コナンはソファに座り、時計に目を落とすと諦めたようにため息をついた。
ロビーへ戻ってきてから一時間近く経つのだが、依然として平次からの連絡はない。
時間をおいて電話をしても、留守番電話サービスへの接続アナウンスが、空しく流れるだけだ。
もちろん、本人が戻ってくる気配も一向に感じられない。
可能性としては、犯人に連れ去られたというのが一番有力なのだが、
床に血痕が残っているわけでもなければ、並べてあるソファがずれている形跡もない。
薬を後ろからかがされたにしても、多少ソファがずれていた方が自然だ。
だが、今まで一緒にいた人間が、何の前触れもなく姿を消し、長い間戻ってこなければ、
犯人に連れ去られたと考えるのが筋であろう。前例があれば尚更である。
少なくとも、快斗は連れ去られているのだから、そう考えてもおかしくない。
何かと用心深く、コナンたちの裏をかく犯人が、ソファを元に戻すというのも不自然だ。
連れ去られたと分かったところで、犯人側は大して被害をこうむらないというのに――。
一通り、ロビーを捜索したコナンだったが、目新しい物も出て来なかった。
コナンは肩をすくめ、仕方なく腰を下ろしていたソファから立ち上がる。
丁度その時だ。携帯が音を立てて鳴り出した。コナンは急いで携帯を取り出ると、通話ボタンを押した。
「――服部か? オメー、今何処にいんだよ? こっちからかけてもすぐに留守電――」
『は? いや、ちょっと待て。相手ちゃんと確認しろって』
「……え?」
驚いたような相手の声に、逆にコナンは不審がった。
平次の出身地は大阪。口から出るほとんどは関西弁である。
だが今回電話口に出た相手は、イントネーションすら関西弁ではない。
顔をしかめながら、コナンは携帯のディスプレイを覗く。
そこにあったのは、見覚えのない電話番号。――明らかに、平次からではなかった。
(……この携帯の番号知ってるのは限られてるし……。
博士にしても灰原にしても、口調が全然……)
急に電話口が黙り込んで、電話をかけてきた相手は面白そうに小さく笑った。
『ああ、もしかして、俺が誰なのか見当ついてねーの?』
「へ? ……いや、それ以前の問題で……」
携帯のディスプレイに表示されているのは、見知らぬ番号。
相手の口調から察しても、恐らくいたずら電話ではない。
となれば、あえて自分の携帯にかけて来たのだろうが、電話口の相手に心当たりすらない時点で、見当も何もない
『それ以前?』
不思議そうに言うと、一旦何か考えるかのように黙り込んだ。
無言の時間が少し続いた後、相手は可笑しそうに言う。
『まあ、すぐに分かるよ。
んで? 電話取ったとき西の探偵がどうのって、何か焦ってたみたいだったけど、何かあった?』
「ああ、服部か? 俺が五分か十分席外してる間に、姿見えなく――」
コナンは言いかけて言葉を切った。
何処かで聞き慣れた声と口調のお陰で、自然と答えた自分に気付く。
それ以上に、相手の言ったフレーズの一つがやけに気になった。
「『西の探偵』って! お前……! キッドか!?」
『お! ご名答。さすがは探偵君。理解が早いことで』
返ってきた言葉に、コナンは目を丸くする。
「おい、じゃあ、今何処で何やってんだよ!?」
『あれ? オメーなら大体勘ぐってるとは思ったけど、気付いてねーんだな』
「は?」
監禁されているとすれば、それに似つかわしくない程の軽い口調の快斗に、コナンは眉を寄せた。
『ホラ。俺トイレ行ってから戻らなかっただろ?
