうでもなく、不思議そうに言うコナンに、快斗は露骨に顔をしかめた。
「あーのーなー! 大体、お前だって同じこと言われたら――」
「まあ、細かいことはええやんけ」
平次はそう言いながらコナンの背中を押して、甲板から立ち去りかける。
「とりあえず、お邪魔虫な俺らは退散しとくわ」
「いや、だから――」
「気にしなや! 関西人はサービス旺盛な人間がほとんどなんや!」
「そうじゃなくてさ……?」
快斗の返す言葉には耳を傾けないで、平次は手だけ快斗に振ってみせる。
「ほんならな。ごゆっくり」
「――聞けよ! 人の話!」
「おっしゃ、ホンならさっきの話の続き、教えてもらおか」
甲板から少し離れた所で、平次は足を止めるとコナンに言った。
コナンは平次の言葉に思い当たる節がないのか首を傾げる。
「続き?」
「借りとか、疑惑とかの話や。何のことやねん?」
「ああ……あれか」
コナンは少し何かを考えてから、平次の方を見る。
「オメーらが監禁されてた時、あいつ何かオメーに言ってたか?」
「俺にか? ……いや、何も言うとらんけど?」
「なら止めとくよ」
そう言うと、コナンは海の方へ目をやった。
「……多分まだ言う気がしねーんだろうし」
「言う気て……そない大層なことなんか?」
「まあ、どっちかって言うとそうだろうな。俺は別にそうでもねーけど」
その言葉に、平次は最初不思議そうな様子を見せるが、やがて肩をすくめた。
「構へんけどな。どうせ滅多に会わん奴やろうし。――せやろ?」
「だろうな。あのままなら、俺も稀に会う程度だよ」
その言い方に、平次は多少の違和感を覚えたが、それ以上話す気配のないコナンに、
それ以上深く訊くのは諦めて、コナンと同様に、まもなく終わりを告げる船旅の船から見える海を眺めだした。
2007年度編集記録はなし。今回の編集も若干のセリフ修正と描写修正。
前々から気になってたことではあるんですが、
コナン版エピローグで快斗が無事だった経緯について話すから、夜に甲板で会いましょう、な伏線が、
唯一回収されていないエピローグ。触れるかどうしようか散々悩んだ挙句、原案のままに。
……その前日の晩に、三人で話してたということで、どうか脳内補完をお願いします。
個人的に正式エピローグ3種の中では、一番好きなのがこの入港。
どことなくしんみりとした雰囲気を残したエピローグで、それを変えたくないという思いもあったり、
青子を登場させてる分、夜だとちょっと違和感があり、そこに修正加えると大幅に展開変わりそうで、
それはそれで嫌だなぁ……ということで、微修正止まりの編集作業になりました。
恐らく探怪で平次が出て来る作品を、今後書く可能性はかなり低いとは思いますが、
仮に平次を出した場合、快斗の正体に関しては不明のままでいくと思われる。
それを思うと、正体バレ版エピローグをおまけページに移行しても良いのかもしれない。