左肩に刺すような痛みが走る。
思わず顔をしかめて手で肩を押さえるも、血が止まる気配はない。
ウィリアムが上着に手を入れた時点で、何らかの攻撃を仕掛けてくるのは予想できた。
だが、当然向こうの反応の方が早く、さすがに完全には避けきれない。
疎ましそうにウィリアムを睨みつけるコナンの様子に、ウィリアムは愉快そうに笑った。
「わざわざ避けるとは、バカなボウヤだね。
せっかく苦しまないようにと、わざわざ心臓を狙って撃ってやったというのに」
「あいにく、こんな所で死ぬつもりじゃないんでね」
「『死ぬつもりじゃない』ね。それは恐らく無理だろう。
ボウヤが死ぬか、監禁した二人が死ぬか、そのどちらかの問題だ」
意味ありげなその言葉に、コナンは途端に表情を硬くした。
「……どういう意味だ?」
「ここに来る際、監禁場所からボディーガードは退出させたよ。
無事にあの二人だけを殺せれるようにね。だが、あの二人を殺すかどうかは、君次第」
ウィリアムはそう言うと、無表情でコナンへ拳銃の照準を合わせる。
「真相を知っているのは、今のところ君だけなんだろう?
ということは君がいなくなれば、事件の真相は闇へ消える。つまり――」
「俺が大人しく殺されれば、あいつらは助けてやる、ってことか?」
「そうだ。物分かりが良いね」
そう言って、ウィリアムは口元に笑みを浮かべるウィリアムを、コナンは無言で見つめた
(まあ、ここで俺があの二人を助ける選択を取った場合、あいつらなら一生許さねーだろうけどな)
「――さぁ、どうするボウヤ?」
「もし……断ったとしたら?」
「即刻、あの二人の首が飛ぶさ」
「でもあの二人を殺すんであれば、その監禁場所に行かないと――」
「その辺は、抜かりないさ」
自信有り気にそう言うと、ウィリアムはポケットから正方形の物体を取り出した。
真ん中に大きめの赤いボタンが付いた小さな機械だ。
「さっきも言っただろう? “あの二人だけを殺せるように”と。
君が殺されないと言い張るのなら、その瞬間にこの爆破スイッチを押させてもらう」
「……それが本物だって証拠はどこにある?」
コナンの言葉に、ウィリアムは意外そうに目を見開いた後、怪しく笑った。
「そうだね。確かに証拠はない。だが、もし真偽が気になるのなら、今押しても構わないよ?」
余裕のある物言いに、コナンは言葉に嘘がないと悟って、小さく舌打ちした。
「選択肢は二つに一つだ。どっちを取る? 制限時間はそうないぞ。早く決めた方が賢明だ」
ニヤリと笑うウィリアムにコナンは答えず、右手を靴の方へと動かした。
「そうそう、それからもう一つ。例外もある」
そう言ったと思うと、ウィリアムはコナンの右手目掛けて銃の引き金を引いた。
その瞬間、ウィリアムの撃った弾がコナンの右手の甲を掠める。傷口からは静かに血が流れ出した。
「……腕は確からしいな」
「――コナン君……だったかな。そのままじゃ、銃弾が当たりづらい。腰を上げてもらおうか」
コナンはウィリアムを睨みながら、黙って立ち上がった。
下手に抵抗しては、自分の身よりも平次と快斗の立場が危なくなる。
「こちらの質問に答える前に、その状態から少しでも動けば問答無用で撃つ」
変わらず自分に向けられている銃口を、コナンは無言で睨みつける。
ウィリアムの手元にあるスイッチが、爆弾のスイッチだという明確な証拠はない。ただ可能性としてはかなり高いだろう。
とは言え、仮にコナンを殺したとして、宣言通り二人の命は取らないという保証はどこにもない。
むしろ殺す可能性の方が高い以上、答えるべき言葉は最初から決まっている。
コナンは銃口から少しだけ目を離すと、ウィリアムへ視線を向けた。
「……殺してーんなら、好きにしろよ」
その答えに、ウィリアムは意外そうにコナンを見る。
「子供のくせに、命乞いらしいことはしないのか?」
「知り合い犠牲にしてまで、自分の命守りたいとは思わねーからな」
そう言うや否やコナンは身をかがめて、靴のスイッチを入れる。
コナンがベルトへ手を動かすのと同じくして、ウィリアムは引き金を引いた。
コナンの蹴ったボールはウィリアムの顔面へ当たり、ウィリアムは拳銃を持ったままでその場へ倒れ込むが、
ウィリアムの撃った弾も、コナンの腹部を撃ち抜いた。
コナンは、しゃがみ込みそうになるのを何とか耐えると、ウィリアムへと目を向ける。
しばらく動く気配がないことを確かめると、コナンは傷口を押さえながらウィリアムの方へゆっくり近づいた。
そのまま、倒れた反動で転がった爆破スイッチへ手を伸ばす。
(これでとりあえず――)
その瞬間、頭に激痛が走って、コナンはそのままその場へうずくまる。
いつの間にか起き上がっていたウィリアムが、拳銃の台尻でコナンの頭を殴ったのだ。
それから十数秒後。ようやく動ける程度までマシになった頭の痛みに、コナンは後ろを振り返る。
だがそれを待っていたかのように、後ろにいたウィリアムに床へと叩き付けられた。
「残念だったな、ボウヤ。あれくらいで気なんて失わない。
――最初お前を撃った時、逃げる時間はほぼなかったにもかかわらず、お前は銃弾を避けた。
つまり、確実に急所へ当てるには相当近い場所にいないと無理ってことだろう?