実はあの時、トイレから戻ろうとして、脇腹と肩辺りに攻撃食らって気絶して、
気付いたら、明かりも大してない部屋に、手かせ・足かせさせられて寝そべってたってわけだ』
「……え?」
『最初は、猿ぐつわもかませる予定だったらしけど、
“騒ぎ立てないから”っつって、それは止めてもらったけどな。
あんなものさせられてちゃ、たまったもんじゃ――』
「いや、ちょっと待てよ」
とめどなく続きそうな快斗の話を、コナンは途中で止める。
「手かせと足かせってことは、両手両足縛られてんだろ?」
『ああ』
「そんな状態でどうやって電話なんてやってんだよ?」
そう言われ、快斗は自信げに笑った。
『手錠かけられたとしても、数分も経たずに手錠外せる俺が、
縄程度の手かせと足かせを外せないとでもお思いですか?』
「……自慢げに言うことかよ?」
電話口で胸を張っているのが見て取れて、コナンは呆れたように返事を返した。
『ホォー? わざわざ良いもの聞かせてやろうと電話したってのに、その言い草か?』
「良いもの? っていうかそれよりも、そもそも何でオメー俺の――」
『――コナンくん!!』
電話口から聞こえてきた声に、文句も飛んで、コナンは瞬間言葉を失った。
「歩美……ちゃんか?」
『うん! あ、ちゃんと皆もいるよ』
言うと同時に、馴染みのある声が次々と電話越しに聞こえてくる。
『良かったですよ、どうにか連絡が取れて。
バッジで連絡しようにも、手足の自由が利かなくて出来なかったんです』
『しばらくしたら、この兄ちゃんが連れて来られたんだけどよ。
この兄ちゃんすっげーんだぜ!』
「……道具もなしに手かせ外したからか?」
その時の情景が見えるようで、半ば呆れて言い返す。
『ううん! もちろんそれも凄いんだけど、歩美たちここに監禁されて怖かったんだ。
でもね、それ話したらこのお兄さん元気付けてくれたの!』
『驚かないでくださいよ、コナンくん。何と、このお兄さん――!』
「マジックでも見せたのか?」
先を聞く前に答えが予測されて、最後まで聞かずに逆に導いた答えが正しいかを確認する。
『……あれ? 知ってるんですか?』
「そりゃ、ある意味じゃ本物だからな」
コナンの言葉に、電話の奥で首を傾げる三人とは対照的に、
コナンは途端にバカらしくなって、心の奥底からため息をつく。
(こいつら、自分のおかれてる状況分かってんのかよ? )
「まあ、とりあえず全員無事なんだな?」
『うん。怪我もしてないし、大丈夫だよ。――あ、お兄さんに換わるね』
歩美がそう言った後、しばらく電話越しから話し声が聞こえていた。
『――どうだ、少しは安心したか? コイツ達が無事かどうか心配だったんだろ?』
「まあ一応はな。――んで、話戻すけど何でオメー、俺の携帯番号知ってんだよ?
教えた覚えはないっつーか、教える筋合いはなかったはずだと思うけど?」
『そりゃそうだろ。少なくともこっちから訊いたこともねーからな。
ホラ、オメーが倒れたときに携帯落ちたっつったろ?』
快斗の言葉を聞いて、コナンは目を丸くする。
「はぁっ!? おい! まさかその時にわざわざ中身見たのかよ!?」
コナンの口から出た言葉に、今度は快斗が驚いて反論した。
『人聞き悪いこと言うなよ! いくらなんでも、そこまでしねえっての!』
「じゃあ何でだよ?」
それでも尚疑わしげに訊くコナンの様子に、快斗は一度携帯を睨んだ。
『少し前にも言っただろ?
お前を医務室に連れて行ってから、後は任せようと西の探偵にコンタクト取ったって。
あの時、別々に捜してたから、下手に船内見て回るより、電話した方が手っ取り早いだろ?
特に犯人野放しで、いつ起きるか分かんねー状況じゃ、時間食う方がもったいない。
ってことで、悪いとは思ったけど、アドレス帳だけ確認させてもらってました』
「あのなぁ……」
『ああ、別に悪用しようとは思ってねーから、安心――』
「されてたまるかよ!!」
怒りを露わに怒鳴ったコナンの大声に、快斗が思わず携帯を遠ざける。
直後に、大きなため息が聞こえてきてから、コナンが再び話し出した。
「――じゃあついでに、訊きたいこと訊いて構わねーか?」
『あ? ああ。俺が答えられる範囲内ならな』
「……そこに見張りいるか?」
『見張り? いねーけど? この部屋にはな』
意味ありげに言う快斗の口調に、コナンは顔をしかめた。
「何だよ? その、いかにも何かありそうな言い方は」
『だからー。俺も含めて、コイツらが監禁されてる室内にはいねーんだって』
「え? おい。なら逃げろよ」
見張り役がいないくせに、呑気に監禁場所へ留まっているその状態が理解しかねて、
コナンの声のトーンが急に呆れ返ったように低くなる。
『無理。――大体、それが出来てんなら、少なくとも子供達は逃がしてるよ。
室内には、って言っただろ? 正確に何処に監禁されてる、ってのは分からねーけど、
二部屋にまたがった部屋ってのだけは確かだ』
「……ってことは、見張りはその別の部屋か?」
『ああ。この部屋からの出入り口と言えば、向こうの部屋に通じるドア位なもんだからな。
壁ぶち壊しゃ、逃げることも可能だろうけど、隣に犯人いたんじゃ無理だろ。
ま、監禁されてるのが俺だけなら、別に多少の危険は冒せるけど子供達がいるからな』
「でも、どうやって隣に犯人いるって分かるんだ?
オメーがそこに連れて来られた時は気絶してたわけだろ?」
不思議そうに言うコナンに、快斗は笑いながら答えた。
『分かるに決まってんだろ?
