「何を言い出すかと思えば……何のことかな?」
優しく笑いかけながら言うウィリアムに、
コナンは表情一つ変えないで、ウィリアムを凝視する。
「しらばっくれるつもりなら、こっちから話してやるよ。
まずあんたは、ゲオルクさんたちの結婚記念日の前日に、
“キッドからの予告状”と称した暗殺予告をゲオルクさんたちの元へ送った」
「送ったって……。でも予告状は本人から出されたんだろう?
それに、仮に送ったのが本人じゃなくても、そんな物を出す理由が――」
「犯行当日、船内の明かりが消されても不自然に思わせないためさ。
まあ、今回展示してた宝石はビッグジュエル。奴が狙う類の宝石だ。
都合良く本物のキッドが現れ、奴が仕組んだ暗闇の中、
あんたは計画通りにフリーダーさんへ発砲したが、あの暗闇だ。
発砲はしたものの、急所は外れフリーダーさんは助かった」
そう言ってから、コナンは勝気な笑みを浮かべて話を続ける。
「機会を見つけて再度彼女を殺そうとしていたのかは知らねーが、
あんたにとって、思わぬ邪魔が入ったことを知ったんだ。
予想外なことに俺も含めて、合計七人がこの発砲事件の犯人を調べ始めちまったのさ。
そして、それに気付いたあんたは捜査を始めた人間を殺害しようと考えた」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ……。
もし俺が犯人だとしたら、いくらなんでも捜査を始めたくらいで、その人たちを殺さないよ。
それに、子供たちを殺すなんてことは――」
「だから帰したんだろ? 本来あんたが殺そうと思ってた人物は、大人である二人だけのはず。
普通に考えて、子供が真相に辿り着くとは考えがたいが、大人なら話は別。
特に一人は高校生探偵と言われてる人物だ。真相に辿り着いてしまう危険性は、充分にある」
「……だけど、それならどうして子供たちを誘拐しないとダメなんだい?」
「そこさ。最初俺もそこが引っかかってたよ。
いくら犯人の特徴をあまり掴んでいないからと言っても、わざわざ人質を帰す必要はない」
「なら……」
不思議そうに言うウィリアムに、コナンはニッと笑ってみせる。
「言っただろ? “殺そうと思ってたのは大人二人だけ”ってな。
あんたにとって不都合だったのは、俺も入れた三人で捜査してたことさ。
大人がそうそうすんなり誘拐できるとは思えねーし、
まして、二人同時に誘拐するのはほぼ不可能に近い。
そこであんたは囮として、甲板にいた子供四人を利用したんだ」
「……利用?」
コナンの言葉に、キョトンとした様子でオウム返しする。
「そう。拳銃を手にし、甲板で怒鳴ってたというのは、あんたの狂言。
そんな場面を見せられたら、俺か他の二人にどんな形であるにしろ知らせると踏んだんだ。
そして、俺たちがバラバラになってあいつらを捜すという機会を待った。
たまたま甲板にやって来た俺を見て、あいつらと一緒に監禁しようとしたんだろ」
そう言うとコナンは、息をつきながら肩をすくめた。
「まあ、あの時バラバラになり、甲板にあいつらを捜しに行ったのは俺だけ。
最初の計画に失敗したあんたは、他の二人が一人になる時をずっと狙ってたんだ。
そして、一人になったのを見ると迷わず何処かへ監禁した」
「でも監禁しているのなら、監視が必要な筈だろう?」
「ああ。気になったのはそこさ。合計六人も監禁してるってのに、あんたは頻繁に自室へ戻ってる。
普通六人も監禁して、見張り一人いないって状況は作らないはずだ。
俺と服部が、あんたに事情聴取してた時間帯、既に監禁されてた五人は、
隣の部屋からもれて来た話し声を聞いているってことは、
あんた以外に、見張り役として常に監禁場所の隣室に誰かいるってこと」
「……しかし。今の君の言い方じゃ、共犯者がいるにしても、
同じような理由で無理だということになると思うけど?」
苦笑いして言うウィリアムに、コナンは短く首を横に振った。
「いや。さっき、監禁されてたやつらに訊いてみたけど、一瞬見えた監視役の後姿。
がっちりした体系だっつってたんだよ。この船内にいる人物でそんな体系してる人間は、