……さすがにこれ位近いと、いくらなんでも逃げられないだろ」
そう言うと、ウィリアムは片手でコナンの首を絞めだした。
手足をバタつかせてもがくコナンには構わずに、ウィリアムはコナンの額へ銃口を突きつける。
その状態に、何とか照準をずらそうと、コナンは頭を動かすが、首を押さえられている状態では自由が利かない。
(――くそっ!)
事態を打開するには不利な点が多すぎる。
麻酔銃を撃ち込もうにも、距離的に返り討ちにされる可能性の方が高い。
とは言え、圧倒的な体格差を考えると、力でどうにかなるようなものでもない。
コナンは息苦しさにむせ返りながら、悔しそうに顔を歪めると、転がったままの爆破スイッチに目を向けた。
(せめてあれが何とかなれば……)
「今更命乞いか?」
突如かけられた言葉に、コナンはウィリアムへ視線を戻した。
コナンの驚いた表情を見て、ウィリアムは鼻で笑う。
「何なら今から変えてやっても構わないぞ?」
「――断る」
まっすぐにウィリアムを睨みながら即答したコナンに、ウィリアムは意外そうに目を見開いた。
その直後、楽しげに笑みを浮かべると、拳銃の引き金に手をかける。
「まったく。どこまでバカなガキなのか――」
その言葉が言い終わらない内に発砲音がその場に響く。
だが発砲音がした後、一転して体が軽くなったその状態に、コナンは首元に手を当てながら腰を上げた。
少し前に撃たれた脇腹の痛みに顔をしかめながら左右を見渡して、ある一点で目線を止める。
コナンのいる場所から若干離れたところで倒れ込むウィリアムの傍に、誰かが一人立っていた。
「……服部?」
見覚えのある後姿に、コナンは躊躇いがちに声をかける。
その声に平次はコナンの方を振り返ると、片手を軽く挙げた。
「おう! 大丈夫やったか?」
「え……いや……大丈夫って……お前の方が……」
平然とした様子で、コナンの方へ歩いて来る平次とは対照的に、コナンは驚いたように目を丸くする。
その様子に平次は苦笑いしてから、コナンの傍にしゃがみ込んでから、自分の頭を指差した。
「頭殴られとる以外は、大体大丈夫や」
「あ……そう」
緊張感のない笑顔に、コナンは苦笑いしながら反応を返す。その直後、思い出したように目を見開いた。
「でも待て。仮にお前が脱出出来たんだとして……あいつは何処だ?」
コナンの言葉に、平次は途端に表情を曇らせた。
「……それなんやけど……お前こっちに一回電話してきたやろ?」
そう言われて、コナンはハッとしたように顔を上げると、小さく舌打ちした。
「あの野郎……やっぱり企んでやがったな」
「やっぱり?」
不思議そうに訊き返す平次に、コナンは苦々しそうに顔を顔を歪める。
「あいつが途中で電話切った時、後々何かやらかすつもりなのは大体分かってたんだ。
しかも、俺がそれに気付いたのを分かった上で、携帯の電源を切ったはず。
ただ……さすがに自分から死にに行くような真似まではしねーだろうって思ってたんだが……」
「……あの兄ちゃんが、何て言うたか分かってるんか?」
驚いて訊く平次を、コナンは呆れた様子で見た。
「どうせ『自分が残るから、何とか脱出しろ』とか言ったんだろ?」
「……当たりやわ」
コナンの言葉に平次は感心したように呟く。
「でも服部。普通、お前だったら拒否するだろ、こんな申し出」
「ああ、そうなんや……。
せやけどあの兄ちゃん、この提案してくる前に了承するかどうか訊いてきよってな。
無茶な注文とちゃうっちゅうから、しぶしぶ了承したんやけど――」
「どうゆう意味や?」
「ホラ、もし探偵君と犯人がやりあった場合で、
周りにあの子供四人がいたとしたら、さすがに一人じゃ守りきれねーだろ?」
「せやから、俺に手助けしに行け言うんか!?」
快斗の口から出た言葉に、平次は驚いて目を見張る。
「ちょー待て! いくら犯人が、俺らのどっちかを逃がすことに承諾したとしてもや!
ここに一人で残るっちゅうことは――」
「それだけその人物が危険になるってことくらい分かって言ってるって。
今まで監禁してた人物をすんなり逃がすってことは、裏があるに決まってるし」
サラリと言ってのける快斗を、平次は怪訝そうに見る。
「せやったら、何でこっちが残ったらアカンねや?