意識戻ってから、隣の部屋に人がいるかどうか確かめるために、壁に耳押し当てたら、話し声が聞こえたんだから。
捕まえられた人間は、大体逃げること最初に考えんのが普通』
呆れた口調で言われた言葉に、コナンは驚いて目を見張る。
「――それ、いつ頃だ!?」
『そうだな……。大体、一時間半位前じゃね?』
その報告に、コナンはしばらく無言で考え込む。
今から一時間半ほど前と言えば、船内の人間にアリバイを聴いて回っていた時間帯だ。
全員が部屋にいたことを考えると、その時間帯に監禁場所近くで話し声が聞こえるわけがない。
「……待てよ? ――なあキッド。話し声ってことは、少なくとも二人いたってことか?」
『だろうな。微妙に声の高さや口調が違ってたし』
ということは、少なく見積もって、犯人が三人だとするなら、皇族関係者の半数が関わっていることになる。
可能性としては考えられるが、そうだとしても、聞き込みの際の疑問はどうしても残ってしまう。
今すぐに判断するにはさすがに情報が足りないと、コナンは話題を変えた。
「もう一つ。服部が来る前に言いかけてたことがあるだろ?」
『ああ……あのしつこく俺の潜入方法訊いてたやつね』
コナンは快斗の口調にどこか不満げに言う。
「潜入方法探ろう、とかじゃねーんだぞ? ――室内確認したのは上からか?」
『まあ、そうだろうな。ホールの出入り口や下から確かめたわけじゃねーし』
「それじゃあ、その時、誰が何処にいたとか覚えてねーか? 容疑者だけで構わねーから」
『そうだな……。ホールの中央に、ショーケースが二個あったのは知ってたんだっけ?』
「ああ。昼間ホール前通りかかったし、事件後にホールにも行ったしな」
ああそう、と返事をすると、快斗は思い出すように少し上を向いた。
『えーっと。出入り口から見て、ショーケースの左側の壁付近。
そこに当事者であるフリーダーさんと、その右隣にゲオルクさん。
んで、フリーダーさんたちの大体向かいに、女性が二人。
名前は……そうそう。マリアさんとイザベラさんって言ったっけな。
何なら配置図書いて添付メールで送ってやろうか? そっちの方が確実――』
「断固拒否する」
コナンは真顔で即答すると、そのまま続けた。
「確かにそっちの方がありがたいけど、その場合テメーにアドレス教えなきゃなんねーだろうが。
いちいち面倒だし、テメー相手なら電話番号すら事足りすぎんだよ」
『ヘイヘイ。んじゃ、続けるぜ? ――出入り口の近く……右奥だったかな。そこに男が三人。
ゲオルクさんの友人っていう、アルベルトさんに、通訳のウィリアムさんとヨハンさんだ。
――まあ、ボディーガードは警備員と同じでその辺に点在してたけどな。
ショーケースの付近に二人。出入り口に一人。それからフリーダーさんとゲオルクさんの傍に一人。これ位か?』
「サンキュ。――けど、よく覚えてるな、そこまで」
感心半分、呆れ半分な様子でコナンは言った。
『まあ、職業柄覚えてた方が、仕事がスムーズに進むものでね』
「感心できたもんじゃねーけどな」
『……ほっとけ。――お』
「は?」
呟くように言われた快斗の言葉に、コナンは不思議そうに言った。
しかし、次に聞こえてきた快斗の声は、押し殺したような小さい声。
『おい、名探偵。ちょっとこっちが喋るまで黙っとけよ』
(……え?)
コナンが眉をひそめて、受話器の奥から聞こえてくる微かな音に耳を傾けた。
耳に入ってきた音は、細くドアが開く音に、何か大きなものが落ちる音。その直後にドアが閉まる音。
しばらくの沈黙が続くが、快斗側からの反応がない以上、どうしようもない。
『――捜しても、電話かけても応答しないはずだよ。
西の探偵、こっちに連れて来られちまったぜ。完全に伸びた状態で』
それから二〜三分経った頃、快斗の口から出た言葉に、コナンは唖然とした。
2007年度編集内容。セリフのカットと統合が多かったらしい。
それから番号云々の話は、配置図説明の快斗のセリフが多かったため、
間にワンクッション入れるために、追加したシーンだったとか。……最初から入れてたと思ったよ。
今回は、毎度の描写変更以外だと、コナンと快斗の会話部分一部カット&一部修正加えてる感じ。
そして当時のあとがきによる、平次と快斗が誘拐された理由。
一般人が暗闇の中の、人の配置を覚えてないだろうから、配置に関しては最初から快斗が話す予定に。
ただ、それを平次のいる前で話せば快斗を疑う。故に、まずは平次と快斗を離す必要がある。
尚且つ、探偵団が誘拐されているなら平次も監禁場所に必要、とのことで時間差で平次不明にしたらしい。
……この内容、快斗はともかく、平次が監禁される理由になってない気がするんですが、
当時の私は一体何を思って、それを理由に挙げたんだろうか。