ゲオルクさん達と一緒に来たボディーガードぐらいなもんだ。
キッドが現れた時は、ゲオルクさん達を警護するように傍にいたが、
夕飯を食べに食堂へ来た時にはいなかったんだ。一人もな。
その辺を考えれば、監視役にボディーガードを使ってるってことくらい容易に考え付く」
「だが、事件に関係のない人物を次々に連れて来れば、疑うだろう?」
しかめ面で言うウィリムを、コナンは鼻で笑う。
「そんなもの。『事件の捜査をして、犯人に殺されそうになっているから、
犯人から彼らを守るために、ここで保護しておいてやってくれ。
外へ出せばきっと殺されてしまうだろうから、何を言われても外へ出さないほうが良い』
とでも言えばどうにでもなるさ。監視役と監禁された側とは、言葉が通じないんだからな」
「だが、それを俺がやったとは……」
コナンはその言葉を聞いて、ズボンのポケットからハンカチでくるまれた布切れを見せた。
快斗が襲われたトイレのゴミ箱で見つけた布切れである。
見せられた一瞬だけ目を見開いたウィリアムだったが、すぐに表情を戻した。
「……何だい、それは」
「手袋さ。切り刻んであって最初は何だか分からないが、
切れ端を集めて繋ぎ合わせたらすぐに目星はついたよ」
「……しかし、それが一体何の――」
「あの二人で先に襲われた方は、何かで殴られるかしたんだろ。
最初に俺たちが、事件があったトイレへ行った時には血痕が残ってたんだが、
しばらく経って俺がトイレへ行った時にはなくなっていた。
あった血痕がなくなっていたということは、誰かが拭ったということ」
「それはきっと清掃員が――」
「船内には清掃員もいない。タイルの汚れに気付き、それをわざわざ拭う人間なんてそうそういやしねーよ。
考えられるのは、事件発覚を恐れ犯人が拭うケース。
トイレのゴミ箱を調べたら入ってたよ。血の付いたタオルと、この布切れが。
おそらく、タオルを素手で触り指紋がつくのを恐れ、
この手袋をした状態で、床のタイルについた血痕を拭ったんだろうが、
元々、タオルのような荒い繊維質は、基本的には正確な指紋は残らない」
その言葉に、ウィリアムは驚いた様子で目を見張った。
「一応念のために、切り刻んだ状態でトイレのゴミ箱へ捨てたんだろうけど、
そんなもの、後でちゃんと繋ぎ合わせれば元の手袋に戻る。
それに、手袋をする前に指紋が残らないよう、二重に手袋をする奴はいない。
となると、この手袋にはしっかり残ってるはずさ。犯人であるあんたの指紋がな。
あんたのミスは、わざわざ手袋を切り刻んでトイレのゴミ箱へ捨てたこと。
部屋に持って帰るか、そのままトイレで流すかすればこんな証拠――」
「……しようと思ったさ。だが、その手袋を切り刻んでいる最中に、
ゲオルクがトイレへやって来たのさ。その時に慌ててゴミ箱へ入れたんだよ。
取り出そうと思ったが、まさか分かる奴もいないだろうと高をくくってそのまま……」
ウィリアムは恨めしそうにコナンを見る。
「まさかお前みたいな子供に暴かれるとは思わなかったよ。
……だが、よく分かったな。怪盗キッドの予告状に似せて作ったつもりの予告状が、暗殺予告だと」
「一枚目の予告状の割に“同日・同場所”じゃ、いつ、何処でやるのか分からねーよ。
にもかかわらず、出港当日、ホールには展示品の準備が出来ている。
それで思ったんだよ。中森警部へ最初に渡された予告状と、
船が出港してから中森警部がゲオルクさんから渡された予告状が、別の物なんじゃないか、ってな。
わざわざそんなことをするってことは、恐らく一枚目の予告状に何かあると思い、
宝石の名前を日本語へ直してみたら、都合良く暗殺予告めいた文が出てきたってわけさ」
「しかし、それだけじゃ誰がやったかまで検討は……」
「――暗殺を示唆した文章。元の単語は、ドイツ語と英語に分かれていた。
最初は、勘付かれないように、あえて犯人が二ヶ国語を使ったんだと思ったんだが、
後でフリーダーさんから、たまにやるという“言い換えクイズ”のことを聞いたんだ。