こうゆう場面には俺の方が慣れとんで? その場合の対処方法かて分かっとるし、
事件現場に慣れとらんアンタが残るよりは、俺が残った方が確実とちゃうんか?」
「まあ、確かに今みたいな状況の体験数が多いのはそっちだろうな。
俺の場合は、体験数が多くないほうが良いに決まってるし。
でも対処方法に関してはこっちの方が上さ。これに関しては専門家みたいなもんだから」
快斗は楽しそうに笑ってから一言付け加えた。
「大丈夫。何があったって、死なない自信だけはあるから。
――それに、一旦了承したのを取り消す気か?」
「アホ。それとこれとは話が別や! そないな、賭けみたいなこと出来るかっちゅーんじゃ!」
「賭けじゃねーって。少しはこっちを信用――」
「出来るか! ボケ!」
即答した平次に、快斗は苦笑いする。
「大体なァ! 人の命に確実なモンなんてあらへんねん!」
「……へぇ?」
快斗は意外そうに平次を見る。
「案外、結構まともなこと言うんだな。
確かに確実なものじゃねーけど、行動の仕方で短くもなるし長くもなる。
少なくとも、無意味に自分から短くすることはしねーよ。だから大丈夫だって」
「……それで今ここにいるってわけか?」
コナンがそう言うと、平次は苦笑いしながら頷いた。
「ったく……」
「スマンな、工藤……」
申し訳なさそうに言う平次に、コナンは首を横に振った。
「いや……オメーに呆れたんじゃなくて、この計画思いついた張本人に呆れてんだよ」
「まあ、とりあえずアイツ倒せばええっちゅうこっちゃな」
平次はそう言うと、自信有り気にウィリアムを見る。
今にも行動を起こしそうな平次の様子に、コナンは慌てて止めた。
「待て服部。下手に真っ向勝負したんじゃ逆にマズイ」
「何でや? こっちが、ちっとやそっとんことで殺られるか?」
「そうじゃねーよ! オメーは知らねーが、あの人――」
「何なら、やって見せてやろうか?」
企むように言ったウィリアムの言葉に、コナンが驚いてウィリアムを見る。
「元々、そっちの関西弁の男を逃がした後に殴って気絶させたのは、
二人同時にちゃんと殺せるように、だったんだが、ここにもう一人が来たということは、
被害者は一人で済むということだろう? 最初なら被害者は二人になるところだったが、今なら一人だ。
さっきに比べたら、マシな条件のはず。――なぁ?」
ウィリアムはニヤリと笑うと、転がったままだった爆破スイッチを拾い上げた。
すぐさまボタンに手をかけたウィリアムに、コナンは急いで立ち上がる。
「待て――!」
直後に銃声が鳴り響く。その途端、ようやく立ち上がった足に銃弾が撃ち込まれた。
スイッチを手にした自分を、コナンが止めるのは見越していたのだろう。
だが、コナンとしては予想外だ。銃弾を避けるのには、気付くのがあまりにも遅すぎた。
撃たれた足はバランスを崩して床に折れた。傷口からはとめどなく血が溢れだす。
「アホ! 何やっと――」
「いいから早くあのスイッチを何とかしろ!」
慌てて駆け寄る平次に、ウィリアムの方へ顎をしゃくった。
コナンの反応に平次は目を丸くしつつも、ウィリアムへと目を向ける。
しかし、平次が動くよりも早く、ウィリアムは爆破スイッチのボタンを押した。
耳をつんざくような轟音と共にその場が軽く振動する。
音のした方へ視線を動かすと、細い黒煙が上がっているのが見えた。
「ちょー待て、まさか今の爆発音……」
その場所に見当がついて平次は目を見張る。それを見たウィリアムは、したり顔で笑った。
「そうさ。ついさっきまで、君が監禁されていた場所からだ」
「何やて!?」
コナンとキッドの対決シーンすらまともに書けない奴が、何故犯人とのバトルシーンを入れるのか。
この、途端に編集速度が落ちまくった現象に、我ながら何とも言えない。
バトルシーンで何が難しいって、呻き声の表記。描写は慣れ云々でどうにかなるとしても、
漫画じゃない分、下手に呻き声を文字で表記すると陳腐な気がして、あまり好きじゃない。
とは言え、その部分を描写でカバー出来るほどの技量はない。故に書くのが苦手というサイクル。
三人称だから余計なのかな。一人称ならまだマシなんだろうか……。でも事件物を一人称で書くとか無理難題だ。
2007年度は大した編集はしてないそうです。お陰で今回かなり手を入れる羽目に。
というより、コナン単独シーンが何故か増えた。引き継いでるセリフ自体は、さほど修正ないとは言え、
新規シーンと呼べる部分がそれなりに多い。逆に平次登場シーンが、あっさり風味。
対犯人シーンの描写を何とかしようとしたら、どういうわけかそうなった。
主な新規シーンは、爆破スイッチを取ろうとしたコナンのシーンから回想手前までと、終盤の「待て!」辺り。
特にコナン部分の新規シーンが多いことと、描写部分を大分追加してる都合上、長めの章に。
今も決して得意ではないですが、どうしても昔のバトルシーンは大幅修正せざるをえない。
あ、でも。快斗のセリフは一部分だけ削除したな。前から消そうか悩んでた部分。