その際にあんたがよく英語以外の言い換えを間違えてた、ってのを知らされた時、
もしかしたら、わざとじゃなく無意識の内に間違えたんじゃねーかと思い始めたのさ」
これを聞いても、ウィリアムは不思議そうに首を傾げる。
「それがどうやったら、確信に変わるんだ?」
「ゲオルクさんが、一枚目の予告状が届いた当日に予告状を見た時と、しばらく経ってから見た時。
どこかはよく分からないけど、違和感を覚えたみたいでね。
二度目にゲオルクさんが予告状を見る以前に、パーティーに呼ばれた人間には、
その時に予告状をすり替えようと思えば、いくらでも機会はあったはずさ」
「しかし、それだけなら確信には至らないんじゃないか?」
「ああ、確かに。でも、中森警部から聞いた言葉で確信を持てたよ。
『予告状を持ってきたのは、側近とよく聞く名前の通訳』
二人いる内の通訳で、よく聞く名前っつったら、断然英名のウィリアムの方だ。
警部が、最初に渡された予告状がコピーだった、と言った時から少し奇妙に思ったんだ。
別に実物を渡しても差し支えはないはずなのに」
「だが、どうして予告状がすり替わってると勘付いた?」
「簡単さ。船を提供したのが園子の所だという情報がテレビで流れる以前に、一枚目の予告状は届いていた。
しかし、二枚目の予告状が届いたのは、この船が出港する前日のしかも晩。
色々情報を手に入れるのに手間取ったのであれば、予告状を出すのがギリギリでも説明はつく。
もし情報が手に入らず、ギリギリで予告状を出したんなら、
一枚目の予告状に“鈴木家の船で”なんて書けるわけがない」
コナンの推理に、ウィリアムは感心したように頷いてから腕を組んだ。
「なるほど。でももう一つ。君の理屈では一枚目の予告状が暗殺予告らしいね。
にも関わらず、怪盗キッドが盗むと予告した“ルビー・ローズ”以外に、
“ライラック・サイス”も盗まれているのは、一体どう説明する?」
「ああ、あれか? あれは、奴が現われてホール内が混乱してるのを良いことに、
あんたがショーケースを壊して盗っただけのこと。奴が出した予告状が二枚目だけなら、
犯行後“ライラック・サイス”はショーケースに残ったままだからな。
奴は予告した物は残らず盗って行くし、現場に宝石が残っていれば、いずれ誰かが不審に思う。
自分に疑いがかかるとヤバイから、自分でしまったんだろ?」
「それを見ていたとでも?」
挑戦的な笑みを浮かべながら言うウィリアムに、コナンは首をゆっくり横に振る。
「いや? だが、あんたの部屋を調べりゃ、すぐに出てくるさ。
宝石を海へ投げ捨て、証拠を隠滅するってことも可能だろうけど、
ナイフや拳銃と違って金になるからな。捨てるよりは、ほとぼりが冷めた頃に
ブローカーにでも売った方が、あんたにとって好都合だろ?」
そう言った後で、コナンは子供らしからぬ威圧のこもった表情を見せる。
その様子に言い知れぬ恐怖を感じ取るものの、ウィリアムは強気な姿勢を崩さない。
「……あの時、もう少し注意深く君を捕まえた方が良かったらしいね」
「残念だったな。人生、そんなに何もかも思い通りには行かねーんだよ」
「ああ、まあそうらしいが、君の方も勝ったような気になるんじゃ、まだまださ」
そういうや否や、ウィリアムは上着の内ポケットから拳銃を取り出して、
間髪入れずに、キョトンとしているコナン目掛けて引き金を引いた。
文字の密度が濃い。
2007年度の修正では、コナンと犯人という二人だけの会話になるので、一会話が多め。
その分見易さを考慮して、犯人に適当に相槌を入れてもらうように変更したそうな。
今回の編集でもその辺りに追加を入れてます。その加減で描写が少し増えた感じ。
ついでに、今回の編集で思ったことが二つ。
コナンが「自分を含む七人で捜査」と言ってるだけなのに、何故か「子供達」と発言する犯人。
コナンだけなら複数形にはならないはずで「子供達」と分かってるのは犯人以外にいない、ということ。
後、ベッドメイク云々のことを考えても、清掃員がいない船旅ってありえないだろ、という疑問。
……むしろ、何故当時はそれに気が付かなかったんだろうか。